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第21話

これから俺がやろうとすることはこの町の人にとってみれば、非常識かもしれない。


四半世紀以上続いた悪習。誰が最初に始めたのかは分からないローカルルール。


それに、この学校は慣れ親しんでしまった。


岩崎家を腫物として扱い、極度に祭り上げることでご機嫌をとる。


そして、親父は自分たちがマスコミに注目されたくないため、極度の露出を控えろと息子や娘たちに要求。実際、岩崎さんは児童会の会長選挙を諦めた。そして、陸上部も何らかの理由により辞めてしまった。


多分、こうすればマスコミからは注目されることはないだろうと思ったのかどうかは分からない。


でも、今の時代、そんな小手先のことをやっただけじゃ彼らは出し抜けない。


原さんから教えてもらった沼田家もそこまで目立つ華族ではなかったとか。だけど、その沼田家が間もなく潰れる。


千葉市は県都ということもあり、華族の一つや二つ、潰れても問題はないが、この町は違う。行政と岩崎が一体になっている。


それはつまりどういうことか。


岩崎がつぶれたら、この町は立ちいかなくなってしまう。


だから、やりたいようにやらせろ?それは違う。町と一体になっている以上、彼らの暴走は誰かが止めなければならないだろう。


岩崎の暴走を止める。それをやらなければならないのに、大人たちは見て見ぬふりをする。


なんで俺がやらなければならない。


今でもそう思っている。


だけど、そんな空気が漂っているからこそ、俺は壁をぶち壊したいのかな。


「うん?滝村何処に行くの?」


同じクラスメイトの草川が声をかけてきた。


ああ、ちょっと。


「ちょっと・・・?」


あいまいな言葉を残すと俺は教室を後にした。


給食も終わり、みんな一息ついている昼休み。勝負をするためにはこのタイミングしかない。


岩崎さんのクラスに近づくにつれて、足取りが重くなる。


去年までサッカーのクラブチームに所属していたこともあり、大事な試合の時には緊張した。でも、この緊張はそれとは比べ物にならない。


一歩間違えれば人生が終わるかもしれない。それくらい、危険が伴う提案だ。


岩崎さんを表舞台に出せば、間違いなくマスコミの目が岩崎家に向く。そうなったら、市川先輩のことが露見するのは時間の問題になる。無理やり、婚姻を迫り、華族という力関係を使って無理やり同居させた。これは、間違いなく不祥事。宗秩寮の監査が入ってもおかしくないレベルだ。


もちろん、彼らだって自分たちの立場は守りたい。


岩崎さんが表舞台に出ることになったら、市川先輩との関係はいったん見直すはず。いろいろな書類を書き換える必要が出てくる。それは、正直面倒なことだ。


だけど、もし岩崎さんがこの決断をしてくれれば。


親の都合により、児童会の会長選挙に出られず悔しい思いをした記憶がかすかに残っていれば。陸上部を辞めることが自分の意思ではなかったとしたら。


絶対にこの提案は引き受けてくれるはず!面倒な書き換え作業は苦にはならないはず。


そして、決戦の場に俺はやってきた。


「うん?お前、何の様だ」


4年2組の教室入り口に寄りかかっている先輩が声をかけてきた。


岩崎さんに用事があってまいりました。


「1年坊が岩崎様に何の様だ?」


俺はその言葉を無視すると、入り口の扉を開けた。


失礼します。岩崎和哉さんに用事があってまいりました。


全員の視線が俺に集まっている。


俺は岩崎さんが座っている場所を確認した。


頭の後ろに腕を抱え、脚を机に乗っけた状態で椅子に座っている。正直、態度がでかい気がするが、俺は気にしない。突き進む。


「お前、剣道部にいた1年坊だな。何の要件だ」


心臓がバクバクする。冷や汗が止まらない。俺は深呼吸すると、岩崎さんの方を向いて話した。


岩崎さんにお願いがあってまいりました。


「お願い?なんだ?」


俺は市川先輩の方を確認した。驚いた表情をしてこっちの方を向いている。そりゃ、そうだ。いきなり現れたんだ。びっくりすると思う。でも、もっとびっくりするのはこれからだ。


岩崎さん、生徒会の会長選挙に出馬していただけませんか?


その言葉に外野が騒ぎ出した。


「お前!岩崎様の立場を分かって言っているのか!」


「岩崎様を愚弄している!」


「恥知らずも良いところだ」


岩崎さんは一瞬面を食らったが、話を始めた。


「てっきり、舞衣のことかと思ったが、まさか生徒会の会長選挙への出馬。想像することはできなかったよ」


岩崎さんは発言力もあります。常に注目される立場でもあります。生徒会の会長として、この学校の先頭に立ち、いろいろなことをやっていただきたいと思いまして、出馬の打診をしました。


「残念ながら俺は生徒会には興味はない。なぜならば、今年で卒業するから」


卒業?四修ですか?


「そうだ」


何かやりたいことがあるのであれば問題はないと思いますが、それが箔をつけるためだけのことであればやめた方がいいと思いますよ。


「なんて口のきき方を」


「失礼にもほどがあるぞ」


外野がいろいろと喚いているが、岩崎さんはじっと俺のことを見ている。


「箔か。なかなか面白いことを言うじゃないか。君は」


確かに地位や名誉は大切だと思われます。ですが、まずは自分が何をやりたい。どんな生き方をしたいのか。それを見つけるのが先なんじゃないでしょうか?四修をしてどうする?高校に進学ですか?そして、帝国大学に進学し、官僚になる?その人生を自分が決めたのならば問題はないと思いますが、親から強要され人生設計ならばやめた方がいいと思いますよ。


「さっきからべらべらと。岩崎様に向かって失礼じゃないのか!」


失礼なのはあんたたちだ!


そう言うと、騒いでいて外野が一瞬にして静寂になった。


岩崎さんがなんで陸上部を辞めたか。かつて、児童会の会長選挙に出ようとした過去がある。ここにいる人はもちろん知っていますよね。じゃあ、その時、あなたたちは何をやったんですか!まさか、見て見ぬふりをしたんじゃないでしょうね。そんな人たちに失礼だ。なんだって言われる筋合いはない!


「ふっ、そこまで調べたうえで俺に頼んだわけか。だけど・・・、俺は興味ない」


そうは言ったものも、岩崎さんの表情は明らかに迷っている。自分の意思を押し殺している。説得の余地はある。


生徒会の会長選挙に出れば、市川先輩との関係をいったん見直すことができますよ。


岩崎さんに近づき、耳元でささやくと。岩崎さんの目が見開いた。


「貴様、本当の目的はそれだろ!」


華族の孫が中学校の生徒会会長に就任する。マスコミは飛び付きますよね。そうなったら、家のことは全部知られる。市川先輩とどんなやり取りをしたのかは分かりませんが、強引なやり方をしたのは見え見えですよ。


「ならば、生徒会の会長選挙には出ない!」


予想通りの反応だ。でも、俺には切り札がある。


そうですか。出ないというのであれば仕方がありません。ですが、遅かれ早かれ先輩がやったことは世間にばれます。そうなったら沼田家みたいになりますよ。


「沼田家・・・なんで、その話をするんだ」


明らかに動揺している。知っているんだな。沼田家の不祥事を。


明日、宗秩寮の監査が行われるそうじゃないですか。先輩がやったことと沼田家の不祥事は類似しませんか?もし、自分が、ここに電話を掛けたらどうなるんでしょうね。


俺は胸ポケットからメモ紙を出すと、岩崎さんに見せた。


「・・・貴様、俺を脅すつもりか?」


脅す?そんなことをするくらいならば、タレこみをしていますよ。岩崎さん、これは不祥事の芽を摘むチャンスです。身辺整理をするチャンスなんです。


「沼田家と同じ轍を踏みたくなければ生徒会の会長選挙に出馬し、舞衣との関係を整理しろ。まとめるとそういうことか」


もちろん、強制はしません。ですが、何度も言います。いずれはばれます。身辺整理をしない状態で監査を受けたら、間違いなく爵位剥奪です。そうなったとき、岩崎家と運命共同体に近いこの町が受ける影響は計り知れません。岩崎家がつぶれるとき。それは、この町がつぶれる時なんです。


「話が飛躍するな」


そうつぶやいたが、岩崎さんの目は真剣だった。


守りましょう。地位を。町を。今ならばまだ、取り返せます。


俺は岩崎先輩の耳元から離れると、距離を取って言い切った。


岩崎和哉さん、是非ともご検討をお願いします。


最後に一礼をすると、俺は教室を出た。


その瞬間、大騒ぎになったのは言うまでもないと思う。


何事もなく、涼しい顔で教室に戻ると、みんな俺の方を向いた。


「・・・あんた、今、どこに行っていたの?」


岡本が恐る恐る訊いてきた。


4年2組。


「なんで4年生の教室に行ったの?」


そう言われた途端、俺は緊張の糸が解けたのか膝から落ちてしまった。


「滝村・・・どうだったの?」


佐川が手を差し伸べてくると、俺は佐川に引っ張られる形で立ちあがり、言い切った。


上手くいったと思うよ。


「えっ?由紀、何か知っているの?」


「ああ、実は・・・」


そう言いかけた時だった。草川が慌てた様子で教室に戻ってきた。


「滝村!あんた岩崎先輩に何吹き込んできたの!」


なにって、生徒会の会長選挙に出馬してくれないかって。言っただけだけど。


俺がそう言うと、クラス中が騒ぎ出した。


まるでこの世の終わりが来たかのような混乱だ。


佐川、手伝ってもらいたいことがあるんだけどいいか?


「なに?」


生徒会の年間スケジュールを調べてきてほしい。


「出る前提で動いているけど大丈夫なの?」


間違いない・・・。岩崎さんは出る!


そう言うと、佐川は納得したような表情を見せた。


「じゃあ調べておくよ。期日は?」


なるべく早めで。


「分かった。滝村はどうするの?」


対立候補について調べる。俺の予想だと、岩崎さんの出馬がうわさされた段階で辞退するとは思うが、投票になった場合のことを想定しておかないと。あと、立候補の原稿ね。


「添削は任せてね」


ああ。頼んだぞ。


俺と佐川は次を見据え、準備に取り掛かった。岩崎さんの良心を信じて。


第21話 終了


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