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父の愛  side アレクセイ



「父上!しっかりして下さい!父上!」





父の顔からどんどん血の気が引いていく。



何でよりにもよって王都からこんな遠く離れた場所で!


邸に居たならすぐにガウデンツィオに飛んで母上を呼んだのに・・・っ。さっきまで痛みで暴れていた父は、今は気を失って眠り続けている。



父の腹部に刺さった短剣に何かが塗られていたのは間違いない。傷は光魔法で治したけど、それでも父は痛みにもがき続けた。


だから毒だと思ったのに、血液検査をしても毒物は発見されなかった。視察に同行した専属侍医もあらゆる検査をしてくれたけど、一向に原因が掴めぬままだ。


その間に父は吐血し、気を失ってしまった。



「どういう事なんだ。吐血するって事は内臓が損傷してるってことだよね?さっき治したのに何故だ!?」


「わかりません。もしかしたら進行性の病かもしれません。とにかく王都に着くまでアレクセイ様は旦那様に治癒魔法をかけ続けていただけませんか?私もこのまま原因を探ります」


「わかった」



病なら光魔法では治せない。

母上の神聖魔法じゃないとダメだ。




「頼むよ父上・・・っ、死なないでよ。まだ一緒に暮らし始めたばかりなのに・・・っ」



俺はまだ母上や魔王様みたいに転移魔法は使えない。それさえできればすぐに父上を連れて帰れたのに。



「ガウデンツィオまでは遠くて時間かかるけど、ジュスティーノまでなら数時間で知らせる事ができるはず」



俺は祖父達に向けて魔鳥を飛ばした。お祖父様の商会にも転移魔法陣がある。魔鳥が届けばきっと祖父達が母に知らせてくれるはずだ。



俺に出来る事は、王都に着くまで父上の命を繋ぐことだけ。


父を見れば一目で瀕死状態だとわかる。光魔法をかけても、かけるのをやめるとすぐに悪化してしまう。



「一体なんなんだ・・・っ、父上の体の中で何が起こっている?何の毒なんだよ・・・っ」



大事なものを守る為に今まで自分を鍛えて来たのに、目の前の父上を救う事もできない。どんどん父上の体から魔力が弱まっているのを感じる。



「父上!魔力回路を閉じて!これ以上魔力を奪われてはダメだ!!」



治癒魔法と同時に魔力譲渡も行う。俺は父の実子だから魔力の相性は良いはず。


調節が大変だけど、父を死なせたくない一心で、王都に向かう馬車の中でひたすら治癒魔法と魔力譲渡を続けた。






お願いだよ母上。



父上を助けて。


このまま死ぬなんて、あんまりだ───。





















──────父は、いつも1人だった。



ずっと、幸せを諦め続けて来た人。



何かを悔やむように、誰かに償うように、

身を粉にして働き、ずっと一人で生きてきた人。




公爵にしては小さな邸に、最低限の使用人しか置かず、俺が遊びに来る時以外はいつも邸は静からしい。


俺が帰る時は寂しさをひた隠し、笑顔で送り出す。



ガウデンツィオで皆に囲まれて育って来た俺には、父の寂しさなんて本当の意味ではわからない。


母は未婚で俺を産んだけど、ガウデンツィオには父や兄のように頼れる人達が沢山いたから、寂しいなんて感じたことはなかった。



でも、父上が母の話を聞くたびに切なそうな顔をしたり、まだ俺が小さかった頃、添い寝中に時々謝りながら泣いていたのを知っている。


そんな時は、自分も胸が痛んだ。



当時の俺は子供過ぎて、父が置かれている状況がどれだけ不安定で過酷な状況なのか、母や祖父達に教えてもらうまでわかっていなかった。



今までどれだけの注意を払って俺との時間を作ってくれていたのか、どれだけ一緒にいる時間を大事にしてくれていたのか、全てを知った今では理解している。




だから俺は、母上だけじゃなく、父上にも幸せになって欲しいと思った。


確かに過去に間違えたかもしれないけど、全てを聞いて、ずっと父上を見てきて、もういいんじゃないかと思ってる。



もう贖罪は終わりにして、報われてもいいんじゃないかって、そう思ってるんだ。




俺には母上や魔王軍の皆がいるけど、父上には誰もいない。



──────父上の家族は俺しかいないんだ。




それに、ずっと母上に片思いしている。



魔王様も多分、母上のことが好きだし、その辺はちょっと複雑そうだけど、せめて俺だけでも父上の本当の家族になりたいと思ったんだ。



中繋ぎの王として、民のためにずっと矢面に立ってきた父上の寂しさが、少しでも軽くなればいいと思った。


これ以上一人にしたら、死んでしまうような気がしたから。




だから母上を説得してまで父上の側に来たのに、やっと準備が整って、学園に入学して、ようやく家族として一緒に暮らし始めたばかりなのに、





「何でだよ…っ、何でこんな事に…っ!あの女絶対許さない!!」




悔しくて涙が込み上げる。


あの女の隠蔽魔法に気づかなかった自分の力不足に嫌気がさす。魔法には自信があるなんて大口叩いていたのに、結局俺は子供で、父上は俺を庇ってあの女に刺された。





今日は連休を使って父上と一緒に領地に視察に来ていた。

農地改革の進捗具合を見る為だ。


隣国から取り寄せた肥料や農具、品種改良した野菜や穀物の育ち具合を農民たちに見せてもらい、経過報告をしてもらった。


場所ごとに土の質が違うので、その辺りも細かく聞き、適した種を検討し、栽培法をまた考える。それが父上の仕事だった。


男は畑を耕し、女は収穫したものを綺麗にし、仕分けをして包装していく。その集団にあの女が紛れ込んでいた。



元ロスタ公爵令嬢。



気づかなかった。


認識阻害と隠蔽の魔法を使われていて、近くに来るまで殺気に気づかなかった。



俺は今日初めて会ったから顔を知らなかったけれど、父上は俺より早くあの女の狂気に気づき、俺が異変を感じた時にはもう既に父上が俺を背に庇って刺されていた。



『父上!!』


『ルイス様・・・?何で?この子がいるから私と結婚してくれなかったんでしょう!?だから消してあげようと思ったのに・・・どうして庇うの!貴方の子供は私が産みたかったのに、今更他の女が産んだ子供がいるなんてあんまりだわ!!そんなの許せない!!


何のために苦労して離縁したと思ってるのよ!全部貴方の妻になるためだったのに!!ずっと子供の頃から好きだったのよ?もう貴方には婚約者はいないのに、どうして応えてくれないの!!私は公爵令嬢で、身分も釣り合ってたじゃない。なのにどうして!?どうしていつまでも貴方だけは手に入らないの!?』



護衛に縛られながら子供のように泣きわめく女は、俺に激しい憎悪をぶつけてきた。ここまで強い殺気を向けられたのは初めてで体が硬直してしまう。



『アンタがいるからいけないのよ!!アンタが生まれてきたから私とルイス様が結ばれないの!邪魔なのよ!消えてよ!ルイス様の子供は私が産むんだからぁ!!』



『だまれ!!それ以上アレクを愚弄してみろ。今すぐ不敬罪で殺すぞ・・・っ』


『ヒぃ…っ』




父がおびただしい量の血を流しながら女に思い切り威圧を放ち、気絶させた。そして護衛騎士達に女の取り調べを命じ、腹部に刺さった短剣を自分で抜くと、更に血が噴き出してその場に蹲る。




『父上!』



その場で疼くまった父上の体を支え、すぐに治癒魔法を施して傷口を塞いだ。




『ア・・・レク・・・どこにも、ケガはないな?』


『ないよ・・・っ、でも父上が刺された!』


『アレクが無事なら…それでいいんだ』


『父上…っ』




よくない。


全然よくない。


そんな「何も思い残すことはない」みたいな顔をするのはやめてよ。簡単に生きる事を諦めないでくれよ。



この世界で、誰よりも父上を責めているのは、父上自身だ。


いくら俺が許しても、父上はそれを受け入れることはできないだろう。



父上を許して、解放してあげられるのはたった一人だけ。




―――――母上だけなんだ。












◇◇◇◇



「アレクセイ様、魔力回復薬です。これをお飲みください。そして少し休憩されてください」


「ダメだ、魔力を流し続けないと父上はすぐに死んでしまう」


「ですがアレクセイ様の顔色も悪くなっています。もう限界なのでしょう?」


「いいからごちゃごちゃ言ってないで手が空いているなら俺に回復薬を飲ませてよ!俺は父上の治療で手が離せないんだからさ!」



事態が好転しない苛立ちを専属侍医にぶつけてしまう。



「…………ごめん」


「いいえ、父親が危篤なのです、不安になって当たり前です」


「……死なせたくないんだ…っ、俺はまだ父上と一緒に暮らしたい。死んでほしくない…っ、でも間に合わないかもしれない…っ」




俺が転移魔法さえ使えれば…。


今日ほど自分がまだ子供であることを悔しく思ったことはない。



不安で泣きそうになっていると、侍医が回復薬を俺の口元に添えた。そのまま口を開けて回復薬を飲み干す。



「ありがとう」


「いえ、私も、医者だというのに知識が役に立たない。光魔法さえ使えない自分を今日ほど情けないと思った事はありません。ですが私は旦那様を王太子の頃から見ておりました。私も・・・死なせたくない想いは同じです。お手伝い致します」



侍医は父上を見て苦笑する。



「旦那様は中継ぎの王になられてから自己犠牲が酷すぎます。いつか壊れるのではないかと私共はヒヤヒヤしながら見ておりました。ようやく役目を終えて、実子であるアレクセイ様と穏やかな暮らしが始まったというのに・・・不憫でなりません」


「・・・・・・うん」


「私を含む使用人達や、陛下も、旦那様の幸せを願っております。それだけこの方は国に尽くして下さった。逃げだす事もせず、どれだけ批難されようとも立ち続けて、盾となって国民を守ってくださった。そして公爵となった今も、王族としての務めを果たそうとなさっている。そんな旦那様だからこそ、我々は心よりお仕えしたいと思うのです。幸せになっていただきたいと、思うのです…」



「うん。絶対、死なせないよ。大丈夫。俺が母上の所に連れて行く。母上なら父上を治せるよ。父上も、母上に会いたいでしょ?会いたいなら邸まで頑張ってよ」




父の意識に届いていると信じて、母上の名前を繰り返し出した。




父上の家族は、俺しかいないと思っていたけど、

父上を慕って仕えている人達がいる。


その努力をちゃんと評価してくれている人達がいることに、父上は気づいているのだろうか。






そして日が暮れ始めた頃、やっと王都の邸についた。



護衛達の手を借りて父上を馬車から下ろすと、邸の扉が開く音がした。




「アレク!」



「は…は…うえ」


「こんなにやつれて…。よく頑張ったわね。あとは私に任せなさい」



母上が俺の頬を撫でて、労りの言葉をくれる。


そしてすぐに護衛達に声をかけて父上を邸内に移動するよう指示をしていた。俺は母の姿を見た途端に安心して気が緩んだのか、目頭が熱くなり、マズイと思った時にはもう涙が止めどなく溢れてしまっていた。



「はは…うえっ、たすけて…っ、父上を助けて…っ!俺…俺のせいで父上が…、俺が油断してたから…っ、だから父上が俺を庇って…っ」



みっともなく泣きじゃくっていると、母の両手が俺の頬を包み込む。



「アレク、聞きなさい。悪いのはルイスを刺した犯人よ。貴方のせいじゃない。ルイスが貴方を庇うのは当然なのよ。理屈じゃないの。体が勝手に動いたのよきっと。だってルイスは貴方の父親で、貴方を愛しているんだもの。貴方もいずれ親になればわかるわ。だから、泣いている暇があったら貴方もしっかり休んで、ルイスが目覚めた時に元気な姿を見せてあげなさい」


「うん…」


「ほら、行くわよ」




邸に入ると祖父達がいて、俺を抱きしめてくれた。俺が送った魔鳥を受け取ってすぐにガウンデンツィオに飛んで母に知らせてくれたらしい。本当に感謝しかない。


そして母はすぐに父の治療を始め、一命を取り留めることができた。父を苦しめた毒に心当たりがあるようで、護衛騎士達に過去見の魔道具を使って元ロスタ公爵令嬢の背後を全て洗い出すように命じていた。


父が目覚めたのは、刺されてから3日後の夜だった。


目覚めてすぐの父に向って「年を取ったからといって弱くなり過ぎよ。アレクと一緒にもう一度鍛え直しなさい!」と説教を始めたのには驚いた。


でもその瞳には涙が浮かんでいて、本当に心配していたことがわかる。



父にもそれが分かったのか、怒られているというのに笑顔で謝っていた。母上が素直じゃないことは父上もお見通しらしい。



本当に、助かってよかった。






「アレク、心配かけて悪かったね。助けてくれてありがとう」



父上が俺を呼ぶと、母上も優しい顔でこちらに振り向いた。



――――俺は、幸せ者だと思う。



親の愛情を、一度も疑ったことはないのだから。


またこの人達の子供に生まれたいと思うくらい、俺は二人が大好きだ。だから2人には幸せになってほしい。







願わくば、父の片思いが実って欲しいと思うのは、



俺の我儘なのかな。


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