温もり
僕は、真人間になりたかったんです
〜勝田清孝〜
『ふぅ、ようやくゆっくり出来る』
場所は先程の小さい浴場。
七花さんからの暴力、もとい追跡を振り払い彼女が諦めて大浴場へと向かうのを尻目にここに逃げてきたのだ。
湯が傷に染みて少し痛みを感じたが気にしない。
ゆっくり出来ればなんでもいい。
一応、雪さんがまた出て来た時の事を考えて百秒数えながら思考を纏める。
まずは、食人鬼のこと。
なぜ、あの時殺した筈なのに被害が増えているのか。
これには二通りの解釈がある。
一つ。
ボクたちが去った後に誰かがあそこに訪れ彼らを治療した。
二つ。
彼らはただの先兵であり彼らの後ろには親玉と呼ぶべき存在がいる。
考えられるのは取りあえずこんな所だろう。
そして、どちらにも疑問が残る。
まず前者は鬼化の影響で身体能力など人間の元々持つ限界を超える事が出来るとは言え死体の判別すら出来なくなるほど解体された四肢がまるで再生でもするかのように治せる者がいるのだろうか。
また、あの後すぐに霊華さんが現場を保存するために鬼殺しの精鋭達を置いているはずだ。
そんな監視の中治療など出来るのだろうか。
さらに、後者。
これは完全な私的意見になってしまうが、あの食人鬼達は明らかに戦闘能力が先程の奴らよりも上だった。
いや、上どころの話ではない。
あの環境が整っていなければボクも彼らに殺されていただろう。
そんな者達を先兵として置く者なんているのだろうか。
いや、もしいたとしたらそいつは彼らよりも遥かプレイヤーとして成り立たないほどに卓越してしまっているだろう。
そんな奴らからボクは
雪さんを
守れるのか。
『凜くん』
先程から雪さんの事を考えていたからか雪さんの声が聞こえている気がする。
いや、気のせいだろう。
そろそろ百秒も数え終わった。
出ることにしよう。
そうして、思考を止め出口へ向かおうとしたボクが最初に見たのは長い長い黒髪。
それに、透けるような白い肌。
まるで、雪さんが目の前にいるみたいだ。
いや、気のせいだろう。
疲れているに違いない。
さあ、早く部屋に戻って寝よう。
『凜くん』
『なんですか、雪さん。今現実逃避中なんですから邪魔しないで下さい』
そう言ってお湯をかき分けながら出口まで走る。
次、七花さんに見つかったら殺されてしまう。
『自分で現実逃避と言っている時点で出来ていないよ。まあ、待ちたまえ。なにを急いでいるんだい。お風呂は必ず』
しめた。
これで雪さんが百秒と言えば入ったと言って逃げられる。
『千秒だよ』
訂正。
逃げれなかった。
『なんで増えてるんですか!』
『仕方ないじゃないか。君は百秒入ってしまったしね。まあ、気にせずにそこに座りたまえ。背中を貸してくれたまえよ』
見ると雪さんは少し眠そうだ。
いつもの冷ややかな表情が少しだけ幼く見え少し愛らしく感じる。
『眠いんなら自室で寝たらどうですか?雪さん』
『わかっていないね。お風呂に入ってお風呂で寝ないなんてありえないよ?君は本当にお風呂が好きなのかい?』
好きですがわざわざ風呂で寝たいとは思いませんね。
と言うか、普通に死ぬ確率高いですし。
『それは違うね。死ぬ確率が高いのはお風呂で寝ることが悪いんじゃないよ。自分の体調も管理出来ない愚か者が悪いのさ』
そう言って彼女は目を閉じた。
どうやらこれから本格的に眠るのだろう。
ならば、静かにしていなくてはならない。
雪さんの長い黒髪を指で弄って遊びながらもう一度考えを纏めようとして気付いた。
ここは風呂場。
そして風呂場である以上雪さんは恐らく全裸であろう。
………どうやら、雪さんが起きるまで煩悩と戦うことになりそうだ。
そこまで考えて目を閉じる。
思考は、しない。
折角の雪さんと二人きりの時間だ。
大切にしなくては。
雪さんの温もりを感じながら眠りの波に身を任せる。
そういえば、粉雪ちゃんはどうしたんだろうか。
先に上がったのだろうか。
それなら雪さんも一緒に上がってほしかった。
ボクの記憶にあるのはここまで。
この後、七花さんに二人して見つかり大変な目にあうがそれはまた別のお話。




