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聖女の宿命  作者:
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フラグチェックともの思い3

「ジギリスを探してたんだが。……うわ、なんなんだこの部屋は」


 アサキオは困惑したように言った。視線はすぐに奥の絵に向けられ、暫く、呆然と佇んでいる。良かった、先程のあたし達と同じ反応だ。なんとなく、他人が同じものに同じようにびっくりしてくれると安心するよね。


「僕を探してたって、どうして?」

「え? ああ。ジギリス、お前、まだ打ち合わせが済んでないだろう。勝手に抜けるな」


 問いかけるジギリスに答えたアサキオは、大げさに顔をしかめていた。ていうか、おい、ジギリスさんよ。呆れた目で見やると、彼は面倒そうに首を回した。


「僕はもう全部覚えたし。問題ないよね」

「お前はそうでもな。そもそも今回のは俺達のための打ち合わせじゃなくて、ここの駐留兵のためのものなんだ。ただでさえ手間を掛けさせているのに、ちゃんと向こうに気遣え」

「えー、そんな、必要ないところにまでつきあわなくても良いじゃない」

「ばか。お前それでも人の上に立つ人間か」

「上だからこそだよ。あんまりなにからなにまで面倒見たら、逆に萎縮させちゃうでしょ」

「駄々をこねるな」


 ぽんぽんと言葉を交わす彼らに、ふっと現実に戻ってきたような気分になる。


「というかお前達、なにをこんな狭いところに集まってるんだ」

「いや、最初はあたしとラタムだけだったんだけど」


 確かにアサキオまで来てしまって、本格的に大集合の様相を呈している。ナノだけ仲間外れだな。聞くと、アサキオがジギリスを探しに行くことになり、必然的に、ナノが駐留兵達のところに残されているらしい。


「向こうの責任者が探していたから、ちゃんと行ってこいよ」

「うえ。アサはー?」

「それこそ俺は全部終わらせてきた。良いから行けって」


 邪険にジギリスの肩を押して、アサキオは次に、ラタムの方を見た。


「それとラタム。あなたも、一応明日のことを確認したいと、警護予定の兵が言っていた」

「別に一人で構わないのだが」

「気持ちは分かるが、そういうわけにもいかないだろう」


 ん、なんの話だ。


「明日って? 街に行くんだよね?」

「私は別行動だ。今更観光もしたくはないし、せっかく城下まで足を伸ばしたのだから、書店に行ってくる」

「えっ、そうなの」

「私は戦えるわけではないし、いざとなると、お前の傍にいても逆に邪魔になるからな。と考えていたのだが」


 ここまで言って、再度、アサキオに向き直る。


「あまり警備を分散させるのも良くないのではないか。別に一人で書店に行くくらい」

「だから、さすがに護衛を全くつけないわけにはいかないんだって」

 ラタムは渋々「分かった」と答えた。アサキオ、お疲れ様です……。


 基本的にラタムは出不精の引きこもりだからな。前に森にお出かけした時も、この離宮に行くと決まった時も、相当嫌な顔してたし。仕事は大丈夫だって王太子殿下が気を遣ってくれていたけど、すいません、この人、外に出たくないだけだから。


「一緒に出かけて、本屋に寄れば良いんじゃないの?」

「私と行くと、長時間滞在することになるが」

「うげ」


 なんでだ。本決めて買うだけじゃないのか。

 でも確かにうちのお父さんも本が好きで、なんでそんなに本屋で時間使うのってくらい長居するんだよねえ。分からん。


「書店と、あと図書館も一応見て、昼過ぎにはこちらに戻る。お前は一日好きにしてこい」

「ラタム、団体行動って知ってる?」

「神殿で散々やったが」

「ああそうだよね……なんで身につかなかったんだろう……」


 自由すぎるだろ。てっきり皆で行けるもんだと思ってたのにさ。


 あたしが拗ねているうちに、ラタムは歩き去り、うだうだしていたジギリスもアサキオにもう一度押しやられて、やる気なさそうに出ていった。

 こうなると、当然ながら、あたしとアサキオが小部屋に取り残されるわけだ。


 ……あれ、これ、二人きりじゃね?


「アサキオは? 行かなくて良いの?」

「もう別にすることはないから」


 答えた彼は少し不機嫌そうだ。お、お疲れ、なんですね。


「にしても、この絵はなんだ?」

「ニゲルとそのベルとかみたいだよ。あれ、ジギリスは、この絵のこともこの部屋のことも、元から知ってたみたいだけど」

「うーん、そう言われると、聞いたことがあるようなないような」


 死角にある手前の絵の存在にも気づいたようで、近づいて見に行っている。


「どこかで見たような。いや、ここにある絵は知らないけど、人間や風景の描き方というか」

「イーアって人の、らしいけど」

「ああ、それか。イーアか。本当に?」

「ラタムも言ってたけど、そんなに有名な人なの?」

「大神殿の、正面の壁画とかも彼の作じゃなかったか。神殿以外では初めて見た。そうだよな、そりゃあ普通の絵も描いてたはずだよな」


 アサキオが納得したように唸る。あたしは彼の横に並んだ。


「ベルだったんだってね、ニゲルの」

「そうだな。確か、ええとだな、彼と終生仲の良かった友人がいるんだが、その男も同じくベルだったそうだ。ベルになったことで知りあったんだとか」

「へ? じゃあこっちのピクニックの絵にもいるかな?」

「そうなんじゃないか。どれがそうなんだ、と聞かれても俺には分からないが。……絵や音楽が好きで詳しいのはリアなんだよ。俺はせいぜい最低限の教養程度しか分からない」


 アサキオは言い訳がましく言った。


「そっかー、リアがね」

「なんだよ」

「別に。そんならここにいてくれれば良かったのにって思っただけ」

「悪かったな、いるのが俺で。役に立たなくて」


 うん、あたし、ちゃんと喋れてる。気づかれないよう、ほっと息を吐いて、あたしは笑った。


「その友人の方のベルがターレンの遠縁だったらしいことは知ってる」


 あらら、むきになってる。アサキオが言い募るのに苦笑した。


「ターレン家ってどんだけなのよ」

「グズマの後だからか、適当なのがいなかったのか、知らないけど。そうして遠縁を出すことになったニゲル以外は、割と途切れずにベルが選出されているからな。ちゃんとした直系から次代のベルを出すことは、悲願だったらしい」


 あたしはちらりを出入り口の方を見た。先程までここにいた金髪。同じ人を連想したのだろう、アサキオが続ける。


「あいつは、年齢もちょうど良いし、小さい頃から、ベルになることは決まっていたようなものだったんだ。たぶん重圧もあったんだろうな。昔はそんなこと気づかなかったけど、今となっては、そう思う」

「そっか」


 そう聞くと、ちょっと居心地が悪くなってしまう。ま、だからって歪んで良いわけじゃないと思いますけどね。これは口の中だけで呟く。


「ええっと、まずこれがイーアさんご本人でしょ。ここで二人座ってるのが兄妹だとすると……。この女の子がニゲルのお友達とその兄なのかな。真ん中の人は身分低い騎士だって言ってたし……これは夫婦だろうし……」

「こちらの男は服装からして従者だから違うだろう」

「そうなの? じゃあ、こっちの男の子かなあ。年齢も近いよね」


 幸せそうにパイを手に持つ少年。確証は持てないが、この彼が、アサキオの言ったイーアの友人なのだろうか。


「なんか」

「ん?」


 最初は、以前のベルなんて、ファンタジーかおとぎ話かって存在だった。その後、逸話とかを色々調べたけど、まだ歴史小説を読んでいる気分だった。

 でもこうして、絵ではあるけど顔が分かって、だれがどんなものを残していて、だれとだれが仲良くて、なんて話を聞いていると。


「ここは現実で、この人達も、あたし達と同じように、生きてたんだなって……思う」


 そしてあたしは何度でも、この世界は現実なのだ、と自分に言い聞かせる羽目になる。


 聖女の肖像。幸せの一幕。もの思う横顔。

 絵として楽しむなら、ピクニックの絵が一番だ。綺麗だし、目に楽しい。完成度だって高い。


 でも、ハスとして、ニゲルという人を見るのであれば。どうしても気になってしまうのは、彼女の横顔を描いたデッサンだった。

 自分に引き寄せて、自分の思いを投影して、見てしまうからか。


 ──あなたはなにを考えていたの?

 ──あなたもどこかに帰りたかったの?


「ニゲルは、どこに行ったんだろうね」

「どういう意味だ?」

「彼女はこの世界で死んだけど……いや、ごめん、良いや」

 やばい、気づかれたかな。言うつもりじゃなかったんだけど。


 ニゲルも、他のルディカ達も、帰還していない以上、この世界で死んだのだ。その魂は、どこへ行ったのだろうとか。

 もしかして、死んだら戻れるのだろうか、とか。

 そう考えたことがないとは言わない。魂なんて不確かなものに賭けようとまでは思えないけど。

 口には出さない、言葉にするべきじゃない。それでも、思考の隅で、考えてしまう。


「ハス、聞きたいことがあるんだが」


 口を噤んで絵を眺めるあたしに、そう声が掛けられた。


「なに?」


 顔は動かさないままに促す。

 しかしアサキオは、暫くの間、口ごもっていた。なんだなんだ。


「……最近、ちゃんと泣いたか?」


「はっ?」


 唐突な発言に、つい、間抜けな声を上げてしまう。勢いよく振り返るとアサキオは、慌てて首を振った。


「いや、別に泣けと言っているわけじゃないんだ。……いや、思ってるのか?」

「お願いだからそこは自信持って」


 自分の発言に首を傾げないで。こっちがはらはらしちゃうでしょ。

 だいたい、「ちゃんと泣く」ってなに。


「泣くんじゃなくても、きちんと、自分の感情を表に出したかってことだよ。溜め込んだままでいると、いつかこらえきれなくなるぞ」

「いやー、えー、そんなこと突然言われましてもね」

「それはそうだよな」


 アサキオは少し落ち込んだようだ。


 ていうかこの人の中でのあたし、泣き虫だと思われていないだろうか。一抹の不安を覚える。確かに以前泣いたのは事実ですが。でもでも、普段はそんな、人前で泣くようなことしないんだよ。そもそも泣いたりしないよ、この間のだっていつ振りに泣いたってレベルですよ。


「俺も昔、やったことがあってさ。無理な仕事を無理と言わずに、最終的に、当時の上司に迷惑を掛けた。ガキが気を遣うんじゃねえ、って凄い音量で怒鳴られた」

「そ、そうなんだ」


 うわーお、聞きました? なんでもそつなくこなしそうなアサキオにも、そんな時代があったんですね。


「悪いけど、ハスにも同じことを思ってる。まだ子供のくせに、気を遣うんじゃないって」

「ガキだから?」

「そうだな」


 彼の口振りは珍しくおどけたものだった。あたしは一度は口元を緩ませたけど、次第に、俯いていった。


「そんなこと言ってもさ」


 みっともなくぼそぼそと喋る。感情の滲む声を、聞かせたくなかった。


「そんな、頼ったりなんて……できないよ」


 無理言わないで。口からぽろりと出たのは、本音なのだろう、と人事のように思った。

 こんな場所で、家族もいなくて、どうして、赤の他人に頼れるだろうか。


 あたしは強く、なにものにも負けない。家族がいればなにも怖くない。

 それがあたしのよりどころ。それがあたしだ。

 ねえ、だから、揺らさないでください。


「ハスには酷なことを言っているのかもしれない。でも、子供は大人にもっと甘えるべきだと、俺は思う。世界が違うとか、育った環境が違うとか、一旦、脇に置かないか。ただ、ハスは年下の女の子で、俺は年上。それだけで十分だろう」

「……なにそれ」

「先輩の言うことは聞くべきだ。もっと甘えなさい」


 彼が余りに真面目な顔で言うので、思わず、ふふっと笑いが漏れた。


「甘えろって、わがまま言えば良いってこと? 今と変わらないじゃん」


 ルディカに求められることって、子供に求められることとおんなじだったのかー。そっかー。


「まあ良いよ、それなら甘えさせてもらうよ。あたし、探検の途中だったんだ。ラタムは行っちゃったし、アサキオ、代わりにつきあってくれる?」

「そういうことじゃないんだが……」


 アサキオの発言には気づかない振りをして、唇を引き上げてみせた。彼はやれやれと肩を竦める。


「そういえば、明日は街に出るけれど、明後日からの予定は決まってるか?」

「ううん。なにしようかなって思ってたとこ。あ、湖でボートとかって乗れるのかな」

「できると思う」


 そのまま、アサキオと一緒に部屋を後にする。絵の小部屋は、これまで通りひっそりとしていた。訪れる者がいようがいまいが、関係ないのかもしれない。

 アサキオの隣を並んで歩きながら、あたしは、彼に聞こえないよう息を吐いた。


 ――あーあ、子供扱い、か。

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