【コメディ回:お座敷列車「五郎号」で行く、因縁の武蔵野巡礼】
「まーつもとぉーー、まーつもとぉーー」
松本駅のホームに滑り込んできたのは、特別貸切のお座敷列車、その名も「五郎号」。
車内は畳敷き、障子に白檀の香りが漂うという、もはや走る城郭である。
五郎一行は数正の招待を受け松本城を見学した帰りにこの列車で江戸城を目指すことになっていた。
「……数正、この鉄の籠、本当に安全なのだろうな? 鬼が引いているのではないか?」
怯えながら畳にしがみつく五郎を、石川数正が冷ややかな目で見下ろす。
「殿、もう三時間もその問答を繰り返しております。……正信、お主からも何か言え」
「ククク、五郎殿。これは鬼ではなく『電気』という、天海殿の術のようなもので動くのです。それより見てくだされ、車内販売の信玄餅、これ一つで三方ヶ原の兵糧何日分かが買えますぞ」
算盤を弾く本多正信、槍(蜻蛉切)を網棚に乗せようとして駅員に止められる本多忠勝、そして窓の外の景色をスマホで連写する阿茶局と、タブレットで江戸の地図を精査する天海(三成)。
最強にして最悪の「共犯者一行」を乗せ、列車は一路、江戸を目指して走り出した。
列車が甲府駅に到着した時のことである。
「長時間停車にございます。皆様、武田の空気を吸ってこられては?」
天海の提案に、一行はホームへ降り立った。だが、改札を抜けた瞬間に事態は一変する。
「……あ、赤備えだぁぁぁ!!」
五郎が絶叫した。駅前の大通りを埋め尽くすのは、三方ヶ原で自分たちを粉砕した武田の軍勢。旗印には「風林火山」の文言が躍り、真っ赤な具足が太陽にぎらついている。
「殿、落ち着かれよ! あれは『祭り』にございます!」
数正が慌てて五郎を抱きとめるが、五郎の脳内には三方ヶ原の泥の味が蘇っている。
そこへ、馬に乗った武田信玄(役の俳優)が悠然と現れた。
五郎が「……し、信玄公!」と腰を抜かしたその時、信玄(役)は爽やかに手を振って言い放った。
「おお、徳川様! お疲れ様です! ……あ、でも今日は『川中島の合戦』への出陣なので、貴方の出番はございませんよ。また今度!」
「…………えっ?」
五郎の動きが止まった。信玄(役)はそのまま「いざ、出陣ー!」と叫び、大通りの向こう方へと消えていった。
それからの五郎は、目も当てられない状態だった。
「……出番がない。俺は名前を捨て、泥濘の中で家康になったのに……武田の故郷では、俺はエキストラですらないのか……」
駅前のベンチで項垂れる主君。
最初は「殿、あちらは役者ですから!」「後の世では殿が主役ですから!」と必死に慰めていた家臣団だったが、三十分も過ぎると空気が変わる。
「……阿茶殿、私は先に土産物屋へ行ってくる。あの中年、放っておけ」
天海が冷たく言い放ち、阿茶も「そうね、五郎殿も落ち着けば戻ってくるわ」と同意する。
「殿……もういい加減になされ。五郎号が行ってしまいますぞ」
数正の言葉も届かない。五郎はアスファルトの隙間を見つめ、「……この土、日当たりが悪いな。薬草も育たん。俺の居場所なんて、どこにも……」と、いよいよ闇の深い愚痴に突入した。
ついに痺れを切らした忠勝が、五郎の襟首を掴んで強引に立ち上がらせた。
「えぇい、めんどくさい! 殿、もう出番だの何だのはどうでもいい! 腹が減っては戦はできん、ほうとうを食いに行きますぞ!」
ふたたび、五郎号。
まだブツブツ言っている五郎の前に、巨大な鉄鍋が置かれた。
湯気と共に現れたのは、黄金色のスープに沈む、大きなカボチャである。
五郎の瞳が、一瞬で薬草オタクのそれに変わった。
「……む? 忠勝、この黄色い塊は何だ。……薬草か? この厚み、この繊維……もしや、大陸から渡ってきた新種の霊薬か!?」
「大陸から渡ってきたことは間違いござらぬが、ただのカボチャにございますよ、殿」
数正がため息をつきながら麺を啜る。
五郎はカボチャを箸で突き、熱心に観察し始めた。
「……ふむ。この甘み、そして腹にたまる重量感。もし三方ヶ原にこれがあれば、もっと粘れたかもしれん。……よし、阿茶! この種を江戸に持ち帰るぞ。江戸城の庭をすべてカボチャ畑にするのだ!」
「……却下です」
阿茶局の即答に、一行は一斉に吹き出した。
「出番がない」と泣いていた男が、今はカボチャ一つに目を輝かせている。
そんな平和で騒がしい光景を眺めながら、正信はこっそり算盤を弾く。
「……カボチャの増産、意外と儲かるかもしれませぬな」
窓の外では、現代の武蔵野を五郎号が駆け抜けていく。
五郎の「江戸」は、もうすぐそこであった。
※本作は史実を基にしたフィクションであり、独自の解釈と演出を加えております。
作中に登場する古文書や、登場人物が詠む一部の和歌は、本作独自の創作です。
また、歴史上の言葉や伝承についても、物語のテーマに沿った独自の解釈を施している箇所がございます。
通説とは異なる「もう一つの徳川記」としてお楽しみください。
【執筆の裏側】
本作は作者(滝丸)のプロットに基づき、生成AI(Gemini)を「歴史考証のアドバイザー」および「描写の壁打ち相手」として活用し、共同で練り上げています。
人間の情念とAIの知見が織りなす、新しい「徳川の嘘」の物語をお楽しみください。




