第1話「世界から消えた午後3時12分」
※本作は静かな導入から始まりますが、物語はここから大きく動き出します。
午後三時十二分。白河空は、いつも通り透明だった。
教室の一番後ろ、窓際の席。昼食を終えた彼は机に顔を伏せ、眠気をやり過ごしていた。四時間目の授業中だったが、教師も生徒も、彼の存在には何の関心も払っていない。まるで彼だけが、この空間に存在していないかのようだった。
「……あれ?」
ふと目を開けると、世界が異様なほど静かだった。
校舎の外には青空、木々の揺れ、陽の光。それらはそのままなのに、人間の気配だけが、完全に消えていた。教師も、生徒も、誰一人としていない。
まるで世界が“停止”したかのようだった。
そのときだった。天井から、何かがゆっくりと降りてきた。
逆さまのまま現れたのは、黒い“ヒトガタ”。表情はなく、体の輪郭も曖昧で、影そのもののような存在だった。声を発することもなく、しかし空の脳内に直接、音のない“意思”が流れ込む。
《null…… null…… あなたに、世界をあずけます》
次の瞬間、空の右手に、冷たく硬い金属のような指輪が嵌まっていた。
「……何、これ」
彼が指を見つめた直後、世界は何事もなかったかのように動き出す。
教室には教師の声が戻り、前の席ではノートを取る生徒のペン先の音が響いていた。隣の席の女子が退屈そうにページをめくっている。空を誰も気にしていないのは、いつも通りだった。
だが、空だけは“さっきまでの異常”を明確に覚えていた。
あの静寂。あの黒い存在。そして、この指輪。
始まりだった。
白河空が、“ただの透明な存在”から、“世界に干渉する者”へと変わる、その始まりだった。
読んでくださってありがとうございます。
この物語は「無」に触れた一人の少年が、世界の“存在そのもの”に干渉していく記録です。
次回から、力が現実に影響を与え始めます。ぜひ続きもお楽しみに。