化け物
黙って泣く子供のすすり泣きは、怒り狂った強い男のそれよりも、もっと深い呪いである
〜エリザベス・ブラウニング〜
ピチョン、ピチョン。
水滴音が何処からか聞こえてくる。
それと共に聞こえてくるのは複数の足音とその場を劈くような悲鳴。
どうやら、ここは何処かの洞窟らしい。
悲鳴が反響し一つになりなにかの鳴き声のように辺りに響き渡る。
そこに見えるのは一人の少女。
いや、少女ではない。
見たもの全てを魅了するかのような外見に反し彼女の腰から下はまるで魚のような鱗に包まれた尻尾があった。
そう、尻尾。
まるで魚のような。
尻尾が。
生えている。
彼女は陸上ではまったく使えないそんな尻尾を必死に動かしなにかから逃げているように見える。
人間ではない彼女が。
明らかになにかから逃走していた。
海の悪魔と呼ばれ恐れられているはずの彼女が。
恐怖を顔中に浮かび上がらせながら逃走しているのだ。
どうしてこんなことに。
彼女が今考えているのはただそれだけだろう。
彼女は一人の男の魂を抜き取り人間になろうとしていただけだったのに。
ただ彼女の美しい声を使って男を誘惑するだけの簡単な行動だったはずだ。
なのに。
どうして。
こんなことに。
いつの間にか気付くと彼女は周りを洞窟の青白く光る壁に囲まれ逃げ道がなくなっていた。
いや、なくなったのではないか。
誘導されたのだ。
彼女を狩ろうと今現在も追ってきているであろう黒いマントを纏った少女に。
彼女はもう逃げられないことがわかっているだろうに壁を叩きながら叫ぶ。
助けて!助けて!と。
誰に向けているのかわからない言葉を。
叫び続ける。
『鬼ごっこはもう終わりですか?』
だが、誰も彼女を助けに現れたりはしない。
後ろから不意に少女の声が聞こえてきた。
ビクッと肩を揺らしながら振り返るとそこにいたのは彼女を追ってきた少女。
いや、その表現はおかしいか。
訂正しよう。
彼女を殺しに来た少女がそこで薄く笑いながら立っていた。
それを見ると彼女は諦めたような表情をしながら肩を落とす。
だが、彼女は人間ではないのだ。
簡単に諦めるわけがない。
一瞬後には彼女はニヤリと笑っていた。
まるで、まだ奥の手があるかのように。
『…ええ。貴女の負けよ、化物!』
そう言って彼女は叫ぶ。
自らのその美しい声を武器に変えて。
洞窟と言う閉鎖空間の中で。
反響させ威力を極限まで増幅しその威力を敵に向け放つ。
これが彼女の奥の手。
自らの声を犠牲にし放つ最後の一撃。
『…私が化物?冗談はよしてください。化物に化物と呼ばれる筋合いはありません』
だがそれは少女にとってまったくと言っていいほど意味をなさなかった。
それは文字通り無駄な抵抗以外何者でもない。
少女は反響する音の合間を縫って一瞬で彼女の元に降り立つ。
『あ…』
『さようなら』
少女は何処から取り出したのか紫色のブレードを振りかぶり彼女の胴体と下半身を一瞬で真っ二つに寸断した。
寸断された半人半魚の少女は盛大に血を吐きながら重力に逆らわず地面へと無残に落ちていく。
ああ、どうしてこんなことに。
その一心を胸に抱きながら。
地面へと落ちそのまま生き絶えた。
周囲は彼女の寸断された部分から流れ出した血液で赤く染まっていき鉄の匂いを漂わせながら静寂に満ちていく。
『あゝ、なんて憐れな人魚姫』
少女はそんな半人半魚の女を見下ろし憐れむように笑いながら呟き闇へと消えた。




