お願い
世に最も輝きて最も脆きもの2つあり。1つは陶器、1つは女の顔
〜スウィフト〜
『凛、早く起きなさい。晩御飯よ』
誰かのそんな呼びかけで目を覚ますと部屋の中は真っ暗になっており誰かの影の向こうに見える通路の明かりが煌々と輝いているように感じられる。
そのせいか、誰がボクを揺り起こしてきているのかはいまだわからない。
まあ、半分寝ぼけているからと言うのもあるだろけど。
『起きなさい、凛。凛…』
その声を子守唄に更に深い眠りに入ろうとする。
そう言えば、雪さんはもう起きたんだろうか。
そんなことを疑問に思いながら深い睡眠の波を受け入れようとして…
『起きろ!ゴラ!』
受け入れられなかった。
と言うか、思い切り殴られた。
うん、この短気さは間違いない。
『…おはようございます。七花さん』
『起きるのが遅すぎるわよ、凛』
部屋の明かりを点けてみると機嫌の悪そうな七花さんが胸の前で腕を組みイラついた様子でこちらを見下ろしていた。
うん、明らかにイラついてるな。
何回起こさせてしまったんだろうか。
申し訳ない。
『すいません、起こさせてしまって』
『本当よ、二回も起こしちゃったじゃない』
前言撤回。
ただ単に七花さんが短期過ぎるだけだ。
たった二回でキレるなんて…
どんだけ短気なんだよ。
『…あれ、雪さん?』
七花さんの怒りを軽く流しつつ横を見ると雪さんはいまだ眠っていた。
なぜか、ボクの腰部に抱きつく様な形で。
雪さんの長い黒髪が寝返りをうつごとにボクの腕に擦れて少しこそばゆい。
『雪ちゃんもまだ起きてないの?凛、あんた起こしときなさい。もう、晩御飯の時間だから。粉雪ちゃんももう食卓に就いてるわよ』
そう言って、七花さんは部屋を出て行った。
どうやら、食卓へと向かうらしい。
なら、ボクも早く雪さんを早く起こさなくては。
『雪さん。早く起きてください。雪さん』
雪さんの肩を揺さぶって起こそうとするが雪さんが目覚める気配はない。
まるで死んだように眠っている。
そう、死んだように。
そこまで考えて思考が止まった。
まさか…まさか…
手汗が滲み呼吸を荒くしながら雪さんの手へと腕を伸ばす。
触るとその手は温かかった。
まるで、生命の秘める温かさを全て秘めているかのように。
そこまで確認をして安堵の息を吐く。
よかった、本当に。
『…んっ、凛君?ご飯の時間かい?』
『あ、雪さん。おはようございます。ええ、七花さんが待ち兼ねてますよ』
そう安心していると雪さんが目を覚ましたのか寝ぼけたような顔をしながらこちらへと抱きついて来る。
『…そうかい。なら、早く行かなきゃ怒られてしまうね』
そう言いながら彼女はボクから離れようとはしない。
『雪さん?』
ボクが不思議そうな声を出しても雪さんは反応しない。
ただただボクに抱きついて黙っているだけだ。
その体は少し震えている。
彼女にしては珍しい。
と言うか、こんな彼女をボクは見たことがない。
なにかあったんだろうか。
『凛君。少しだけ…こうしておいてもいいかい?』
静かに彼女の言葉を待っていると、不意に口を開いた彼女が言ってきたのは珍しいお願い。
そのお願いに対してボクは静かに彼女を抱きしめ微笑みながら呟いた。
『はい、雪さん』




