逆転の一手
「ええ、ありました。ありましたとも……でなければ、このような道に走ってはいないのですから」
アレイシア神はカルミナから目を背け、プルプルと肩を震わせる。今にして思えば、自分にも未熟な部分があったのだろうと思える。だからこそ、あんな夢を見て、些細な出来事で自ら歯車を壊してしまった――――
本当は、わかっていたのかもしれない。全ては疲れ切った自分の、妄想の産物だったということが。しかし、それがわかったところで、もう修正は効かない。すでに自分は世界再生への道を進み始め、そのために数多の生命を贄に捧げたのだから――――
「それじゃあ、今からだって――――」
「遅いですよ、もう。我々は、戻れません」
カルミナの次の言葉を見抜いていたかのように、アレイシア神は喰い気味に彼女の言葉を否定した。カルミナは悲しそうな表情を見せ、グッと押し黙る。
「戻れぬくらい、私は数多のものを犠牲にしてきました。生命、信頼、己さえも……だからこそ、この計画を成功させなければならないんです。今さら中止など、贄になった者たちに失礼です」
――――そう、最も信じていた、あの子も手にかけたのだから……
神は自ら「竜」になることを決めた。自分勝手であっても、一時の暴走であったとしても、あの時世界を再生すると決めてから、その決意をねじ曲げはしなかった。すでに、賽は投げられたのだから。
「もう……どうしようもないんだね……」
「最初からそう言っているでしょう。私とあなた方は、もう二度と同じ道を歩むことはない。どちらかの道を潰さなければならないのです」
アレイシアはそう言うと、先ほどまでの邪悪な笑みを消し、真剣な表情で目の前の少女を見据えた。何度か癒やしの光をかけたとはいえ、もう彼女は立っているのもやっとだろう。その証拠に、フラフラと身体を揺らし、真っ直ぐに立つことができていない。
だが、それでも諦めてはいないようだ。まだ何か策でもあるのかは不明だが、カルミナは構えを作り、戦う意思を示した。無言でじっと、アレイシアを見つめる。
「……わかりませんね。なぜまだ戦おうとするのです? あなたの生きる意味であるあの子はいないのですよ?」
「…………」
「ふっ、私の言葉は信じないと?」
「生憎、諦め悪く生きてみようと、ついこの前決意したのよ。アリシアはまだ生きてる。あの子の身体が滅びるのを見ない限りね」
「……ならば確かめてみるといい。そして知るがいい、その想いが幻想に過ぎぬということを!!」
無性に腹が立ち、カルミナにトドメを刺そうと全速力でカルミナに詰め寄り、その凶手をカルミナにぶつける。しかし、その全てが精彩に欠けた、力任せのもの。スピードはさっきまでと比べものにならないが――――
(流れが……見える!!)
カルミナはギリギリのところで躱しながら、反撃を繰り出す。カルミナの一撃が食らってもなお、アレイシアは怯むことなく猛攻を続ける。しかし、一発も当てることが出来ず、さらにアレイシアの苛立ちが募る。
一方、カルミナの方もギリギリだった。何度かカウンターを食らわしてはいるが、頑丈なアレイシアへの有効打にはならない。動きは単調で読めるが、一瞬でも遅れればカルミナは木っ端みじんだろう。少しかすっただけで皮膚がえぐれ、血が噴き出してしまう。
(なんで動きが雑になったのか知らないけど、チャンスだわ!)
正直戦況は絶望的だったが、ここに来て思わぬ勝機だ。先ほどの問答に何かあったのだろうが、今はどうでもいい。
(アレイシアが暴走している間に――――奥の手、使わせてもらうよ!)
カルミナは前日の作戦を思い出す。
~~~~~~
さかのぼること、前日の夜中。カルミナとリンベルの二人きりで話していた頃――――
「カルミナちゃん、万が一竜に隙が出来たら、この牙を胸あたりに刺すんだ。大丈夫、これ自体に殺傷能力はないから」
リンベルはそう言って、人間の手のひらサイズほどの大きな牙をカルミナに渡した。
「これって?」
「竜の牙だよ。前に僕たちが竜を倒した時にも活躍してくれた代物さ」
「竜の牙?」
「実は、竜の弱点がこれさ。あの方の身体は、爪先に至るまで対象の肉体あるいは精神を治しもすれば、完膚なきまでに叩き潰すこともできる」
「改めて竜の恐怖を知ったわ……」
「それで、精神にダメージを与える役割を持つのがこの牙なのさ。あの時はこれを刺して、あの方の心にダメージを与えたことで逆転できた」
「で、今回もこれを突き刺して思考を揺らす訳ね」
「そういうこと。そして、ここからがより大事なことなんだけど――――」
「な、何?」
そう言うと、リンベルはカルミナに顔を近づけて、そっとささやいた。
「アリシアちゃんを、取り戻せるかもしれない」
~~~~~~
(まだ……もう少し、もう少し!)
アレイシアの攻撃を避けながら、カルミナは懐に手を入れる。心臓がバクンバクンと脈打つ。冷や汗がぶわっとにじみ出る。ここで必ず決めなくてはならない。アリシアを、助けるためには――――
(アリシアお願い……力を貸して!!!)
そうして、カルミナが数歩退き、それをアレイシアが追った瞬間――――
「今です! カグヤさん!!」
「はい!!!」
カグラが勢いよく両手を合わせる。刹那、アレイシアの足元に魔法陣のようなサークルが浮かび上がった。それは、そのサークルが発動した時点でサークルを踏んでいるものを一時的に拘束する、簡単な超能力。誰でも資格あれば出来る者であるが、それでもカグヤの結界は化物級だ。一時的といわず、その気になれば永遠に動けなくすることもできる。しかし――――
それはあくまでも、ヒト族にのみの話に過ぎない。
「こんな子どもだましで……!」
そう悪態をついて、アレイシアが無理矢理動こうとしたその時。
「ナイス、カグヤさん! アレイシア、これで終わりよ!!」
いつの間にか、アレイシアの懐にカルミナがいて、こちらに何かを突きつけていた。アレイシアはそれに見覚えがあった。余裕のある態度から一変、一気に血の気が引いた。
「あなた……! 何でそれを――――」
言い終わる間もなく、カルミナは言われたとおり、思い切りアレイシアの胸に彼女の牙を突き刺した。すると、アレイシアの内側から落雷を食らったような衝撃が走る。
「ぎゃああああああ!!!!」
アレイシアはこらえることができず、獣の雄叫びのような悲鳴を上げてその場に崩れ落ちてしまう。
無事成功した。カルミナは次の行動を起こす。ここからが、賭けだった。しかし、自分の愛する者を信じずして、何が親友か!!
カルミナは思い切り息を吸い込み、こう叫んだ。それは、寝坊した友達をたたき起こすのと同じような感覚だった。
「目を覚まして!! アリシア!!!!」




