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布袋から柄の部分だけを出し、いつでも抜刀出来る様に構えながら薄暗くカビ臭い小路を進むつづる。

こうして自然に日本刀を扱えるのは、マンガや時代劇を見ていたからだと思っていたが、先代の人は違うと言った。

刀に込められた歴代の『刀を受け取った少女』達の想いと技がつづるに流れ込んでいるかららしい。

新品の日本刀を持ったら、その違いが分かるんだそうだ。

まっさらな刀は、素人を遠ざける様な重さと冷たさが有るらしい。

とてもじゃないが、訓練も無しに扱える品物じゃないと言う。

本物の日本刀を扱う機会なんか普通の女子高校生には無いから、そんな違いなんて分かる訳無い。

刀からピリピリとした緊張感が伝わって来た。

そこの角を曲がった所で、をみが待っている。

緊張し、嫌な汗を掻くつづる。

心食みと心絶ちの決戦だけは避けなければ…。

私がをみを助けないと…。

おっと、忘れてた。

Gパンのポケットから真っ黒な携帯電話を取り出し、通話状態にする。

これは先代の人と一緒に居た黒服の男性から預かった物で、警察の心食み専門の部署にしか繋がらない特別な物らしい。

しかも、お守り的な呪術も施されているそうだ。

戦闘が始まりそうな時は、必ず通話状態にしろと念を押された。

記録を取る事が1番の目的だそうだ。

録音して置けば法律的に云々と言われたが、難しい事は覚えられない。

まぁ、従って置けば損は無いらしい。

また、つづるに知らされていない理由も有った。

それは、万が一つづるが倒された時、その場に警官達を駆け着けさせる為だ。

運が良ければ、負けてもつづるは助かる。

こうして電源を入れた事により、街中の警官がこの付近に集まって来ているだろう。

そんな携帯をポケットに戻したつづるは、細心の注意を払いながら角から身体を出す。


「つづるさんは、来てくれるって、信じてた」


笑顔のをみが目の前に立っていた。

すぐにでも刀を抜きたい衝動をぐっと堪える。

余計な事はするな、心絶ち。


「うん。をみに訊きたい事が有ったからね」


「なぁに?」


大きな瞳で見詰めて来るをみ。

育ちの良いお嬢様なので、人の話は背筋を伸ばして聞く。

目の前に居る子は、確実にをみなんだなぁ。


「をみと友達になってから、どれくらい経ったかな。えーと、入学してすぐからだから、3ヶ月か。4ヶ月か」


「ええ。それくらいですね」


「覚えてる?運動会の前。2人でリレーの練習したよね」


「私、運動がどうしても苦手だから、バトンの受け渡しが出来なくて。全員参加の最終種目だったから、気が重かったんです」


微笑むをみ。

薄気味悪くない、自然で上品な表情だった。


「それをつづるさんに気付いて貰えて、練習して。本番でバトンを落とさずに受け取れて、次の人に渡せた時は、凄く嬉しかったなぁ」


「委員長とかと一緒に、あの喫茶店にも行ったよね。をみはあの時が初めての寄り道だったんでしょ?」


「そうそう。私1人でドキドキして、罪悪感みたいなのも有って。でも、お喋り、楽しかったな」


「どうして、そんな思い出を捨ててまで、心食みになったの?」


一気にをみの緊張感が高まる。

威圧感で刀が震え、つづるの足も微かに震えた。

しかし気丈に振る舞う。


「この刀の先代の持ち主から色々聞かされたよ。この刀からも、記憶みたいなのが流れて来る。心食みになったら、あとは死ぬだけなんだよ?私…」


感情が高まり、涙が込み上げて来るつづる。


「私、もっとをみと遊びたかった。どうでも良い事をお喋りしたかった。一緒に海に行ったりもしたかった!」


「海、かぁ。良いですね。行きたいです」


うっとりとした表情をするをみ。


「行こうよ。心食みなんかに負けないで。海瀬峰深乃に戻って!」


「残念。私はもう、何人も殺しちゃった。食べちゃった。もう、後戻りは出来ないんです」


カクン、と首を傾げるをみ。

空中の一点を見詰めている。

壊れた人形の様に。


「先代って、可愛いタイプの人ね。左目の泣きホクロが特徴の」


「え?どうして知ってるの?」


「私にもね、想いと記憶が流れて来るの。みんなが応援してくれる。そうね、つづるさんを食べたら、その人も食べましょう」


ポンと手を打ち、妙案を思い付いた風なをみ。

刀がざわめく。

被害が広がる前に邪悪を払えと願っている。


「をみ…。心食みに打ち勝つつもりは無いのね?」


「ええ。だって、私も羨ましいんですもの。私の中に居る、初めの人が」


「初めの人?心食みに食べられた、1番最初の人の事?」


一瞬考えるをみ。


「ええと、食べた方の人ですね。その人はね、お腹の中に大切な人が居て、それを大切に愛でているんです。食べられた方の人の事ですね」


をみは恍惚な表情になる。


「みんながそれを羨ましがって、そうなる事を願っているんです。勿論、私も」


「大切な人をお腹の中に入れたいから食べるの?」


「そう。永遠に一緒に居れるんですよ。もう1人の人も、幸せに包まれています」


「もう1人?」


そう言えば、優し過ぎて斬らずに食べられた人が居たんだっけ。

刀にはその人の想いが残っていて、かなり悔しがっている。

ん?変な感じ。

つづるは、誰かの発言から何かを考えられるほど頭の回転が早い子ではない。

良く考えれば、先代の人の話を比較的すんなりと受け入れたのもおかしい。

明らかに何かの影響を受けている。

をみと同じく、変なのに取り付かれている状態なのかも知れない。

まぁ、今はそんな事どうでも良いか。

をみの方が大事だ。


「その人達って、どうなってるの?」


「丸くなってます。穏やかに、ゆったりと歌を歌ってます」


ふと、何の脈絡も無く妊婦のイメージがつづるの頭の中に浮かんだ。

幸せ…。

愛する人…。

お腹の中に入れる…。


「なるほどなぁ…。こりゃ参ったなぁ」


女の子同士だけど男女的な繋がりが欲しいのか。

比喩でも何でもなく、ストレートにそうなりたいのか。

これは、同性愛なのだろうか。

同姓だからそうなんだろうけど、正確な望みは違う形の様だ。


「案外、をみっていやらしいんだね」


「な、何を言うんですか、突然」


「ん~。言葉にするのは、ちょっと恥ずかしいな。でも、そう言う事でしょ?」


怯むをみ。

顔を赤くしている。


「心食みに取り付かれる条件は聞いた。やっぱり、をみは私を男役として見ていたのか。恋人って意味の」


をみの細い肩が震えている。

気の毒なくらい顔が赤い。

耳まで赤い。


「この刀に選ばれるのは、心食みに取り付かれている子に愛されてる証なんだってね。正直困ったけど、まぁ、嬉しかった」


「…」


「ごめんね。一応、私は女の子なんだよ。男の子っぽいとは言われるけど。私も、女の子で居たいんだよ。だって」


ニカッと笑うつづる。


「もしも私が男の子だったら、をみは高根の花過ぎて友達にもなれないじゃん。女子高にも行けないしさ。あ、あの学校に行かなかったら、をみにも出会えてなかったのか」


「つづるさん…」


をみの瞳に涙が浮かぶ。


「だからさ。心食みなんかとは手を切って。友達に戻ろうよ。これからの事はそれから考えれば良い。私、をみを斬りたくないんだよ」


手から力を抜き、刀を地面に落とすつづる。

無防備をアピールすれば、をみに想いが通じると信じて。


「うん…。そうですね。ですけど」


にやりと笑うをみ。

口を大きく横に広げた、あの嫌らしい笑い。

地面に落ちている刀から伝わる危険信号。

あの笑いが出た時は心食みが前面に出て来た時。

つづるの脳内で何かが分泌された。

本能が生きたければ戦えと叫ぶ。


「つづるさんを食べたいの。お腹に入れたい!」


飛び掛って来るをみ。

それは、やたらとスローモーションだった。

左胸を掴んで来る!

つづるがそう思った時には、身体が勝手に動いて刀を拾おうと屈んでいた。

空を切るをみの腕。

頭の上で、ヒュン、と空気を切り裂く音がした。

屈んだ体制から飛ぶ様に前転し、をみと距離を開けるつづる。


「私はそれを望んだ。だって、私はつづるさんを愛してしまったから」


コンマ数秒。

それだけの動きだったのに、つづるの息が上がる。

肉体の限界を超えた回避行動だった。


「つづるさんを、私だけのつづるさんにしたい。永遠に愛でたい。つづるさんが、欲しい!」


再びをみの突進。

構えていたので、今度は身体に無理をさせずに避けられた。


「つづるさんは女の子。分かってます。だからいつか、誰か男の人を好きになると思います。私だって、親が選んだあの人と結婚するんですから」


突進の勢いで家のトタン壁に手を突いたをみは、その体制のまま呟く。


「つづるさんが誰かの物になる。そんなの、嫌だ。嫌だ、嫌!」


震える背中を眺めるつづる。


「をみ…。貴女…」


「夢も希望も無い未来に怯えて生きるより」


大きな瞳に涙をたっぷり溜めながら振り向くをみ。


「私は今の幸せを手に入れたい!」


茫然と友人の心の叫びを聞いたつづるは、きゅっと唇を食い縛った。


「心食みを受け入れたをみの覚悟は、相当な物なんだね」


スラリと刀を抜き、鞘を投げ捨てるつづる。


「絶対にをみを友達に戻せないのなら、私がをみを斬ってあげるわ」

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