無償の愛の謎(13)
当初は豊と亜由を尾行し、詐欺の証拠を掴むつもりだったが、計画変更だ。家を十八禁の現場にされるのは、困る。豊達より早く家に帰り、追い返す事に決めた。
「全く豊のやつ、なんで家に連れ込むつもりなんだよ。俺の事すっかり忘れてね? 駅の裏にラブホあったじゃんか。そっち行けよ」
誠はぶつぶつ文句を言う。
あの後、童話公園を出た誠達はタクシーを捕まえ、帰る事にした。タクシー代もアリスが出してくれるという。やはり、セレブは金を持ってる。
タクシーはすぐ来た。アリスと二人で座席に乗り込む。アリスはもうカツラをとり、男装をといていたので、タクシーの運転手は不信がっていた。誠も付け髭をとり、普通のアラフォーおじさんの様相という事もある。
「パパ活かい?」
「おっちゃん、失礼だな。こいつは妹だよ。いいから、この家まで連れていってくれ」
面倒なので、そういう事にしておいた。タクシーのふかふかな座席が居心地いいが、アリスは不機嫌そうだった。長い髪の毛の一房とり、枝毛を探していた。
「枝毛なんて探してどうするんだよ」
隣の座るアリスの行動は、意味不明だった。まあ、こうして見ると男装より今の髪の毛が長い方が本人に似合っているように見えるが。
「ショックだわ……。あの豊さんでも十八禁に興味があったなんて……。あんなクマのぬいぐるみみたいなのに、オスだったの?」
どうやらアリスは、その事に嫌悪感を持っていようだ。十八禁の保健体育を学校で習い、BLにハマった経緯も思い出す。
「それはそうだろ。あいつも男だ。オスだ。そんなBLみたいな純愛はないわな」
「わーん!」
本当の事を言っただけだが、アリスはわんわん泣いてしまった。タクシーの運転手はチラチラこちらを見てくるが、圧ある視線で痛い。とりあえず、ティシュを渡した。ティッシュは駅前で保険屋が配っていたものだが。イケメンだったら、ここでサラリとハンカチとか差し出して、壁ドンやったりするんだろうか。豊は女心を知ろうと少女漫画を読んだ事があったが、あの中のヒーローのような強引なマネは絶対にできなかった。
「おっちゃん、いいから前向いて運転!」
「はいはい。わかったよ」
タクシーの運転手は、黙々と運転手し続け、家の近くの県道近づいた。休日だったが、今日は祭りなどイベントもやっていないので、道は比較的空いているようだった。田舎の渋滞は地獄にようなところがあるが、今日はラッキーだった。
タクシー内はアリスがグズグズと泣き続け、空気は最悪だった。
「純愛はどこにあるの? ねえ、誠さんもタクシー運転手さんもご存知ない?」
「なあ、アリス。タクシーのおっちゃんまでに話広げるのやめね?」
「お嬢ちゃん、そんな純愛なんてないんだよ」
少々威圧的だったタクシーの運転手だったが、口調は真面目だった。まあ、前見て安全運転をしているから、その点は問題はないが。
「無償の愛なんて人間には、ないんだよ。男も女も、自分に利益があったり、条件でしか愛せないんだ。婚活パーティーなんかそんな感じだろ? 自分のことばっかりなんだ。相手が貧乏になったり、病気になったら捨てるんじゃないか? 日本で離婚率上昇して子供が産まれなくなっているのも、愛がないからだよ」
大人のくせに中学生相手にやけに現実的な事を言っている。もっとも運転手のいう事は、間違いない。同じ婚活パーティーマニアの貝原も似たような事を言っていた。
だったら、無償の愛はどこにあるのか。それこそ神ぐらしか持てないものだろうか。
「わーん。でも、私は純粋な愛もあるって信じたいわ」
「ないぞ、お嬢ちゃん」
このタクシー運転手、なかなか辛辣だと思うが、間違ってはいない。
「だったらアリス。豊に亜由は結婚詐欺師だって言ってくれよ。お前に無償の愛があるなら、目を覚まさせるのもできるだろ?」
「え、それは無理かも」
アリスはティッシュで鼻をすする。タクシー内は、その音でより湿っぽい雰囲気だった。
「だろ? ないんだよ、綺麗な愛なんて」
「そうだ、お嬢ちゃん。それは漫画の中だけだ」
「だったら私は漫画を描く!」
「おお、お嬢ちゃん頑張れ!」
なぜかそんな流れになり、アリスは涙を止めて漫画へのやる気を見せていた。
ちょうど、その時だった。アリスのケータイに着信があった。どうやら兄の聡からだったようで、しばらく何か話を聞いていた。
「なんだ? 聡さん、なんだって?」
アリスが電話を切ると、彼女は微妙な表情だった。もう涙は止まったようだが、嫌な予感がした。
「さっきお兄ちゃんから連絡があったんだけど……」
「なんだよ、どういう事か言えよ」
「実は……」
聡からの連絡は、あのホスト風男・糸原悠人の事だった。
セレブ人脈を使い、悠人の事を聞いてみたらしいが、なんと荷島太郎に脅迫状や殺害予告を繰り返している男だったらしい。
「えー?」
さすがに誠は驚いて声を上げる。
「で、糸原は親がカルト信者でうちのパパに逆恨みしているみたい。この辺りを彷徨いているのも、もしかしたら私やお兄ちゃんに……」
アリスはこれ以上何も言えなかった。おそらく、糸原が何か犯罪を企て、自分たちに害があるかもしれないと予想がついてしまったからだろう。
「この町にいる泥棒も糸原か?」
「お兄ちゃんの話だとそうかも。野菜泥棒しながら、うちの方見てるって証言もあったらしく」
残念美少女のアリスだったが、この事には怖がっていた。唇がプルプルと震えていた。
「だったら、糸原は亜由と何で接触してるんだ?」
だんだんと核心が見えてきた。糸原は荷島太郎(またはアリスや聡)に害を与えるため、重奏町をウロチョロ。しかし、なかなか荷島家の情報を収集できず、亜由に接近。亜由からアリス達の話を書くのは可能か?
糸原→亜由→?
可能だ! 豊だ!
糸原→亜由→豊→アリス?
誠の頭の中にクマのような笑顔の豊の顔が浮かぶ。こうしてアリスと豊は親しいというか、家のリビングが溜まり場になっている。そこを糸原が狙う事はアリ?
「おっちゃん、とりあえず早く家まで送ってくれ!」
「おう!」
運転手は出来る限りスピードを上げ、タクシーを走らせる。
「お兄ちゃんは、SPの人を派遣してくれるっていうけど。所詮私もお兄ちゃんもは本家の子じゃないし……」
「大丈夫だって!」
アリスは、リスのようにカタカタ震えていた。こんな震えているアリスを見るのは、初めてだった。この姿は、とても頭おかしい腐女子には見えなかった。
それにしても亜由も糸原に騙されている可能性が高く、それはザマァだ。この事についてだけは、溜飲が下がる思いだった。
タクシー運転手のおかげで、あっという間に家の前についた。
「おっちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます」
「いいって」
運転手は颯爽と去っていく。
さっそく家に向かう。庭にあるプレハブ小屋も家も人影がなく、豊も十八禁をやっている様子もなさそうだ。
「とりあえず、聡さんも呼んですき焼きするか?」
糸原の事を聞いた今だが、家の様子はいつもと変わりなくホッとする。
「そうね。お兄ちゃんに電話……」
アリスがそう言った瞬間だった。地面の上にアリスにスマートフォンが落ちる。あのBLアニメのカバーが目についた。
「は?」
目の前が黒い影が襲う。いや、何者かがアリスの頭を殴っていた。
「殺す!」
糸原だった。黒いフードを着ていたが、あの整形っぽい不自然な二重瞼は、印象的だった。
「待て!」
誠もすぐに糸原に齧りついた。しかし、時は遅かった。誠も運動神経はよくなかった。あっという間に糸原に殴られ、誠もその場に倒れ込む。
くそ!
悔しさで唇を噛むが、もう何もかも手遅れだった。




