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『黄金のタクトと、不格好なアップリケ』〜レアルの10番、下町でパパになる〜  作者: 筑紫隼人
第2章:父になる(子育て専念編)

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第54話 航太の一言

玄関を開けると、リビングから明かりが漏れていた。


拓人が入ると、航太がソファに座ってこちらを見た。


「おかえり」


「まだ起きてたのか」


「優勝したか気になって」


拓人は少し笑った。


「した。1対0で」


航太の顔がぱっと明るくなる。


「マジで? 蓮くん決めたの?」


「延長で決めた」


「すげー」


航太はソファから身を乗り出した。


「詳しく聞かせてよ」


拓人は隣に腰を下ろした。


葵と結衣はすでに眠っていた。


節子と誠も、先に帰っている。


家の中には拓人と航太しかいなかった。


拓人は今日の試合を順番に話した。


前半の拮抗した展開。


後半の翔太の奮闘。


蓮が決めきれなかったシュート。


延長戦への突入。


そして、最後のボレーシュート。


航太は一つ一つを真剣な顔で聞いていた。


「翔太くんって子、すごいね」


「ああ。一週間前はコーンドリブルもまともにできなかった」


「一週間で、そんなに変わるもんなの?」


「変わる。あいつの武器を見つけただけだ」


航太は少し考えた。


「パパって、そういうの見つけるの上手いよね」


拓人は少し驚いた。


「そうか」


「うん。俺のことも、最近そうだったし」


拓人は答えられなかった。


ただ、航太を見つめた。


しばらく二人とも黙っていた。


「パパ」


航太が口を開く。


「今日、佐藤さんと何か話してたでしょ」


拓人は少し驚いた。


「なんでわかる」


「顔見てればわかるよ。何か考え込んでる顔してる」


拓人は苦笑した。


「相変わらず鋭いな」


「話して」


拓人は少し迷った。


それから、話すことにした。


「フェニックスの正式な監督にならないかって言われた」


航太は目を丸くした。


「監督?」


「ああ」


「今までは?」


「ボランティアだった。一週間だけの代理」


航太はしばらく黙った。


頭の中で情報を整理しているようだった。


「どうするの?」


「まだ決めてない」


「なんで?」


拓人は少し考えてから答えた。


「正式に引き受けたら、練習の回数も増える。お前らと過ごす時間が、今より減るかもしれない」


航太は黙った。


拓人は、その反応を待った。


これまでなら、こんな話を航太にすることはなかった。


父親の決断を子供に相談する。


そんな発想自体が、拓人にはなかった。


今は違う。


航太の考えを知りたい。


素直に、そう思えた。


「パパ」


航太がようやく口を開く。


「今日の試合、俺は見てないけど」


「うん」


「パパが監督やってる時の顔、想像できる」


拓人は航太を見る。


「どんな顔だ」


「サッカー選手やってた時と違う顔」


拓人は少し驚いた。


「違うっていうのは?」


航太は考えながら言葉を選んだ。


「選手の時は、もっと張り詰めてる感じだった」


「うん」


「でも、監督やってる時のパパの話を聞いてて」


航太はそこで言葉を止めた。


「楽しそうだった」


拓人は何も言えなかった。


「パパ、今日かっこよかったよ」


その一言だけだった。


それで十分だった。


拓人は航太の顔をじっと見た。


これまでの反抗期。


長い沈黙。


荒川の朝の散歩。


その全部が、今の一言につながっていた。


「監督、やりなよ」


航太が続けた。


「俺らのこと、心配しなくていい」


「でも」


「今までだって、パパは俺らのためにちゃんと時間作ってきたじゃん」


航太は少し照れくさそうに笑った。


「監督やっても、ちゃんとやってくれるってわかってるから」


拓人は、その言葉をしばらく噛み締めた。


「航太」


「なに」


「ありがとうな」


航太は少し肩をすくめた。


「別に。大したこと言ってないし」


「大したことだ」


拓人は航太の頭にそっと手を置いた。


航太は、その手をいつもより長く受け入れていた。


「明日、葵とも結衣とも話す」


拓人が言うと、航太は頷いた。


「うん。でも俺は、もう賛成」


拓人は少し笑った。


「わかった」


しばらく二人で静かに座っていた。


テレビもつけない。


ただ、リビングの静けさの中に二人でいた。


「そろそろ寝るか」


拓人が言うと、航太は頷いて立ち上がった。


「パパ」


「なんだ」


「作文の結果、来週出るから」


拓人は少し笑った。


「楽しみにしてる」


航太は照れくさそうな顔をして、自分の部屋へ戻っていった。


拓人はリビングに一人残った。


窓の外には、川口の夜景が広がっている。


航太の言葉が、まだ耳の奥に残っていた。


パパ、今日かっこよかったよ。


拓人はスマホを取り出した。


佐藤にメッセージを送るべきか。


少し迷った。


でも、まだ葵と結衣には話していない。


明日、家族全員で話そう。


そう決めて、拓人はスマホを閉じた。


寝室へ向かう。


その途中で、遥の日記を思い出した。


あの日記に書かれていた言葉を、もう一度確かめたくなった。


拓人は足を止めた。


引き出しの中に、あの日記がある。


そして、その隣には家事ノートも。


拓人は寝室へ入った。


明日。


もう一度、あの言葉を読もうと思った。


◆次回予告◆


その夜。


拓人は遥の日記と家事ノートを、久しぶりに引き出しから取り出す。


最後のページに残された一文。


「あなたはきっと、どこでも10番よ」


かつては、ただの励ましだと思っていた。


でも今。


その言葉が、別の意味を持って拓人の胸に響き始める。


遥は、あの言葉に何を託していたのか。


拓人は、まだ知らなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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