急襲
何事も期待せぬ事。それが肝心。
〜吉田兼好〜
二十分後。
ボク達は依頼人の部屋を粗方調べ終わり部屋を出ようとしていた。
死亡時刻はおよそ一時間前。
死因は出血性のショック死。
主な理由は腹部の損傷による出血多量。
それが雪さんの依頼人の死体を少しの間見て下した判断だった。
まあ、妥当なところだろうと思う。
雪さんの言うところによると他の釘などによる欠損は依頼人が行き絶えた後にわざわざ犯人が装飾したことにより出来たらしい。
本来ならば、装飾などと言ってはならないのだろうが、雪さんはわざとそう表現をしていた。
『故意にこんな風に吊るしたのならこれは最早装飾をする行為と等しいよ。ほら、よく見てみると電気装飾のように見えなくもないだろう?』
と、いうことらしい。
仏の前で本来ならこんなことは言うべきではないが、やはり、その装飾された姿は異様だった。
まるで、その空間だけ他の空間と隔離されているかのようだ。
『気になるかい?この装飾が』
『ええ。この行為にどんな意味があるんでしょうか?わざわざ死体を釘で壁に吊るすなんて意味がなければやらないでしょう』
そう言ってボクは壁から降ろした死体をチラリと横目で確認する。
そこにあるのは、既に原型を保っていない肉塊になってしまったかつて人間だったもの。
半日前までは、息をして、動いて、喋って、笑って、泣いて、怒って…
そして、生きていたものだ。
自分でも気付かないうちに拳を握る。
キツく、強く、様々な思いを込めて。
それを横にいる少女はどう感じているのだろうか。
いまさらなにを。
とでも、思っているのだろうか。
自らの欲望を満たすために多くの人を殺したボクがいまさら死体の一つで。
とでも、思っているのだろうか。
幸い、雪さんはこちらをチラリと見ただけで何も言わなかった。
『…行こうか。粉雪君が待っているよ』
『ええ』
この部屋に入る際に雪さんはこの光景を粉雪ちゃんに見せないためにと、粉雪ちゃんをアパートの目前で見張っておくように。と、命令していたのだ。
本当、よく考えている人だ。
本当に、そう思う。
そこまで考えて少し口元を綻ばせながらボク達は部屋を出ようとする。
そう、口元を綻ばせながら。
この時、ボク達は明らかに油断していた。
殺意の欠片などまったく放たない一般人と同等くらいの集中力で。
部屋を出ようとしていたのだ。
だから、気付かなかった。
少なくともボクは。
敵の接近など。
まったく気付かなかったのだ。
『あれ?もうお帰りになるんですか?もっとゆっくりしていけばいいですのに』
不意に知らない声が背後から聞こえる。
そう、背後から。
雪さんがいるはずの背後から。
自分に出来る限りのスピンを身体に掛けながら背後を振り返りボクはナイフを引き抜く。
だが、遅かった。
遅過ぎたのだ。
ボクの眼前に映るのは血飛沫。
それは、紅い、紅い。
薔薇のように素敵な紅色だった。




