第四章~なんか面倒なことに巻き込まれた~
第四章~なんか面倒なことに巻き込まれた~
アクエイス湖の中心で謎の爆発が起こった。最初は何ごとかと眺めていたが、しかし前人未踏の島でそのような騒ぎが起こっていると分かれば、冒険者やアクエイス常駐の研究者達が、こぞって舟を出して島へと駆けつけることとなった。
その後、何故か空間を渡ってまで湖へと飛び込んでしまった少女二人を救助し、島に取り残されていた青年を舟に乗せ、その三人は事情を聞くため冒険者協会の談話室へと案内(強制)され、今に至る。
「アリア、小さいからわっかんなーい」という見た目を武器にしたごまかしも、彼女のことを良く知っている協会関係者には通用するわけはなかった。もっと言ってしまえば、冒険者協会の背後にある組織が、今のアリアの後ろ盾になっている。なのでアリアが何を言おうが、どのみち逃げ場はない。
とはいえ、アリアの独特な雰囲気もあって、話し合いはわりと和気藹々と進んでいくのだが。
当然ラミアたちも話を尋ねられ、聖霊剣のことは隠しつつ、真実を少し含ませながらの嘘を並べていた。
これに関しては、三人で相談し、口裏を合わせていた。観光目的で島に近づく、たまたま偶然にラミアの誘導で舟が島に到着することができた、そしてたまたま剣が突き刺さっているのを見て好奇心に勝てず引き抜いた。そうしたらたまたま『魔物』が封印されていたので戦い、勝利し、今に至る、という流れで。
たまたま、という言葉をこれでもかと並べ立てた供述だが、一応三人と船頭も含めた証言に食い違いは無かったため、これ以上は追求されなかった。
アリアは珍しく、笑顔ではなく疲れ切った表情で、協会の事務所から出てきた。和気藹々のようにしてはいたが、やはり思うところはあったのだろう。
「こんな幼女を捕まえてどうしようっていうのよ」
と悪態をつく始末だった。
「……それにしても、混んでるわよね」
「だな」
普段がどれだけ混むかは知らないものの、この混み方は少々不自然だと、ラミアとアルフは感じていた。そのため談話コーナーの一角で様子をうかがっていた。
三人がベンチに座ってしばらく周りを見ていると、声をかけてくる男がいた。
「お前達か、久しぶりだな」
「あれ、ガリエスさん? 引き返したんじゃなかったの?」
「ああ、一度タルファームまで戻った。……戻ったんだがな」
彼は歯切れが悪そうに話を続ける。元々話し上手では無いので、ぶっきらぼうなのはしょうがない。これは先日同行したことで分かっては居るが、それでも輪をかけて話しづらそうにしていた。
「少し問題が起こってな。タルファーム支部から書類を届けにきた所だ」
「問題?」
「……ああ」
ガリエスは、先ほどからアリアをじっと見つめていた。アリアは最初から気づいており、視線を合わせて首をかしげた。しばらく見つめ合っていたが、ガリエスの目つきが急に変わり、殺気を飛ばした。
正面にいたアルフとラミアは、さすがにぞわっとした。しかしアリアは平然としたまま、……いや、わずかに目を細めた。
「……っ!!」
「うわっ!?」
「な、なんだっ!?」
ガリエスが怯んで一歩後ろに引き、その後ろでも他の冒険者が、得体の知れない恐怖を感じたか、右往左往していた。中には訳も分からず抜刀した人もいて、にわかに別の混乱を招き、協会内は一気にざわついてしまった。
アリアは殺気を放ってはいない。ただ、ちょっと闘気をにじませたに過ぎない。それだけで、これほどまでに場の空気を乱すほどの威圧感だ。ガリエスは冷や汗を流し、それでもアリアから目が離せないでいた。
「ん? 何だこの騒ぎは?」
と、脳天気な声が、右の方から聞こえてきた。
「あ、当然イレスもいるわよね。久しぶり」
「おう、イレス様だぜ。久しぶりだな、……それよりガリエス、どうした?」
ガリエスは、イレスが来たことには気がついていたが、しかし未だアリアから視線を外せないでいた。
「……おいガリエス」
イレスはジト目になり、ガリエスを小突いた。
「オレのこと散々ロリだの言うけどよ、お前こそ何だよ。お前はここまで小さい子の方が好みなのか? ああん? このっこのっ」
「い、いや、そうでは無く……」
イレスはしばらくそうしてガリエスをからかっていたが、ラミアたち三人に向き直った。
「改めて久しぶりだな。お嬢ちゃんは初めましてだな、オレはイレスってんだ。よろしく」
「アリアはアリア。アリア・ファルアスタシアよ。よろしく、お兄ちゃんっ」
とアリアが自己紹介し、ラミアが尽かさず補足した。
「二七歳独身で私の叔母」
「…もーラミアちゃん、駄目だよ年のこと言っちゃ」
アリアは、ぽかぽかとラミアをかわいく殴る。なお、アリアはちょっぴり笑顔。その笑顔の原因は、ラミアがアリアの年齢を勘違いしていたこと。実年齢より二歳若く言ってくれたことが嬉しかったのだ。そう、アリアちゃんは二九歳なのだ。
しばらくして、気が済んだアリアは二人に体を向けた。
「こほんっ、改めまして、アリア・ファルアスタシアです。……二七歳です。このラミアちゃんの叔母です。……疑ってるんですか?」
そして、その偽りの年齢に乗っかる。
「ああ」
イレスは即答した。
「いやだってよ、えっと、アリアさん、だっけか? 言っちゃ悪いとは思うけどさ、その見た目だろ? オレより年上って? 何の冗談だ?」
イレスは、少し混乱しているようだった。ガリエスも、ようやく口を開いた。
「先ほどの闘気、覚えがある」
ガリエスは拳を軽く握り、その拳を前へと突き出す動作をした。持つ人なら分かる、ジャマダハルの動きだ。
「私を知っているみたいだね。だからさっき睨んでたのかー。モテる女はつらいねー」
と言いながら、わざとらしく頬を手で挟むのだった。
「? まあいいや。ガリエス、報告は終わったぜ。すぐに討伐隊を編成して向かうことになりそうだ。それにちょうど良い。アルフにラミア、お前達も是非手伝ってくれないか? 先週のマンイーターがらみだ」
イレスは深刻そうな表情で、話をする。
イレス達は、ラミア達と別れた翌日にはタルファームへの復路についた。その途中、先日と同じ場所でマンイーターがまた増えてきていることがわかり、それをタルファームの冒険者協会へと報告した。先日あれほどの数を殲滅できたにも関わらず、その増え方が異常だとして。
タルファームの冒険者協会は、危険であれば街道を閉鎖し、冒険者を募って大規模な討伐を行うとのことで、計画を進めることとなった。イレス達はこの話を、アクエイスにも届けるという仕事を受け、こちらまで来たという。しかし、話はそれだけでは終わらない。
こちらに再び向かってきた途中、その場所では倍以上に増えていたのである。イレスたちは馬に鞭を入れ、マンイーターの群れを突っ切ってここまで来たのだ。すでに街道までマンイーターであふれており、かなり危険な状況になっていると二人は話した。
「状況からして、スタンピードになる可能性がある」
ガドネアではあまり聞かない言葉だが、数年に一度の頻度で、小規模ながらも各地で起こっている。
ガドネアでは森林地帯も多いし、深い所はかなり深い。そうした場所には多くの魔獣や魔物が生息している。そうした場所にドラゴンなどの圧倒的な存在が降り立ったり、逆に弱いがどうしようもないほどの数の魔獣が押し寄せてきたときに、現住の魔獣達が逃げ出すことがある。
ある程度は分散するのだが、場合によっては一定方向に固まっての逃避行となることもある。その逃避行の先に町があったりすれば、意図せずその町を襲ってしまうことになる。こうした現象を、スタンピードと称して恐れられているのだ。
ラミアが生まれるずっと以前も、このアクエイスに小規模ながらスタンピードが発生したことがある。この時は町から少しそれた方向だったため、町への深刻な被害は出なかった。ただ、それに巻き込まれて小さな女の子が亡くなったのが、唯一の犠牲者とされている。
ただ、その犠牲者に関しては思うところがあるアリアは、小さな声で呟いた。
「……スタンピード……」
ラミアは、先のマンイーターの戦いに巻き込まれているため、さすがに人ごととは考えられなかった。
「分かったわ、私もできる限り手伝う」
「俺ももちろんだ」
「私も手伝うよー」
先ほどまで陰のある表情をしていたアリアだが、脳天気に万歳して参加表明をした。
「いや、君? あなた? えっと」
またもイレスが混乱し始めた。
「手伝って貰うのはやぶさかではない。イレス、言っておくがこの娘、見てくれはこうだが、おそらくこの中では、……いや、今いる冒険者達全員でかかっても勝てないほどに強いぞ」
「は? ……何の冗談だよ? ガリエスにここまで言わせるとか、ああもう、何なんだ?」
「アリアだよー。ちゃん付けでも良いよー」
「いや名前のことじゃなくてだな。ガリエスにここまで言わせるアリアって、何なんだ?」
「ぶー、ちゃん付けでいいって言ったのにー」
「知らない方が良い」
イレスは頭を抱える。マイペースを崩さないアリアに、ガリエスの神妙な顔つき。この脳天気な娘のどこに、ガリエスをここまで言わせるものがあるのか。ガリエスは、傭兵という立場ゆえ、裏事情を多少なりとも知っている。ただ、目の前のアリアがそうした人物とは、イレスは到底思えなかった。深呼吸をして心を落ち着かせ、これ以上の詮索を打ち切る。
「分かった。これ以上は聞かないことにする。アリア、君も手伝ってくれ」
「もちろんだよー」
冒険者協会は、マンイーターの討伐指令を出し、メンバーを募った。それで集まったのは二十二人。イレスはもちろん、ラミアとアルフ、そしてアリアが参加した。ガリエスは傭兵のためこの数には入っていないが、有志の手伝いということで、報酬は別に算定されることになる。
「そういえば、傭兵って冒険者とはどう違うの? お金を貰って何か仕事をするって意味では一緒だと思うけど」
ラミアの疑問は最もだった。これに関しては、ガリエス本人が答えてくれた。
「基本的なところはその通りだが、傭兵は戦闘を専門にする。俺のように単独でいる方が珍しく、普通は数人程度の傭兵団でまとまっている」
通常、彼が話したとおり、傭兵は数人以上が集まって傭兵団を形成する。仕事の受注決定権は団長にある。その仕事内容は色々あるが、多くは戦闘を目的とする。ただお金で雇われ、戦う。それが魔物相手であろうと、人間相手であろうと。そしてこれも希にあるのだが、以前共闘した傭兵団は明日には敵対する側に雇用された、又はその逆のパターンで全面的に協力する、ということもある。所詮は金で雇われの身。恨み辛みは引きずらないというのが傭兵の流儀だ。
この部分が冒険者と一番違うところだろう。冒険者はあくまでも人助けを理念とする、お人好し集団だ。
「そんな家業だ。俺の手も、既に汚れている」
そう言って、ガリエスは自分の手を、見つめた。その手を、アリアが優しく包む。
「かつての私も、そういう面でいえば傭兵に近かったかな」
さすがに身長差があるため、ガリエスの手はアリアの眼前だ。アリアは努めて優しく微笑み、ガリエスは少し照れくさくなったのか、視線を逸らした。
「傭兵家業が嫌になったら、アクエイスに住んじゃいなよ。ここは良い街だよ? 田畑をするもよし、何か商売をするもよし。何だったら、当道場は新人冒険者に戦闘技術を教える人材を募集してまーす。圧倒的人材不足なので、来てくれると嬉しいな?」
しばらくあっけにとられていたガリエスだが、ふ、と息を吐いた。
「ま、考えておこう」
そして、少しだけ微笑むのだった。
それから間もなくして、討伐隊の編成が完了、各々も準備が完了し、馬車に分乗して出発することとなった。ラミア達三人は、一度アリアの家に戻り、最低限の装備をし直して戻ってきた。
「乗り物酔いは大丈夫そうか?」
「う、あんまり自信ない」
「多分、もう大丈夫だと思うよ?」
アルフとラミア、アリアは同じ馬車だ。他にも乗り込み、十二席が全て埋まっている。
「……なんか、とんでもないことに巻き込まれたって感じ」
「だよねー」
アリアは、足をぷらぷらと振る。身長が身長なだけに、足が床に届いていない。他に分乗している冒険者は、皆アクエイスの冒険者であり、過去にアリアから剣術などを学んだ人物がほとんどだ。アリアも新人冒険者の顔をよく覚えており、緊張でガチガチとなっている二人に優しく声をかけた。
「ほら、エイゼルくんもランちゃんも、そんなに緊張しないのー。今日は先生も作戦に参加するんだからね、大船に乗ったつもりでいいんだよ?」
「で、ですけどね」
「わ、私が怖いのは作戦とかでは無くむしろ…」
ラミアはお察しする。この二人が何に怖がっているのかを。
「うん?」
笑顔のまま、アリアはよく分からない、と首をかしげるのだった。
翌日。
マツモト野村を経由して、森のキャンプ地へと到着した。
懸念していた、マンイーターを恐れて逃げてきた魔獣や魔物との接敵もなく、特に問題は起こらなかったのは幸いだった。
もうすぐ日が暮れようとする中、ラミアとアリアは、隊長の指示により斥候へ出ることとなった。
隊長こと、協会支部長は、アリアが過去に何をしていて、今はどの関係部署に所属しているかを正確に把握している。だからこそ、斥候を任せることができると判断したのだ。一方ラミアに関しては、アリアの紹介だ。ファルアスタシアの真髄を学んでいることを聞かされ、今もそれに邁進しているとなれば、アリアの方針に沿うことにしたのである。
「じゃ、行ってくるよー」
アリアは緊張感まるで無し。とことんマイペースである。
ラミアは、アリアに先日のことを改めて話す。数え切れないマンイーターのこと、かなり特殊な魔
法でとりあえず見える範囲で殲滅したことなどだ。作戦に先立ち、ラミアは隊長にもこの話は共有している。最初はやはり魔法の存在を信じて貰えなかったが、イレスとガリエスも話に加わったことで、納得して貰えたことである。
アリアは、東側から特にマンイーターが大量に飛び出してきたことに着目した。
「となると、こっちから見ると左手方向かな、そっちに大量発生の原因があるかもしれないね」
「やっぱりそう思うわよね」
ラミアは呪文を唱え、索敵魔法を展開する。幾度となく詠唱を練習してきたので、もう淀みはない。魔力の組み方もほぼ覚えることはできたが、まだ無詠唱では自信は無い。
「ノイスク・アストラーリナヴァ」
「古代言語かー。変わった旋律だよね」
アリアも、両親から古代語を習っていたため、ラミアが紡いだ呪文はちゃんと理解できた。
「うん、……これお母さんのオリジナル」
故マリアが開発、或いは改良を加えたものもまた、古代言語で名付けがされている。
この古代言語は、北方にある大陸の、更に北部にある大国で使われていたものらしい。今でも人龍と龍属で継承され続けていること、一部の家系では家名にその名残が残っていたりする。
ラミアは魔力を徐々にかけていき、効果範囲を広げていく。沢山の小さな反応と、少し大きめの反応が入り交じる。反応の詳細はまだ掴め切れていないが、おそらくは動物や魔獣などで、マンイーターの独特の反応は混じっていないことは把握できた。
ラミアは魔法を止め、先に進むことを提案した。
「お母さんは、これ以外でも沢山の魔法をね、ユニスの古い文献から掘り起こして復活させてるの。えっと、空飛ぶ魔物のせいでユニスが占領されたから、それの対抗策を考えて、ね」
移動しながら、ラミアは母のことを語り始める。
「うんうん、さっすがお姉ちゃん」
アリアも誇らしげに頷いていたが、すぐ苦笑に取って代わる。
「だけど、他の人に教えちゃダメとも書かれててね」
ラミアがこの呪文を知ったのは、母が書き遺したノートによる。本来ユニスの軍用魔法だから、という理由だ。軍人でもない自分に教えて良いのか、という疑問は、数ページめくったところで答えが書かれていた。その軍自体を率いる立場になるのだから、と。最初こそ意味が分からなかったが、アルフと結婚すればいずれユニス王妃である。軍を掌握する立場なのだから、些事だというのである。色々乱暴では点呼で、と、この時ラミアは母をそう偲んだのだった。
アリアは、教えられない呪文だと聞いて、しかし残念がるそぶりはなかった。
実のところ、索敵魔法は沢山の種類がある。風の流れを読んだり、空気中に僅かに含まれる匂いなどを察知するなど、その探り方も多種多様だ。他の魔法とはアプローチ方法が違うため高性能、という程度のものなのだ。
それから数分ほど奥へと進み、ラミアが何度目かの索敵魔法を展開する。
「いた。……うん、正直逃げたいかも」
ラミアは索敵魔法の範囲を徐々に広げていく。一気に広げないのは、逆探知を警戒してのことだ。
索敵魔法自体は、感知されるものではない。しかし、魔獣や魔物のごく一部では、魔法そのものではなく、それを行使する際に形成される魔力力場を感じ取れる個体がいるのだ。そうした敵は、大概魔法を行使する個体でもある。そうした敵を相手にするのはいささか面倒なのだ。
マンイーターは植物性の魔獣であり、それほどの知能があるとは思わないが、念のため、かける魔力を最小限に絞っているのである。
「……数えたくない程、たっくさん」
一〇〇を越えたところで、ラミアは数えるのをやめた。
「近づけそう?」
「分散してるし、まあ私達なら大丈夫、だと思うわ」
ラミアは近くの木を見上げ、アリアもその視線の先を追った。
「幻龍剣」
先にラミアが空間を渡り、木の枝へ。次いでアリアも無言でその隣へ転移した。
ラミアは技を覚えてから日が浅く、どうしても初回だけは呪文を唱えないと安定しない。アリアはもうずっと長い間、この技を使い続けている。身体の一部のように馴染んでいることなので、今更呪文は不要だった。
二人は転移を繰り返しながら木を渡り、そして肉眼でも確認できる距離にまで近づくことができた。
「……」
「……あはは」
ラミアは無言で、アリアは苦笑しながらその光景を目にした。
「ノイスク・アストラーリナヴァ」
ラミアは、範囲最小限で魔法を発動させた。目の前にいるので、索敵魔法は不要。だが、今のは別の意図があった。それは、魔力行使に対する反応を見ることだ。マンイーターは魔法には全く反応を示さないことを確認し、徐々に力を込める。
「その魔法の最大範囲はどれぐらい?」
「私だと一フォーカイで限界。弟だと十フォーカイまでできるらしいから、ちょっと悔しい」
「おお、ホリーちゃんもすごいねー」
この魔法の消費魔力は、非常に高い。どうしても全天球範囲での索敵となるため、半径の三乗に比例する。範囲を広げればあっというまに莫大な消費量となるので、指標にしやすい。
母が亡くなった直後で、まだラミアが王城で世話になっていた頃。ノートに書かれていたこの索敵魔法だが、どれぐらいの距離まで索敵できるものだろうかとホリーに尋ねたことがある。この時のホリーはかなり落ち込んでいたため、厨二的な態度を取らず素直に答えた。およそ一〇フォーカイと。
その後旅に出たラミアは、最近の練習成果で一フォーカイを越えたが、今のところそれが限界かもしれない、と感じている。距離にしておよそ一〇倍。単純計算としてはホリーの、たった千分の一だ。とんでもない差がついているな、と苦笑するほか無かったことを思い出す。
「……それはともかくとして、ちょっと思いついたことがあるの」
「良い方法?」
「どちらかといえば荒技かな? 一瞬だけ限界で索敵するの。その中で何か大きな反応を見つけたら上々。それからでも近づくことができれば突破して仕留める、できなさそうなら退散して報告だね」
「うん、わかったよ」
ラミアは深呼吸して、一気に魔力をたたき込んだ。頭の中に入ってくるイメージがどんどん広がり、そろそろ限界か、というところで左側、一〇時の方向に巨大な反応を見つけることができた。しかしそこはマンイーターの影らしき反応も非常に密であり、近づくことは困難そうだった。
「……ふぅっ」
ラミアは冷や汗をかきながら、魔法を停止する。一瞬眩暈を覚え、頭も少し痛かった。おそらくは、魔力を過剰に消費してしまった影響だろう。これまで無尽蔵と思われていたラミアの魔力だが、瞬間的に利用できる魔力には限界があるようだと、そう悟った。
魔力を行使できるようになって、まだ日が浅い。おそらくは、まだ身体が大量かつ高出力の魔力行使に慣れていないのだろう。もっと練習すれば、その限界はもっと外覚できるかもしれない。今はそう考えるのだった。
汗を拭い、今見た情報をアリアに伝えた。
「十時の方向、かなり密度の濃い反応。それに、マンイーターの反応の中に、おかしなものも見えたわ。形はマンイーターなんだけど、感じづらいというか何というか」
しばらく考え、一つ思い当たる言葉を思い出した。
「魔法が効きづらいのがいるって、少し前に聞いたことがあるの」
ユニスでの一件だ。冒険者三人が巻き込まれてスニラフスキーの宿に担ぎ込まれ、最終的にはユニス群が討伐したものだ。この時の冒険者が、魔法が効かないと話していたのである。魔法が効きづらいということは、索敵魔法にも耐性があると推測できた。
「なるほど、感じづらいのはそういった個体かもしれないねー。索敵魔法も、弾かれているか吸収されているかはさすがに解らないけど。……これは注意しなくちゃ駄目だね。それで、突入はできそう?」
ラミアは首を振った。
「数が多すぎ。感じづらいのが大量にいるっぽい。半径百フォーセルぐらいで結構密集している。百か二百か、それ以上かも」
アリアはうなずき、すぐに戻ることを提案した。ラミアも了承し、キャンプ地へと戻ることにした。
キャンプ地へ戻ると、テントなどの準備が丁度終わったところだった。二人は一番大きなテントを訪れる。ここで、翌日の作戦会議を開いているところだった。
「ああ、ご苦労。報告してくれ」
簡易テーブルの上には、このあたりの地形図が広げられていた。タルファームの街やキャンプ地には最初から印がされており、両方を結ぶ街道がまた別に色分けされていた。アリアはその地形図に手を伸ばし、……しかし背が低く腕も短いため、キャンプ地の印にまで指先が届かなかった。
なぜか皆、孫や娘を見るような優しげな表情となった。だがそれでは話が進みそうにないので、誰かが魔法の杖を貸し、アリアは何とかキャンプ地を指し示すことができた。
「こほんっ。ここからおよそ半里ほど南にマンイーターの群れがいたよ」
ずるずる、と杖を街道沿いに引きずり、先ほどの場所を杖でぺしぺし、と叩いた。場所はキャンプ地から森の出口までの行程、およそ三分の一ほど。
「この辺りはそれほど密集はしていないから、落ち着いて当たれば対処できると思う。問題はね」
ラミアは、杖の先をつまみ、少し東側へと持っていく。地図で見ると、ユニスの国境線が近い。その先までは書かれていないが、先日の騒ぎとなった場所も、ほど近いのだろう。
「この辺り、やたら密集しているの。直径百フォーセル程度なんだけど、ここに二百以上。魔法の効きにくい個体が結構沢山いるっぽい。何より、この中心部に何かあるっぽいの」
「……何かがある?」
「さすがに近づけなかったから、どんなものなのかは解らなかったけど、あまり良くは無さそうな感じ」
隊長はラミアの報告を受け、しばらく考え込む。自分たちの戦力を見て、対処できるか否か、対処できるならどのように対処するか。そう思考を巡らせていると、ガリエスが挙手した。
「なんだね?」
「ああ。一つ耳にしておいてほしいことがある」
それは、ラミア達がアクエイスまで同行したときの話だった。風変わりだがかなり強力な魔法を、ラミアが使えることを話した。ラミアも別に隠しておくようなものでもないので、隊長に確認を求められ、素直に頷いた。
「でもね、私が使える魔法、それほど多くはないの。魔法での戦い方とかはちゃんと学ぶ機会が無かったから、ほぼ独学だし。あと、その強力な魔法。あれは一度使うと魔力をごっそり奪われるから。使うなら万全な状態で、一日一度が限度、だと思う」
既に、懸念がある。斥候の際、結構索敵魔法を繰り返し使用したことだ。その際限界まで引き出したこともあるので、あの魔法が使えるかどうかが未知数なのだ。
「分かった。強力で広範囲を殲滅できるが、一日一度が限界。……なるほど、ならば。……いやしかし」
隊長は腕を組み、作戦の細部を考え始めた。
作戦は、午前四時から開始された。
マンイーターは日中でないと活動しない、という点に着目してのことである。但し、それは冒険者達に無理を強いることにも繋がる。やはりほんの少ししか睡眠をとれていないこともあり、みな眠そうにしていた。移動時の明かりも最低限しか使用されず、わずかな範囲でしか視界が確保できないでいる。魔法職は各々が使える索敵魔法を使い、辺りに何かいないかを調べていた。
当然、ラミアもである。ただ、彼女のものは直接アストラルの反応を見るもののため、木々や草むらに潜伏していようが、それらを完全に無視して存在を発見できるのは強みだった。やはりこれだけ密集していれば、相手の方から逃げていくのが把握できた。
「止まって」
ラミアは、小声で隊長に知らせた。隊長も手を上げ、皆を止めた。
すとっぱとかじゃないのか、とアルフに小声でツッコミを入れられるが無視する。
「十時の方向、五体。マンイーターじゃ無く普通の魔物かな。その周りには何もいなさそう」
「それなら、私がちゃっちゃと片付けてくるね」
アリアはそう言って、瞬目もしないうちに姿をかき消した。索敵魔法の反応は、その数秒後に全部消滅した。相手は不明だが、それでも鮮やかすぎる手腕だった。それから一分ほどして、アリアが空間を裂いて戻ってきた。
「はい、仕留めてきたよー」
いつも通りの笑顔だった。
「消滅するまで確認してきたからね。後そうそう、魔石。これはどうするの?」
消滅した、となれば魔物だ。
「売ればそこそこの金になるから、できれば回収しておきたいが、作戦終了後、明るくなってからだな」
魔物を斃したとき、時折残されるものだ。魔石は、特定の魔法を使用して加工すると、何かしらの働きを持つ魔導石へと加工することができる。そのため、比較的高値で売り払うことができるのだ。そのためできるだけ確保しておきたいところだが、今はマンイーターの殲滅を優先することとなった。
その後も、ラミアが見つけたマンイーターはアリアが仕留めに出たり、その間に別の団体を見つけたときは他の冒険者が攻撃に向かうなどして、少しずつではあるが確実にマンイーターを蹴散らしつつ、前に進んでいた。
作戦開始から一時間半。一行は予定通り進んでいた。これまで倒したマンイーターは、合計百を越えていた。中規模討伐に匹敵する数となっており、それでもまだ沢山いると、ラミアは告げる。
「六時を過ぎると、徐々に明るくなってくる。何とか日の出前には作戦を終わらせたい」
隊長の言葉に、皆が頷いた。
ラミアは、あれから索敵魔法を使い続けている。アルフに言われたとおり、数分に一度ずつ休憩を入れてはいるが、魔力の枯渇にはほど遠い。ただ、魔法に集中しているときは、周りへの注意が緩慢だ。街道に転がる石に躓いたりしているし、先導するアルフに追突することもあるのだ。
「わぷっ」
今度は石を踏んで蹈鞴を踏み、そのままアルフの背中に顔から突っ込んだ。アルフの鎧は前部にだけ金属板を貼り付けているもののため、そこまで痛くは無かったが、さすがに集中が切れて、魔法を止めてしまった。
「大丈夫か?」
「うん、平気。だけどこの魔法はそもそも真っ暗な中歩きながら使うようなもんじゃないから」
アルフは右手を差し出す。ラミアは反射的に右手で握り返した。
「逆な? 右手同士だと歩けんぞ」
「あ、そっか」
ラミアは意図を察し、左手を出す。少し前なら照れて慌てふためいたラミアであるが、今はそれほどでも無い。ほんの少し頬を朱に染めながら、アルフが握り返すのを待つ。
「……あの、アルちゃん?」
アルフが握ってこないので、ラミアは首をかしげる。アルフは右手を中途なところまで出して待っている。つまりは、ラミアが握れと言わんばかりなのだ。そのまま数秒固まっていると、アリアがぼそっと一言。
「じれったいなあもー。ラミアちゃん、とっととアルフくんの手を握るの」
「…あう」
但し、他人から言われるとラミアは照れてしまう。奇妙な声を上げ、顔を真っ赤にしてアルフの手を握った。なお、アルフがすぐに手を握りに行かなかったのは、わざとである。そのおかげで、ラミアは緊張がほぐれたのだが。
イレスは、後ろでイチャコラしてんじゃねえ、と二人を睨むのだった。
それからしばらく歩き、ラミアは例の場所を感知した。
「アルちゃん、アリアさん、もう間もなく」
「わかったー」
「隊長さん、そろそろマンイーターが固まっているらしい場所です」
「了解した」
隊長は手を上げ、行進を止める。木々の隙間から覗く空は、ほんの少しだけ明るくなってきている様子だった。
ラミアは一瞬だけ、索敵魔法を自分ができる最大範囲にまで広げた。直径およそ半里、一・五フォーカイほどにまで展開した中には、まだまだ沢山のマンイーターがいた。そして、東側の集団は、先ほどよりも更に数を増やしているようだった。
索敵魔法の最大距離が、少し伸びたような気がした。練習すればもう少し広範囲が見られるのでは、と思うラミアであった。
「アルちゃん明かりの魔法お願い」
「分かった」
ラミアは地面にしゃがみ、石を使って周辺の見取り図を書き始めた。
「私とアルちゃん、アリアさんでこの集団に対処するわ。それで隊長さんは、半径百フォーセル圏内のこの辺りの……」
ラミアは見取り図を石で付いて印を付け、マンイーターの位置を記した。
「この十カ所ぐらいかな、近いところで。大体三~五ぐらいの集団だから、これをお願いしてもいい?」
「分かった、対処しよう」
ラミアを先頭に、三人は未知の森を進む。隊から分かれておよそ一フォーカイ進み、ようやく目的地へと到着した。
「これはやばいな」
その光景に、アルフは思わず声を上げてしまう。
その場所だけ妙に開けており、ちょっとした広場になっていた。その中央には禍々しく光る何かがあり、マンイーターがそれに群がっていた。マンイーターがその光る何かに触れると、それらも一瞬光り、どす黒く変色した。そのどす黒い物体は二つに分裂し、それぞれが同じ大きさのマンイーターの形となり、元の色へと戻った。
「……複製してる?」
「してるね」
その他のマンイーターも、中央のそれに触れようとしてうごめき、あるいは他のマンイーターを蹴散らしてでも前へと進もうとしていた。禍々しく光るそれが、再度強い光を発し、マンイーターが分裂していく。
「魔石? いや、魔導石かもしれんな?」
「可能性は高いわね」
「……二人とも、注意してねー。大分空も明るくなってきてるよ」
懸念したとおりだった。
隊から離れてからの一フォーカイが、意外に時間がかかった。ラミアは索敵魔法を最大距離で展開、隊の様子をうかがう。見える範囲では討伐は進んでいるようだった。代わりに、こちら側には奥の方にもマンイーターがいることが分かり、しかもかなり分散しているようだった。
「奥にも沢山いるけど、さすがにそっちは対処できそうにないわね。今は目の前の……」
ラミアが方針を固めたところで、空気が変わった。大気の中に混じる殺気。それは少し先のマンイーターから発せられるものだった。
「気づかれちゃったみたいだよー」
「ああもー、様子を見ずに問答無用で魔法使っときゃ良かったわ! 準備っ!」
ラミアの声と共に、三人は一斉に抜刀した。ラミアとアリアは両手にジャマダハル。それぞれ両腕に装備している篭手に差し込み、固定した。アルフはロングソードを構えた。
「じゃあ、いっくよー!」
アリアが声を上げ、忽然と姿を消す。次の瞬間には近くまで来ていたマンイーターの背後へと現れており、ジャマダハルを一閃。刃がマンイーターの袋を切り裂いたと同時に空間を渡っていた。
アリアが行ったのは、まさにその手があったか、というものだった。
ジャマダハルを魔法で守りつつ、自分自身はマンイーターの体液が吹き出る前に離脱する、である。空間を渡ることのできるファルアスタシア流ならでは、であろう。ラミアも瞬時に方法を悟り、同様に攻撃を開始した。
アルフも、魔法を唱えて剣を強く振った。刃の軌跡から風の刃が生まれ、マンイーターを一撃で両断した。ユニスの剣技に伝わる、ちょっとした小手調べ程度の技だ。
しかしそれもつかの間、一気に対処しきれないぐらいのマンイーターが群がってきた。
「アルちゃん結界魔法お願い!」
ラミアは叫び、アルフの元まで跳躍。アリアも空間を渡って三人固まり、アルフが魔法を完成させて結界を構築した。
「良かったのは最初だけだねー。私、八体」
「負けた、私は五体」
「俺は三体。俺とラミアが倒した合計と同じか」
がんがんっと、結界を体当たりや蔦で数体のマンイーターが攻撃を入れてきていた。四方八方完全に塞がれ、退路もない。普通の冒険者なら、絶望しているだろうが、三人はまだ余裕の表情だ。
「アレ使ってみる」
「分かった」
「例の、トンデモ魔法?」
ラミアは頷き、意識を集中させた。
この魔法は、神聖魔法かそれとも黒魔法か。どちらに分類されるものだろうか。そんな雑念を振り払う。前回は雑念のせいで、本当に余計な状態になってしまったのだ。結果としては大成功にしても,ラミアにとっては赤っ恥なのだ。
「……天空より高き、紫なりし龍、束ねし破壊の力」
ラミアを中心に、魔法陣が展開した。これまでには起こらなかった現象である。この魔法の真髄を理解しつつあるからこそ、だろうか。そこから発生する魔力力場は、結界魔法をたやすく打ち砕き、周りを囲んでいたマンイーター達もはねのけた。ラミアが仲間と認めているアルフやアリアには、一切の影響はない。
ただの力場が、結界以上の力を発揮していることに、二人とも驚きを隠せない。大なり小なり、力場はこうした効力があるが、結界魔法をも凌駕するほどのものは、未だかつてなかったのだ。
「我は汝に願う」
魔法陣の輝きが変化した。より強く、より禍々しく。昏い紫色の、毒々しさをも感じられる、そんな光だ。冒頭の呼びかけのように、紫に染まった龍がチロチロと舌を出すように、小さな稲妻が魔法陣から上へと伸びる。
アルフもアリアも、これまで経験したことの無いような、不安を感じていた。
「我が指し示すその存在を、汝が破壊のすべての力を持ち」
ラミアは詠唱を続ける。より周囲に影響されないように集中しながら。やがて魔法陣からは、暗黒の粒子が赤黒い光を放ちながら立ち上っていく。それらから感じられるのは絶望の波動、そして破壊の衝動。
「光の刃となりて我が身に降臨し、以て全ての存在を打ち滅ぼさん」
そして、ラミアの言葉と共にそれらは激変、目映く温かい光へと変化した。そしてラミアの左腕に紫電がまとわりつき、凝縮される。
「願わくば、汝の加護があらんことを」
そして、紫電が弾け、……何も残らなかった。
ラミアは冷や汗をかきながら、その場に崩れそうになる。とっさにアリアが支え、アルフは異変を感じて結界魔法を再度唱えた。
先ほどの力場がマンイーターを大分退けていたため、結界は充分に間に合った。
「……ごめん、魔力が足りないみたい。……索敵魔法で使いすぎたかも」
意識は明瞭で、大事は無さそうだった。しかし、期待していた切り札が使えない様子に、アルフとアリアは顔を見合わせ、ラミアを再度見る。
これは、魔力限界等呼ばれるものだ。例え無尽蔵に魔力を持っているとしても、肉体的な限界がある。以前この魔法を使用したときも、発動させた直後に気を失っているのだ。今回はそこまでではなかったが、逆に魔法自体を失敗してしまった。
「立てそう?」
「ん、大丈夫」
ラミアは腰を上げる。最初こそフラフラしていたが、すぐに安定した。手をぐーぱーと何度か握り、その場で軽く跳躍する。力が抜けたのは、あの瞬間から少しの間だけだった。ほぼ万全の力が出ることを、二人に伝える。
「でも、どうするかな。俺はそれほど強力な魔法は使えない」
「私も同じだよー。剣技に頼ってばかりだったから、簡単な治療魔法しか使えないよ」
アルフとアリアが会話していたとき、ラミアは不意に背中が温かくなるのを感じた。
「ラミアちゃん、背中、光ってる光ってる」
滅多に笑顔を崩さないアリアが、少し驚きの声でラミアに伝えた。
「え? ちょっと何?」
ラミアは振り返りながらマントを靡かせた。すると、光っているのは背中側に廻していた一振りの剣だった。それを引き抜き、手前まで持ってくる。
それは聖霊剣だった。淡い水色の、優しい光だった。その光に目を奪われていると、ラミアの頭の中に、その剣の使い方が流れ込んできた。
「……ん。この状況を一気に打開できる方法が浮かんだわ」
言いながら、ラミアはジャマダハルを仕舞い、改めて水の聖霊剣だけを握りしめた。
「アリアさんがカウントダウンと合図をお願い、アルちゃんは合図で結界を解除。同時に聖霊剣の力を開放するわ」
「大丈夫だろうな?」
「ええ、まかせて」
アルフの問いかけに、ラミアは強く頷いた。
「それじゃー、カウント行くよー! ラース 、ドヴァー、トリー」
ラミアは、聖霊剣を構える。アルフもラミアの背後を警戒しながら、結界解除の準備をした。
「ウラー!!」
結界が弾け、支えを失ったマンイーターが前のめりになる。それをめがけ、ラミアは剣を一閃した。
軌跡から、水の刃が広範囲に展開し、一気に突き進んだ。これに触れたマンイーターは真っ二つとなり、砕けていく。一気に視界が広がり、ラミアはもう一閃した。
左手に握る剣が、魔力を吸い取る。それでもあの魔法に比べれば雲泥の差で、これならまだまだ行けると感じる。ラミアは三度剣を振るい、あっという間に群れの半数を薙ぎ払った。
後方に回っていたマンイーターは、アルフとアリアによって次々と倒されていく。こちらはそれほど数はいなかったため、割とすぐに対処が完了した。
ラミアの、四度目の薙ぎ払いで、ついに広場の中心までのマンイーターを蹴散らした。
あまりにも強力で一方的な範囲攻撃だった。ラミアが昔、あれほど嘱望した聖霊剣の力だが、そのあまりの力に、戦慄すら覚えた。これは、多用してはならない力だと。
いざという時、これしか方法が無いときにだけ、聖霊剣の力を借りるだけにしなくてはならない。
ラミアは、そう心に決める。
マンイーターは、相変わらず数が多い。しかし、その中央で不気味に輝くものを、ようやくその目でしっかりと捉えることが出来た。が、それがなんなのか、一瞬理解できなかった。
一見して、禍々しい黒色の宝石。オレンジ色に明るくなった空の光を浴び、一層不気味に見えた。
「やっぱり魔導石の類いね!?」
それに触れたマンイーターが、赤黒くなり、二つに分裂した。赤黒さをそのままに、ラミアめがけて二体のマンイーターが襲い来る。
ラミアは逆に突進し、一気に距離を詰める。マンイーターが蔦を伸ばし突き刺そうとするが、それらを紙一重で全て躱しきり、懐へと飛び込んだ。そして体ごと回転、スナー流の動きで聖霊剣を一閃。
マンイーターの胴体が真っ二つとなり、強酸の体液をまき散らす。既にラミアの姿はそこには無く、もう一体の背中側やや上に回っていた。ファルアスタシアの幻龍剣で空間を渡っていたのだ。その動きは、アリアが最初ごろに見せた挙動を、自分なりに落とし込んだものだった。
二体は同時、自らの酸によって砕け散り、片方から魔石が転がり出る。今はそれには構わず、ラミアは着地と同時に、別のマンイーターめがけて一閃、水の刃を飛ばした。
広場のマンイーターがあらかた片づいたところで、ラミアは広場の中央にある物体に注目した。
「えっと、何だったかな、……あの魔法の呪文は、ええと」
ラミアは、かつて実家で見つけた解析魔法と、魔法に関する知識を総動員し、魔法を組み立てていく。それは複雑なパズルを組み立てるのと同じ感覚だった。一つを形成すれば、他の部分で齟齬が生じるためそれを調整し。調整が極端になるとまったく違う性質のものへと変化してしまうため、その塩梅も必要だ。
新たな魔法を作る。それは、一般的な魔道士の範疇ではない。魔力・魔法を導くもの、魔導士の範疇だ。それほどまでに、彼女の魔法的知識は高い。
ラミアがそうして魔法を組み立てている間に、まだ森の中からマンイーターが散発的に飛び出してくる。それらはアルフとアリアが対処していた。
そして魔法が完成し、ラミアは静かにその呪文を唱えた。
「イスカーチ・マギーチェスカヤ・シトーリバ」
ラミアが今作り出した魔法は、周りの魔力がどのように作用し、どのような結果を生み出すのかを解析するものだ。魔法はラミアが考えたとおりに発動し、その結果を視覚的に表現する。
すぐ先にある物体は、魔導石で間違いは無かった。そしてこの魔導石に組み込まれている魔導式も見えてきた。ラミアはそれを解読しようとするが、複雑で手には負えそうに無かった。
また、人の背よりも巨大に見える魔導石は、握りこぶし大の核が中央にあり、それこそが本体であることも分かった。
「ノイスク・アストラーリナヴァ」
解析魔法をやめ、周りを調べてみる。ラミアが魔導石に注目している間にも、アリアとアルフが活躍し、この周辺のマンイーター達は殲滅できていた。
ややあってから、三人は魔導石の近くに集まった。寄りすぎると良くない作用が働きそうだったため、若干距離は取っていたが。
「とりあえず、この魔導石をどうにかしないと駄目かもな」
「そうね。このでっかいクリスタル全体が魔導石じゃなくて、小さな核が中央にあって、それが魔導石本体みたい。切り出せばお持ち帰りはできそうだけど……」
「持って帰ってどうするんだ。どんな危険があるか解らん。俺はこの場で破壊した方が良いと思うぞ?」
「私も、ここでぶっ壊した方が良いと思うよー」
ラミアも、そう言われることは別っていたので、素直に頷く。
「ま、最初から無理って分かってたし。……アルちゃん、お願いできる?」
「ああ、任せろ。……とりあえず結界魔法をかけてからな?」
アルフはロングソードを、肩よりやや低めで水平に構えた。アリアが結界魔法を唱え、アルフを包み込む。アルフは息を吸い、吐いて呼吸を整え、鋭い眼光を目の前の魔導石に向けた。
「ドラグナム!」
短い詠唱の後、最後の言葉を経て自身の、黒龍としての力を解放した。
彼ら黒龍は、普段でも人間の二~三倍程度の筋力があるが、実際の所それでも制限をかけているのだ。この魔法を使うことにより、体を壊さない、そしてコントロールできるギリギリの所まで解放することができる。当然個人差はあるが、アルフならおおよそ一五倍程度まで引き上げられるのだ。
「はぁっ!!」
筋力を増大させた足は、自身を射出するかのごとく前へと飛ばし、一瞬のうちに魔導石との距離を詰めた。剣はそのまままっすぐに突き出され、クリスタルを貫通して魔導石を捉える。瞬間、その衝撃に耐えられなかった魔導石は、粉々に砕けた。それと同時に、魔力の固まりが爆発し衝撃波となって周りを襲う。
アルフは至近距離でそれを受けるが、結界魔法が力の奔流を受け流す。
「ちょっ、うわっ!」
ラミア達も防御魔法などで対処するが、体重の軽いラミアは魔法ごと後方へと吹き飛ばされた。尻餅をつき、そのまま後方へと一回転してしまったが、その後は何とか耐えたようだった。アリアは来ると予想していたため、衝撃を軽くいなしていた。この辺りはさすがに戦闘経験の違いだろう。
衝撃波が過ぎ去ると、クリスタルと魔導石は完全に砕けているのが見えた。辺りに散らばった魔導石の破片は黒く変色してしまったが、少し大きめの固まりは未だに何かしらの魔力を放出していた。
「イスカーチ・マギーチェスカヤ・シトーリバ」
ラミアは立ち上がってすぐに呪文を唱え、解析魔法を使用した。
「あの固まりとか、所々まだくすぶっているけど、少しずつ弱まってきてるから大丈夫そう」
「……結局何だったんだろう」
アルフは、ひしゃげたロングソードで魔導石の破片をペシっと弾いた。小さな破片は更に二つに割れ、どちらも破裂音と共に砕け散った。
「これがマンイーターに何かしらの力を与えていたのは間違いないと思う。マンイーターが触れた瞬間、マンイーター自身が二つに分裂? したみたいに増えたし、その片方には何かしらの力が埋め込まれていたし」
ラミアは辺りを見渡し、マンイーターの魔石を一つ拾った。
「さっきの解析魔法で気づいたのだけど、これ、ちょっとした結界魔法が使えるっぽい。最近魔法が効きにくいマンイーターが出るってのは、これの所為かもしれないわね」
ラミアは周辺にあるものをいくつか拾い、手持ちの袋に入れた。
「持って帰って、専門家に解析して貰いましょ? できれば魔導石の方も」
「分かった。どれだけ拾えば良い?」
「四~五個あれば十分じゃ無いかしら。アレはあんなんだけど優秀だしね」
アレ、の一言でアルフは察する。
「専門家って、ホリーのことか」
アルフが納得して頷くと、アリアは首をかしげた。
「ホリーちゃん? ホリーちゃんってそんなにすごい人なの?」
「うん。……そっか、アリアさんって会ったこと、ないの?」
「そうだよー?」
三人は、本隊に合流すべく移動を開始した。その道中、ラミアとアルフは、ホリーについて語って聞かせた。
十三歳という若さで、見習いとはいえ宮廷魔導師に抜擢され、魔導を物理的な力に応用する研究を進めているなど、かなり優秀な弟である。
ただ、それらを台無しにしてなお余るほどの厨二病的発言を繰り返すことについては、とりあえず黙っておく二人だった。
ややあって、三人は無事に本隊へと合流を果たした。
空も明るくなり、山裾は明るい光が縁取りしているかのように見えた。もうすぐ日の出だった。
本隊の方もあらかた討伐は完了しており、マンイーターの脅威はもう過ぎ去ったと考えても良いだろう。おそらく、まだ奥地には沢山の生き残りはいるだろうが、最近のような大発生は起こらないだろうと、そう考えられた。
ラミアは、先ほどのことについて、聖霊剣に関しては隠しつつ概ねのことを隊長に話した。隊長は腕を組み、しばらく思考を巡らす。
「魔導石、か。専門家に見て貰うのは賛成だ。ただ、この界隈にはそういった人がいないからな。俺が知っているのは王都のソーサラーぐらいだ」
彼がいう王都とは、デニアスの首都である。ラミアは遠いな、と考えて先ほど考えた案を提示した。
「私の弟が、ユニスの宮廷魔導師見習いなの。ここからならユニスが近いし」
「君の弟が? ……疑うわけじゃ無いが。……分かった、魔導石に関しては君らに任せよう」
隊は、マンイーターが残っていれば討伐しつつ、タルファームまで進むこととなった。さすがに徒歩では無理な距離のため、一度全員でキャンプ地へと戻ることとなった。
すぐさま全員馬車に乗り込み、一路タルファームへと向かう。定期便と比べて一時間ほど遅い出発となり、タルファーム到着はその日の夜となりそうだった。




