第134話 名前
昼の鐘が鳴ると、ローゼは、フェイの腕をつかんだ。
「伯爵さま、食堂、どこ? 案内して」
「いいよ。こっち」
ジルが、あわてて、2人のあとを追ってきた。そのさらに後ろを、リーゼが、足音もなく、ついてきた。
食堂は、今日も、肉の焼ける匂いでいっぱいだった。ローゼは、フェイの向かいに座ると、自分の皿には手をつけずに、フェイが食べるのを、頬杖をついて眺めていた。
「よく食べるね」
「うん! おかわりもする!」
「魔力が0って、本当? 生まれたときから?」
「わかんない! 山にいたころは、測ったことなかったから。王都の学園に入るときに、石に手を当てたら、0だった!」
「ふうん。……それで、熊を殴ったり、魔法を殴ったりするんだ」
「よく知ってるね!」
「伯爵さまは、有名だもん」
ローゼは、豆をひと粒、指でつまんで、口に放りこんだ。
「伯爵さま、じゃなくて、フェイでいいよ」
「フェイ」
ローゼは、その名前を、確かめるみたいに、口の中で転がした。
「じゃあ、フェイ。わたしのことも、ローゼって呼んで」
「うん! ローゼ!」
豆をつまんだローゼの指が、止まった。
瞬きひとつぶんだった。それから、ローゼは、さっきより大きな声で、笑った。
「えへへ。……なんか、変な感じ」
「変?」
「なんでもない」
ジルの隣で、リーゼが、黙って、黒いパンをちぎっていた。肉も豆も、ひと口ぶんずつしか、皿に取っていなかった。
「リーゼは、それだけでいいの?」
パンをちぎる指が、止まった。
リーゼは、顔を上げて、フェイを見た。ローゼと同じ形の目だった。けれど、その目には、何も浮かんでいなかった。
「……なぜ名で呼ぶ?」
「え? リーゼでしょ? 朝、教官が言ってたよ」
「……そうか」
リーゼは、パンに目を戻した。ちぎる手が、さっきより、少しだけ遅くなっていた。
「お肉、おいしいよ。塩が、ちょっと濃いけど」
フェイは、自分の皿から、いちばん厚い1切れを、リーゼの皿へ移した。
リーゼは、皿の上の肉を見た。それから、フェイを見た。何か言うかと思ったけれど、何も言わなかった。
ただ、その肉は、最後に、ちゃんと、なくなっていた。
ジルが、机の下で、フェイの袖を、そっと引いた。何か言いたそうに口を開いて、結局、何も言わずに、肉を口に入れた。




