間章~おいクソじじい~
間章~おいクソじじい~
二人して、無言で空を行く。既にパルスを飛び越え、四方八方流氷漂う海の上だ。
ユニス王城から聖龍島までは、二人の翼なら半日程度である。昼前に出立すれば、日の入りまでには充分間に合う。短くも長くも無い時間だが、二人は終始無言だった。
速度も出ており声が届きにくいということもある。だが、二人が無言でいるのはそれだけが理由では無かった。
やや距離を取って二人並んでいるが、特にアリーナの方は顔を真っ赤にしている。
これは単純に照れているからであり、それにつられてホリーもまた照れくさくなっているのだ。
アリーナも、途中で気がついた。ホリーの実家に行くのだ。それ自体に、何かしら特別な意味を感じてしまったからである。
ホリーが速度を落とすと、アリーナもそれに合わせて速度を落とす。そしてホリーは大きめの流氷を指さした。アリーナは意図を察し、準備する。
アリーナは、まだそれほど長距離を飛んだという経験は無い。
人龍は、空を飛ぶときは自分の翼のみでは無く、風の魔法を併用する。翼だけでは空を飛ぶだけの揚力を引き出せないためである。連続して低出力の魔法を使い続けることになるため、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積するのだ。特に長距離を飛ぶ場合は、万全の態勢で臨むのが望ましい。
「……ホリーちゃん大丈夫?」
「ああ、……いや、見栄を張っても仕方ないか」
ホリーは軽く頭を振り、流氷の少し盛り上がったあたりに腰掛けた。
「正直言うと、徹夜であまり眠れてないから、少しつらい」
「……もー。聞いたけど、研究もほどほどにね? ホリーちゃんはほっとくと徹夜どころか二日も三日も寝ずに研究に没頭しそうだし。誰かが管理しないと駄目な気がする」
位置としては、パルスと聖龍島との丁度中間地点だ。海上で休憩できる点は流氷に感謝だが、だがこれ自体は海流と風によって北西へと流されているのだ。あまり長時間は休憩はできない。
「朝起きて夜ちゃんと寝る。早寝早起き。できないなら私がホリーちゃんを管理するよ?」
「……いや、それは」
アリーナはただ心配でそう言ったのだが、ホリーは別の意味で捉えてしまい、顔を真っ赤にする。
「いや、それはまだ早いって」
「早い? 何が?」
アリーナは首をかしげ、自分の言った言葉を反芻する。
「……あ」
管理する、つまりはアリーナがホリーをお世話する、つまりは一緒に暮らす、同棲、そして結婚。そう考え付いて、アリーナは顔を真っ赤にさせた。なかなか二人とも飛躍しすぎ。
「そ、そろそろ行こうか?」
「え、うん、そうだねっ」
照れ隠しにホリーが翼を広げ、アリーナもそれに従った。
結局休憩らしい休憩も取らず、二人は連れだって流氷から飛び立ち、一路聖龍島を目指すのだった。
聖龍島。
パルスより船で一〇~一二時間。人龍の翼ならおおよそ四時間。この島は港のある街と、絶壁の上にある小さな村の二カ所が、人々が住まう地域となる。それ以外は人がほとんど立ち寄らない原生林などだ。
この島では、一定の取り決めがある。
絶壁の上の地域は聖域と定められており、たとえその地の出身者であろうが、外部から来た場合は直接向かうことは禁止されており、港町の役場で一定の手続きを経てから向かうことになっている。
ホリー達は役場に近い場所に降り立ち、そのまま役場へと足を向けた。
「やっぱり寒いね」
「だろ? これを着ておけ」
ホリーはリュックを紐解き、外套を引っ張り出した。一つをアリーナに手渡し、もう一つは自分も羽織る。
「本当はケープもあった方が良かったのだけど、我不器用だから用意できてなくてだな」
この島の人龍特有の民族衣装として、肩に掛けるケープレットがある。これは自分で編んで作るものだ。ホリーはさすがに編み物まではできず、自身の物は持っていない。アリーナはガドネア本島生まれなので作る風習はなく持ち合わせていない。
「今度、用意しておく」
ホリーはそっぽを向きながら告げた。
なお、聖龍島生まれの人が外生まれの人を招いてケープレットを作ってあげるという言葉、それ自体がプロポーズの言葉であるのだが、ホリーもアリーナも、まだ気がついていなかった。
役場とはいっても、それほど大きな建物では無い。ユニス王都の南の方には二階建てのちょっとした喫茶店がいくつもあるが、その程度の大きさである。
ホリーを先頭に役場の暖簾をくぐり、そのまま受け付けへと歩む。
役場内部も人はほとんどおらず、受け付け一人が暇を持て余している様子だった。彼はホリー達を見つけると、やっと仕事ができるぞという歓喜の表情へと変わった。
「デイドラグン町役場へようこそ! さ、ご要望は何でしょうか?」
いきなりのハイテンションに、ホリーは一瞬たじろぐ。気を取り直し、口を開いた。
「上の地に行きたくてね。我、ホリー・スナー。こちらはアリーナ・スニラフスカヤ」
「上地へはどのようなご用で?」
「単に里帰りだ」
受け付けは用紙にスラスラっと必要事項を書き記し、最後に自分のサインも書き添えた。
「じゃ、これが上地の滞在許可証となりますので、なくさないようにしてください。また、島を発つときはこちらに提出を。決して島外には持ち出さないように気をつけてください」
「わかった」
受け付けは、黄色いカードを二枚ホリーに渡した。それぞれにホリーとアリーナの名が記載されていた。
「感謝する」
ホリーは受け付けから離れ、アリーナの名が記されたカードを渡した。
「では、入り口に向かおう」
「うん」
「でもどうしてホリーちゃんの実家に向かうだけで許可証が必要になるの? 多分昔はそんなことなかったと思うのだけど」
「まあ、当時は戦時中だったということもあるが、それでも一般の人は入れないようにはしていたそうだ」
役所から絶壁を登るための階段までは、歩いて一〇分程度の距離がある。その間に、ホリーはアリーナに説明した。
「ユニス解放後は制度を見直して、より厳密に管理するようになった。……まあ、姉のあの事件がきっかけでもあるが、アリーナはあまり覚えていないだろ?」
「うん、正直。ラミアお姉ちゃんが大怪我した奴だよね。確かガーゴイルが襲ってきたとか何とかで」
その時のどさくさで、僅かながら情報が漏洩してしまったのだ。港町では公然の秘密であり、箝口令が敷かれているため誰も何も話さないが、しかし本島にも情報が僅かながら流れてしまっている。今では眉唾物の噂話として扱われてはいるが。
これに関しては、オルディクスやディトリア・クレール大陸の商人達がめざとく嗅ぎつけ、港町パルスで一悶着があったなど、実際に問題は起こっている。
現在では許可の無い商人達を定期便に乗せないよう、パルスの港で厳しく制限している。しかしそれでも、パルスでの検問をすり抜け、聖龍島に密航してきた商人も僅かながらいる。連中の目的は上地への訪問だが、当然ながら密航者に許可なんて下りるはずはない。それでも強引に上地へと入り込もうとした商人達は、……結局パルスで行方不明となり、完全に消息を絶った、という扱いとなっている。
聖龍島自体が、ユニス王室の直轄だ。そして上地は、ユニス二世の弟がスナー家を継ぐものとして島に渡って以来、聖域とされているのだ。だから、彼らの運命は推して知るべし、だろう。
そんな危険を顧みず、なぜそこまでして商人が来るのか。その噂とは。アリーナが核心を聞こうとしたところで、丁度階段下に到着した。
「…おや、ホリーくん?」
階段の下では、ホリーの見知った男が二人番をしていた。
「ああ、我だ。久しぶりに実家の書物庫に用事があってだな」
ホリーは許可証を掲示し、アリーナも習って二人に見せた。本当は祠に用があるのだが、そこは秘匿した。
「オッケー。二人とも通って良いよ」
番人は二人をそのまま通し、しかし後ろから声を掛けた。
「ところで君は? 見慣れない顔だが」
「いや、アリーナだぞ? 貴殿も一緒に遊んだことあるだろ?」
「……ああっ!? アリーナちゃんか! いやー、綺麗になったもんだねぇ」
と、そこまで言ったところで番人が何かを嗅ぎつけた。その発言をされる前に、ホリーは慌てて口を挟む。
「ということで、我らはお暇する。二人とも達者でなっ」
しゅたっという勢いで片手をあげ、ホリーは踵を返して階段を駆け上り始めた。アリーナも彼を追い、慌てて階段を上り始めた。
「ちょっ? ホリーちゃっ、もうっ」
その様子は分かりやすく、初々しいなあ、と門番達は見送る。即バレだった。
数段ほど駆け上がったところでホリーは速度を緩め、アリーナを待つ。アリーナもすぐに追いつき、突然走り出した理由を尋ねた。
「いやだって、あいつ僕らの関係感づきやがったから」
「う……」
「我」とは言わず「僕」と言ったホリーは、とっても照れている様子だった。
階段を上ること数分。アリーナは途中まで段数を数えていたが、一〇〇を越えたところでやめた。
「ホリーちゃん、空を飛んでっては駄目なの?」
「いや、許可証見せたら飛んで行っても大丈夫だぞ?」
と、そこでホリーは気づく。
「……何で我ら階段を上ってるんだ?」
「ホリーちゃんが階段を上り始めたから、何か決まりごとがあるんじゃないかって思ってたんだけど」
階段の途中にある、ちょっと開けた休憩所。二人はそこまで辿り着き、大きく溜息を吐いた。
「……すまない、あいつらから思わず逃げて、後は何も考えてなかったようだ」
アリーナは苦笑するホリーをじっと見ていたが、すぐに破顔した。
「ホリーちゃんって、意外にあわてんぼうだよね」
口に手を添え、小さく微笑むアリーナは、更に小さな声で呟いた。
「そんなところが、かわいいんだよね、ホリーちゃんは」
本当に小さな声だったため、ホリーの耳には届かなかった。
「ん? 今何か言ったか?」
話しかけられたアリーナは、慌てて手と首を振る。どこにそんな慌てる部分があるのかとホリーは首をかしげる。
「う、ううん。……じゃ、ここからは飛んで行く?」
「そうだな。そうしよう」
そして二人は休憩所から身を投じ、そして一気に上地へと登ってゆくのだった。
上地の上空に到着するが、そこにはただ森が広がる光景しか無かった。
「? ホリーちゃん、村は?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
ホリーは足下に結界魔法を呼び出し、それを足場にして着地した。アリーナも一度旋回して舞い戻り、そこへ並ぶ。
「結界がかかっていてな。これは部族しか知らない。アリーナも覚えておくが良いぞ」
「う、うん、覚える」
部族しか知らない、結界を越える魔法を教える、遠回しのプロポーズとなっている言葉。相変わらず二人はそれに気付かない。
アリーナが頷いたのを確認すると、ホリーは結界に入るための呪文をアリーナに教える。ついでということも有り、魔法はアリーナに唱えさせてみた。
至極簡単な魔法で、魔力もほとんど必要としないものだ。ただ、特有の韻を刻むため、単純に唱えるだけでは駄目のようだった。
三回ほど唱え直したところで、魔法が効力を発揮したようだった。
「じゃ、降りよう」
ホリーは結界魔法を調節し、高度を落とす。すると、それまで見えていた森が唐突に消え、小さな集落が眼前に見えてきた。
中心にちょっとした広場があり、そこから放射状に細い砂利道が続く。その先に家があり、その中でも一番大きな家が、ホリーの実家である。母屋があり、離れがあり、そしてそれらよりも大分小さな建物が隣接する。
ホリーは魔法を調節しながら広場へと降り立ち、結界魔法を消す。そのまま家へと歩き、自宅前まで到着した。
「……さて」
ホリーはその扉の前で腕を組み、仁王立ちとなる。アリーナはすぐに扉を叩くか開けないホリーを不思議に思い、首をかしげた。
「あ、そうか。アリーナは知らないんだったかな。……じじいはあれで宮大工なんぞ極めてるから、この扉が普通には開かないことが多い」
「……それってどういう意味?」
「城って隠し通路があったりするイメージだろ? そうしたギミックを作るのが得意なんだ。そんな技術を無駄に駆使し、普通に見える扉を普通にはしていないことの方が多い。父はそれで大変悩まされたようだ」
「……ああー、ラミアお姉ちゃんから聞いたことある。何でも回転扉にしたとか、実はニセモノで隣に隠し扉を作ってたとか」
アリーナは苦笑しつつ納得した。
仕掛け扉を自宅に設置するのは、半分は祖父の趣味であり、もう半分は実益を兼ねている。このおかげでラミアとアーサーは仕掛け扉に関しての知識を学んでいるし、宿泊先で何に警戒をすべきかという部分も鍛えられている。祖父は祖父で、仕掛け扉の更なる技術向上にも役立てている。
さて、とホリーはつぶやき、扉周辺を調べる。見た目こそ本当に普通なのだが、かつてはユニス奪還後に壊されたユニス城の扉等を直した経験のある凄腕宮大工だ。素人目で調べて解るような仕事はしていない。それに対し、ホリーも魔導工学の礎たる天才的人物だ。
「……よし、こうだ」
ホリーは扉のノブを握り、捻って左へスライドさせる。ほんの僅かだけ左に動いたところでガツンと引っかかって止まり、次いで上へと持ち上げる。すると左と同じ長さだけ少し上に動いて止まり、そのまま右へとスライドさせた。やはり同程度右へと動いて止まり、今度は手前へと引っ張った。すると、扉はそのまま外れてしまい、ホリーは扉を抱えて横に置く。その先にあるのは、……壁だった。ご丁寧に、『ぎゃはははっ大外れ~~』と思いっきり神経を逆なでする文章の張り紙がされていた。
「……おいクソじじい。なんだこれは?」
いつの間にか窓から顔を出していた祖父に、ホリーは挨拶も無く声を荒げた。
「アーサーかと思ったら、ホリーじゃねえか。いきなりガタガタとおっぱじめるもんだから、あいつかと思ったぞ?」
祖父は窓から姿を消す。そしてすぐ、扉を置いた壁、その更に左側の壁がスライドして開け放たれた。ただし地面から高さ〇・五フォーセル程度までの小さな範囲だ。通るなら這いつくばるしかない。
「よう、久しぶりだな、元気か?」
「そりゃあもう。で、クソじじい、これはなんだ?」
「クソじじいとは挨拶だな」
豪快に笑い飛ばしながら、祖父―――ブラスト・スナーは開いた壁から這い出てきた。
「クソじじいはクソじじいで充分だろ。父からもそう呼べと教わった」
「……あの野郎」
二人して口悪く罵り合うが、ブラストはようやくアリーナの存在に気づいたようだった。
「してホリー、この娘は?」
「アリーナだよ。アンナさん所の。今は城で我の補佐をお願いしている」
「ふむ? 言われれば面影があるな。……ま、立ち話もなんだ。上がっていけ」
そう言いながら、ブラストは扉の向こうの壁を蹴る。すると行き止まりとなっていたその扉はずんっと音を立てて地面へと吸い込まれ、ようやくスナー家の玄関へと繋がる。
要するに、怒りのまま蹴り飛ばせば開く扉だったことで、ホリーは神経を逆なでされた気分となり、そして溜息を吐いて諦めた。
「改めて、ようこそスナー家へ。ホリーにはお帰りだな」
今に招かれた二人は、席につく。ブラストは手慣れた手つきで紅茶を用意し、二人に差し出した。出されたドラゴニア・ティーはこの島の特産品で、淹れ方は若干難しい。それでもこれほど美味しく用意できるのだから、そちらも無駄に腕が立つ。
「して、用件はなんだ? さてはホリー、その娘と結婚する気か!?」
「いきなり話が飛躍しすぎだよっ!」
ホリーは思わず立ち上がり、素の声色で怒鳴り返した。先日誕生日を迎えたが、それでも一四歳だ。一六まで丸二年ある。
「冗談だ冗談。……で、本当のところはどうなんだ? ん? 言ってみろ? 悪いようにはせんぞ?」
今度はアリーナに聞いてきた。アリーナは顔を真っ赤にして俯いてしまい、ぷるぷると震えだしていた。
「だからクソじじい! いい加減にしないと殴るぞマジで!」
ホリーは全力で叫び、ブラストはそれすらそよ風のようにしてニヤニヤと笑い続けていた。それでもホリーの言葉を待つ姿勢を取った。当のホリーは深呼吸し、呼吸を整える。そして真剣な表情を取り、理由を話し始めた。
「……姉が、聖霊剣を本当に見つけてきた」
ブラストにとっては予想だにしなかった言葉だったが、しかしその顔から笑みが消えた。
「アクエイスの湖、あそこに封印されていたそうだ。姉曰く、ファルアスタシアの家系がその守人を務めていたらしい。おそらく、母もそれを知っていたかも、とな」
ブラストは視線を落とし、腕を組む。そしてしばらく考え込み、長い長い溜息を吐いた。
「そう、か。ラミアは真実に辿り着いてしまった、か」
真剣な表情のまま、ブラストはホリーを、そしてアリーナを見つめた。
「ファルアスタシア家がラミアを認めた、ならばスナー家も認めざるを得ない、な。…本当は当人がいるのが望ましいが、あいつは今一六歳修行だろ。どこにいるか解らんものを連れてくるわけにも行かないだろうしな」
ブラストは立ち上がった。
「祠に行くぞ。二人ともついてこい」
「ああ、分かった」
ホリーは答え、アリーナは無言で立ち上がる。そして三人は裏手の畑からまっすぐ南へと歩く。目指す花畑はすぐそこだった。
そこに広がる風景は、歪だ。
冬ということもあって一輪も咲いていないが、それはこの時期なら致し方ない。歪なのは、その先にある山の形だ。
山裾の左側、つまりは東側の大部分が大きく抉れ、崩壊している。そしてその崩壊した箇所に向けて、まっすぐ細い溝が伸びている。今でこそ小川のように水が流れているが、かつては溝の高さは真っ直ぐ一定で、あの崩壊した場所にまで繋がっていた。そして、山裾は当時、円形に切り取られていたが、雨などの影響で崩れ、今の形となった。
この光景を作り出したのは、たった四歳の女の子だ。ガーゴイルに襲われ、魔力を暴走させ、たった一撃の奔流が、地面を剔り、山を剔り、そして島の南側三分の一を消し飛ばしたのである。
その光景は、ブラストはつい昨日のように思い返すことができる。何度見ても、胸が締め付けられる思いだった。
ホリーとアリーナにとっては、物心ついたときには、この光景だった。昔はこんな風景だったと聞かされても、ピンとくるものもない。ブラストの感傷には気づかず、その後を追うのだった。
花畑の少し外れた場所に、問題の祠があった。
ブラストは他には目もくれず、まっすぐその祠へと向かう。ホリー達も辺りを見回しつつ、ブラストを追った。
やがて祠に到着すると、ブラストは祠の先にある洞窟を指さした。洞窟の入り口には扉が設けられており、ホリーやアリーナはこんなところにこんなものがあったのか、と首を捻る。見て思い出せたが、ここに来るまでは何も思い出せなかった。それに違和感を感じていると、ブラストがさらりと理由を語る。
「この辺り一帯に、認識阻害の魔法がかけられている。少し時間がたつと忘れる程度の弱っちいものだがな」
「……なるほど」
先に進むブラストに、素直に頷くホリー、首を捻るアリーナと続く。
扉前に到着すると、ブラストは扉に向け、魔法を放った。攻撃魔法でも何でも無い、ただの明かりだ。魔法は扉にぶつかると、そのまま消滅した。
「ついでに言うと、扉はオリハルコン合金だ。魔法も吸収し、そんじょそこらの攻撃魔法ではびくともせん。開けるには、スナー家に伝わる方法で開けるほかねえ」
ブラストは、扉の一角に歩み寄ると、こんっと一カ所を叩いた。するとその場所から小さな突起物が出てきて、ブラストはそれを右に、左にとひねり始めた。
「この扉のギミックは、俺の作品じゃねえ。ずっと昔、俺と同じく宮大工をしていた祖先が作り上げたものだ。解錠方法は代々直接教えるのみで、文章等では残されていない」
言いながらギミックを操作していると、扉から「がんっ」と大きな音が響いた。するとブラストは、先ほどまで操作していたギミックを上へと蹴り飛ばす。こちらも、がんっ、と音が響き、扉の中へと収納された。その衝撃かそうしないと駄目だったのか、扉の反対側で新たなギミックが飛び出してきた。
「ホリー、そっちのギミックを操作してくれ。タイミングを合わせて、上、下、左、だ。右には絶対に操作するなよ。毒煙が出たあげくに最初からやり直しになる」
「わ、わかった」
ブラストの眼前、目をこらすとそこにも小さなギミックがあった。これと合わせて操作するようだ。ホリーが位置に付くと、ブラストが声をかける。そして二人あわせ、ギミックを操作すると、またも扉から大きな音が響いた。
「よし、ホリーそいつを上からたたき落とせ。かかと落としで思いっきりな」
「え、ええ?」
と疑問のままホリーは足を振り上げ、一気にかかと落としを決めた。ガチャンと勢いよく下へと倒れ込み、そのままの勢いで扉へと収納された。
「ぶっ壊す勢いでないと、次のギミックが動かない仕組みになってやがるんだ」
ごうんごうん、と扉が連続的な音を立て始めた。内部で何かしらのギミックが動作しているようだった。
「よし、勢いは十分か。……冒険者にトレジャーハンターって職種があるだろ? 連中は罠を外すときは慎重に静かに、というのが鉄則となるのだが、この扉はその真逆を行く。だから連中にはまず開けられないだろうというのが、この扉を作った奴の言い分だ」
ごがん、とひときわ大きな音が立った。ブラストは一つ頷くと、そっと手を当て、逆の手を引く。
「……はぁッ!!」
そして渾身の拳を叩き込み、ごがんっと扉がなった。そしてそのままゆっくりと扉が傾いていき、途中で横へとスライドしていった。
「よし、開いたぞ。一〇分で扉が閉まる。調べるならなるべく早めにな」
「ああ、わかった」
扉の向こう側は、すぐ行き止まりになっている。そこは何かしらの祭壇のようになっており、何かしら長尺物を飾るような台座となっていた。ただ、そこには何もない。
壁は炎をあしらった壁画となっており、ここには炎にまつわる何かが置かれていたことが窺えた。
ホリーは姉から教わった魔法を展開し、辺りをくまなく調べてみる。すると、僅かながら魔力の残滓を見つけることができた。この魔法の真髄は、その魔力がどのような作用をもたらすのかを解析することだ。見つけた残滓からは、チラリ、と炎のようなものが見て取れた。これは、姉から試しに、と見せて貰った水の聖霊剣のそれによく似ていた。
ホリーは頷き、踵を返す。そして洞窟から出てくると、ブラストに告げた。
「確かに、炎の聖霊剣の魔力残滓があった。……うちが守人だったって情報も含め、姉には伝えておく」
「ああ。だが、これで守人は終わりかも知れねえな。隠し通すべき剣が既に盗まれちまってるからな」
と、ブラストは冗談交じりに笑った。
しばらくして、扉はゆっくりと静かに、閉まり始めていた。コトン、かたん、とごく僅かな音を立て、そして完全に元の状態へと戻るのだった。
「最後は扉の重量自体を利用して閉まるって仕掛けさ。つっかえ棒かなんかで止めときゃ開放はしておけるが。……しかしご先祖も大したもの作りやがって」
扉を睨みながら、どこか恨めしそうに呟くブラストだった。
「……盗んだ相手は、ガーゴイルの一団だというのは分かる。だが、この扉のギミックを開いて、というのは考えづらい。扉もオリハルコン合金で、空間を渡って通過も無理だろうが……」
ブラストは呟く。すると、ホリーは小さく溜息を吐いた。
「確かに、扉も壁も、オリハルコン合金だった。けど、地面は普通の地面だった。直線的な空間転移は阻害できても、一旦地中に転移してから祠内へと転移するのは可能かもしれない。まあ、地下にそうした空間があればの話だが……」
ホリーは、母の使う空間転移術を何度も目の当たりにしている。ほとんどは両親のじゃれ合いの中だが。それである程度、空間転移の特性を理解している。転移先に何か物体がある場合は、それを綺麗に切り取って入れ替えが行われるのだ。木の枝が重なったとき、その部分は母が元いた場所に現れ、舞い落ちたことがある。うっかり何かと重なってしまっても、それで怪我に繋がることはない。それを利用して、武器同士がわざと重ねるように転移させれば、武器破壊も簡単に行える。
オリハルコン合金は素通りできなくても、ただの土なら素通りが可能。地面に潜った際は入れ替えが発生し、もう一度地上へと転移すれば生還も可能だ。何度か繰り返せば、地下にはそれなりに広い空間を即席で作り出すことすら可能だ。
そうやって盗んだのではないかと、ホリーは推測し、ブラストは唸った。
家に戻り、三人はダイニングテーブルを囲む。既に日も完全に暮れてしまい、これから帰るには無理であろう。ブラストはアリーナにラミアの部屋に泊まっていくように伝えると、すぐに夕食の準備に取りかかった。アリーナが手伝うと言ったが、客は部屋で待ってろとの一言で追い返した。
「……私宿で料理作ってるから、それなりに自信あるんだけどなー」
と呟きながら、あてがわれた部屋、ラミアの私室へと入っていった。ホリーもそれに続いて自室へと戻ろうとしたが、ブラストが呼び止めた。
「ホリー、こっちに来い」
「ああ、なんだ?」
因みにホリーは料理はほとんどできない。料理を手伝うならアリーナの方が良いぞ、と口を開きかけたときだった。
「アリーナなんだが。……おめえはどうするんだ?」
「どう、とは?」
ブラストは慣れた手つきでフライパンに具材を放り込み、手首の返しだけで具材をかき混ぜていく。
無駄に料理の腕も上々だ。
「結婚するのか、しないのか」
「……」
ホリーは照れくさくなり、押し黙ってしまった。
「スナー家の呪い。……もしあの子のことを真剣に考えるなら、それについても考えておけ」
ブラストの声色は、真剣そのものだった。だからホリーもいつもの厨二は発せず、自身の声色で頷いた。
「……うん、ちゃんと考える」
「ま、レイチェルにしてもマリアにしても、忠告しても聞かなかったがな」
ブラストは、昔を懐かしむように、その後は無言で調理を進めるのだった。
「…………っ」
アリーナは、リビングの手前で足を止めていた。ホリーと祖父の会話が聞こえてきたからだ。
スナー家の呪いについては、以前、故マリアから聞いたことがあった。なぜ自分に話したのか、その時は解らなかったが、きっとホリーの恋人になることが分かっていたからだろうと、彼女は今更ながらそう考える。
ホリーは、真剣に考えると頷いて見せた。何に対して真剣に考えるかは、そこまでの会話で理解できる。アリーナとの今後の関係だ。スナー家の呪いを盾に、アリーナを遠ざけるかもしれない。ブラストも、アーサーも、そうした。彼らの孫で息子のホリーもまた、そうやって拒絶するかもしれない。
アリーナは、胸が締め付けられる思いだった。
恋人になって、まだそれほど時間が経ったわけではない。それでも、彼から遠ざけられるのではと思うだけで、ここまで苦しくなる。それだけ彼女は、ホリーのことが大好きになっていた。
覚悟を決めなきゃ―――、とアリーナは小さく頷く。そして何気ない顔をしながら、夕食はできたかな、と笑ってリビングへと入っていくのだった。
スナー家の呪い。
その一言は、ホリーの心に重くのしかかる。
スナー家に嫁いだもの、スナー家に生まれた女性、彼女らに等しく降りかかる、死への誘い。どのようにしてそれが働き、どのようにして作用するのかという法則性はない。死因も様々だ。病死、事故死、自死は無いが、ごく希に他殺。一貫性はないが、必ず孫の顔を見る前に亡くなるということだけは共通している。
どうしてそのような呪いが、我が家系にかけられているのか―――ホリーの研究の一番の根っこには、実はこれがあるのだ。
姉や母に重くのしかかった不幸を憂い、少しでも呪いを和らげたいという気持ちで始めた魔導の研究。様々なアプローチを試すため、様々な分野へと手を伸ばし、いつしか周りからは天才とはやし立てられるほどにまで至り、魔導工学という分野の先駆けとまでなっている。
キメラ技術も許可される範囲は全て網羅した。神聖魔法や黒魔法も徹底的に調べ上げた。彼のできうる範囲で研究し尽くし、しかし呪いの糸口さえ掴めていない。
ならば、と考える。なんのための呪いなのだろうか、と。
かつてこの呪いは、魔王が死に際にかけたもの、とされていた。しかし、姉が言うところ魔王ではなく破壊神、斃したのでは無く封印した、というのが真実のようである。
その辺りを加味し、ホリーはいくつかの仮説を立てている。自分の勝手な憶測だと思いつつ、彼は手記に書き記す。
スナー家にかけられた呪いの意味(推定)
・破壊神の単なる反抗
・四大精霊封印術の特徴を知り得た、術者を呪殺し封印を解かせるため
・人龍に対する試し
・それら全て
あくまでも仮説、とホリーは呟きながら、手記を閉じた。これも大分前から考えており、今更ながら何一つ進展はしていない、と呟く。
そして、ブラストから言われて気がついた宿題。或いは、気がつかないフリをしていた問題。
もしアリーナのことを真剣に考え、一緒に家庭を持ちたいとしたとき。スナー家の呪いはアリーナに牙を剥くだろう。その時彼女はそれを受け入れるか、或いはホリー自身が受け入れられるか。それを考えるには、ホリー自身はまだ人生経験は足りないし、アリーナもそれは一緒だ。
これについては、ゆっくりと考えてゆこう、とホリーは心の中で誓いを立てるのだった。
翌日。
ホリー達は、夕刻無事にユニス王城へと舞い戻った。そして得た情報をラミア達に伝え、それで二人の仕事は終了となる。アリーナを自宅へと戻した後、ホリーは一人ラボに向かい、何もせず一人考える。
「……呪い、か。本当に、面倒な置き土産をしたものだな。我こそ破壊神に呪いでもかけてやろうか?」
呟きながら、部屋の片隅へと足を向ける。そこには、スナー流で使用するオリハルコンカタールが二本立てかけられていた。模造品では無く、真剣である。それを手に取り、ラボの少し開けた場所に移動して構えを取った。
「…まずは、スナー流を極めよう。そして破壊神と対峙することになったら、この力を持って完膚なきまでにたたきのめし、呪いを解かせてやろう」
ホリーは不敵に嗤い、剣を仕舞う。
その笑みは、どこかどす黒さを醸し出していた。




