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チータープール  作者: 伊阪証


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第十一話

朝、手首の帯がきついまま、脈が板みたいに硬く感じた 。硬い脈の上で耳の中の線が一本になって、外の足音を引っ張ってくる 。引っ張られた足音は近い場所に置かれて、近いのに誰も寝床の前まで来ないまま増えていく 。増えていく音の中に、昨日と違う乾いた音が混ざった 。布が擦れる音じゃない 。紙の音でもない 。金属を短く合わせる音 。短く、一定で、止まらない 。止まらない音が呼吸を勝手に揃える 。揃った呼吸は浅い 。浅いまま口の中が乾いて、乾いた口の奥に鉄の味が薄く残る 。膝の横は軽い 。冷たい空白を手が探して、探した指が空を掴んで、掴んだ指がまた握る形になる 。ほどくのに力がいる形のまま外へ出ると、朝の白い光が皮膚に貼りついて、貼りついた熱が汗を出させ、汗がすぐ乾いて突っ張る 。突っ張った皮膚の上で肩が勝手に上がり、上がった肩のせいで首の筋が張り、張った首の筋が動くたびに耳の線が一瞬揺れて、揺れがすぐ一本に戻る 。一本に戻った先で、空の同じ場所が硬くなる 。硬い場所は、まだ何も見えないのに、硬さだけが先にそこにある 。


縄の外側の杭がまた増えていた 。増えた杭のせいで縄の線がさらにまっすぐで、まっすぐな線は冷たい感じがする 。冷たい感じがするだけで体は跨がない 。跨がない歩幅に縮みが入って、縮んだ歩幅が線の間だけを探す 。探した線の間を通るとき、砂が沈む音がやけに大きい 。大砲の布は揺れない 。等間隔の石が白く浮いて、白いものが目立つ 。目立つものほど見てはいけない気がするのに、目だけが戻ってしまう 。戻った目の先で、板が二枚並んでいた 。昨日の板より少し低く、板の上の印が少ない 。印が少ないと、目が迷いにくい 。迷いにくいのに、耳の線は一本にならない 。一本にならず、細いまま二本に割れたり、また一本になったりする 。落ち着かない線のせいで、胸の奥が落ち着かない 。落ち着かないのに、足はいつもと同じ線を踏まない 。踏まない癖だけが先に動く 。


靴音が一直線に来て止まった 。砂が沈む音 。声が短く落ちる 。


「いいか、今日は絶対に外すな。さっさと来い」


腕を掴まれる 。掴む力は強くない 。強くないのに向きは決まっている 。決まった向きへ足が動き、縄の間を通るとき肩が勝手にすぼまって呼吸がさらに浅くなる 。縄の内側に入ると砂の匂いの下に布と油が混じり、油の匂いが指先の記憶を引っ張り出して、握ったままの手が勝手にさらに固くなる 。固くなった手の前で、横の兵士が短く言った 。


「余計なことを考えるな。板をしっかり押さえろ」


板を押さえる 。板は熱い 。熱い板が指の腹を焼く 。焼けた指が痛い 。痛いのに離せない 。離すと言われていないからだ 。次に、短い声 。


「耳を澄ませ。空を見るんだ」


見る先は言われない 。言われないまま耳の線が空へ伸びる 。伸びる線が一本になりかけて、一本になりきらない 。一本になりきらないまま、空の一点が硬くなって、硬い一点が二つに割れる 。割れた二つの硬さが、少し離れて並ぶ 。並んだ硬さの間で目が止まる 。止まった目の奥がじりじりする 。じりじりするのに瞬きができない 。できない代わりに涙が出る 。涙が出ても目は外れない 。


音が来た 。遠い 。遠いのに太い 。太い音が重なって厚くなる 。厚くなると耳の線が二本になる 。二本の線が交差する 。交差が一つじゃなく、交差が増える 。増えた交差の中で、体が勝手に一つだけ選ぼうとする 。選ぼうとした場所がずれる 。ずれた場所がまたずれる 。ずれた場所の少し前に目が行く 。目が行く先が「そこだ」と決まらない 。決まらないのに、背中から短い声が落ちる 。


「いいか、動くな。そこを離れることは許されない」


動かない 。動かないまま、口の中が鉄になる 。鉄の味が濃くなる 。濃くなるのに、いつもの軽さが来ない 。軽さが来ないまま、砲のほうで布の端が上がる 。上がった布の下から砲身の影が一瞬見える 。見えた影は太い 。太い影が空の薄い影に重なりそうで、重ならない 。重ならない距離があるのに、今日は「ここだ」が揺れている 。揺れているまま、砲声が来た 。


胸でぶつかる 。腹が叩かれる 。舌の根が跳ねる 。白が目の前に広がる 。広がった白の中で、薄い影が欠けない 。欠けない影が、そのまま高い方へ滑る 。滑る影が少しだけ揺れて、揺れが戻る 。戻った揺れが、逃げる揺れになる 。逃げる影の角度が、昨日までの落ちる角度と違う 。違う角度を見た瞬間、胸の奥が冷たくなる 。冷たくなるのに、体はまだ次を待つ 。待つ癖が勝手に出る 。遊びの癖 。外れたら、次 。外れたら、もう一回 。そういう癖 。


次は来なかった 。


来ない空白が胸に落ちる 。落ちた空白が重い 。重い空白のせいで、息が一度だけ深く入る 。深く入った息が喉を擦る 。擦れた喉が痛い 。痛いのに、背中の空気が変わる 。短い声が増える 。増える声が、今までより少しだけ尖る 。


「違う、今の角度じゃない」 「待て、やり直せ」 「打ち方止め。中止だ」


止めろ、が落ちた瞬間、板を押さえる指が勝手に硬くなる 。硬くなる指が痛い 。痛いのに離せない 。離す合図がない 。


空の薄い影がまだ動いている 。まだ動いている影の後ろで、別の音がした 。砲声じゃない 。砲声みたいに胸を叩かない音 。遠くで硬いものが割れる音 。割れたあとに遅れて、地面が一回だけ鈍く鳴る 。鈍い鳴り方は、胸じゃなく腹に残る 。腹に残る鳴り方を聞いた瞬間、靴音が一斉に動いた 。揃っていた靴音が揃わなくなる 。揃わない靴音が走る 。走る音が砂を削って、削れた砂が乾いた音を立てる 。


「伏せろ。頭を上げるな」


短い声 。伏せる 。伏せると板の熱が指から離れて、離れた指がじんじんする 。じんじんする指を握って隠す 。隠した指の痛みが確かで、確かなものだけが今ここにいることを教える 。伏せた目の端で、大砲の布が急いで掛け直されるのが見えた 。掛け直す手が速い 。速い手が石を等間隔じゃなく置く 。等間隔じゃない石の置き方は初めてで、初めての形が胸の奥をざらつかせる 。ざらついた胸の奥で、耳の線が一本にならない 。一本にならない線が、空じゃなく地面の向こうを指す 。指す先は見えない 。見えないのに指す 。


昼、縄の内側は静かにならなかった 。紙の音が増える 。紙の音が一箇所で重なって、重なった音の間に、短い声が落ちる 。


「損傷を確認しろ」 「残骸を回収だ」 「ぐずぐずするな、急げ」


急げ、が何度も落ちる 。何度も落ちる急げの間に、布が担がれて運ばれる 。布の下に硬い形 。形は長い 。長い形の端が揺れないように手が多い 。多い手が揃って動く 。揃って動く手の間から、砂より濃い色が一瞬見えそうになった瞬間、体が勝手に目を逸らした 。逸らした目が手首の帯を見る 。帯の札の黒い線が揺れる 。揺れる線は読めない 。読めない線が、ただの模様みたいに見えてしまうのが変で、変だと気づいた瞬間に口の中がまた鉄になる 。


夕方、空の音が薄くなる 。薄くなったのに耳の線は細くならない 。細くならない線が、昼に鳴った地面の鈍い音の場所を指し続ける 。指し続ける先は見えない 。見えないのに指す 。指す線のせいで、今日の「外れた」と「壊れた」が同じ箱に入る 。箱に入ったまま、どっちがどっちか分からない 。分からないのに、胸の奥だけが重い 。重い胸の奥で、遊びの次を待つ癖がまだ残っている 。残っている癖と、背中の尖った声の形が合わない 。合わない形が並んだまま、命令が短く落ちる 。


「明日の朝、同じ場所にいろ。遅れるな」


明日、の言葉が落ちた瞬間、耳の線が空へ伸びる 。伸びる線が一本になりかけて、また割れる 。割れたまま、硬い一点が決まらない 。


夜、寝床に戻ると手首の帯がきつい 。きつい帯が脈を押して、押された場所が熱い 。熱いのに膝の横の空白は冷たい 。冷たい空白を手が探して、探した指が空を掴み、掴んだ指がまた握る形になる 。ほどくのに力がいる形のまま、耳の線が一本になろうとして、なれない 。なれない線が、今日の欠けなかった影の角度を繰り返す 。繰り返す角度の横に、昼の鈍い鳴り方が残る 。残った鈍い鳴り方のせいで、口角が上がらない 。上がらないのに、鉄の味だけが消えない 。消えない鉄の味が舌の裏に貼りついて、唾を飲むと喉が痛い 。痛いのに目は閉じる 。閉じた目の裏に、欠けずに逃げた影と、鳴って壊れた地面の鈍い音と、等間隔じゃなく置かれた石の形が、同じ白の中に残っていた 。

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