第二話 コウタ、作業しながら魔法について学ぶ
「む、そうか。こうしてコウタ殿にアビー殿、ベル殿に出会えたのだ。手間をかけずとも、不要の魔道具や魔法書を売却すれば」
「待て。待てクルト。その話くわしく」
ダンジョンで入手した魔石や装備を売って、コウタたちは現金と開拓物資を得た。
現代の魔道具や素材に興味を持ったらしいクルトが呟く。
アビーが詰め寄る。
「アビー? どうしたの?」
「カァ?」
「『不要の魔道具や魔法書』ってそれ『古代文明の遺産』じゃねえか!」
「あ、そっか。クルトは2000年前から生きてるって」
「わあ! 古代文明の遺産、『アイテムボックス』を見つけた勇者さまはすごく喜んでました!」
「ふむ、いまではそのように扱われているのか。あれほどの魔道具は持っておらぬが——」
「だよなあ。よかった、そんなの売ったら大騒ぎになるところだったぜ。どうしてもってんならワープホール経由で実家に買わせるけどよお」
「——インディジナ魔導国の初級魔法読本ならば売っても問題なかろう」
「大問題だわ! 写本できる分アイテムボックスより大騒ぎになるわ!」
「あ、そうなんだ」
「カァ」
「むっ、当時ではありふれた本であったが……なるほど、ありふれた本ゆえ保存性に難があったかもしれぬ」
「金が必要ならオレが買い取るから! いや待て対価が払えねえ! くっ、こうなったら土下座でもなんでもして実家に泣きついて」
「そんな貴重なものなんだね、これ」
「カアー」
「うーん、僕には読めません! 荷運び人失格ですね!」
「言語が異なれば思考も変化すると聞く。コウタ殿やベル殿さえよければ魔法とあわせて教えて進ぜよう」
「マジかよ、んじゃオレも、よっしゃこれで『古代文字』が読めるようになる、ってそうじゃなくて!」
「【言語理解】があっても中身は読めないなあ。口にしてもらえばわかるかも?」
「カァー?」
「スキルって仮称してるけどその辺の検証はこれから、でもねえし!」
うがーっと悶えるアビーを前に、コウタは首をかしげる。カークも首をかしげる。角度が揃っている。
ベルはコウタの手元の古びた本を覗き込んでいる。
紙が古びているのか、本からはらりとページが一枚抜け落ちて、アビーがダイビングキャッチする。
「実物! 古代文明の初級魔法読本の実物じゃねかぁぁぁあああ! 丁寧に! 全員もっと丁寧に扱え! こんな屋外じゃなくて室内で厳重にぁぁぁあ」
きゃっちした勢いのまま、うつぶせで地面をずざざっと滑りながらアビーが叫ぶ。
服が汚れても顔に土がはねても、ページを持った手は掲げたままだ。
2000年前にはありふれた本であっても、現代では「存在したらしい」と憶測でしか語られない本なので。
身を投げ出したアビーの活躍により、貴重な本の一頁は守られた。
「よかった……ははっ、ほんと、片道転移に挑戦してよかった……これ見たら帝立魔法研究所のヤツら血涙流してうらやましがるぞ」
アビーはごろりと仰向けになって、古びた紙を空にかざす。
頭上では精霊樹がさわさわと葉を鳴らしていた。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ベルが街から帰ってきた翌日。
小さな湖の横、広場から少し離れた場所で、コウタたちが作業にいそしんでいた。
「コウタさん、運ぶのは僕に任せてください!」
「いやあ、今日は俺もこっちを手伝うよ」
「そうなんですか?」
「うん。魔法の話を聞いてたいしね。……俺はまだできないけど」
「カァー」
よいしょっと声を出してコウタがレンガ状の石を手にする。
隣のベルと比べたらわずかだが、比較対象が悪い。
がんばれコウタ、とばかりに鳴くカークは手ぶらだ。持てないので。比較にならない。
「万物は陰陽の性質を併せ持つ。その強弱を見極めることが魔導の深淵への第一歩である」
「なるほどねえ。単純に『土魔法』ってひとくくりにできねえってわけか」
「うむ、土は陰の魔力が強い。一方で、陽光や風は陽である。ゆえに、『土魔法』で地上に影響をもたらす難易度は高いのだ」
「はあ、だから土魔法得意なヤツはだいたい地面からせりあげてんのか。へえ」
「知らず感じ取っているのであろうな」
「あっ。じゃあクルトの研究所が地下にあるのって」
「そうだコウタ殿。魔法のみでは地上への建築は不可能であったろう」
「へー、なるほどねえ」
「コウタさんもアビーさんもすごいねカーク。僕はついていけないや」
「カァ?」
クルトとアビーが形成した石を運搬しながらベルが漏らす。
カークは、そうか?とでも言わんばかりにひゅっと首を傾ける。
魔法が使えないながらも、コウタは話についていけているようだ。
「うっし、コツを掴んだぜ。これならオレにもできそうだ!」
「【魔導の極み】があるゆえに筋がいいのか。それとも、筋がいいゆえに【魔導の極み】と認識されているのか。スキル、か」
「はいっ! 卵が先か鶏が先かってヤツですね!」
「はは、ベルはその表現好きだね。……鶏は普通なのかなあ」
遠い目をするコウタ。
なにしろこの世界で目覚めてからというもの、遭遇した動物はやたら好戦的だった。
一緒にやってきたカークを別にしたら、絶望の鹿と鏖殺熊である。
「地下住居でよければ、異世界の知識の対価に我が建築してもよいのだが……」
「まあ魔法の練習ってことでな! 自分の家を自分で建てるのって憧れるし——」
そこまで言って、アビーはちらっと精霊樹の根元に目を向ける。
コウタが自作した犬小屋、もとい、コウタ宅はまだそこにあった。いつ倒壊してもおかしくない様子だが。
「オレを受け入れてくれたお礼にな、コータとカークの家も建ててやりてえんだ。オレの手で」
「アビー……ありがとう」
「カアー!」
「ま、まあほらアレだ! いつか住人が増えた時のためにな! 自分たちでやれりゃそれに越したことはねえからよ!」
アビーがふいっと視線をそらす。
頬がわずかに赤くなっている。
残る三人と一羽は微笑みながら少女——中身は男性——を見守っている。
「ほらほら、ぼーっとしてねえでやるぞ! ガンガン作ってくからガンガン積んでくれ!」
「じゃあ運ぶのはベルにお願いして、俺は積んでいこうかな」
「はい、任せてください!」
「カァー!」
わかりやすい照れ隠しをからかうことなく、コウタとベルが作業を再開する。
カークは一つ大きく鳴いて、ばっさばっさと飛んでいった。
手伝えることはないと判断して、日課の見まわりに出たようだ。賢いカラスである。
アビーが形成し、ベルが運んできたレンガ状の石をガンガン積んでいこうと、コウタが気合を入れたところで——
「待たれよコウタ殿、ある程度積んだらアビー殿に固着化の術式を指導せねば」
「あっはい、わかりました」
待ったがかかった。
この世界の魔法は万能ではないらしい。
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ三ヶ月。
ようやく、「まともな住居」の目処が立ったようだ。
「健康で穏やかな暮らし」への道のりは遠い。





