今はただ、目の前のこの幸せに浸りたい
「兄上、ロスタ公爵の逮捕状が出ました。今騎士団が公爵家に向かっています。兄上が提出した薬の売買に関する取引現場の証拠が議会で承認されました。証言だけじゃ貴族派が邪魔して証拠不十分で厳罰は難しかったかもしれないからホントに助かりましたよ。ありがとう兄上」
「礼には及ばないよ。あの家は前公爵が現役の時からどうもきな臭かったからね。最近は大人しくてずっと尻尾を掴めなかったけど、あの女が出戻って来てからまた動き出してくれて助かったよ。一枚噛んでた奴らは今さぞかし焦っているだろうね。あの場にいない奴らが逃げないようにわざと証拠映像から省いて泳がせてるんだから、大いに踊ってもらわないと」
種は蒔いた。
後は根こそぎ刈り取るだけだ。
「あの場で怪しい反応をした者達には影をつけて監視させていますよ。───あの女が兄上にご執心のおかげで父上の尻拭いがまとめて出来そうですね」
弟が苦笑いしながら断罪の為の報告書をまとめる。
「ただ・・・現段階では令嬢の逮捕までは無理だと思います」
「だろうね。あの夜会での出来事は彼女は直接手を下していない。成り行きを知っていたとしても実行犯は兄の公爵だ。まあどちらにしろ家宅捜査で取り潰しさせるだけの証拠が見つかればそれでいいさ。平民に落とせばあの女はアレクに近づけないからね」
もし近づけば、その時は容赦しない。
レティシアがガウデンツィオに戻った後、僕は王家主催の舞踏会で媚薬を盛られた。犯人はロスタ公爵家の使用人だった。
きっと学園で会った時に、僕がはっきりと拒絶したために強硬手段に出たんだろう。
だけど、僕にはさほど効かなかった。
国王になってから何度も毒を盛られたり、ユリカの魅了や香水を使われ続けた結果なのか、僕は毒や精神作用に関する薬に耐性ができていた。
だからすぐに気づいて侍従に媚薬入りのワインを鑑定に出し、過去見の魔道具で媚薬を入れた犯人を特定した。
その後、会場を後にしようと王宮の廊下を歩いている時に、偶然を装ってロスタ公爵令嬢が接触してきた。
『フェリシアン公爵様、ご機嫌いかがですか?』
『………ロスタ公爵令嬢、あまり良くないので私はこれで失礼するよ。では』
『お待ちください公爵様…っ、ご気分が優れないのでしたら体調が良くなるまでお休みになられた方が良いと思いますわ。わたくし医者に言ってお水と胃薬をお持ちいたしますから、お部屋でお休みになりましょう?』
『いや、結構だ。今日はこれで帰らせてもらうよ。失礼』
『お待ちください!フェリシアン公爵様…っ』
ロスタ公爵令嬢が腕に絡みついてきた途端に嫌悪感が湧く。振り払おうとするが思いのほか令嬢の力が強い。
僕を見上げる表情には困惑の色が乗っていた。
僕が今、正気を保って会話が出来ている事に驚いているのだろう。
王家の威信が失墜した中で国王になった僕が、どれだけの死線を掻い潜ってきたのか、この令嬢はわかっていないのだ。あの日々に比べたら、この程度はどうということはない。
それにしても、仮にも一児の母がこんな浅はかで程度の低い謀に関わるとは。
親の自覚がないし前公爵が育て方を間違えたとしか思えない。何故王家にバレないと思えるのだろう。それだけ侮られているということだろうか。
『私は以前、忠告したはずだよ。次はないと。その上で私の行く手を阻むのかい?』
『…っ、――――――申し訳ありませんでした』
軽く威圧を放つと、彼女は顔面蒼白になりながら身を離し、頭を下げた。
扇子を握り締める手がギリギリと音を鳴らしている時点で納得していないのがわかる。王族にコレとは・・・・・・どれだけ甘やかされて来たのか・・・。
そのまま声もかけず急いで馬車に乗り、荒くなった息を吐きだす。
耐性があると言っても、無効化できるわけではない。体に溜まった熱を紛らわそうと馬車の小窓を開けて夜風に当たった。
『ホント、僕に寄ってくる女はろくでもない人間ばかりだな』
あの女はアレクとレティシアの存在を知ったら必ず危害を加えてくるタイプの人間だ。
ロスタ公爵とあの女の兄妹は前公爵の庶子だ。前公爵は正妻の他に愛人を囲い、妻の病死後に愛人と兄妹を邸に招き入れ、養子とした。
前公爵と正妻の間には嫡男が一人いたが、正妻の病死から数年後に同じ病で亡くなっている。
だが詳しく調べてみると矛盾が生じ始めた。
正妻と嫡男が本当に病気だったのか、不審な点がいくつも出てきたのだ。そして疑惑が確信に変わったのは、兄妹による嫡男への虐待が行われていた事実を突き止めたからだ。
当時は父が権力で捻じ伏せて悪政を強いたせいで、内政が乱れ、食料難や災害などが多発していた為に詳しい調査が行われなかったらしい。
アレクをオレガリオに迎えるに当たって身辺整理をしようとした所、あの女が出戻ってきた事でロスタ公爵家の動きが怪しくなり、調べてみたら殺人の疑いが出てきたのだ。
過去見の魔道具のおかげで禁止薬物の売買、脱税の証拠も押さえたので、後は亡くなった前公爵夫人と嫡男の殺害についての証拠を見つけてみせる。
全ての罪を詳らかにし、関わった他の貴族もまとめて粛正するつもりだ。
ロスタ公爵家は中立派の筆頭だったが───、
『何が中立派だ、聞いて呆れる。貴族派とどっぷり繋がっているじゃないか』
アレクがこちらに来る前に全てを片づけておかなければならない。
もうすぐ、アレクと親子2人で暮らせるんだ。
その暮らしを誰にも邪魔させない。
そして数日後、ロスタ公爵含め、中立派の傘下の者達や貴族派の一部が騎士団に捕らえられた。
罪人達は王家の横暴だと悪足掻きをしていたが、ここでも過去見の魔道具が役に立ち、裁判所で映像を流した事で戦意を喪失したのか、全員が罪を認める事となった。
ロスタ公爵と前公爵の親子は、前妻と嫡男の殺害及び脱税、禁止薬物の栽培と売買、そして王族への薬物投与に不敬罪。数多の罪状によって身分剥奪の上、重罪人が行く鉱山での労働を言い渡された。屈強な罪人達の中に薄い体の美形の男が放り込まれた場合、その末路は大体決まっている。
一見、罪が軽いように見えるが、自殺防止の魔法をかけられた上で鉱山に送られるので、最期の時まで労働を強いられ、実質死刑よりも惨い死に方をする終身刑として知られている。
最期まで地獄を味わう事がわかったからか、男2人は裁判所で発狂し、気を失ったまま鉱山送りとなり、その他ほとんどの家が身分剥奪の上の取り潰しとなった。
もちろん前公爵夫人も正妻と嫡男の殺害に関与していたので女性刑務所に収監され、牢の中で一生を過ごす事になった。
そしてロスタ公爵令嬢も身分剥奪で平民に落とされ、王都を追放された。もう二度と王宮に出入りする事はできない。
こうして暴君な父を隠れ蓑に不正や悪事を働いていた連中の一掃は終わった。
ロスタ公爵家の家宅捜査の権利を得た事で、有力な証拠を次々に手に入れる事ができ、そのおかげで他の家も捌く事ができた。
これがもし古狸の前公爵がまだ現役だったら、見つけるのは大変だったかもしれない。あの兄妹が甘やかされて育ったおかげで詰めが甘く、隙をつく事ができたのだ。
これで貴族派の連中にも、罪を犯せば必ず裁かれると見せしめになっただろう。
この事件をもって弟の治世が安定する事を願う。
◇◇◇◇
「やあ、アレクセイ君。ようこそ我が学園に。ルイスから聞いてずっと会いたかったんだよ。ホントにルイスそっくりで驚いた」
「初めまして、学園長。4月からお世話になります」
「学園長、息子をよろしくお願い致します」
「レティシア嬢も前回ぶりだね。こうしてアレクセイ君と並ぶと姉弟のようだね。高魔力保持者は総じて老化が遅いと聞くが、君を見てると事実なんだと思わざるを得ないよ。アレクセイ君も全属性の魔力を扱うんだろう?」
「はい。母が使える魔法は僕も大体使えます」
「それは頼もしい。レティシア嬢も歴代で初めて全属性の魔力を扱う優秀な生徒だったからね。君の活躍も期待しているよ」
「はい、よろしくお願いします!」
改めて学園で魔力測定を行ったところ、やはりアレクは入学試験を受けた生徒の中でトップの魔力量だった。
筆記も上位の成績で実技と合わせて総合で首位だったが、まだオレガリオでの社交デビューを果たしていない為、最初から目立つのは身を守る為にも避けた方が良い。
その為、新入生の挨拶は辞退する事にした。
「アレクのお披露目は我がフェリシアン公爵家主催の夜会で行う事にしたよ。そこで正式に僕の実子であり、フェリシアンの後継者として公表する。かなり騒がれるだろうけど、陛下も一緒に壇上に上がってもらう予定だから、何も心配いらないよ」
「わかりました。ありがとうございます、父上」
新しく用意したアレクの部屋でお茶を飲みながら今後について説明する。
僕は今まで一度も夜会を開いた事はないから、かなり社交界を騒がせる事になるだろう。彼らの反応を見て、また要注意人物に目星をつける目的もある。
「アレクの事は僕が守るから、君は学園生活を楽しんでくれたらいいよ。誰にも邪魔はさせない」
「───・・・・・・父上」
「・・・何?」
アレクが何故か戸惑った反応を見せる。
なんだろう。不安になってレティシアに視線を向けると何故か苦笑していた。───何故?僕は父親として何か間違った事を言ってしまったのだろうか。
焦りが出て心拍数が上がっていく。
「父上、俺は4月から学園に通うんですよ。もう庇護が必要な小さな子供じゃない。これでも魔王軍で鍛えられてきたし、騎士団に入ってもそこそこ出来る自信はある。だから大丈夫。多少の事は自分で何とか出来るから、父上は見守ってくれるだけでいいよ」
「・・・そ、そういうものなのか・・・?」
「貴方は過保護過ぎよ。まあ私もつい最近までそうだったから気持ちはわからないでもないけど。自分がアレクの年だった頃の事を思い出してみたら?そんなに貴方の親はべったり纏わりついていたかしら?」
「纏わりついてって酷いな・・・でも・・・そうだな。僕がアレクの年の頃は王太子として公務も始めて、親との関わりはそこまでなかったかもしれない。あの頃はレティシアと過ごす時間の方が多かったかな。よく2人で国の政策について議論を交わしていたね」
「そうね。途中熱くなって意見が対立したりして、喧嘩になった事もあったわね。ふふっ、・・・懐かしい」
レティシアの柔らかい笑顔を見るのは10数年ぶりかもしれない。もう2人とも三十代なのに、レティシアはあの頃と変わらず笑顔が可愛い。
吊り目気味の猫のような綺麗な瞳が下がって、いつもの凛とした雰囲気は崩れ、可愛らしさが表に出る。
あの頃、僕にだけ見せるその笑顔が、
僕は愛しくて仕方なかったんだ。
「あー、なんか想像つくかも。母上って基本的に気が強いし、矛盾はツッコまないと気が済まない性格だから、父上の意見に真っ向から挑んで論破してそう」
「よくわかってるじゃないか。正解だ。レティシアは民の事となるとすぐ熱くなるからな。よく言い負かされて泣かされたよ」
「ルイス!アレクに変なこと言わないでよ!泣かせた事なんてないじゃないっ」
「「はははっ」」
不満そうにムクれるレティシアが可愛い。
3人でこうして過ごす時間が愛しい。
ずっとこうして暮らせたらいいのにと不相応な願望が沸き起こり、涙が出そうになるのをグッと堪えた。
今はただ、目の前のこの幸せに浸りたい。
アレクとレティシアの笑顔を、眺めていたい。
数日後、公爵家での夜会でアレクは注目を浴び、社交界は騒然となった。
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