10
煌めく白刃を見たをみは、笑顔を更に気持ち悪くした。
「…?嬉しそうだね」
つづるが訝しむと、をみは大きく頷いた。
「うん。そ…、あ、分かりました」
涙を拭うをみ。
「みんなが、それは秘密にした方が良いって。ごめんね」
をみの殺気が更に高まり、全身からドス黒いオーラが湧き出ている感じになる。
刀を正眼に構えるつづる。
「みんなって、心食みに取り付かれた子達?歴代の、って言うのも変だけど」
「そう。みんなが私達を見てますよ」
「見てるって、どう言う事?ここに居るって事?」
「うん。応援してくれてます。関係無い人も集まって来ちゃってますけれど。邪魔」
小路には、つづるとをみしか居ない筈だけど…。
苦笑いするつづる。
「やだなぁ。それじゃ、幽霊が周りに居るみたいじゃん」
「あら。つづるさんは幽霊が怖いの?意外ですね」
クスクスと笑うをみ。
意地が悪そうな顔。
をみじゃない。
「可愛い。心配しないで。私がつづるさんを守ってあげます」
無防備に歩み寄って来るをみ。
狭い小路を真っ直ぐ歩いて来るので、自分から刀に刺さりに来ている様な感じになる。
刀を怖がっていない。
「バカ!危ないでしょ!これ、本物の刀なんだよ!」
「じゃ、そんな危ない物は捨てて。ね?」
可愛い笑顔で1歩1歩近付いて来るをみ。
流石に直前で止まるだろうと思っていたつづるは、刀が押される感触を受け、焦って飛び退いた。
をみの薄汚れたYシャツの胸に切っ先が当たったのだ。
つづるの反射神経が鈍かったら刺さっていた。
「をみ…。死ぬ気、なの?」
「こんな身体になった時に、覚悟は出来てます。私はつづるさんだけを見ていたいから」
つづるの手が震え、鍔がカタカタと鳴った。
本気だ。
これが人を好きになるって事なのか?
死んでも良いから想いを伝えたい、愛したいなんて事、理解出来ない。
出来ないが、間違っている事はつづるでも分かる。
「そんなの、現実逃避じゃない。逃げてるだけ!をみがそんな弱い子だとは思わなかった。失望した!をみなんか、大っ嫌い!」
「そ、そんな…。つづるさん、が、私を、嫌い…?」
ショックを受け、足を止めるをみ。
眼を見開き、わなわなと震えている。
怯んだ。
行けるかも。
更に畳み掛けるつづる。
「うん、嫌いだよ。私、をみは強いと思ってた」
をみは育ちが良いせいか、普段は背筋良く立ち、無言で微笑んでいる。
従順な子女って感じで先生の言う事を良く聞き、つづると違って制服の乱れも無い。
勿論、宿題も忘れない。
ウチの学校の生徒の半数以上がそんな子だ。
しかし、をみは間違った事には断固として反対する子だった。
つづるは1度、無断で掃除をさぼって新作ゲームを買いに行った事が有る。
理由がゲームなので、断っても認められそうもなかったから。
売り切れそうだから仕方が無かったと言い訳しても、をみは顔を赤くして怒った。
義務教育じゃないんだから、自分に課せられた責任はちゃんと果たせ、と。
その正論につづるは反省し、欲しいゲームは予約して取っておいて貰う事にし、掃除も休まないと約束した。
つづるの知らない所での話だが、適当な仕事をした先生に本気で注意したと言う逸話も残っている。
大人しいと思って甘く見ると痛い目を見る。
をみはそんな子だと思っていた。
「私なら面倒臭いって投げ出す事でも、をみはきっちりと向き合った。そんなをみが、私は好きだったのに…。こんな、逃げ方をするなんて…」
大げさに肩を落として見せるつづる。
するとをみはよろめき、1歩下がった。
ブツブツと口の中で何か喋っている。
「をみ!私と喋って!訳分かんない悪霊なんか無視して!」
「…ごめんなさい、つづるさん。私、間違ってました」
「をみ…!」
改心した?
笑顔になり、刀を下げるつづる。
「すぐに食べてあげれば良かった。そうすれば、つづるさんは私を好きなままだったのに」
飛び掛かって来るをみ。
だめだったか。
どうやっても、斬らずに心食みを追い出す事は出来ないのか。
うわ、折角の美人なのに、怖い顔。
をみは大きく口を開け、つづるの左胸に手を伸ばしている。
気を緩めたせいで、刀を上げるのがワンテンポ遅れた。
ああ、やられるな。
不思議とつづるは恐怖を感じなかった。
どうしてもをみを斬る事が出来そうもなかったから、このまま食べられても良いな、とも思った。
刀が悲鳴を上げているが、金縛りに合った様に身体が動かない。
あとコンマ数秒でサラシを巻いた左胸を握られる、と言う所でをみの顔に黒い何かがぶつかった。
「キャアア!」
目標を見失い、勢い良く横の壁に体当たりするをみ。
「熱い!ひぃっ!」
もがき、顔の異物を引っ掻く様に取るをみ。
カビ臭い小路に落ちる甘い香り。
和菓子屋の脇なので、それが何かはすぐに連想出来た。
「あんこ?」
「大丈夫か!」
男の声。
少女2人は、声がした方に顔を向ける。
小路の入口にマグカップを持った男の子が立っていた。
この顔と制服を見るのは、これで3度目だ。
「どうして、また、こんな所に現れるの」
気の抜けたフニャフニャな声を出すつづる。
死を覚悟したせいか、腰が抜け掛けている。
足に気合を送らなければ、そのまま座り込んで立ち上がれなくなるだろう。
男の子は小路を進んで来る。
「そりゃ、こっちのセリフだよ。何でまた襲われてるんだ」
「貴方、また邪魔をするんですのね。何なの?貴方何なの?」
火傷をした憤怒の表情のをみに身構える男の子。
殺気が反れたお陰でつづるの身体に力が戻って来る。
「だ、ダメだよ、関係無い人に手を出したら。をみ、止めて。貴方も早く逃げて」
刀を構え直し、男の子を背に庇う形を取るつづる。
しかし男の子は引かず、小路に落ちていた錆びている金属バットを手に持つ。
そんなつづると男の子を交互に見たをみは、怒りの色を一層濃くした。
「どうしてその人を庇うの?つづるさん。え?まさか…」
物凄い威圧感。
フェーン現象で気温が38度を超えた時の様な息苦しさを感じる。
「貴方達、付き合ってるんですか?」
「は?」
をみの言葉に、恐怖を忘れてポカンとするつづる。
「そうじゃなきゃ、こんなに良いタイミングが2度も続けて起こる訳無い。過去にも、食べたい相手を好いた男が助けに来た事が有ったそうです。そうなんですね?」
「違う違う!そんな訳ない!私、この人の名前も知らないんだし!」
慌てて否定するつづる。
しかし、をみの怒りは収まらない。
「顔が赤いですわよ、つづるさん。そうなんですね?つづるさん。うぅ~!だからつづるさんが私を嫌いだって言ったんだな!おのれぇ!つづるさんを返せ!」
つづるを飛び越え、男の子に襲い掛かるをみ。
いよいよ妖怪染みて来た。
「をみ!止めて!をみ!」
男の子に向かうをみの背中を追いながら刀を構えるつづる。
世界がスローモーションになる。
今なら突いても振り下しても、必ずをみに当たる。
避ける気の無いをみを斬る事は簡単だろう。
だけど、やっぱりをみは斬れない。
男の子が危ないが、刃物ををみに向ける事がどうしても出来ない。
「男の人!しゃがんで!思いっ切り!」
バットを構えはしたが、山姥みたいな顔の少女に気圧された男の子は、つづるに言われるままに倒れる様に地面に伏した。
をみは必ず心臓を狙うので、その位置から逃げれば攻撃を避けられる。
ただ、本気で襲って来るので、それなりの運動神経と反射神経が必要になるが。
男の子が鈍い人じゃなくて、本当に良かった。
目標を見失ったをみは、そのまま大通りに飛び出して行く。
男の子の上を通り過ぎる時、なぜか1回転したのが気になるが、男の子の心臓が抉られる事は無かった。
胸を撫で下ろしながら男の子の所に駆け寄るつづる。
「大丈夫?奥に!」
四つん這いの格好の男の子は、這って小路の奥に身を隠す。
入れ替わる様に大通りに飛び出すつづる。
「絶対、許さない」
耳元で囁かれ、慌てて刀を構えるつづる。
しかし、をみの姿はどこにもなかった。
慎重に辺りを見渡したが、をみは居ない。
殺気も消え、刀から伝わる緊張や悪寒も収まっていた。
「逃げられた、か」
肩の力を抜くつづる。
と、知らないおばちゃんがつづるを見た。
正確には、持っている刀を。
「おっと、まずいか」
小路に戻り、身を隠すつづる。
男の子はまだ蹲っていて、つづるに背を向けている。
「君、大丈夫?」
つづるが声を掛けると、男の子は額を抑えながら振り向いた。
涙目になっている。
「伏せた時、膝蹴り食らったよ。いてて…」
泣き笑いの男の子。
そうか、をみの膝が男の子の額に当たったから、飛び越えた時に1回転したのか。
「ちょっと、目を見せて」
男の子に顔を近付けるつづる。
痛みによる涙が溢れていて良く分からないが、瞳に異常は無い。
脳震盪を起こすと、左右の瞳孔の開きが違ったり、瞳が揺れたりするんだよな、確か。
小学生の時の野球の授業で頭を打った子が居た時、そんな事を聞いた。
「大丈夫かな。吐き気がしたり、頭痛がしたりしたら、すぐに病院に行ってよね」
異様に赤くなった顔を見られまいと思いっ切り俯く男の子。
「わ、分かったよ」
つづるは小路の奥に行き、鞘を拾って納刀した。
「頭を打った怪我は怖いから、絶対だよ。ところで、どうしてまたタイミング良く私を助けてくれたの?偶然にしては出来過ぎじゃない?」
「ここ、俺ん家だから。和菓子屋が」
「え?そうなの?」
「ああ。人の話し声がうるさくて下を見たら、またお前達が居たから。あ、俺の部屋、そこの二階」
上を指差す男の子。
鞘を落とした場所の真上に窓が有り、風にそよぐ青いカーテンがチラチラ見える。
「じゃ、偶然じゃないのか。ごめんね、巻き込んじゃって。君まで命を狙われたみたいだし」
柄まで完全に布袋に入れるつづる。
そこでハッと気付く。
「って、そうだよ。君、殺されるかも知れないんだよ。警察にちゃんと伝えてよ。連続猟奇殺人犯に狙われてますって。守ってくれるはずだから」
「あの子は、やっぱり連続猟奇殺人犯なんだな」
立ち上がる男の子。
額が赤くなっている。
「お前が持っている刀も本物みたいだし。お前達は、一体何なんだ」
「何なんだって言われても…」
心絶ちと心食みの事は他言しない様にと言われている。
秘密とかそう言う事ではなく、謎が多くて説明が難しいからだ。
「私も、何が何だか分からないよ。知らない内に当事者になっちゃったってだけで、何も分からない」
まだ痛む額を撫で、納得行かない表情の男の子。
「何だよ、それ。あいつとお前、友達みたいじゃないか。最初は冗談かと思ったけど、違ったし。警察も近くに居るだけで助けようとしないし」
「え?警察が気付いてたの?」
「ああ。十人位、店の前で無線使ってた」
さっき小路を出た時は、警察の姿は無かった気がする。
男の子の脇を通り過ぎ、小路から頭を出すつづる。
周りを見渡しても、やっぱり警官の姿は無い。
「あれ、おかしいな。さっきは確かに…」
つづるの上から顔を出す男の子。
「警察は、私とあの子の戦いには手を出さない、って事か。貴方」
小路から出て男の子に身体を向けるつづる。
「助けてくれた事は、ありがとう。でも、もう私達には関わらないで。あの子に顔を覚えられたから手遅れかもだけど」
男の子が口を開こうとする。
しかし彼から言葉が出る前に畳み掛ける。
「あの子は絶対に心臓を狙って来る。私も胸にサラシを巻いて防御してる。今夜辺り襲われるかも知れないけど、絶対に死なないで。殺されないで」
圧倒されている男の子を指差すつづる。
「キチンと警察に守って貰う事。私達に無関係な人なら何が何でも守ってくれるでしょ。それが彼等の仕事だからね」
一気に捲し立ててから、さよならと言い残して走り去るつづる。
ポケットに入っている黒い携帯の電源を切ったのは、家に帰って着替えをした時だった。




