密会疑惑
武器工房を出るとすでに夕暮れ時になっていた。ルークと共になんとはなしに歩き出し、二人で大通りまで戻って来ていた。そういえば周囲に桃色娘の姿は無いが、さすがにもう帰ったのだな。
「しかし大変興味深かった。的でなく本物で試してみたいが、大型の獣は王都にはでないのが残念だ」
「だったら一度辺境領まで来てみるといい。あそこなら熊などがよく出る。まぁ、身の安全の保証はできないがな」
ははっと笑いながらルークが言う。ふむ、今のところ実直な青年のように見えるが果たして真実はどうなのだろう。
と、ふと向こうの通りからクロード様とガルシアが歩いてくるのが見える。近衛兵を連れてはいないから公務では無さそうだ。服装もいつもより質素な平民風だ。ガルシアを連れてお忍びで散策だろうか。あのような簡素な装いでも高貴さが隠れていないのが心配だ。安全確認をしておこう。
「殿下!こんなところで近衛も連れずにどうしたのですか?」
クロード様に気づいたルークが慌てて駆け寄り小声で話し出す。大声でないあたりに気遣いがみえる。
「一市民の目線から城下の様子を見たくてね。それに一緒にいるガルシアはかなり腕が立つから心配はない」
そうクロード様が仰られると、隣にいるガルシアに目を向けるルーク。
「ガルシア…。あぁ、例の家系の。確かに良い身体つきだ。以前図書館でもご一緒でしたね」
さすがに街中で公爵家の名を出すのは躊躇われたのか家名は控えたようだ。
「で、それより今一緒に女の子がいたよね?」
「あ、はい。ん?…どこに行ったんだ?」
クロード様のお言葉により私の存在を思い出したのか振り向くルーク。しかし残念、私はすでに周囲の確認のため屋根の上だ。
「キリー、隠れないで出ておいで」
「はっ」
いや別に隠れてはいないのだが、御命令とあらばすぐにでもとクロード様の真横に降り立つ。
「うお!師匠!」
相変わらず気配を読めぬ弟子だな。降り立った瞬間に慌て騒ぐとは。ルークは驚いた顔をしてはいるが声は出さなかったな。
「やけに武器に詳しいと思ったら、もしや護衛だったのか?気配を悟らせないとは流石だな。やはり是非一度うちの領地に…」
「護衛じゃないから。目の前で人の婚約者を口説かないでくれるかな?」
感心して捲し立てるルークに、手で私を後ろに下げるように立つクロード様。む?何か怒っていらっしゃるのか?
「へ?婚約者?」
言われた事が脳内に染み渡っていかないのかぽかんとした顔を晒すルーク。ちらりとガルシアの方を見ると何やら狼狽えた顔をしている。何か問題が発生したのだろうか?
「私の婚約者だよ。キリルシュカ=エ…」
「おーっとこんな時間になっちまった!週末は門限が遅いとは言えそろそろ帰らないとな!」
クロード様のお言葉を遮るように騒ぎ出すガルシア。お前のような奴を不敬だと切り捨てぬクロード様でよかったな。
「女子はもっと門限が早いんだろ??今すぐ帰った方がいいぞ!今!」
ぎゃあぎゃあとうるさいなガルシアめ。門限など袖の下を渡してあるから無いような物だというのに。
「おい、ぐいぐいと身体を押してくるな」
お前の馬鹿力には流石に耐えきれん。背中を押して追いやろうとする力に抗いきれず、地面を靴でやや擦るような形になる。
「レディに気安く触ってはいけないよ」
クロード様ががしりとガルシアの手を掴まれた。口調は穏やかだがやはり何かお怒りのようだ。
「俺にまで敵意を向けるな!」
さらに喚くガルシアだったが、私の背からは手を離した。その隙に少し考える。
一体クロード様は何をお怒りなのだろうか?お忍びで散策…近衛を連れずガルシアと二人…婚約者…夕暮れ時…。思考を巡らせて行く途中で私は、はっ!と気づく。
そうだ!向こうの裏通りには娼館がある。クロード様もお年頃。そういったことが必要な日もあろう。一応とはいえ婚約者である私に護衛されては気まずいのだろう。私は気にせぬのだが、クロード様は細やかにお気遣いされるお方だ。そうとすれば私としたことが何と気の利かぬことを!
「大変失礼いたしました。これは気の利かぬことを致しました」
「ん?キリー?何を言ってるのかな?」
私の言葉に疑問で返すクロード様。あくまでとぼけたいとは繊細なのだな。何も恥ずかしくはないというのに。
「重ね重ね失礼致しました。寮生活で不自由していれば娼か…んん、そういった店が必要な日も御座いましょう。私のことは気にせずどうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。では、失礼」
私にできることはもはや、いち早く立ち去るのみ!そのまま音も立てずに僅かな風のみを残して消えることとした。
「そういう店って!?キリー??また何か誤解してないかい!?」
クロードによる弁明の叫びは届かず、後に残ったのはとりあえず修羅場を回避できて安堵するガルシアと、どん引きした目で見るルークのみだった。




