おじさん、無職になる
ヤマモト・ヨータ、三十五歳の夏。
勤めていた会社が倒産した。つまり無職。貯蓄はあるが……早く新しい職を探さなければならない。のだが、三十代の半ばまで酷使した体は今、動くことを拒否している。
自宅のパソコンの前でぼうっと眺めているのは流行りのダンジョン配信だ。五年前、突如世界に出現したダンジョンは今やエンタメの最前線と化した。俺も、ダンジョン配信を眺めるのは好きさ。
俺もダンジョンへ行ってみようかと悩むことはあった。けれど、結局俺がダンジョンへ足を運んだことは今日まで無い。色々な面倒があったし、日々の仕事で疲れたおっさんがダンジョンで無理をしても録なことにはならない。
だから俺は、ダンジョンへ行くことは諦めたのだ。こうやって、だらだらと、若い子たちの活躍を見守るのが俺には合っている。そう思っていたのだが……画面の向こうで若い女の子が放った言葉が、俺の心に突き刺さった。
「あなたもダンジョンへ来てみませんか! 人生は一度きり。探索者、やってみましょう!」
画面の向こうの配信者、ルリカさんは屈託の無い笑顔をこちらへ向けていた。いや、実際に画面の向こうから彼女が俺を認識したわけではない。それは分かっている。
分かっていても、ルリカさんの言葉が俺の心を動かそうとしている。彼女の言葉が、俺の背を押していた。まだ疲労はたまっているけれど、今は仕事に行く必要は無いのだ。しっかり休息をとりながら、準備は可能……人生は一度きり……やってみるか。
それから一週間、俺は休息をしながら、この頃のダンジョン事情を調べた。この五年でいくつものダンジョンが発見され、それらの中には何日もかけて攻略するようなものも少なくないのだとか。
流石に……いきなりダンジョンで野宿をするのは気が進まない。ちょっと、ハードすぎるだろう。まずは日帰りで攻略できるような浅い層から挑戦するべしとルリカさんは言っていた。
ルリカさんの配信はこの頃のダンジョン事情を調べるのにとても役立っている。彼女の配信スタイルは探索初心者向けのもので、学ぶことは多い。俺にとって、この一週間の彼女はまさに教官といった感じだ。
それから一週間。ほぼ部屋で休んでいたおかげで、体力もかなり回復したぞ。これならば、今日にでもダンジョンへと行けそうだ。思い立ったが吉日。やってみるとしよう!
狭いワンルームから出て、多摩から渋谷へ向かう。行きの電車から見える黒い塔を見ると、なんだかワクワクする。五年前から会社を行き来する度に見えていたはずのダンジョンが、今はとても新鮮なものとして目に映っていた。




