魔王らしいのに物理特化って、おかしくね? 5
「うんうん。予想通り。安心して攻撃しまくっていいから。反撃しないし、躱したりもしない」
そう言われて、目を真ん丸にする赤尻尾ちゃん達。それに構わずに言葉を続ける俺。
「遠慮なくブチかましてこい。自分の首輪が締まらないことを今は最優先にしていい。どーせ、大して効かないから。ナイフで刺そうが殴ろうが蹴ろうが噛みつこうが、好きにしてくれ。いいか? いいな? 行くからな? 行くぞ? 近付くぞ?」
勢いに飲まれたのか、コクコクと頷く赤尻尾の狐耳ちゃん達。
そこで、いきなり全力疾走して、一瞬で倒れてる子達に魔法薬をぶっかけて、さらに包帯まみれの子達にもぶっかけて、元の位置に戻ってやった。
ポカンとする赤尻尾ちゃん達と、完治したっぽい元怪我人ちゃん達。
「大・成・功! ひっかかったな!! 攻撃喰らうと分かってて、誰がゆっくりとなんか近付くか!! 自爆とかされたら、死ぬ程寝覚め悪いし、怪我して戻ったら絶対に怒られるんだよ!! 怒ったら、口聞いてくれなさそうなんだからな!! 懐いてくれてる狐耳の超絶美少女に無視とかされたら、俺のハートが砕け散るっての!!」
・・・なんか、余計なことまで口走った気がする。うん、スルーしとこ。幸い、ラナンには聞かれてないし。
自分の言ったことにそう結論付けて、この事実の封印を決めた途端、赤尻尾ちゃん達から吹き出すような音が洩れた。
と思ったら、全員が爆笑し始めやがった。
こ、こいつら・・・まぁ、禍転じて福と為すってか。さっきまで真っ暗な顔してやがったのが、一時でも笑顔になったんならある意味大成功だもんな。
口止めはするけどな!! ラナンにチクられたら、ハズイしなんか怖い気がする!!
一頻り笑った後になって、赤尻尾ちゃん達が表情を堅くしてしまう。
心持ち、震えてるよーな? あ、そっか。怒らせたかもって思ってんのかもな。凶悪面だし、百人単位で惨殺してるし。
まぁ、今は大人しくしといてくれる方が都合がいい。俺への攻撃命令がある以上は、下手に動かれると何がトリガーになって実行させちまうか分かったモンじゃないしな。
とりあえず、赤尻尾ちゃん達は放置しといて、権力者共の中で、唯一の生き残りのおっさんに視線を向ける。
おっさん、何を呆けた面してやがる。テメェには慈悲の欠片も与えねぇぞ。
「オイ。おっさん」
声を掛けると、我に返ったようにビクッと体を震わせるおっさん。
「今すぐ、本物の解呪の鍵を持ってこい。今すぐにだ」
「な゛っ!? ムチャを言うな!! 解呪の鍵は領主のッ!?」
急に強気な態度に戻ったおっさんの目の前に一瞬で移動して、頭を軽く掴んでやると、おっさんは言葉を詰まらせた。
「やれやれ。言われなきゃ分からんとか、どんだけ頭が悪いんだか」
溜め息混じりに言うと、おっさんの喉がゴクッと大きな音を立てた。
「・・口調が変わろうが、あの子達への態度がどうだろうが、この惨状を作ったのは、紛れもなく俺だ。で、お前はそんな俺に忠誠を誓うことで、辛うじて命を繋いでるのが現状。従わないなら、お前に価値はねぇ」
「ヒッ!?」
声を低くして言ってやると、短い悲鳴を上げるおっさん。
「もっ、申し訳、ございません・・す、すぐに、ご、ご用意致します」
おっさんの絞り出すような言葉を受けて、そのまま頭を持って近くの建物の壁に投げつけてやる。
「ガバッ」
「手間取らせんな。こっちも暇じゃねぇんだ。さっさと行け」
「は、はひっ」
叩きつけられたせいで体を痛そうに引きずりながら、必死で走っていくおっさん。
ハァ。ったく。この状況で、相手のキャラが変わったからってよく強気に出れるよな。俺だったら、逆に怖くて口も開けんわ。
「さて、君達に質問だ」
赤尻尾ちゃん達の方に向き直って声を掛けると、互いに顔を見合わせつつ、少し震えながら頷く赤尻尾ちゃん達。
「その首輪を見る限り、全員奴隷だよな?」
「・・は、はい。そう、です」
消え入りそうな声で答える赤尻尾ちゃん。
「んじゃ、解呪の鍵が届いたら奴隷から解放する予定なんだけど、解放されたくない子がいたりするか?」
プルプルと首を横に振る赤尻尾ちゃん達。
うむ。素直でよろしい。
「んじゃ、解放された後の当てがある子は? せっかく解放しても、即行でまた奴隷にされたりしたら、流石に虚しくなるから、当面は問題なく生きてけそーな感じの当て。あ、悪いけど、赤尻尾の狐耳ちゃんと、怪我から復活した包帯まみれ狐人族の子2人は着いてきてもらうんで、よろしく。うちの子が気にしてたから、顔を見せてやってほしいんだ」
「ボ、ボクも?」
「う、うち、その子のコト、よぉ知らへんよ?」
包帯まみれの2人の反応に、思わずガッツポーズを取ってしまう俺。
ボクっ娘に加えて、方言っ娘キタァァァァァッ!!
しかも、よく見たらラナン級に可愛いんですけど!? 赤尻尾ちゃんもちょっと痩せ気味なのが不健康な感じだけど、メチャクチャ可愛いし!! なに!? 狐人族は超絶美少女ばっかの種族なの!?
しかも、兎人族の子達も可っ愛いし!! その暴力的なワガママボディー!! 気弱な感じの表情と温和な顔立ちが相俟って、ちょっとイジワルしたくなるんですけど!? 微妙に困った感じに笑わせてみたい!!
獣人、サイコォォォォォッ!!
ハッ!? 落ち着け、俺!! ここで熱いパトスを暴走させたら、人種族が補完されるぞ!!
・・よし。意味分からん。落ち着いた。
テンションおかしくなったときは、意味不明なこと考えてクールダウンするに限るな。うん。
「ど、どないしたん? 魔王はん?」
ガッツポーズのまま固まってた俺に、戸惑い気味に声を掛けてくる金髪狐耳ちゃん。
「あ、いや。すまん。色々衝撃的で我を忘れた」
俺の言葉に、不思議そうに首を傾げる金髪狐耳ちゃん。
うん、意味不明だよな。スルーしといてください。
「俺のことは置いといて、2人が直接的な関係がないのは聞いてるよ。見かけただけって言ってたし。ただ、同族だから気になってた程度だろ。でも、心配してたのは間違いなさそうだからな。上手くいったってのをその目で確認させて、安心させてやりたいんだ。だから、悪いけど、一旦は付き合ってくれ」
狐人族3人が互いに顔を見合わせて、戸惑いを浮かべながらもバラバラに首肯する。
そのとき、誰からともなく、腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。
「・・・え~・・腹減ってる人~。素直な子には、漏れなくドラゴン肉の焼き肉を進呈する」
俺の言葉に、全員の目が丸くなりながらも輝く。
あ、はい。そのリアクションだけで十分な返事です。っつーか、兎人族も肉食うのか。兎なのに。
肉食兎。なんとなくホラーな響き。
「んじゃまぁ、兎人族の子達も付き合え。この人数が腹いっぱいになる程の量はないけど、小腹満たすくらいはなんとかなるだろ。追加が出てきてくれりゃ、好きなだけ食わせてやれるんだけど」
「あ、あたし達、も?」
包帯まみれの爆乳兎人族の子が、戸惑いと若干の恐怖を混じらせながら問いかけてきた。
「どーせだからな。まぁ、細かい話は、俺と同行してる狐人族の子に聞いてくれ。俺から聞くよりかは安心だろ。まぁ、それも解呪の鍵が届いてからな」
そう答えて、痛みに転がっている有力者共に顔を向ける。
よし。まだ全員生きてるな。わざわざ簡単には死なない程度の怪我で動きを取れなくしてるんだ。まだ死ぬんじゃねぇぞ?
それからしばらくして、おっさんが馬を走らせて戻ってきた。
「お、お待たせして、申し訳ございません」
馬を降りて、息を切らせながら言うおっさん。
「解呪の鍵は?」
「こ、こちらでございます」
そのままの姿勢で俺に鍵を差し出そうとするおっさん。思わず浅く溜め息を吐いてしまい、爪を高速で伸ばしておっさんの太腿を掠めてやる。
「っ!?」
「お前さ、自分の立場がまだ理解できてねーの? まさか、もう殺されることはないとか思ってんのか?」
おっさんは盛大に顔を引き攣らせながら、慌てて跪いた。
「も、申し訳ございませんっ!! ど、どうか命ばかりは!!」
「それはお前の態度次第だな。お前は俺に'生かされてる'。それを忘れるな」
「は、ははぁっ」
ガタガタと体を震わせながら平伏するおっさん。
「んで? 解呪の鍵ってどうやって使うんだ?」
「は、はいっ。隷属の首輪の鍵に差し込んで、解呪の呪文を唱えることで、首輪が外れますっ」
「その呪文は?」
「'隷属解放'でございますっ」
おっさんの説明を受けて、赤尻尾ちゃん達の方へと向き直る。
首輪の鍵かぁ。俺に対しての攻撃命令があるんだったら、俺が近寄ってやるのはあの子達が危険かな。刺されようが殴られようが俺は平気だろうけど、自爆とかされたら笑えねぇし。
そう考えて、おっさんに赤尻尾ちゃん達の首輪を外させた。赤尻尾ちゃん達は首輪が無くなった自分の首を頻りに触れたり撫でたりしながら、互いに喜び合って涙を流している。
「あ、ありがとうございますっ。本当に本当に、ありがとうございますっ、魔王様っ」
「ほんまにおおきにっ。うち、うちぃ~」
「ありがとうございますっ、魔王様っ。ボク、もうあのまま死んじゃうんだと・・・」
赤尻尾ちゃんと方言っ娘、ボクっ娘が涙ながらに礼の言葉を口にすると、それに続いて兎人族達も口々に礼を口にしてくれる。
いやぁ、なんつーか、こう、照れ臭いねっ!! こんな可愛い子達から揃って礼を言われるとか、人生初ですよ!! 前世含めて!!
それに、今の俺は相当の凶悪面な筈なのに、こうしてちゃんと礼を口にしてくれるって、ホントにいい子達だ!!
「いやまぁ、喜んでもらえて何よりだ。んで、悪いけど、このままついてきてくれるか? さっきも言ったけど、うちの子が心配してるだろうから。それに、焼き肉の約束もあるしな」
「は、はいっ」
「うん。あ、おっさん」
「は、はいっ」
「お前はこのままこの街に残ってろ。何か用ができたらその度に使ってやる」
俺の言葉に、顔を盛大に引き攣らせるおっさん。それに構わずに言葉を続けてやる。
「逃げ出したり逆らったり、ましてや反撃に出たりしてみろ」
そこまで言ってから、近くの家に歩み寄り、全力でその壁を殴り付けると、'ドゴォッ'という派手な音がして、その奥の建物ごと十数mに渡って街が直線上に崩壊した。それを見たおっさんは、顔色を土気色に変えて呆然とする。赤尻尾ちゃん達もポカンとなってたりする。
お、おぉ・・・想像以上の威力だった。
何? 俺って物理特化の魔王なの? 魔王って強力な魔法をバカスカ撃ちまくるような感じじゃねーの? もしくは、なんか強力なスキルで超広範囲破壊ができるとか、そういうもんだろ? それとも、この身体能力が何かのスキルとか? ・・・魔王っぽくねぇぇぇぇっ!! 物理特化って、なんかこう、ラスボスってより中ボスな感じじゃね!? なんか微妙!! 今んトコは支障ないけどさぁっ!!
いかん、思考が逸れてた。脅しとしては十分な威力が出てたんだし、これはこれでよしとしとこう。物理特化ってのは不満だけど。
「お前の周り全てがこうなる。肝に命じておけ」
「は、はひっ」
声を上擦らせて返事をするおっさん。
まぁ、これでおっさんが余計なことをすることはないだろ。逃げ出さなけりゃ使い捨てしても心が痛まない手下になるし、逃げたら逃げたで別に支障ないし。
そう考えておっさんから視線を外して、ポカンとしたままの赤尻尾ちゃん達に向き直る。
「さて、ヒビらせたかもしんないけど、君達には手を出したりしないから、とりあえず、ついてきてくれ」
「あ、は、はいっ」
俺に声を掛けられて我に返った様子の赤尻尾ちゃん達は、歩き出した俺について歩き出した。
うむ、不安そうだな。そりゃそうだ。拳1つで街の一部をブッ飛ばした凶悪面についてこいって言われて、どこに安心できる要素があると? 俺なら泣いてる。
・・・・ケモミミ美人・美少女達に怯えられちまって、既に泣きそうだけどな!! うぅ・・ラナンに慰めてもらいたい・・・
それから街を出て、ラナンが待つ場所へと到着した。
「魔王」
「お待たせ」
駆け寄りってきたミリオラに声を掛けると、そのまま抱きつかれてしまった。
を、をぅ? どったの?
「ミ、ミリオラ・・・?」
動揺全開の俺の後ろから、赤尻尾ちゃんの戸惑いまくりの声が聞こえてきた。
「ん。無事でよかった。あの後、戦闘はなかった?」
「お、おう。もうあの街に戦力らしい戦力は残ってないと思うし」
「ん。魔王はやっぱり規格外」
そう言いながら、俺の腹(ラナンの頭が俺の鳩尾の高さ)に顔を埋めるラナン。
心配してくれてたのか。1回戻ってきたときに、圧勝したってのは伝えてたのになぁ。ホントに心配性なことで。
「おうよ。安心してくれ」
「ん」
「んで、赤尻尾ちゃんがビックリしてるっぽいんだけど?」
「あ」
俺の言葉に、少し慌てた様子で俺から離れるラナン。微かに赤くなってる辺りがやたらと可愛らしい。
「え、えっと・・・ミリオラ、よね?」
「もうその名前は捨てた。今はラナン。魔王のものになって、魔王に名付けてもらった」
「そう・・そっか、うん。ラナンも無事でよかったわ。それに、元気そう」
「ん。フレアも無事でよかった」
そう言って、フレアと呼ばれた赤尻尾ちゃんに歩み寄り、互いに抱き締め合うラナンとフレア。
ホントに仲良くなってたんだろうなぁ。2人共、なかなかの勢いで尻尾が揺れてら。
そんなことを思いながら、ラナンとフレアを見て和んでいたら、
「ひっ!?」
爆乳青髪ウサミミっ娘から、引き攣った悲鳴が上がった。それと同時に、ズンッという重い物が地面に落ちるような音が開けた草原の空間に響いた。
ドラゴンだ。
しかも、城を出た所で遭遇した個体よりも一回り大きくて、感じられる威圧感はその比じゃない。
「GURAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
威嚇、いや、威圧するような咆哮を浴びせられて、フレア達がペタンと尻餅をつくように踞ってしまい、ラナンも全身をガタガタと震わせ始めた。