一つの終わりか始まりか4
いつの間にかルメーリアが迎えに来ていて、あたしは彼女に手を引かれ廊下を戻った。明るいところへ。ピーチュを残したままで。
「お互い意地になってしまってる。少し、頭を冷やした方が良いわ」
そうやって静かに告げられた言葉は、きっと正しいのだろう。
……納得は、できなくても。
まだ少しざわざわしていたけど、騒ぎは大体収まっているようだ。出口の傍に、黒と金の二人組が見える。隊長だから事態の収拾に駆り出されたのかな。――それともベルだからいるのか。
ご乱心の聖女様は「捧げもの」の騎士様達に押しつけようって?
いや、うん。分かってる。あたしの思考回路、とっても意地が悪くなってるんだ。
それにしても二人とも、どことなくルメーリアに対して退き気味な態度だな。リア嬢もここぞとばかりに睨む睨む。あたしがいない間に、二人してお説教されたんだろうか。ちょっと見たかった。
「ハス」
アサキオが声を掛けてくるが、あたしの顔色を見て言葉を濁した。
げ、あたし、そんなにあからさま?
「……帰るだろう? 部屋まで送る」
「や、別に――」
そんなのいいよ、と返そうとして、そうも言ってられないのかと思い至った。襲われたばかりの聖女を、護衛もなしに出歩かせるなんて、ね。
つい、ため息が出る。
「ごめん、迷惑掛けて」
「いいや、これが役目だから」
役目、義務。責任。そうだよね。
投げやりな気分で、そんなこと気にしてませんって思い込む。それでも、どこかに傷つく自分がいて、そんな自分に嫌気がさす。ああもう、どうしろっての。
例えばもしも。
もしも、あたしがルディカじゃなくて、普通の娘として出会っていたら。
なんてね、考えることも無意味だ。そもそもあたしは異世界人で、彼らと「普通に出会う」だなんて、想像もつかない。
ジギリスは少し離れたところに立っていて、あたし達が歩き出すと、アサキオに二、三話して背を向けた。まだ騒ぎの後処理なんかもあるみたいだ。
身構えていた身体から力が抜ける。このうえさらに、奴と口喧嘩とかする気力はなかったから、ちょっとほっとしたのだ。
しかしな、このメンバーはこのメンバーで気まずいんだよ! 沈黙するだろ!
あたし、アサキオ、リアと連なっている。歩く速度が違うのは、気まずさがなせるわざだ。
「……身体の調子はもう大丈夫なのか?」
「え、ああ、うん。もう全然」
「そうか。それは良かった。でも、ハス、やっぱりまだ病み上がりなんだから――」
落ち着かない気分でずいずいと歩く、早足のあたしを、アサキオの声が追いかける。
中庭のようになっている訓練場を抜け、渡り廊下が見えてくる。するとそこにまた、よくよく見知った人影が待っているのに気がついた。あたし、それから他二人の視線が集中する。
「ラタム?」
え、なんか仁王立ち?
ラタムはつかつかこちらにやってくると、ぱしん、と容赦なくあたしの頭を引っ叩いた。
「いったい! ちょっと、なにすんの」
「病人は病人らしくおとなしく部屋にこもって寝込んでいろ。なにを動き回っている」
ザ・上から男め。
冷酷エルフ顔にはこのうえなく似合うけど、むかつくもんはむかつく!
「病人ってなによ。あたし病気じゃないし、別に怪我とかもしてないし」
「倒れておいてなにを言う」
うわー、ばれている。いや、そりゃ知ってるよな。昨日、あの時、直前まで一緒に行動してたわけで。
しかし反射的に「ばれた!やばい!」と思ってしまうのはなんなのか。
「……そ、それは、関係ないもん」
「ほう、関係のあるなしを病人自身に決められるとは、医者も形なしだな」
「だから病人じゃないって」
病人扱いは断固として認めぬ。薬湯とか飲ませようとするのはもうやめろ。苦くてざらざらでぴりぴりするのは嫌だ。
言い募るあたしに、ラタムはこれみよがしに、深いため息を吐いた。
「良いからさっさと部屋に戻れ。扉の前で女官長が心配していた」
わあ、それは申し訳ない。いきなり部屋から出て来ちゃったから、ミバヤさんもさぞ驚いたことだろう。というかミバヤさん、女官長なのか。それは偉いわけだ。
おっと、ちょっと待って。
んん?
えっと、ラタムがその情報を――ミバヤさんが心配していたのを知っているってことは。つまるところ、この人はあたしの部屋に行ってたってことで良いんだろうか。
――あの時。
夕焼けの廊下に、急を知らせるべく笛が響き渡った。蒼白になって必死に息を吹き込んでいた彼が、ふと思い出された。
暫しの沈黙の後で、その仏頂面を仰ぎ見ながら、小さく「はーい」と返事をした。
なんだよー、もうー、あたしのこと律儀に探してくれたんだろー。素直じゃないねえ、このこの。
「なにをにやけている」
「なんでもないよー」
「ただでさえ阿呆面だというのに、そうしていると更に阿呆に見えるぞ」
「あ、今のむかついた! 悪かったな、皆あんたみたいに顔面偏差値高いわけじゃないっての!」
見た目完璧エルフのくせして、本当にこの男は、乙女に夢を見せる余地ないな! あたしは知っている、王宮の女中さん達が、「ラタム様、顔は良いんだけどね……顔はね……」ってため息吐いてることを!
けど、ま。この場に来てくれたことは感謝するよ。
斜め後ろ、ぎりぎり視界に入る位置。アサキオがあたし達を微妙な表情で見守っている。
ごめんね、あなただって心配してくれてるの、ちゃんと察してるんだけど。
あたしはまだまだ、疑心暗鬼が継続中で。
ラタムがアサキオの顔を見て、鼻を鳴らした。ちょっとちょっと。挑発やめろ。あの優しいアサキオが気分悪そうじゃんか。やめてください。
一番後ろのルメーリアが、きょとんと男達を見比べて「ああ、三のベルのかたね」と頷いた。
「迎えに来て下さるなんて、お優しいのね。ねえ、ハス」
おっとりした声に、若干の険をはらんだ空気が霧散する。
「う、うん、ソウダネー」
思わず棒読み。あれ、なにこれ天然? マイペース?
「では、ご一緒いたしましょうか」
ラタムがルメーリアの笑顔を見やって、こいつだれ、みたいな視線をあたしに向けてくる。今更か。
「ハス? 行かないの?」
「行く行く、行きましょう」
空気を読まないルメーリアに促される形で、あたし達は歩みを再開した。リアさん実は大物疑惑。
あたしはラタムと並んで、そのすぐ後にアサキオとルメーリアが続く。
そういえば、とまだ顔を見ていない男の子のことが気になって、あたしは後ろに視線を投げた。
「ナノは? どうしてるの?」
――ごめん、大丈夫だからな。すぐ終わるから。
その声は普段とは印象が違った。緊張と息切れのためか、低く震えていた。あたしを戸棚に入れて、自分は迷わず駆け出していった。怪我もしていたはずなのに。
あたしの最後のまともな記憶。
「あの後、直接は会っていないが……」
「そうなの?」
「ああ。ただ、〈白花〉の隊長から聞いたところによると、ずいぶん気落ちしているらしい」
白花ってナノの所属する隊だっけ。前の兵舎見学の時、ナノを連れ回してた集団が思い出された。
……落ち込んでいるのか。そうか。
ナノはむしろ功労者だと思うんだけど、そういうわけにもいかないんだろうか。
「大切なルディカが襲われた」という事実は既に残ってしまったのだと思うと、気が重くなる。
うーん、それにしても聞くのが怖い。あたし、あの戸棚から出された時、だいぶパニックだったと思うんだけど。どんな醜態を晒したんだろうか。
ふとアサキオが顔を上げた。
「あ、そういえば。リアの居場所を知らないかと、さっきシルフ家の侍従が来て――」
「ええっ!? もう!?」
彼が言い終わらないうちに、ルメーリアが悲鳴を上げる。アサキオは胡乱な目を彼女に向けた。
「もう、って。一体全体、今度はなにをやらかしたんだ」
そしてこの発言である。
信用ないなあ。リアがなにかしたっていうのは確定なのか。
「それっていつ頃の話? アサキオのところに行ったの?」
「ちょうど、お前達が来る少し前だったか……というか、あれじゃないか?」
ルメーリアが凄い形相で振り返る。確かに、「お嬢様!」「いたぞ!」とか叫んでいる男の人達が数名、廊下の端から迫っていた。
「きゃあ! ごめんなさい、わたくし、先に行きますわ!」
長いスカートをまとわりつかせながら高いヒールで走り出した彼女を、後ろの集団が追っていく。
「お嬢様、今日は空けておいて下さいってあれほど言ったじゃないですかあ!」
「なに言ってるの! 嫌だから逃げるのよ!」
どどどどどっ、と駆け抜ける。リアが意外にも凄く速い……。そういえばさっき牢屋入る前もヒール鳴らして走ってたか……。
ごめん、すっごい失礼なんだけど、本当ごめん。動物園から逃げ出した動物を総出で捕獲する、あの手のニュースを思い出しちゃいました。
「王宮を走るな……。良い歳してなにをやってるんだ」
アサキオが頭を抱えている。あなたの苦労性を育てたのは、ジギリスだけじゃなかったんだね。なんともはや、どんまい。
圧倒されてなにも言えず、黙々と進んだ先で、追いかけっこは比較的早く終わっていた。いや、終わったといっても決着したわけではなくて。正確には、膠着状態に陥っていた。
ルメーリアが柱の陰から侍従達を睨みつけている。その睨まれる男達はというと、見えない境界線でもあるかのように、廊下に固まっておろおろしていた。
あたしの居室のある区画はルディカ専用のもので、許可を持たない人は立ち入り厳禁、らしい。話には聞いていたけど、こんなにあからさまな場面をまさか目撃することになるとは思わなかった。
というかルメーリアは普通に入ってるけどそれは良いのか。まあ、許される範囲内か? さっきの来訪時は許可をもらって入っているし。あたし自身、このまま一緒に部屋まで戻るつもりでいたわけだから、良いのかな?
グレーゾーンだよねえ。ほら、見張り番の兵士さん達も見るからに困ってる。顔見あわせてるじゃん。
「えーっと、おほん」
とりあえず、咳払いなんぞしてみる。兵士さん達には救世主のように見られた。が、どうしよう。
「なにがあったん、ですかね?」
「リア、なにをしてるんだ」
あたしとアサキオが口を開くのは同時だった。思わずお互いの顔を見てしまう。
ちょ、ここで息が合うスキルはいらなかった。
「ルディカ……?」
「アサキオ様……」
侍従さん達がざわつく。相談するような視線が交わされ、一人が代表して進み出てきた。
「申し訳ございません。当家のお嬢様がご迷惑をお掛けいたしまして」
「いえ、別に、迷惑なんて。あたしのお見舞いに来てくれたわけですし」
「左様でございますか。お優しいお言葉、大変ありがたく。失礼を承知で申し上げまする。本来であれば、本日お嬢様には用がございまして。これにて御前失礼いたしますこと、お許しいただきたく存じます」
「勝手に決めないでちょうだい。わたくしは帰りません!」
「お嬢様」
侍従の懇願に、ルメーリアはにべもない。ふん、と顔を背けている。
「つまり、どういうことなのだ?」
ラタムが口を挟んだ。あたし達の視線はルメーリアに向かう。
彼女は観念した様子でため息を吐いた。
「お見合いだったの、今日」
おみあい。
右から左に抜けかけた単語を慌てて捕まえる。言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。
……え、今、お見合いって言った?
だってこの子、アサキオの。
「しかも! 凄い年上で、凄くぶさいくなの! わたくし嫌よ、あんな人」
言い放った声に、これまでとは別種の沈黙が降りた。
年頃の女の子というのは時として、非常に残酷なものである。
「どうか、誤解しないでくださいな。わたくしだって、結婚が貴族の女の義務であることくらい承知しています。顔や年齢に文句をつけるつもりも、ありませんでした」
でも、とそこで言葉に詰まる。リアさん女優。
「でも――あのくそ親父が、騙し討ちのような真似をしたことだけは、わたくし我慢ならないわ」
不穏な言葉が聞こえたような。いや、いや、気の所為! って誤魔化すのもそろそろ無理かな! ははは。
さて、詳しく聞いたところによると。
おてんばなルメーリアが絶対に嫌がると思ったお父さんが、家全体を巻き込んで、本日のお見合いのことをひた隠しにしていたらしい。ルメーリアは今朝それを知り、お父さんと口論になって、そのまま家を飛び出してきたのだとか。
それはそれは徹底的な箝口令で、家族も使用人も、絶対にお嬢様にはお見合いの予定を知られないようにと、口裏を合わせていたのだとか。
そしてどうやら、ルメーリアが怒っているのは、結婚相手がどうこうというよりも、それほどまでに信用されていなかったことみたいだ。
まあ、年寄りのぶさいくは嫌! っていう乙女の叫びも、真実だとは思うけどね……。そりゃまあうん。ぶっちゃけあたしも嫌です。
「お嬢様。ですが、相手のかたがお待ちなんです」
「知りませんったら。皆で仲良く恥をかいてはいかが?」
「そんなあ」
侍従が情けない声を上げる。それを無視して、ルメーリアがあたしに向き直った。ん、あたし?
「本当は今日、ルディカにお願いがあって、こちらに参りました」
「お願い、ですか」
「ええ。お見舞いも謝罪も、もちろん心からの気持ちなのですけれど、あと一つ。わたくしを、あなたの侍女にしていただきたいのです」
「えっ。えええ!」
侍女!? あたしの!?
あたしがびっくりしている間に、せっかく今回のことで伝手もできましたし、とルメーリアはしれっと続けている。し、したたかだな。
「それで、お父様に目にもの見せてやりたいと思っておりました。ルディカの侍女ともなれば、暫くは未婚のままでいる言い訳にもなります。ですが……」
ルメーリアは目を伏せた。
あたしは気づいた。彼女はピーチュのことを思い出しているのだ。
ああ、そうなんだ。あたしの侍女は。
「……今すぐには少なくとも、新しい侍女を、とか考えられなくて」
「ええ、そうでしょう。ルディカの事情を全く考えずに、申し訳ありません。わたくしが浅はかでしたわ」
「いいえ」
浅はかだったというのなら、それはあたしもだ。人にはいろいろな事情があるのだと、痛感する。
ルメーリアはあたしとそんなに年が変わらないように見える。それなのにお見合いなんて。あたしの常識ではあり得ない。けど、もともと彼女は婚約していたはずで、それならそういう話が出てもおかしくないのかな。
フィアンセ持ちの美少女なんてどこの富豪だ、セレブだ、なんて思わなくもないけど。あ、そういえばこの人達、貴族だった。
アサキオはずっと黙っている。なにを思っているのだろうか。
考える。
あたしの責任。ルディカの責任。
一つ、息を吸った。
「あの、あたしの一存では決められないので、だれかに聞いてみますけど……侍女じゃなくて、女官になってもらうのは、どうでしょうか」
こういうのが「あり」なのかどうか、あたしには分からない。今までは、他の人達との折衝とかは、全部ピーチュがやってくれていた。ちょっとずつ教わってはいたけど、やっぱり頼りきりだった。
もっと強くなろう。もっと、もっと。
顔を上げると、ルメーリアがきらきらした瞳でこっちを見ていた。腕が投げかけられる。
「ハス、あなたって最高! 大好きよ! お姉ちゃんが守ってあげるからね!」
なんか今、変な言葉を聞いたような気がするんだけど!
「うわっ」
「リア、おい! なにやってるんだ」
「ふーんだ、アサキオなんか乙女の敵よ。朴念仁! へたれ! すかぽんたん!」
ぎゅっと抱きしめられて、あたしは困ってしまった。柔らかい女の人の身体だ。香水かな、甘いにおいがする。
ていうかあたし、この人に、いったいどう思われているのでしょうか……。お姉ちゃんって。あはは。




