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煌めく白刃を見たをみは、笑顔を更に気持ち悪くした。


「…?嬉しそうだね」


つづるが訝しむと、をみは大きく頷いた。


「うん。そ…、あ、分かりました」


涙を拭うをみ。


「みんなが、それは秘密にした方が良いって。ごめんね」


をみの殺気が更に高まり、全身からドス黒いオーラが湧き出ている感じになる。

刀を正眼に構えるつづる。


「みんなって、心食みに取り付かれた子達?歴代の、って言うのも変だけど」


「そう。みんなが私達を見てますよ」


「見てるって、どう言う事?ここに居るって事?」


「うん。応援してくれてます。関係無い人も集まって来ちゃってますけれど。邪魔」


小路には、つづるとをみしか居ない筈だけど…。

苦笑いするつづる。


「やだなぁ。それじゃ、幽霊が周りに居るみたいじゃん」


「あら。つづるさんは幽霊が怖いの?意外ですね」


クスクスと笑うをみ。

意地が悪そうな顔。

をみじゃない。


「可愛い。心配しないで。私がつづるさんを守ってあげます」


無防備に歩み寄って来るをみ。

狭い小路を真っ直ぐ歩いて来るので、自分から刀に刺さりに来ている様な感じになる。

刀を怖がっていない。


「バカ!危ないでしょ!これ、本物の刀なんだよ!」


「じゃ、そんな危ない物は捨てて。ね?」


可愛い笑顔で1歩1歩近付いて来るをみ。

流石に直前で止まるだろうと思っていたつづるは、刀が押される感触を受け、焦って飛び退いた。

をみの薄汚れたYシャツの胸に切っ先が当たったのだ。

つづるの反射神経が鈍かったら刺さっていた。


「をみ…。死ぬ気、なの?」


「こんな身体になった時に、覚悟は出来てます。私はつづるさんだけを見ていたいから」


つづるの手が震え、鍔がカタカタと鳴った。

本気だ。

これが人を好きになるって事なのか?

死んでも良いから想いを伝えたい、愛したいなんて事、理解出来ない。

出来ないが、間違っている事はつづるでも分かる。


「そんなの、現実逃避じゃない。逃げてるだけ!をみがそんな弱い子だとは思わなかった。失望した!をみなんか、大っ嫌い!」


「そ、そんな…。つづるさん、が、私を、嫌い…?」


ショックを受け、足を止めるをみ。

眼を見開き、わなわなと震えている。

怯んだ。

行けるかも。

更に畳み掛けるつづる。


「うん、嫌いだよ。私、をみは強いと思ってた」


をみは育ちが良いせいか、普段は背筋良く立ち、無言で微笑んでいる。

従順な子女って感じで先生の言う事を良く聞き、つづると違って制服の乱れも無い。

勿論、宿題も忘れない。

ウチの学校の生徒の半数以上がそんな子だ。

しかし、をみは間違った事には断固として反対する子だった。

つづるは1度、無断で掃除をさぼって新作ゲームを買いに行った事が有る。

理由がゲームなので、断っても認められそうもなかったから。

売り切れそうだから仕方が無かったと言い訳しても、をみは顔を赤くして怒った。

義務教育じゃないんだから、自分に課せられた責任はちゃんと果たせ、と。

その正論につづるは反省し、欲しいゲームは予約して取っておいて貰う事にし、掃除も休まないと約束した。

つづるの知らない所での話だが、適当な仕事をした先生に本気で注意したと言う逸話も残っている。

大人しいと思って甘く見ると痛い目を見る。

をみはそんな子だと思っていた。


「私なら面倒臭いって投げ出す事でも、をみはきっちりと向き合った。そんなをみが、私は好きだったのに…。こんな、逃げ方をするなんて…」


大げさに肩を落として見せるつづる。

するとをみはよろめき、1歩下がった。

ブツブツと口の中で何か喋っている。


「をみ!私と喋って!訳分かんない悪霊なんか無視して!」


「…ごめんなさい、つづるさん。私、間違ってました」


「をみ…!」


改心した?

笑顔になり、刀を下げるつづる。


「すぐに食べてあげれば良かった。そうすれば、つづるさんは私を好きなままだったのに」


飛び掛かって来るをみ。

だめだったか。

どうやっても、斬らずに心食みを追い出す事は出来ないのか。

うわ、折角の美人なのに、怖い顔。

をみは大きく口を開け、つづるの左胸に手を伸ばしている。

気を緩めたせいで、刀を上げるのがワンテンポ遅れた。

ああ、やられるな。

不思議とつづるは恐怖を感じなかった。

どうしてもをみを斬る事が出来そうもなかったから、このまま食べられても良いな、とも思った。

刀が悲鳴を上げているが、金縛りに合った様に身体が動かない。

あとコンマ数秒でサラシを巻いた左胸を握られる、と言う所でをみの顔に黒い何かがぶつかった。


「キャアア!」


目標を見失い、勢い良く横の壁に体当たりするをみ。


「熱い!ひぃっ!」


もがき、顔の異物を引っ掻く様に取るをみ。

カビ臭い小路に落ちる甘い香り。

和菓子屋の脇なので、それが何かはすぐに連想出来た。


「あんこ?」


「大丈夫か!」


男の声。

少女2人は、声がした方に顔を向ける。

小路の入口にマグカップを持った男の子が立っていた。

この顔と制服を見るのは、これで3度目だ。


「どうして、また、こんな所に現れるの」


気の抜けたフニャフニャな声を出すつづる。

死を覚悟したせいか、腰が抜け掛けている。

足に気合を送らなければ、そのまま座り込んで立ち上がれなくなるだろう。

男の子は小路を進んで来る。


「そりゃ、こっちのセリフだよ。何でまた襲われてるんだ」


「貴方、また邪魔をするんですのね。何なの?貴方何なの?」


火傷をした憤怒の表情のをみに身構える男の子。

殺気が反れたお陰でつづるの身体に力が戻って来る。


「だ、ダメだよ、関係無い人に手を出したら。をみ、止めて。貴方も早く逃げて」


刀を構え直し、男の子を背に庇う形を取るつづる。

しかし男の子は引かず、小路に落ちていた錆びている金属バットを手に持つ。

そんなつづると男の子を交互に見たをみは、怒りの色を一層濃くした。


「どうしてその人を庇うの?つづるさん。え?まさか…」


物凄い威圧感。

フェーン現象で気温が38度を超えた時の様な息苦しさを感じる。


「貴方達、付き合ってるんですか?」


「は?」


をみの言葉に、恐怖を忘れてポカンとするつづる。


「そうじゃなきゃ、こんなに良いタイミングが2度も続けて起こる訳無い。過去にも、食べたい相手を好いた男が助けに来た事が有ったそうです。そうなんですね?」


「違う違う!そんな訳ない!私、この人の名前も知らないんだし!」


慌てて否定するつづる。

しかし、をみの怒りは収まらない。


「顔が赤いですわよ、つづるさん。そうなんですね?つづるさん。うぅ~!だからつづるさんが私を嫌いだって言ったんだな!おのれぇ!つづるさんを返せ!」


つづるを飛び越え、男の子に襲い掛かるをみ。

いよいよ妖怪染みて来た。


「をみ!止めて!をみ!」


男の子に向かうをみの背中を追いながら刀を構えるつづる。

世界がスローモーションになる。

今なら突いても振り下しても、必ずをみに当たる。

避ける気の無いをみを斬る事は簡単だろう。

だけど、やっぱりをみは斬れない。

男の子が危ないが、刃物ををみに向ける事がどうしても出来ない。


「男の人!しゃがんで!思いっ切り!」


バットを構えはしたが、山姥(やまんば)みたいな顔の少女に気圧された男の子は、つづるに言われるままに倒れる様に地面に伏した。

をみは必ず心臓を狙うので、その位置から逃げれば攻撃を避けられる。

ただ、本気で襲って来るので、それなりの運動神経と反射神経が必要になるが。

男の子が鈍い人じゃなくて、本当に良かった。

目標を見失ったをみは、そのまま大通りに飛び出して行く。

男の子の上を通り過ぎる時、なぜか1回転したのが気になるが、男の子の心臓が抉られる事は無かった。

胸を撫で下ろしながら男の子の所に駆け寄るつづる。


「大丈夫?奥に!」


四つん這いの格好の男の子は、這って小路の奥に身を隠す。

入れ替わる様に大通りに飛び出すつづる。


「絶対、許さない」


耳元で囁かれ、慌てて刀を構えるつづる。

しかし、をみの姿はどこにもなかった。

慎重に辺りを見渡したが、をみは居ない。

殺気も消え、刀から伝わる緊張や悪寒も収まっていた。


「逃げられた、か」


肩の力を抜くつづる。

と、知らないおばちゃんがつづるを見た。

正確には、持っている刀を。


「おっと、まずいか」


小路に戻り、身を隠すつづる。

男の子はまだ蹲っていて、つづるに背を向けている。


「君、大丈夫?」


つづるが声を掛けると、男の子は額を抑えながら振り向いた。

涙目になっている。


「伏せた時、膝蹴り食らったよ。いてて…」


泣き笑いの男の子。

そうか、をみの膝が男の子の額に当たったから、飛び越えた時に1回転したのか。


「ちょっと、目を見せて」


男の子に顔を近付けるつづる。

痛みによる涙が溢れていて良く分からないが、瞳に異常は無い。

脳震盪を起こすと、左右の瞳孔の開きが違ったり、瞳が揺れたりするんだよな、確か。

小学生の時の野球の授業で頭を打った子が居た時、そんな事を聞いた。


「大丈夫かな。吐き気がしたり、頭痛がしたりしたら、すぐに病院に行ってよね」


異様に赤くなった顔を見られまいと思いっ切り俯く男の子。


「わ、分かったよ」


つづるは小路の奥に行き、鞘を拾って納刀した。


「頭を打った怪我は怖いから、絶対だよ。ところで、どうしてまたタイミング良く私を助けてくれたの?偶然にしては出来過ぎじゃない?」


「ここ、俺ん家だから。和菓子屋が」


「え?そうなの?」


「ああ。人の話し声がうるさくて下を見たら、またお前達が居たから。あ、俺の部屋、そこの二階」


上を指差す男の子。

鞘を落とした場所の真上に窓が有り、風にそよぐ青いカーテンがチラチラ見える。


「じゃ、偶然じゃないのか。ごめんね、巻き込んじゃって。君まで命を狙われたみたいだし」


柄まで完全に布袋に入れるつづる。

そこでハッと気付く。


「って、そうだよ。君、殺されるかも知れないんだよ。警察にちゃんと伝えてよ。連続猟奇殺人犯に狙われてますって。守ってくれるはずだから」


「あの子は、やっぱり連続猟奇殺人犯なんだな」


立ち上がる男の子。

額が赤くなっている。


「お前が持っている刀も本物みたいだし。お前達は、一体何なんだ」


「何なんだって言われても…」


心絶ちと心食みの事は他言しない様にと言われている。

秘密とかそう言う事ではなく、謎が多くて説明が難しいからだ。


「私も、何が何だか分からないよ。知らない内に当事者になっちゃったってだけで、何も分からない」


まだ痛む額を撫で、納得行かない表情の男の子。


「何だよ、それ。あいつとお前、友達みたいじゃないか。最初は冗談かと思ったけど、違ったし。警察も近くに居るだけで助けようとしないし」


「え?警察が気付いてたの?」


「ああ。十人位、店の前で無線使ってた」


さっき小路を出た時は、警察の姿は無かった気がする。

男の子の脇を通り過ぎ、小路から頭を出すつづる。

周りを見渡しても、やっぱり警官の姿は無い。


「あれ、おかしいな。さっきは確かに…」


つづるの上から顔を出す男の子。


「警察は、私とあの子の戦いには手を出さない、って事か。貴方」


小路から出て男の子に身体を向けるつづる。


「助けてくれた事は、ありがとう。でも、もう私達には関わらないで。あの子に顔を覚えられたから手遅れかもだけど」


男の子が口を開こうとする。

しかし彼から言葉が出る前に畳み掛ける。


「あの子は絶対に心臓を狙って来る。私も胸にサラシを巻いて防御してる。今夜辺り襲われるかも知れないけど、絶対に死なないで。殺されないで」


圧倒されている男の子を指差すつづる。


「キチンと警察に守って貰う事。私達に無関係な人なら何が何でも守ってくれるでしょ。それが彼等の仕事だからね」


一気に捲し立ててから、さよならと言い残して走り去るつづる。

ポケットに入っている黒い携帯の電源を切ったのは、家に帰って着替えをした時だった。

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