ハイデン「今日はいいことありそう!」
今日も今日とて魔王城周辺を愛騎のリオルで駆る。青空を颯爽と翔ぶリオル。くぅ〜、かっこいい!
昼間のシフトを終えて城内の警備に当たる。俺ってば優秀だから、警備部隊所属だけど直属の上司は近衛部隊だ。へへん。まあ、通常時の指令はロドリゴ隊長から受けるんだけど。
「おっ、ハイデン、城内警備か?じゃあついでにこの書類を事務室に持って行ってくれ」
「はーい」
「短くなー」
ロドリゴ隊長のゆるーい説教と厳つい拳骨が落ちてきた。ヒラヒラと手渡された書類が舞う。
「なにやってんだ。ちゃんと拾えよ」
ロドリゴ隊長は理不尽だ。
気をとりなおして書類を配達する。時々雑務の犬人達とすれ違い、書類を渡したくなる。でもしない。何故かって?それは勿論……唯の警邏はつまんないから!……ばれた時のロドリゴ隊長も怖いし、たまーに、たまーにだけど余禄もあるのだ。そう、そこで犬人がジャーキーを貰う的な。
「チワーっす。警備部隊から書類っす」
「あら、リッツさん。お疲れ様です」
リッツというのはウチの家名だ。
「メリエーヌさん、ちわっす!今日も綺麗っすね!今夜一緒に夕食でもどうっすか?」
今日は運がいい!窓口がメリエーヌ様だなんて!
彼女とその姉のミリエーヌ様は、世界歌うまランキング上位であるだけでなく、王国美人百選に載っている超妖艶美人な水妖族だ。姉妹丼は男の夢と言ってもいいだろう。あの豊満な肉体はもう、誘っているとしか……!
「ありがとうございます。食事は、暫く夜は予定が詰まっているの。ごめんなさい」
「そうなんすか、ざんねんっす……」
「また今度誘ってくださいね。それから、この資料を医務課へ、この包みをディメイトス宰相の執務室に配達してもらえますか?」
「喜んでー!」
クスリと微笑まれたら、もう舞いあがってしまう。俺はいそいそと何かの薬品漬けの標本いくつかと、見た目ほど重くない箱を持って出発する。
暫く運んで気付いた。今度っていつだ……。
呆然としたまま医務課に行く。扉を開けばツンとした消毒液のにおいがする。大怪我は陽魔法で、小さな怪我は薬品でやるため、常にこのにおいが漂う。苦手だぜ。
きょろきょろと周りを見る。チッ、今日は看護課のお姉さま方がいないぜ。怪我人が少ないのかな。野郎たちが一杯怪我していればよかったのに。
「チワーっす。事務から頼まれました、届け物でーす」
「ああ、ご苦労様。そこ置いといてくれますか?」
亡霊族のスグニル先生だ。ぽよぽよと半透明な肉が弛む。先生は、生前東の大陸の聖フランシス王国で医者をしていたとか。亡霊族は死ぬときの魔力を帯びた執念が霊魂を現世に縛り付けているので、みんなもともと人間だ。まあ、霊魂が変質するほどの執念をもっているからみんなどこがとは言わないが抜けている。自我を保てない怨霊は退治されるけど。
この先生、実は薬草を用いた治療は妖精族に勝るとも劣らない。でも死んでからは精神医学に興味を持っていて、偶に被験体として人間や魔族を拉致している。
基本的に腰が低いのだが、いかんせん魔王城に仕えてるだけあっていい腕である。そんなことはちっとも頭によぎらないハイデンは、何気なく質問した。
「ところでこれ、なんすか?」
「ああ、八咫烏の脳髄ですよ。なかなか手に入らなくてね、入荷を待っていたんです」
知らない鳥だ。でも、脳髄とか。何に使うんだろう。顔に出たらしい。
「錬金術を併用して、精神を抽出できるか試すんですよ。いやあ、人間だった時はこんなことできませんでしたから、死んでよかったです」
「そ、そっすか」
ニコヤカな顔が恐ろしくて、そそくさと医務室から飛び出した。
えーっと、次は……キルヘイヴ・フォン・ディメイトス宰相かあ、童貞組合の殺したい男十選及び遊ばれたい男ランキング上位だったなあ。くそっ、俺だって美形だったら……!
怒りと虚しさを感じつつ、仕事はする。ほら、俺ってできる男じゃん?
ノックをしてガチャリとノブを回す。その瞬間、殺意が湧いた。
何やってるんだこの宰相……!羨ましい!なんだあのメイド!なんだあの侍女!なんだあの美女!みんな侍らせやがって!けしからん、実にけしからん、俺にやれ!
……神は不公平だ。
「お?配達か?そこに置いといてくれ。悪いが、この書類をカーネス……ブラディーネル宰相の所に持って行ってくれ。至急な」
「……」
「坊や、お願いね」
「サー!」
不思議だ。俺はいつの間にかブラディーネル宰相の執務室の前に立っていた。嫌だなー、怖いんだよなあ、ブラディーネル宰相。基本的に、戦闘時以外は無表情だし。
名門の出で、独身なのにわらわら女の子が寄っていかないのでそんなに嫉妬は……あるな。影でめっちゃ黄色い声があがっているのを思い出した。……やっぱり憎いかもしれない。
覚悟を決めてドアを叩く。
「入れ」
窓を背景に黒い影が二つ浮き上がる。紅い目と紫の目がこちらを見つめる。
やべえ、超悪役じゃん。ガクブル。この間見た幻灯動画のボスより怖えんですけど。
紅い目は机の上に向きなおり、紫の目は俺に固定された。威圧感がほぼ消える。
「ハイデン殿、何用ですか」
「と、届け物っす」
「ではそこに下ろしてください」
やっぱり仕事中のリリー殿怖いっす。笑ってるけど怖いっす。ブラディーネル宰相とお似合いすぎるっすよ。『氷の侍女』の名は伊達じゃないっすね!
王城美女ランキングで毎回二位に輝いているのに!怖くって仕事中は拝めない。……ちなみに一位は既婚者のマーベル侍女筆頭だ。
「失礼しますッス!」
全身の震えを堪えて退出した。あ〜怖かった。ザ・高嶺の花なのだけど、普段でのとっつきやすさ(俺の統計上)は美女ランキング上位者の中でダントツ一番なんだけどな……。
ああ、恋人が欲しい。夕飯のときに非リア同盟とそんな話をしていたときだった。警備部隊の下っ端騎士が言ったんだ。
「リリフィアーネさんが、ついに結婚するんだと」
ガタガタッ
ガシャン、ゴトッ
「フィリップ!そ、それ、どこ情報だ!信じないぞ、俺は!」
「ついに、高嶺の花の一輪が、手折られるのかっっ」
リリー殿に足蹴にされたいとかメイド服の妖精族ハスハスと以前漏らしていた同僚たちが泣きそうに叫んだ。
「……ミリエーヌ様とメリエーヌ様が、『リリーちゃんのドレスアップ、楽しみね』って」
「!!!」
「あのリリフィアーネさんが!戦闘服を脱ぐのか!?」
皆が信じられないと、驚愕に満ちた顔を見合わせている。何人か倒れた。
確かに見かけないけど、極たまに私用で外出するとき、と、か……。
あ、メイド服だ。いつもメイド服だな、そういえば。
一度陛下の手紙を届けに行った時だけは町娘みたいな格好だったな。
もしかして、出かけてない……?
そんな疑惑が頭をよぎる。ば、ばかな……!はっ、もしかしてリリー殿は妖精種の珍固有特性の悪戯時に目立たないを持ってるのか?
しかし、同僚には告げないのだ。リリー殿とたまに雑談するなんてばれたら吊るし上げられてしまう。それは割に合わない。
リリー殿は美人だけど、見てるだけで結構満足だ。
俺は巨乳が好きっすから!
またしばらくは書き溜めます。遅筆ですが、ご容赦ください。