プロローグ その1
不定期連載です、長い目で見てやってください。
プロローグ
『人は誰でも思ったとおりの自分になれるわけではない』
真新しいノートの一ページ目に、こう書いた。
ここは、故郷のリーベ村からメギト火山に向かう途中のドワーフの森だ。私は、幼馴染二人とパーティーを組み、メギト火山のふもとにある宿屋『暁亭』でギルドからの依頼をこなす予定だった。
夜明け前に村を出て、ドワーフの森に入ったのがお昼前。メギド火山は、このドワーフの森を抜ければもう目と鼻の先だから、夕方前には『暁亭』にたどりつけるだろう。私たちは、比較的のんびりと、ドワーフの森の出口付近でお昼休憩をとった。
そしてその空いた時間に、今回の旅の出来事をノートに書くことにした。
本来なら、こんな風に旅の記録を付けるのは吟遊詩人の役割だ。私たちのパーティにも吟遊詩人はいる。でも、彼は吟遊詩人本来の仕事には全く興味を示さない。彼の名前はハーディ。ハーディとは五歳のときからのつきあいだけれど、ハーディが詩を詠んだところなんて聞いたことがないし、彼のリュートはネックが変な方向に曲がっていて音程がかなり狂っている。
本当は、子供の頃から吟遊詩人になりたかったのは私の方なんだ。吟遊詩人になって歌を歌い、人を喜ばせてお金をもらう。そんないい職業はちょっと他には見当たらない。でも、知恵の神、アラ・フォーナ様は私に吟遊詩人を割り振ってはくれなかった。子供の頃から楽器一つ弾いたことがなかったから、アラ・フォーナ様の判断は適切だったのだろう。神様のありがたいご託宣のおかげで、今の私は特にスキルもない、ただの役立たずだ。
人は、誰でも思ったとおりの自分になれるわけじゃない。そんなことはわかっている。でも、ちょっと夢を見るくらいならいいんじゃないかな。
そう思って、私は吟遊詩人の真似事をして、今回の旅をノートに付けることにしたんだ。
タイトルは何にしよう。
「おい、デボラ、ぼーっとすんな」
いきなり、ハーディが怒鳴りつけてきた。
『おい、デボラ、ぼーっとすんな』なんて、いくらなんでも、そんなタイトルはないんじゃない?
そう思って顔を上げると、頭上を木でできたブーメランがうなりをあげて通り過ぎた。もし当たっていたら、私の頭は今頃つぶれたウズの実のようにぐちゃぐちゃになっていたかもしれない。
びっくりしてあたりを見まわし、また驚いた。いつのまにか、私たちは五・六匹のゴブリンたちに囲まれていた。さっきまでお弁当を食べ終わって昼寝をしていたはずのハーディと、もう一人のパーティーメンバーのロデムは、すでに武器を持って構えていた。
ゴブリンは、この森には普通に見かけるモンスターだ。人間と猿の間くらいの知能があり、棍棒やブーメランなどの粗末な武器を使う。集団を組んで、人間や家畜を襲うことも少なくない。
私もあわてて、自分の剣をとって立ち上がった。何しろ、ハーディは吟遊詩人だし、ロデムは僧侶なんだ。本来、戦いは得意じゃない。
「ここは、俺たちだけで十分だよ。デボちゃんは下がってて」
戦いは得意じゃないはずのロデムが、こっちを向いてニッコリと微笑んだ。彼は、ハーディと違って、小さい頃からいつも私に優しい。優しいけれど、ロデムの優しさはいつも私を傷つける。だいたい、二十歳過ぎた女の子をつかまえてデボちゃんはないだろう。
「私だって、戦えるよ」
「うっせーなあ、お前はトロいから邪魔なんだよ」
今度はハーディが、ぶっきらぼうに怒鳴った。ロデムの優しさは私を傷つけるけれど、ハーディの無神経さはそれ以上に私を痛めつけた。
……そうか、私はトロいのか。なんとなくそうかとは思っていたけれど、いや、実際に私がトロいかどうかはともかく、この二人が私のことをトロいと思っているということはわかってはいたんだけれど、面と向かっていわれるとやっぱりショックだなあ。
落ち込んでいると、ロデムの声がした。
「デボちゃん、危ないっ」
何やってるんだ、私。今は戦闘中じゃない。戦いに集中しなきゃ。
気が付くと、鼻先をなにか銀色の物体がものすごい音を立てて通り過ぎていった。
「なに、コレ!」
銀色の物体の正体は、ハーディのリュートだった。彼の家に代々伝わっていたというミスリル銀製のリュート。きれいな花の彫刻が入って、それはもう美しい。ハーディは何度かそれを売ってカジノで遊ぼうとしたけれど、そのたびに私が本気で怒ってやめさせた。
どんなに美しい音色がするのか、一度ちゃんと聞いてみたい。しかし、どうもそれは無理そうだ。
ハーディは戦闘になると、ミスリル銀のリュートを武器に使った。要するに、銀の棍棒さながらにリュートで敵を殴って攻撃するんだ。リュートのネックがひん曲がっているのはそのせいだった。あれじゃあ、楽器として使うときにどこをどう持てばいいのか全然わからないんじゃないだろうか。
そして今。ハーディは、あろうことか、大切なリュートに長い鎖をつけて分銅のようにぐるぐる振り回していた。
「くらえ、ハーディ・ハリケーン!」
どうやら、必殺技として名前までつけているらしい。そしてその必殺技は、あと一歩のところで私の顔面をリザード牛並みに変形させるところだったわけだ。ハーディのあまりのアホさ加減に、頭が痛くなって思わず地面にうずくまった。
ところが、世の中何が幸いするかわからないもので、ハーディ・ハリケーンはゴブリンのようなザコモンスターには効果大だったようだ。ハッタリが効いただけのような気もするけど、とにかく私たちを取り巻いていたゴブリンたちは、悲鳴を上げながらクモの子を散らすように逃げ出していった。




