夢の跡
フィクションです。
今日も一息ため息を吐く。僕、笹木隼はテニス部に入っている親友の颯太を待つ。
20分前、自習室から眺めた夕陽はまだ暑そうにグラウンドを照らしていたのに——。
今となっては少し物寂しさを纏って、小さい僕の背を照らす。
たらりたらりとじめっとした空気に汗をかいていると、部活が終わった運動部達の騒がしくも、少しばかり羨ましい声が聞こえた。
「オース!隼!元気かー!」
陸上部のヤリラが走りながら僕の背を叩いて仲間達と帰っていった。
あいつは恒星。
学年で下から数えた方が早いくらいの成績のバカだ。
でも代わりに顔は相当なイケメンだし、背も高い。そして僕みたいな無視しても構わない様な人間にも声をかける。まぁお気楽な奴だ。
それから直ぐに颯太はやってきた。
ハンドタオルで滴る汗を拭きながら、いつもの通りに僕に水筒を持たせる。
校門をくぐりかけた時、風に運ばれ、陸部女子達の楽しげな声が聞こえた。
腰につくほどのひとまとめにしたコーヒー色の髪、相手を見通している様な澄んだ瞳。
僕の永遠の憧れ、美緒さんだ。
「ドン!」
突然背中を叩かれた。
あまりの痛さに振り返る。
颯太が呆れた顔で僕と、その視線の先に居たあの人を交互に見た。
「おい、水筒返せって」
またやってしまった。最近彼女のことが頭から離れなくてミスばかりしてしまう。
「お前さ、相変わらず美緒の事見てるだけだな。暇かよ」
ゆっくり歩いて帰りながら、颯太が呟いた。
ストレートな一言にムッとした。
隼が睨むと、颯太は視線を逸らして苦しそうに続けた。
「知ってるか?美緒は、その、、、」
声は急に曇り、認識できなかった。
「なんだよ、腹でも下したか?」
いつもみたいに冗談を言う。
耐えかねた様に颯太は言った。
「美緒と恒星は一ヶ月前から付き合ってたんだよ!!」
その瞬間僕の顔中の筋肉は強張り、視界から夕陽の暖かい陽が消え、全てが止まった様に感じられた。
あまりにもその日は突然訪れた。こうなることは薄々感じていた。
しかし——。
激しい頭痛が隼を襲った。
隼は颯太に支えられ、一言も言葉を交わすことなく家へと帰った。
颯太の顔には、後悔と、哀れみ、そして微かに、こうも簡単に壊れた隼への軽蔑が浮かんでいた——。
◇
翌日、いつもに増してボーっと全ての授業をこなした隼は、魂が抜けた様に、自習室に残り、終わりの見えない赤本を開いた。
問題文に時折見える人物達の茶番が底なしに苦しく胸を突き刺した。
夕陽が落ちる頃、予定していたページを全て解き終わり、隼は借りていた小説を返しに行った。
実際には借りたのは颯太の方だが。
「話のネタが欲しい」と、颯太に相談して、颯太が見つけてくれたライトノベル?小説と何が違うのかよく分からずじまいだったけど、結局それも話すことなく全て終わってしまった。
とぼとぼ後悔しながら重い足を引きずると、もはや人気のない図書室に着いた。
生徒中では有名な話だ。学校付きのおじいさん警備員はいつも図書室の鍵を閉めるのを忘れている。
だから自習室の利用時間が終わった後に来た方が時間の節約になるのだ。
中にしまわれた返却ようのポストに「ありがとう」っとそっと呟いて小説を落とすと、同時に本棚の向こうから大きい物音がした。
不審に思い、また、自然と体が導かれ、僕は大きな本棚の向こうから音のした方を目撃してしまった。
大きい背中に、焼けた肌。恒星だ。そして、その体の向こうにいる、もう1人の女を見て僕は直ぐに本棚に身を隠した。
熱を帯びた吐息。その女の頬は紅潮し、蕩けるような表情で恒星の首筋に腕を回している。
あまりにも生々しい、二人の愛の現場。
間違い無い。
頭が割れる様に痛い。
景色が回転する。
思わず座り込んでしまった。
目を伏せても、その呪いは耳へと流れ込む。
脳裏に焼きついたあの幸せそうな顔、普段のクールな顔からは想像もつかない姿。
美緒だ。
苦しい。
目を閉じていても体全体が回転する様な感覚が止むことはなかった。
一瞬物音が止んで、恒星の焦った声が狭い部屋に反響した。
「おい、美緒!おい、どうしたんだよ?」
幸せのあまりショートしてしまった彼女。
しかし恒星は焦りによって、どんどん想像は悪い方へと加速した。
「し、しらねぇ、俺は殺ってねぇ、何も知らねぇんだ!」
彼女を手にかけてしまったと言う最悪の想像により、若い青年は図書室の扉を激しく打ち付けて消えてしまった——。
それにより、途切れた悪夢。
心なしか安堵の表情を浮かべ、隼は気絶する様に深い眠りへ落ちた。ひどいダメージを受けた脳は、彼を翌朝まで起こさなかった。
それは彼女にも同じことだった。
安堵の表情で快楽を傍受しすぎた脳を休ませるため美緒もまた深い眠りに落ちた。
しかし、彼らは気づくはずもなかった。すっかり陽が落ち、一筋の夕陽の残りに照らされた図書室の窓のその向こう、スマホを構えて微笑むその1人には——。




