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炎上謝罪代行人は、善人ランキング世界で“許される空気”を作る  作者: 有馬 凪


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第十六話 口裏合わせ疑惑

《ミオ逃亡》


《ヒカリ密会》


《ごめんなさい屋介入》


《記録なし会話》


《口裏合わせ疑惑》


トレンドの文字が画面の中で並んでいた。


分かっていた。


記録に残らない会話は外から見れば怪しい。


密室。


当事者同士。


火消し業者同席。


録音なし。


どこを切り取っても、陰謀論が好きな人間にはごちそうだ。


「早すぎる」


俺が呟くと、レイがスマホを見ながら言った。


「早いんじゃなくて、みんな待ってるんだよ」


「何を」


「次に疑っていいもの」


その言い方が嫌だった。


でも否定できなかった。


人は一度疑う側に立つと、簡単には戻れない。


疑うことには中毒性がある。


誰かの発言の裏を読む。


誰かの沈黙に意味をつける。


誰かの笑顔を嘘だと決める。


そうしている間だけ、自分が賢い人間になった気がする。


ヒカリはトレンドを見つめていた。


さっきまでより顔色は悪い。


でも、崩れてはいなかった。


「……ミオさん」


小さく呟く。


「また叩かれますよね」


「叩かれます」


俺は言った。


ごまかしても意味がない。


「でも、さっきよりは少し違う形になる」


「違う形」


「ミオさんだけを責める流れには、まだなっていない。ごめんなさい屋が怪しまれてる」


レイがこちらを見る。


「こっちに火が来るってこと?」


「はい」


「うわ、最悪」


そう言いながら、レイは少しだけ楽しそうだった。


この人は燃えることへの感覚が壊れている。


いや。


燃えすぎて、焦げる場所がもう残っていないのかもしれない。


「有馬」


廊下の奥から相模原の声がした。


相変わらず静かだった。


でも、いつもより少しだけ硬い。


俺たちが戻ると、控室の前より広い会議室に移されていた。


スタッフたちが端末を開いている。


電話が鳴っている。


誰かが低い声でスポンサー対応をしている。


モニターには、リアルタイムで関連ワードが表示されていた。


《口裏合わせ》


《謝罪代行業者》


《ごめんなさい屋とは》


《有馬湊》


俺は最後の文字を見て、少しだけ息が止まった。


「……俺の名前まで出てますね」


「当然だ」


相模原はタブレットを見たまま言った。


「当事者同士の接触に同席した人間だ。次はお前が説明対象になる」


「めんどくさ」


レイが言う。


「有馬くん、ついにデビューじゃん」


「嬉しくないです」


「善人スコア下がるよ」


「元から低いので」


「セルフレジ仲間?」


「やめてください」


冗談を返しているのに、喉の奥が少し乾いていた。


自分の名前が流れている。


知らない人間が、自分について勝手に話している。


俺は今までそれを処理する側だった。


でも、画面に自分の名前が出ると、思っていたより気持ち悪い。


ヒカリがこちらを見る。


「有馬さん、大丈夫ですか」


「大丈夫です」


言ってから、自分で少し笑いそうになった。


ヒカリと同じことをしている。


大丈夫じゃない時に大丈夫と言う。


「今のあんまり信用できないです」


ヒカリが言った。


レイが吹き出した。


「言われてる」


俺は何も返せなかった。


相模原がモニターを見る。


「状況を整理する」


スタッフが画面を切り替えた。


表示される数値。


善人スコア。


天音ヒカリ、68.4。


青葉ミオ、51.2。


白石元教師、57.8。


俺の名前の横にも数字が出ていた。


有馬湊、37.6。


「下がってる」


レイが嬉しそうに言った。


「おめでとう、セルフレジ以下」


「黙ってください」


「私は?」


レイが自分のスコアを見る。


黒崎レイ、11.9。


「私も下がってる」


「誤差ですね」


「ひど」


相模原が軽く咳払いをした。


「遊ぶな」


「すみません」


レイは全然反省していない顔で言った。


相模原は続ける。


「問題はミオさんのスコア低下だ」


ヒカリが顔を上げる。


「ミオさんも?」


「配信告発後、支持と攻撃が分裂している。被害者として同情される一方で、晒し行為への批判も出ている」


モニターにコメントが並ぶ。


『ミオさん勇気出した』


『よく言った』


『でも配信でやるのは違う』


『口裏合わせした?』


『ヒカリに丸め込まれた?』


『ごめんなさい屋に消された?』


『ミオ逃げた』


ヒカリの顔が強張る。


「逃げたんじゃないです」


「世間にはそう見える」


相模原が言った。


「配信を始めた人間が急に配信を止めた。外から見れば、何かあったと考える」


「だからって」


「だからこそ、今出す言葉を間違えると、ミオさんが次の燃料になる」


ヒカリは何も言えなくなる。


俺はモニターを見た。


炎上はヒカリ一人のものではない。


ミオ。


白石。


学校。


ごめんなさい屋。


そして俺。


関わった人間すべてが順番に疑われていく。


疑いは火より早い。


火は燃えるものを選ぶ。


疑いは空白を見つければどこにでも入り込む。


「方針は?」


相模原が俺を見る。


まただ。


また試されている。


この人はもう、俺に考えさせること自体を仕事にしている。


嫌だった。


でも、逃げられない。


「まず」


俺は画面を見る。


「口裏合わせ疑惑を正面から否定しない」


ヒカリが少し驚いた顔をする。


「否定しないんですか」


「はい。『口裏合わせなんてしていません』は燃えます」


レイが頷く。


「絶対スクショされるやつ」


「『していない証拠を出せ』になる」


俺は続ける。


「だから、疑惑そのものじゃなくて、会話の目的を説明する」


相模原が少しだけ目を細める。


「文面」


俺はタブレットを開いた。


《青葉ミオ氏との面会は、謝罪や示談、発信内容の調整を目的としたものではありません。》


そこまで打って止まる。


「これだと硬いですね」


「硬いぐらいでいい」


相模原が言う。


「でも読まれない」


レイが横から口を挟む。


「読まれなかったら意味ないじゃん」


珍しく正しい。


俺は少し考える。


文面を消す。


また打つ。


《先ほどの面会は、何を発信するかを決めるためではなく、まず当事者同士が直接言葉を聞くためのものでした。》


《その場で謝罪の受け入れ、和解、今後の発信内容について合意した事実はありません。》


《青葉氏が今後どのように発信するかは、青葉氏本人の判断です。》


《天音氏側から、発信の停止や変更を求めた事実はありません。》


レイが読む。


「うわ、普通」


「普通が必要な時もあります」


「でも最後に何か欲しくない?」


「何かって」


「人間味」


レイがそう言ったので、少し意外だった。


相模原もレイを見る。


レイはポテチを一枚食べた。


「だってさ、これだと本当に火消し業者の文章じゃん」


「ごめんなさい屋です」


「名前はどうでもいい」


レイは画面を見る。


「ミオを守りたいんでしょ。だったら、ミオの自由を守ってる感じをもうちょい出した方がよくない?」


ヒカリが小さく頷いた。


「私も、そう思います」


俺は画面を見る。


自由。


この状況で自由なんて言葉を使うのは危険だ。


でも、必要かもしれない。


ミオは配信をした。


その配信でヒカリは燃えた。


その後、ミオは叩かれた。


今、ミオが何を言っても、言わなくても、誰かが意味をつける。


せめて外から意味を固定しない方がいい。


俺は最後に一文を足した。


《誰かの沈黙にも、誰かの発言にも、外部から勝手な意味を与えないでください。》


部屋が静かになった。


相模原が文面を読む。


「甘い」


「はい」


「だが、使える」


褒められた気がして嫌だった。


ヒカリはその一文を見ていた。


「それ」


「はい」


「私にも言われてるみたいです」


俺は答えなかった。


たぶんその通りだった。


ミオの沈黙に意味をつけたのは外部だけじゃない。


ヒカリも。


俺も。


相模原も。


みんな、誰かの沈黙に勝手な意味をつけている。


「出します」


スタッフが確認し、投稿する。


数秒後、反応が流れ始める。


『ごめんなさい屋また出た』


『火消し必死』


『でも文面はまとも』


『口裏合わせじゃないってこと?』


『勝手な意味を与えないでください、刺さる』


『沈黙にも意味あるだろ』


『発信しなきゃ逃げ、発信したら燃料、地獄』


『ミオさん休ませてやれ』


『ヒカリも休め』


「少し割れた」


俺が言うと、相模原が頷く。


「悪くない」


「善人スコアは」


スタッフが確認する。


「天音さん、68.4から68.7へ微増」


ヒカリが目を見開く。


「上がるんですか」


「少しだけですね」


俺が言う。


「でも、上がってます」


ヒカリは画面を見つめていた。


その表情は嬉しそうではなかった。


むしろ戸惑っている。


自分の言葉ではなく、ごめんなさい屋の声明でスコアが上がる。


それはたぶん、気持ちのいいことではない。


「ミオさんは」


ヒカリが聞く。


スタッフが少し遅れて答える。


「青葉ミオさん、51.2から51.0」


ヒカリの表情が曇る。


「下がってる」


「誤差です」


相模原が言う。


「でも下がってます」


「はい」


「……」


ヒカリは唇を噛んだ。


自分が少し上がって、ミオが少し下がる。


数字は小さい。


でも、たぶん痛い。


この社会では善意ですら点数の差になる。


「天音さん」


相模原が言った。


「ここで一喜一憂しないでください」


「……はい」


「スコアは人間の価値ではありません」


ヒカリが顔を上げる。


レイが「え」と声を漏らした。


俺も少し驚いた。


相模原の口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


でも相模原は続けた。


「ただし、社会はそう扱う」


やっぱり相模原だった。


「だから、見ます。使います。対策します。しかし、信じてはいけない」


ヒカリは何も言わなかった。


俺も少しだけ考えた。


相模原は善人スコアを信じていない。


でも、誰よりも正確に使っている。


それが怖い。


「次に来るのは何ですか」


俺が聞く。


相模原はモニターを見る。


「メディアです」


「もう来てますけど」


「報道ではなく、討論番組」


相模原は画面を切り替えた。


夜のネット討論番組の告知。


《緊急生配信:天音ヒカリ炎上から考える“善人スコア社会”》


出演者一覧。


SNS評論家。


元教師。


弁護士。


教育系インフルエンサー。


炎上経験者。


そして。


《黒崎レイ》


レイがポテチを落とした。


「は?」


俺も画面を見る。


確かに名前がある。


黒崎レイ。


出演予定。


「いやいやいやいや」


レイがスマホを取り出す。


「知らない知らない。出るなんて言ってない」


「事務所に連絡は」


「私、事務所ないから」


「じゃあ誰が」


レイのスマホが震えた。


画面を見る。


レイの表情が固まる。


「……元マネ」


「勝手に入れられた?」


「たぶん」


相模原が静かに言う。


「断れますか」


「断れるけど」


レイは画面を見て、苦い顔をする。


「もう告知出てる」


「断ると?」


「逃げたって言われる」


「出ると?」


「燃える」


「どちらでも燃えますね」


「嬉しそうに言うな」


相模原は表情を変えない。


レイは椅子に座り込んだ。


「えー、私まで巻き込まれるの?」


「すでに巻き込まれています」


俺は言った。


レイがこちらを睨む。


「火消し屋のくせに冷たい」


「ごめんなさい屋です」


「名前がふざけてるんだよ」


でも、レイの声にはいつもの勢いがなかった。


ヒカリが心配そうに見る。


「レイさん、大丈夫ですか」


レイは一瞬だけ黙った。


それから笑う。


いつもの軽い笑い方。


「大丈夫大丈夫。私、善人スコア11だから。燃えカスは燃えない」


でも、その笑い方が少しだけ雑だった。


俺は気づいた。


レイはたぶん、自分が燃えることには慣れている。


でも、今回の炎上に自分の言葉が使われることには慣れていない。


「番組のテーマは」


相模原がスタッフに聞く。


スタッフが画面を読む。


「『善人は本当に善人なのか』『炎上社会の正義』『被害者告発の是非』などです」


「最悪の盛り合わせ」


レイが言う。


「出演者コメントに、黒崎レイさんの名前で」


スタッフが少し言いにくそうにする。


「何」


レイが促す。


スタッフは読む。


「『私は善人スコア社会の被害者も加害者も見てきた。当日は本音で話します』と」


レイの顔が無になる。


「言ってない」


「でしょうね」


「本音で話しますって誰の本音だよ」


俺は画面を見た。


番組側はレイを利用する気だ。


炎上経験者。


低スコア配信者。


過激発言。


ヒカリの近くにいた人物。


使いやすい。


燃えやすい。


しかも、本人の信用が低い。


レイが何を言っても番組の燃料になる。


「断った方がいいです」


俺は言った。


「でも断ると逃げたって言われるんでしょ」


ヒカリが言う。


「それでも、出るよりは」


「いや」


相模原が口を開く。


「出た方がいい」


部屋の空気が止まる。


レイが相模原を見る。


「正気?」


「はい」


「私、出たら絶対余計なこと言うよ」


「だからです」


相模原は言った。


「この炎上には外側から見た言葉が必要です」


「それ私じゃなくてよくない?」


「あなたが一番適任です」


レイは嫌そうな顔をする。


「理由は」


「善人ではないから」


その一言で部屋が静かになった。


レイの表情が少し変わる。


相模原は続ける。


「善人スコアの高い人間が語れば、説教になる。専門家が語れば、解説になる。天音さんが語れば、弁明になる」


相模原はレイを見る。


「でもあなたが語れば、悪口になる」


「それ褒めてる?」


「最大限に」


レイはしばらく黙っていた。


それから少しだけ笑った。


「最悪の褒め方だね」


「あなたには向いている」


「そっか」


レイはスマホを見た。


番組告知。


自分の名前。


勝手に作られたコメント。


少しだけ息を吐く。


「まあ、善人代表の皆さんが綺麗なこと言う番組なら、私みたいなの一匹混ざってた方がいいかもね」


「出るんですか」


俺が聞く。


レイは肩をすくめた。


「出る」


ヒカリが心配そうに言う。


「でも」


「大丈夫」


レイは笑った。


「私はヒカリみたいに、失う清潔感ないから」


軽い言い方だった。


でも、少しだけ寂しかった。


「ただし」


レイは相模原を見る。


「台本は読まない」


「結構です」


「言っちゃいけないことは?」


「あります」


「あるんだ」


「山ほど」


レイはうんざりした顔をした。


「火消し屋って大変だね」


「ごめんなさい屋です」


レイは俺を指さした。


「有馬くん、台本作って」


「俺ですか」


「どうせ作るんでしょ」


相模原が頷く。


「有馬が作れ」


「また俺ですか」


「お前が一番、黒崎レイの失言を計算できる」


「嫌な信頼ですね」


レイが笑う。


「じゃあ、私の失言、いい感じに燃やしてよ」


俺はため息をついた。


「失言を前提にしないでください」


「無理でしょ」


自覚があるだけマシなのかもしれない。


ヒカリがレイを見る。


「レイさん」


「何?」


「私のこと守ろうとしないでください」


レイが少しだけ目を見開く。


ヒカリは続ける。


「私を守ろうとして、レイさんが燃えるのは嫌です」


レイは数秒黙った。


それからニヤッと笑った。


「善人スコア68のくせに生意気」


ヒカリは困ったように笑う。


「すみま……」


途中で止まる。


レイが指を鳴らした。


「はい、謝罪未遂」


ヒカリが少しだけ笑った。


その笑いはほんの少しだけ自然だった。


俺はそれを見て、少し息を吐く。


外はまだ燃えている。


何も解決していない。


誰も許されていない。


でも、この部屋の中だけは、さっきより少し人間が戻ってきている気がした。


相模原が言った。


「時間がない」


モニターに番組開始までのカウントが出る。


残り三時間。


「有馬、黒崎用の発言案を作れ」


「はい」


「ただし、綺麗にするな」


俺は顔を上げる。


「綺麗にしない?」


「黒崎レイの役割は正論を壊すことです」


相模原は言った。


「番組に並ぶ正しい言葉を少し汚してこい」


レイが笑う。


「いいね。それ得意」


ヒカリが心配そうにレイを見る。


レイはその視線に気づいて、軽く手を振った。


「大丈夫。私はもともと汚れてるから」


その言葉にヒカリは何も言えなかった。


俺も。


レイは明るく笑っていた。


でもその笑顔は、ヒカリの愛想笑いとは別の形で痛かった。


善人じゃないことで自分を守ってきた人間の笑い方。


俺はタブレットを開く。


番組タイトル。


《善人は本当に善人なのか》


出演者一覧。


黒崎レイ。


その名前を見ながら、俺は思った。


次に燃えるのはたぶんレイだ。


そしてレイは。


燃え慣れているふりをしているだけで、火傷しないわけじゃない。


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