表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100万円を置いた猫  作者: 椋木美都


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/414

 第107話『楽村秀悟』

後半楽村視点です。

第107話『楽村秀悟』


いらないと言われる前提で恐る恐る差し出すと、彼は眉間にシワを寄せ――黙って手を差し出す。どうやらもらってくれるみたいだ。私は安堵し、つい昔のクセで2個あげてしまう。


「あ、ごめん2個・・・」


彼の手のひらの上にゼリーを置いた瞬間、とある記憶が蘇ってきた。確か高校2年生の初夏だったと思う。一時期私が一番後ろの席で楽村君がその前という席順だった。


『楽村君ぶどう味のこんにゃくゼリー食べれる?』


『食えるけど』


『ならこれあげる』


『・・・2個もええん?』


『うん。5限と6限、楽村君の背中を壁にして小説読むから。そのお礼』


『7限の分忘れとるで』


『LHRは実質読書の時間だから・・・ってあー!私の分のゼリーがぁー!』


――あの時結局3つも食べられたんだっけ・・・。


 すぐに回収しようと手を伸ばすと、サッと避けられた。卑しいヤツめ。


「もう楽村君に2個あげる必要はなかったのに・・・高2の名残が出ちゃったなぁ」


「・・・あの時もぶどう味じゃったよな」


そう言って彼は懐かし気に目を和らげた。どうやら先程の怒りは収まったようである。ゼリー様様だな。


「え、2人ってお知り合いなんですか?」


牧内さんが好奇心に満ちた目で私達を見る。楽村君に視線を移すと、ゼリーが口に入っているようで喋れないみたいだった。私は愛想笑いで同じ高校の同級生だと話す。


「冠南かぁー!俺冠頭高よ!」


「KGLにも冠南出身のやつ何人かおるで!野球部の田中分かる?」


「あっ、そ、そうなんですか。田中君・・・名前は知ってます!」


私の出身校を聞いた途端、3年生の岸野先輩と小田副リーダーが食いついてきた。その後も少しだけ会話のキャッチボールをした。東リーダーが私の謙遜っぷりに感心したように呟く。


「SIGは不真面目パリピ集団って思っとったけど・・・沖谷さんみたいな真面目な子もおるんじゃな」


「あはは・・・一応いますよ。KGLの皆さんを見習って、今後のイメージアップの参考にさせていただきます!」


「東先輩」


ゼリーを食べ終えた楽村君が親指で私を差す。そして意地悪な笑みを浮かべた。


「沖谷は不真面目な部類ですよ。こいつ、授業中も俺の背中に隠れて小説ばっか読んでたんで」


「なぁっ!」


――バラしおってこの野郎!というか今のカミングアウトいる!?


「え?そうなん?」


「いや、それは、その・・・ご、ゴミはこの袋の中に入れといて!」


空になったゼリーの袋を楽村君に押しつけ、小走りでSIGの輪に戻った。


「仲良しじゃな」


「まぁそれなりに」


楽村君の楽しそうな声を聞いて、恨みゲージが急上昇したのは言うまでもない。


(=^・・^=)

高1の春から俺の心の中に居続けている存在――それが沖谷幸生だった。真剣な表情で読書に没頭している横顔も、文化系な雰囲気のくせしてバリバリの運動部員っていうギャップも。俺にだけぶつけてくれた本音も――沖谷が俺に見せてくれた全てを、今でも忘れられんくて。


高2でクラスが同じになって、あいつにつられるまま図書委員に立候補した時も。席替えの度沖谷の近くになりたいと祈っとった時も。3年でクラスが離れてから今までずっと、俺は沖谷が・・・。


――好きなんよな・・・。あいつのことしか考えられなくなるくらいには好きじゃけど、沖谷はそうじゃない。多分、今でもあいつは『恋』を必要としとらんと思う。


幼い頃から自分の容姿に価値があることは理解しとった。何をしてもそれなりに出来ることに早々に気がついた俺は調子に乗ってその長所を最大限活用し、クラスの人気者という立ち位置を獲得し続けてきた。告白されたことも付き合ったことも数え切れん程ある。特に中学3年間、彼女が途切れたことがなかった。あまり大きな声では言えんけど、2股かけてた時期もセフレがいた時期もあった。


求められるのは嫌いじゃない。だから俺も相手が望むことを返した。沖谷と出会わなければ、特に変わり映えのない高校生活を送っとったと思う。


『楽村―!楽すんなー!』


『秀悟君って人生楽しそうよね。苗字も楽村じゃし』


『楽に生きれて羨ましー。俺も楽村君みたいになりてー!』


俺は自分の苗字にうんざりしとった。簡単に書けるけど中々いないこの苗字は初対面の人と話すネタにはなった。けど自分の中にあるモヤモヤとした不満は着実に積もっとって・・・。


――皆『楽』『楽』『楽』って・・・そう言われんの、全然楽しくねぇ。


「楽村君って珍しい苗字だよね」


「あぁ。俺と同じ苗字のやつに出会ったことないなー。でもこの苗字に生まれたお陰で人生楽しいわ。書くのも楽じゃし」


それでも、皆の前では『楽しい俺』を演じ続けた。その方が楽に生きられるけー沖谷にもそのキャラで取り入ろうとした。するとこいつは俺が人好きする笑みを浮かべて話しとんのに全く動じず、机から文庫本を取り出した。


「私だったら嫌だな。たまたま苗字に感情を表す漢字が入っているだけで、皆勝手に楽村君の全てを決めつけるんでしょう?」


「・・・」


俺は目を見開いて沖谷を見る。生まれて初めて言われた言葉の衝撃がデカすぎて、脳の処理がバグった。


――ぇ。え?


俺の心情なんて意に介さず読書を始めた沖谷に腹が立った。俺はこの日からちょいちょい沖谷の読書の邪魔をすることになる。


「・・・沖谷には俺がどう見えとるん」


俺の問いかけに顔を上げ、瞳が合う。沖谷が俺だけを見ているのは中々に気分が良かった。怒らないでねと断りを入れ、おずおずと小さな口を開く。


「楽しそうに見える・・・っていつもなら気を遣って言うところだけど、本当は・・・疲れているように見えるよ。楽村君が皆から『楽』ってワードを投げかけられる度、静かに怒っているようにも見えた」


――やっぱり、沖谷は・・・。


「お前凄いな。推理小説読んどるから?」


「ぁ・・・気分を害したのならごめん。私が何となくそう思っただけで殆どの人はきっと、楽村君はいつも明るくて楽しそうな人っていう印象を抱いているんだと思うよ」


授業中ブレザーのポケットに手をつっこみ、いつもお疲れ様という言葉と共に手渡されたキットクリスプにそっと触れる。


人の心の奥にずけずけと踏み込んどって、月並みな言葉と菓子で寄り添ったふりをする沖谷に俺は――抜け出せない沼の中に沈んでいく気分になった。


――は?ふざけんななんそれ。疲れてねーし。お疲れ様とか棒読みじゃったし『気を遣う』ってどこ目線なん?


関われば関わる程沖谷は不思議で面白くて――そこが可愛かった。腹立つし狡いし下衆なところもあったけど。あとこっちが引く程ドライな一面もあった。そのくせ誰に対しても八方美人な態度を崩さない部分も見とってムカついた。


俺の知る限り、高校で沖谷に彼氏はおらんかった。恋愛系の話を切り出しても曖昧な返答ばかりで――当時の沖谷は恋愛より勉学に重きを置いとるイメージじゃった。


――というか沖谷って彼氏出来そうにないんよな。他の女子と違って群れんし。執着もなさげ。1人でも生きていけるタイプっつーか。


「・・・何さ」


「いや?お前ほんま友達おらんなーって」


「いないじゃなくて少ないの!それに楽村君みたいに友達沢山いなくても生きていけるし」


「そうか?大人数で遊ぶのが楽しい時もあるじゃろ」


「それもそうだけど・・・私は今みたいに――楽村君 (やはるまとシーバー) と2人で雑談する時間が一番好きだから。このままでいいの」


「・・・」


沖谷はこういった感じで、素で俺の心を打ち抜いてくるからほんまにタチが悪い。誰に対しても同じようなことを言っとんのは分かっとる。


――知っとんぞ。他の女子が俺のこと『かっこいい』って言う中、沖谷だけ『真面目で頑張り屋』って言いやがって・・・。


隙あらば自分を下げて相手を持ち上げる姿勢やめろって言っとんのにちっとも聞いてくれん。本人は至って普通のことを言っとるってか無自覚でサラッとそういう事言うのマジで何?この人たらしが。


そのスンとした真顔を真っ赤に染めてやりたい。そう思うことも一度や二度じゃなくて。


だからあの沖谷が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて事実を簡単に信じられんかった。それもサマトレ中に沖谷の方から告白するなんて冗談じゃろ。


俺はビーチテニスラケットを強く握り、反対側のコートを睨みつけていた。ペアの金子のレシーブがアウトになったのを確認し、KGL3年の岸野(きっしー)先輩が点数を更新する。


「――30-15」


「穂奈美ちゃんナイス!」


「ありがとうございます。安井先輩にばかり点を取らせませんから!」


――距離近くね?沖谷もそれでええんか。


芝崎という名前の1年女子と笑顔でハイタッチをする安井に激しい怒りを覚えた。彼女おる癖に!


「悪い」


「全然。もうぜってー点は取らせん」


「顔怖っ。楽村(ラーク)どした?」


俺の本気に触発されとんのか、金子のミスがぐんと減った。向こうのペアに女子がいたということもあり、結果1セットも落とさず俺等のペアが勝利した。ざま見ろと思った気分がすぐに下降する。


――心狭すぎじゃろ・・・。


俺は小さく舌打ちをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ