おじさん、砲の発射を許可する
ダンジョンの草原でスライムと戦いながら進むこと一時間。これまでに獲得した魔石は十個。だけれど俺のスキルについてはいまいち分かっていない。これは少し困ったな。
分かるのは時空戦艦というスキルの名前と、俺の周囲には不可視のバリアが張られているということだけ。とても安全にスライムを倒せるから助かってはいるんだけどね。
自分のスキルの正体が分からないというのは、なんとも……もどかしい。そんなモヤモヤした気持ちのまま、俺は草原の中心部までやって来ていた。目印となる綺麗な湖があるため、ここが中心部であることは簡単に分かる。
それにしても景色の良いところに来たな。ダンジョンの中でありながらも穏やかな雰囲気で、休んでいる人の姿もぽつぽつと見える。釣りをしている人なんかも居て、のどかだ。
俺も少し休もうかな、なんて考えていた時、気付く。少し離れたところで配信中らしき女の子の姿に見覚えがあった。あの人はルリカさんじゃないか!
目鼻立ちの整った顔に、頭の後ろでまとめた長い黒髪。歳は分からないが、おそらく二十前後。ダンジョン配信者のルリカさんに間違いない。
直接会って声をかけたい気持ちも沸いたけども、流石にそれは失礼だろう。配信の邪魔をしてもいけない。おじさんは陰から応援していよう。
迷惑はかけたくない。ただ、彼女には感謝している。彼女のおかげでダンジョンへ来る決意を固めることができたし、この一週間、動画で色々と勉強になった。何か、感謝の気持ちを現す方法があれば良いのだが……そうだ。今度、スパチャとかいうやつをしてみようか……なんて思ったり。
そんなことを考えている間にルリカさんはだんだん離れていき、やがて見えなくなった。この後、湖の向こう側で配信を続けるのだろう。頑張れ。ルリカさん。
俺は草地に腰を下ろす。ほんの少しチクチクとした感触もあるが、休むには良さそうだ。寝転がってみても良いかもしれない。少し、疲れたな。ほんと、疲れない体が手に入れば良いんだがなあ。
この辺にはスライムくらいの強さの魔物しか出ないし、バリアもある。そう思うと安心して眠くなってくるのだった……ぐぅ。
……ん?
横になって空を眺めているうちに意識が飛んだ感覚がある。というか、さっきまでより頭が冴えている感覚もあるな。これは……寝ちゃってたか。
上半身を起こし、頬を掻いた。ダンジョンの中でテントも張らずに眠ってしまうとは、恥ずかしいな。怪我の一つも無いようで、そこは安心だけど、気が緩みすぎなんじゃないか?
ぼんやりと空を眺める。遠くの空に何かが飛んでいるのが見えた。あれは……鳥? いや、鳥にしては大きすぎないか? そんなことを考えていた時、少し離れた位置で若者たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「おいおい! これルリカヤバイんじゃないの!」
「湖の向こうに見えてるのワイバーンっしょ!? 俺らも逃げた方が良いって!」
若者たちの手元にはスマホがあり、少し離れた位置だったが、不思議と画面はよく見えた。そこには他の探索者を守りながら、なんとか魔物から逃げようとするルリカさんの姿がある。
画面の中でワイバーンが火球を吐いた。ルリカさんは大きな盾で火球を防ぐが、盾にヒビが入った。長くは持ちそうにない。おそらく、ここから走って向かったのでは間に合わない!
どうしようもない焦りと絶望感が襲いかかってくる。俺のバリアなら、もしかしたら彼女を守れるかもしれないのに、今から彼女の元へ行っても、どうしようもない。
そもそもなんでこの階層にワイバーンなんかが……いや、そんなことを考えてもしょうがない。何か、できることはないのか!? 俺は、恩義を感じている人が亡くなるところを、ただ見ているしかないのか?
「――おい、おっさん! あんたも逃げろ!」
「俺たちは逃げるぜ! あっちのやつらはもう助かんねー!」
若者たちに声をかけられたのに気付いた。彼らの言う通り、湖の向こうの人たちは助けられないのかもしれない。けど、それでも……逃げるのは……嫌だ!
若者たちが走り去っていくのが分かる。俺が向かうべきは彼らの方だ。けれど、俺はそっちには向かわない。そっちに向かうのは違う気がした。その時。
「……しょうがないですね」
ふと、耳に知らない女の声が届く。誰だ、俺に呼びかけるのは? 振り向いても、そこには誰も居ない。
「マスター。あなたが見るべきは前でしょう? たった今、砲の発射準備が完了しました。後は、マスターの指示があれば、いつでも砲を撃つことができます」
誰からかけられているかも分からない言葉。俺はつとめて冷静に、その声に聞き返す。
「砲を撃てば、ルリカさんは助けられるか?」
「ええ、私を信じてください」
「……信じるぞ」
考えている時間は無さそうだった。ならばこの声を信じるしかない。今の俺にできることはそれくらいだろうから。
「発射を――許可する……!」
直後、俺の上空が歪んでいるのが、感覚で分かった。そして、光の帯が一瞬にしてワイバーンを貫く。遠く離れていても、それは目視で確認できた。
「……ひとまずこれで、マスターからのオーダーは完了ですね」
「……あのさ、マスターとは言うが、君はいったいなんなんだ?」
俺の問いに対し声の主は「そうでした」とわざとらしく言う。その態度はともかく、彼女に助けられたのは事実だ。感謝するべきだろう。
「私は時空戦艦の管理AIです。マスターのお好きにお呼びください」




