夢
不幸というものは不思議なものだ。
我々がそれについて話すと、段々不幸が激しくなる
〜ベートーヴェン〜
夢を見た。
世界が黒く染まっていく夢を。
『はぁ、怖い夢だった。なんだったんだろう?今の夢』
少女は今見たばかりの夢に怯えながら息を整える為に深呼吸をする。
本当になんだったんだろう。
今の夢は。
『んー…まあ、いっか。後でお母さんに聞いてみよう』
少女はそう言って笑いながら木製のベッドから立ち上がる。
まだ少し頭がクラクラするが気分はだんだん良くなって来た。
『って、あれ?お母さん?』
家の中を探すが家の中にお母さんの姿はない。
どうやら、仕事に行ってしまったらしい。
『ちえー、聞きたいことがあったのになー』
少女はふてくされた風に頬を膨らませるが優しい母の顔を思い浮かべ少女は笑う。
まあ、いい。
お母さんには夜にでもゆっくり話せばいいのだから。
自分は夢の中の少女とは違うのだから。
夢の中の少女は実のお父さん、お母さんに子供の頃から過酷な生き方を強いられていた。
子供の頃から色んな人に襲われその度に死の一歩手前まで送られその度に改造されていた。
白い光の下。
身体の中になにか歪な塊が入り込みそれが自分の身体を犯していく。
夢の中の少女は何度も何度もそんな感覚を味わっていた。
『レイカちゃん…か。私と同じ名前…なのに私とあの子は全然違う』
そう呟いて少女は気落ちする。
その気持ちは憐憫か。
それとも同情か。
誰にもわからない。
『んー…まあ、いっか。お外に遊びに行こう!』
そう言って少女は外へと向け走り出す。
だが、それは突然止められた。
少女を止めたのは少女より少し年が上くらいの何処かで見たことがある少女。
たしかレイカちゃんの部下の…
『霊華さん。いつまでここにいるんですか?』
カグラインチイノさん。
『…え。チイノさん。なんで…チイノさんは夢の中だけの人じゃ…』
本当に不思議そうにレイカはチイノへと尋ねる。
当たり前だ。
チイノはレイカの夢の中の存在の筈なのだから。
『夢の中の人…ですか。たしかに私は貴方にとっては夢の中だけなのかもしれません。貴方にとっては怖い。怖い夢の中だけの』
それに対してチイノは笑いながらレイカに答え、そこで一息入れる。
まるで、これからなにか大事な事を言おうとせんばかりに。
だから、少女は待つ。
その言葉を。
『霊華さん。早く戻って来てください。そうじゃないと…また、置いてっちゃいますよ?』
それだけ言ってチイノは歩き出す。
少女とは逆向きに。
『まっ…待って!チイノさん!』
待って。
待って。
私を置いていかないで。
少女はチイノへと走る。
だが、追い付けない。
どんなに全力で走っても。
どんなに全力で叫んでも。
チイノは歩き続ける。
追い付けない。
置いていかれる。
また、また、私は…
『待って…待って…待ちなさい!知藺乃!』
不意に覚醒した。
辺りには先ほどまでの木の家はない。
辺りに見えるのは夢だと思っていた世界の風景。
マンション。
夜空。
そして、敵。
『ッ…⁉︎』
覚醒したと同時に胸部に激痛が走る。
当たり前だ。
槍が胸を貫いているのだから。
『…夢ですか』
そう言って霊華は寂しそうに肩を落とす。
辺りに知藺乃はいない。
当たり前だ。
夢だったのだから。
全部。
夢のような世界も。
知藺乃の姿も。
だが、夢だったとしても知藺乃に出会えてよかった。
『…やれやれですね。これ以上知藺乃に置いてかれるわけにはいかないんですがね』
夢の中で彼女は私を置いていくと言っていた。
そうはいかない。
追い付かなくては。
彼女に。
その為には目の前の嫌らしい笑みをした下品な女を倒さなくては。
『よう、起きたかよ。糞女。走馬灯を見た感想はどうだい?』
アリーヤの言葉を無視し霊華は胸を押さえながら腰ポケットよりなにかを取り出す。
『…黙りなさい。下衆女。貴方に地獄を見せてあげます』
『へぇ?いいね。見せてくれよ』
霊華は胸元の槍を一瞬で引き抜きその部位に腰ポケットから取り出したなにかを突き立てる。
だが、アリーヤはそれをじっくりとは見ない。
一瞬で霊華の引き抜いた槍を拾い霊華へと襲いかかろうとする。
いや、襲いかかった…
筈だった。
しかし、直後に弾け飛んだのは…
襲いかかった筈のアリーヤだった。
アリーヤは後方へと頭から吹き飛びマンションの屋上の床を抉り取りながら更に吹き飛んでいく。
『あれ?こんなんで吹き飛んだんですか?軽いですね、下衆女』
傷だらけだった筈の霊華が無傷になって立っていた。
そうして、アリーヤに向けてそう言って笑った。




