父としての幸せだけで
「久しぶりだなルイス。相変わらず忙しいらしいな。休まないとまた過労で倒れるぞ?」
「最近は陛下も頼もしくなってきたので、もう大丈夫ですよ」
学園長は亡き父の従兄弟であり、五大公爵家の一つ、クインズ公爵だ。代々この国の教育事業のトップに立つ家門であり、王族派の筆頭貴族でもある。
僕が今も命を繋いでいられるのは、彼が僕ら兄弟を守ってくれたからに他ならない。
父の愚行を根気強く諫めた一人だったが、父がその声を聞き届けることは終ぞなかった。
「学園長、お久しぶりです」
「レティシア嬢、久しぶりだな。優秀だった君の門出を祝えなかったことはとても残念だったよ」
「お気遣い痛み入ります」
学園長は遠回しに僕を責めているのだろう。
レティシアを追いこんで卒業もさせずに亡命の道を取らせてしまったのは僕の愚かな行動が原因だ。
こうして王族に苦言を呈する事ができるのも彼の特権。
僕らが父に続いて次代の愚王にならないよう、ずっと見守り、民の声を聞かせ、見捨てずに導いてくれた優秀で偉大な教育者でもある。
「さて、今日はどんな話で訪ねてきてくれたのかな?レティシア嬢の服装を見るとどうやらお忍びのようだ。念のため、遮音魔法をかけるかい?」
「ええ、お願いします」
遮音魔法をかけ、潜んでいる者もいないと判断できた所で話を再開させた。そして学園長にアレクの存在を話し、魔術科の入学を受け入れて欲しいことや、彼が育った環境の話をし、協力を願い出た。
「まさか君達の間に子供がいたとは…。もしかしてレティシア嬢が国を出たのはお腹の子供を守るためだったのかい?」
「はい。当時は貴族や国民の間で神の巫女を次期王太子妃に望む声が多いのは知っていました。その中で私の妊娠が明らかになれば、醜聞になるのと同時に、水面下で行われていた王太子妃の座を巡る権力争いが激化するのは必然。そうなれば巫女を崇拝する派閥にとっては私と子供の存在は邪魔でしかないでしょう。命が危険に晒される可能性が高くなる。
それに…当時、公爵様自身もユリカを妻にご所望だと口にされているのを直接聞きましたので、私が身を引くことが一番だと判断しました」
「…………っ」
「はあぁ。まったく、呆れてものが言えないとはこのことだね。結婚前に孕ませるとか、何をやってるんだい君は。卒業したらすぐ結婚だったのに待てなかったのかい?お腹の大きい花嫁がどんな目で見られるのか、王太子だった君がわからないなんて、愚か者でしかないよ全く。ということは君の今の状況は自業自得ってわけだね。
こんな事実が世に出れば醜聞でしかないし、やはり君にはあの愚王の血が流れていると貴族派の糾弾を受ける元になるよ。その誹りは君達の大切な息子も受けることになる。これは相当な準備が必要だ」
「ぐっ……」
正論すぎて何も言えない。全ては僕の撒いた種だ。
自分の所業のツケが回ってきているだけ。
「……それについては、公爵様だけを責められません。合意した私にも非があります。私達は子供だったのです。子供が子供を産むなんて、周りからしたらバカな事をと思うでしょう。でも私は息子を産んだ事を後悔したことは一度もありません。あの子がいたから私は幸せでした。だから本当は、息子がオレガリオに移住することは初めは反対だったんです。私達の過去の事でアレクはきっと何かしら被害を受けるでしょう。
本人にもそれを言いました。言われのない中傷を受けるとわかっていて行く必要はないと。…でもあの子の意思は変わりませんでした。息子は、自分の将来の夢を叶える為に行くのだと。絶対負けないから、応援して欲しいと」
「彼の将来の夢とは?」
「一つは、王宮魔法士になり、土魔法の研究をしてこの国の土地を改良し、食料難を解消してこの国と父親の役に立ちたいそうです。
そして2つ目は、自分を育ててくれたガウデンツィオへの恩返し。邪険にされても仕方ない人間族の自分を育て、魔法技術を教え、自信を持たせてくれた彼らの為に、魔族は優れた種族で蔑んでいい対象ではないと、世界中に知って欲しい。ガウデンツィオで育った自分が国へ貢献すれば、魔族を蔑む人間が少しでも減るはずだと。
そして3つ目は、大陸一の魔法士になりたいそうです。魔法には自信があるから、彼らから教わった知識を世界の為に使い、母のように人間族の中で一番の魔法士になりたい。
そう言われて、私はもう、息子を引き留めることができませんでした」
レティシアはそう言って、笑った。
成長した息子を見て、寂しそうな、でも嬉しそうな、そんな母親の顔をした笑顔だった。
アレクがどこも擦れずに真っすぐに育ったのは、レティシアが母親の愛情を惜しみなく注いだからなのだろう。
そしてガウデンツィオ国王達が2人の居場所を作り、悪意から守ってくれていた。
アレクが自分自身を守れるよう、守る為の技術を惜しみなく与えた。今ではそれがアレクの自信となっている。
それだけで、アレクがあの国で愛されていたのがわかる。
そしてレティシアも───。
「素敵な夢を持った若者だ。そんな将来有望な若者を我が学園に迎えられそうで、私も嬉しいよ」
「受け入れてくれるのですか?」
「ああ。平和な学園生活を送る為に根回しが必要だと思うけど、その辺は僕とルイスでうまくやっとくさ。彼が将来もたらす国益を思えばお安い御用だ」
「「ありがとうございます」」
「ルイス、お前は相当働く事になるぞ。これを機に許容ラインを越えている家については動いた方が身のためだ」
「心得ていますよ」
父が死んでから10年以上の時が経ち、あの時に全ての悪を排除したと思っていたのに、悪意はどこからともなく湧き続ける。
これもこの国が女神の加護を失ったせいなのだろうか。
◇◇◇◇
「レティシア、以前ザガン殿から預かった過去見の魔道具の件なんだけど、映像を上書きしてもいいかな?父の罪の記録は正式にあるから、できれば調査にこの魔道具を使わせて欲しいんだ」
「……別にいいんじゃないかしら?私からザガンに言っておくわ。―――――調査するのはいいけど、アレクに顔向けできないことだけはしないでね?」
レティシアがじっと念を押すように言ってくる。
恐らく僕がこれからしようとしている事を察しているのだろう。
「わかってるよ。レティシアは知らないかもしれないけど、僕はアレクに嫌われたら毎日泣き暮らして腑抜けになるくらい親バカなんだから。それだけは絶対しない」
「―――――それはちょっと子離れをおススメするわ」
「たぶん、レティシアだけには言われたくないと思う」
レティシアがばつが悪そうに目を逸らした。
僕だってアレクからいろいろ聞いてるよ。君が過保護過ぎるから、そろそろ自分の幸せに目を向けて欲しいとアレクが言っていたからね。
でも、それはつまり、
レティシアが誰かと結婚するということと同義だ……。
「ルイス…?」
目の前のレティシアを見つめ過ぎたらしい。
レティシアが怪訝な顔をして見上げてくる。
「―――なんでもない。来年アレクが憂いなく学園に入学できるよう力を尽くすよ。一緒にアレクを守ろう」
「ええ」
欲をかいてはいけない。
アレクの父親として2人と繋がれるだけで僕は幸せなはず。
夫になりたいなんて、
絶対に口に出してはいけない。
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