歌虚粉雪
犯罪者に英雄なんているもんか。
はみ出し野郎と無法者にすぎないってことさ
〜ジャック・メスリーヌ〜
殺人鬼、東雲凜は困惑していた。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
お湯の暖かみを体全身で受けていると言うのに全く暖まっている気がしない。
なぜか身体は冷えていくばりだ。
状況が変わっていないかチラリと後ろを確認するが変わるわけがない。
自分に背中を預けて寝ている少女の姿があった。
いや、そんなまどろっこしいことはやめよう。
ボクの後ろで裸の雪さんが湯船で眠っていた。
…どうすればいいのこれ?
こうなるまでにはちょっとした理由がある。
まずはそれについて語らせて貰おう。
いや、語らせてください。
こうなったのは遡ること十時間前の事。
霊華さんのひょんな一言から始まった。
『この子を数日の間預かってください』
二人組の食人鬼との戦いの翌日。
事後処理のため警視庁特務一課に来ていた凜に霊華は突然言いはなった。
彼女の横にはもちろん少女がいた。
少女は歌虚粉雪と言うらしい。
昨日、パフェを奢らされたときに聞いたものだ。
ボクは粉雪ちゃんを殺そうとしてしまったことを謝ったのだが粉雪の対応は気楽なものだった。
パフェを食べながら笑顔でボクの頭を撫でてくれ『気にしないです。私は生きていますから』そう言ってくれた。
立派なものだと思った。
横でパフェ十人前を一人で平らげているどこかの吸血鬼に見習ってほしい。
名前が似ているか雪さんと粉雪ちゃんはすぐに打ち解けていた。
だからこそ粉雪ちゃんはボクと話をしてくれたのだが。
『はぁ…いや、でも粉雪ちゃんは親のもとに返す筈じゃあ…』
そうなのだ。
昨日、パフェを食べていたボクたちの前に霊華さんが突然メイド服で(ちなみにボクは爆笑した。)現れ粉雪ちゃんを連れていったのだ。
『粉雪ちゃんに親はいません』
『いない?』
それはおかしい。
親がいない人間などいるわけがない。
殺人鬼であるボクや雪さんにだっているのだ。
親がいない人間など人間ではない。
ボクが聞き返すと霊華は頷きながら目を細めた。
『はい。いや、いないと言うのは適してませんね。もう、亡くなられてます。それで、今孤児院にいるそうですがここの院長が…』
‥あぁ、そういうことか。
孤児院とは別の意味では世界から隔離された空間だ。
その中で園児に何をしようと問題はないだろう。
たとえ、暴力や強姦をしていようと誰も気付かない。
そして、霊華の口振りからして院長に問題があるのだろう。
つまり、院長は…『粉雪ちゃんを送り届けたときに泣きながら抱きついて来られて面倒くさくて…』
違った。
なにも、関係なかった。
と言うか、思いきり個人の理由かよ!!
しかも院長いい人そうだし!
『思いきり霊華さんの理由じゃないですか!』
『ちなみに…断ってもいいですけど貴方への貸しが増えますよ?私、貴方に昨日殺されかけましたし』
ボクが叫ぶと霊華はこめかみを押さえながらさらりと脅してきた。
いや、ガッツリと脅してきやがった。
『どうします?』
ニヤリと笑う霊華。
頭が痛くなった。
どうして、ボクがこんな目に…とは思わない。
粉雪ちゃんはいい子であるし、雪さんに預ければよいだろう。
自分の身の先行きに不安を覚えているのか粉雪ちゃんは少し不安そうだ。
そんな彼女の頭を撫でて『…わかりましたよ。数日間だけなら』そう言った。
霊華はわざとらしく笑いながら『では、お願いしますね。あとは私の部下に話を聞いてください』
そう言って立ち去ろうとして耳打ちしてきた。
『ちなみに、粉雪ちゃんの親方が亡くなられた理由は二年前の夏過ぎだそうですよ』
ピクッ。
無意識に指が動いた。
二年前の夏過ぎ。
それはボクが殺人鬼として1つの町を滅ぼした季節だ。
まさか…まさか…
胸に警鐘の音が鳴り響く。
『死因は惨殺。ここまで聞けばわかりますよね?あの子の親方を殺したのは…貴方ですよ。東雲凜』
目の前が真っ暗になった気がした。




