表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

第2章 黒い脈動

第2章「黒い脈動」を公開します。


第1章では,主人公が「観測士」としてこの世界に立ち,まだ誰にも理解されにくい力を持っていることが描かれました。


そして今回,彼が観測するのは,世界の奥底で静かに動き始めた“異常”です。


それは,目に見える災厄ではありません。

誰かが倒れるわけでも,町がすぐに崩れるわけでもない。


けれど,たしかに何かが脈打っている。


気づかれないまま進行する異変。

見ようとしなければ見えない違和感。

そして,それに気づいてしまう観測士。


この章から,物語は少しずつ深層へ沈んでいきます。

ぜひ,世界の奥にある“黒い脈動”を一緒に観測していただけたら嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

 ドクン、と低い音が響いた。

 カルジオの背中が、生き物みたいに脈打ったのだ。

 周囲から悲鳴が上がる。

「な、なんだあれ……!」

「黒い……!」

 鎧の隙間、肩甲骨のあたりから、黒い筋のようなものが浮き出ていた。血管ではない。もっと粘ついた、ノイズの塊みたいなものだ。

 まるで、“異常”そのものが形になったようだった。

「ぐ……ぁ……ッ」

 カルジオが苦しそうに喉を鳴らす。呼吸は浅く、脈はさらに乱れていく。このまま放置すれば危ない。そんなことは、医師ではない俺にもわかった。

 けれど、ここにはAEDもない。薬もない。病院もなければ、検査機器もない。

 ここは異世界だ。

 俺には、何もない。

 ……いや。

 本当に、何もないのか?

 俺は視線を上げた。

 青白い波形が、カルジオの身体を流れている。その奥に、黒いノイズがあった。あれが脈へ干渉している。心臓の動きを直接壊しているというより、もっと深い場所から、異常な電流みたいに身体全体のリズムを乱しているように見えた。

「ソノン」

『はい』

「あれはなんだ」

『深層異常です』

「だから、その“深層異常”ってなんなんだよ」

 ソノンは少しだけ沈黙した。

 そして、静かに言った。

『世界の奥で発生する、“観測不能の異常”です』

「……は?」

『通常、人間は表層しか認識できません。ですが異常は、より深い領域から発生します』

 ソノンの青い目が、カルジオの背中に浮かぶ黒いノイズを映す。

『感情、恐怖、疲弊、絶望、蓄積した歪み。それらはやがて深層へ沈殿し、生命活動へ干渉します』

 ドクン、と黒い塊がまた脈打った。

『循環、呼吸、神経、精神。深層異常はそれらを少しずつ歪め、やがて身体そのものを壊します』

 ……まるで病気じゃないか。

 いや、病気そのものだ。

 ストレス。炎症。自律神経。慢性疲労。過労。人間は、“見えない異常”で壊れていく。俺がいた世界でも、それは同じだった。ただ、この世界ではその異常が本当に“見えている”。

「治せるのか?」

『わかりません』

「は?」

『観測士は極めて希少です。深層異常への対処法は、ほとんど失われています』

 最悪だった。

 つまり、誰も正解を知らないということだ。

 だが、だからこそ俺がここにいるのかもしれない。そんな考えが、混乱した頭の片隅に浮かんだ。

 俺はカルジオの胸元へ触れた。

 脈は速い。危険な頻脈。しかも、明らかに乱れている。だが原因は、心臓そのものではない。もっと奥。ソノンの言う“深層”から、何かが干渉している。

 俺は目を閉じた。

 集中する。

 エコー検査の時みたいに、余計なノイズを切る。必要のない情報を落とし、観たいものだけを拾う。音ではなく、波を見る。形ではなく、流れを見る。

 すると、見えた。

 黒い塊の中心。そこだけが妙に冷たく、脈がズレている。正常な波と噛み合っていない。まるで、異常な“位相差”が生じているみたいだった。

「……同期してない?」

『観測精度上昇。深層波形解析を開始します』

 ソノンが淡く光り、俺の視界に複数の波が浮かんだ。

 正常波形。異常波形。そして、黒いノイズ波。

 全部がズレている。だから互いに干渉し、カルジオの身体を内側から乱している。

 なら、逆に言えば。

「……合わせればいいのか?」

『え?』

「波形同士を」

 俺は無意識に呟いていた。

 超音波でもそうだ。ズレれば乱れる。干渉する。減衰する。けれど、正しく合わせれば届く。伝わる。見える。

 だったら、この深層異常も同じかもしれない。

 俺はカルジオの肩へ手を置いた。

「聞こえるか」

「……ぐ……」

「呼吸を合わせろ」

「……は……?」

「いいから」

 カルジオの呼吸はバラバラだった。浅く、速く、苦しさに引きずられるように乱れている。その乱れが、さらに脈を乱す。交感神経が暴走している時の反応に似ていた。

 俺はできるだけ低く、落ち着いた声で言った。

「吸え」

「……ッ」

「もっとゆっくり。そうだ。今度は吐け」

「……はぁ……ッ」

 ドクン、と黒い波が揺れる。

「もう一回。吸って、吐け。焦るな。俺の声だけ聞け」

「俺は…… 戦士だぞ」

 カルジオが、歯を食いしばり剣を握りながら言った。

「こんなことで、倒れるわけには……まだ、戦え……」

「戦えるかどうかじゃない」

 俺は彼の手首を押さえたまま言った。

「今は、生きてるかどうかだ」

 カルジオの目が、わずかに見開かれる。

「剣を握る前に、呼吸を戻せ。立ち上がるのはその後でいい」

「…… 命令すんな」

「命令じゃない。観測結果だ」

 一瞬だけ、カルジオの口元が歪んだ。笑ったのかもしれない。

「変な奴だな、お前」

「よく言われる」

 カルジオは苦しげに顔を歪めながらも、俺の声に従った。

 吸う。吐く。吸う。吐く。

 最初はひどくぎこちなかった呼吸が、少しずつ一定のリズムを取り戻していく。それに合わせるように、視界の中の波形もわずかに揃い始めた。

 周囲は静まり返っていた。

 誰も声を出さない。さっきまでざわめいていた住民たちも、息を呑んだままこちらを見ている。ただ、俺とカルジオの呼吸だけが、白い灰の降る町に小さく響いていた。

「……ッ」

 ドクン。

 黒いノイズが、一瞬だけ揺らいだ。

『深層異常反応、低下。循環波形、安定化を確認。』

 カルジオの呼吸が、少しずつ、けれど確かに戻り始めた。

 胸の上下が緩やかになり、脈も落ち着きを取り戻していく。その様子に周囲がざわめき始める。

「お、おい……」

「落ち着いたぞ……!?」

「回復術も使ってないのに……」

 だが、俺は安心できなかった。

 まだ見えている。カルジオの奥底、さらに深い場所に。

 黒い“根”が、塔へ向かって伸びているように見える。まるで生き物のように蠢く、禍々しい闇。

 嫌な予感が、背中を冷たい汗で濡らした。

 ソノンが小さく震え、その声が頭の中で響く。

『警告。』

『この町の深層異常は、単独発生ではありません。』

「……どういう意味だ。」

 俺の問いに答えるように、ソノンはゆっくりとしろい塔を見上げた。

『発生源は、あの塔です。』

第2章「黒い脈動」をお読みいただき,ありがとうございました。


今回は,世界の表面ではなく,その奥で静かに進んでいる異常を描きました。


大きな爆発や派手な戦闘ではなく,

誰にも気づかれないまま,じわじわと世界を侵していくもの。


この物語で描きたいのは,まさにそうした“見えない危機”です。


攻撃力ゼロの観測士にできることは,剣を振ることでも,魔法で敵を倒すことでもありません。

ただ,誰よりも先に気づくこと。

そして,その違和感を見逃さないこと。


次章では,この黒い脈動が,主人公たちの前に少しずつ形を持って現れていきます。


ブックマークや評価をいただけると,とても励みになります。

引き続き,観測士の物語を見守っていただけましたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ