あとがきと、おしらせ
「お愛、どうだ。カボチャが見事に実ったぞ」
土にまみれた手で、五郎が誇らしげに大きなカボチャを持ち上げた。その顔には、天下人として重き鎧を纏っていた頃の険しさは微塵もない。
「あらあら、五郎様。立派な豊作でございますね」
お愛が、あの頃と変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべて相槌を打つ。
「ああ。これだけあれば、万が一飢饉が起きても、日の本の民は笑って腹を満たせるであろう」
五郎が真面目くさった顔で頷くのを見て、お愛は思わずくすりと笑った。
「ふふふ。五郎様は、いつまでたっても土いじりがお好きな『五郎様』のままですが……やはり、唯一の天下人であらせられたのですね」
「……ん?」
「五郎様が家康公の影として生き抜かれた四十余年。私との『してもいない約束』のために、ただ天下泰平を望まれただけではないことが、このカボチャを見ればよくわかりますよ。貴方様はいつだって、ご自分のことより、この国の全ての民の明日を案じて生きておいででした」
お愛の言葉に、五郎は少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「それは誰よりも尊いことです。……ですから、せっかくあちらの世から『こちら』へいらしたのですから。民の平穏だけでなく、五郎様ご自身の幸せも、少しはお考えになってもよろしいのではないですか?」
お愛の優しい問いかけに、五郎はきょとんとした顔をした後、呆れたように息を吐いた。
「私の幸せ、だと? そんなもの……そなたと共に過ごすこと、それだけだ」
不器用な男が放った、あまりに真っ直ぐな言葉。お愛は頬を染め、嬉しそうに目を細めた。
「ま……五郎様ったら。私も、ずっとご一緒にございますよ」
「お愛……」
どこからともなく白檀の香りが微かに漂ってくるなか、五郎がお愛の肩を静かに引き寄せる。二人の顔が、ゆっくりと近づいていった。
その時である。
「五郎殿ーーッ! 大変にござる!!」
畑に走り込んできたのは、眉間に深い皺を寄せた石川数正である。
「また数正か!!」
五郎の怒号が響き渡る。
すべてを終えた『こちら』の世界でも、彼らの騒々しくも愛おしい日々は、まだまだ続きそうであった。
滝丸です。
皆様、『弟』および『弟・異聞』の連載、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。
『弟・異聞』、いかがでしたでしょうか。
重厚でシリアスな本編の執筆にいよいよ耐えきれなくなった作者が、現実逃避の果てに生み出したプロットです(笑)。どうしても皆様にご覧いただきたくなり、勢いのまま筆を取らせていただきました。
笑い成分80%、五郎さんに至ってはキャラ崩壊を起こしている始末ですが……もし彼が戦のない平和な世に生まれていたなら、きっとこんなふうに不器用で、愛すべき青年だったのではないかと思っています。
あの世ではどうか重い鎧を脱ぎ捨てて、お愛様と末長く幸せに暮らしていてほしい。作者として、そう切に願ってやみません。
長い間、『弟』という作品と、私の拙い筆にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
滝丸
実は本編を執筆中、五郎さんとお愛様の恋模様をこれ以上深く書いてしまうと、本来の歴史の物語が進まなくなってしまう……というジレンマに常に悩まされていました。
(とはいえ、読者の皆様からの反響もありまして極限まで書かせていただきましたが…^_^)
その結果、私の中に「もっと存分に恋愛を書きたい!」という鬱憤が、ぐるぐると溜まっておりました(笑)。
そこで次回作は、思い切ってジャンルを「歴史」から「現代」へと移し、以前から描いてみたかった「吹奏楽」をテーマにした恋愛ドラマに挑戦いたします!
◆新連載のお知らせ◆
『シンクロニシティ ―青い調和―』
〜二度目の人生、モラハラ夫から逃れ、不器用で重たい愛に全てを上書きされるまで〜
モラハラ夫に搾取され49歳で命を落とした真由子が、中1にタイムリープ!
今度こそ自立し、前世で心から愛した「娘」に再会するため、「勉強」と「吹奏楽」を武器に運命の書き換えを誓う。
孤独な戦いの最中、高校生になった彼女の前に現れたのは、理屈っぽく冷徹な「人間計算機」の彼。だが、彼の奏でるホルンの音は誰よりも温かかった――。
※過去の傷や元夫のエゴに真正面から向き合う重厚なヒューマンドラマですが、どんな試練があっても、最後は必ず彼の「完璧に計算された重たい溺愛」に守られ、完全無欠のハッピーエンドへと辿り着きます。絶望を絶対的な愛で上書きしていく大人のアンサンブルを、じっくりとお楽しみください。
今回も「なろう」様の片隅で、静かに連載していくつもりです。
歴史ものとは全く違う舞台になりますが、もしよろしければ、また新しい世界でもお会いできたら嬉しいです。




