Thursday 最強戦士はどこにいる
前後左右から番兵に挟まれて雲の階段を登ってゆく。
ようやく苦悶から解放され、彼らを振り切って逃亡することは簡単であった。
けれども、すぐに捕まることも明白である。ここは指示に従うしかない。
目指すは山の頂上。
オリュンポスの宮殿である。
噂には聞いていたが、初めて訪れる場所である。
この世を支配する神々が過ごし、絶えることなく饗宴を繰り返していると言われている。
建物は壮大で豪華絢爛。
長い道のりを経て、いよいよその姿を目にすることになる。
雲が途切れ、高山を登り切って宮殿の敷地に足を踏み入れると、そこはまばゆいばかりの景観があった。
周辺は色彩豊かな花の絨毯で覆われ、雲一つない空は青々と澄み切っている。
心地よい風が吹き、暑さも寒さも感じない楽園であった。
目に入るもの全てに圧倒され、そのまま進んで行くと、幾本もの太い白色の柱が直立し、壁面には様々な黄金色の彫刻が施された巨大な建物が正面にあった。
開口部から中に入り真っすぐに進む。
内部は広大で吹き抜けの構造になっており、光沢をもった床面がどこまでも続いている。
華麗な装飾品や彫像があちこちに置かれていて、壮観な眺めにもはや表現すべき言葉もみつからない。
どれほど歩いたのだろうか、奥まった場所のひな壇に据えられた見た目に豪勢な椅子に、二人の男女が腰掛けていた。
いや、その鮮やかな衣装から、この宮殿の主であろうと察しがついた。
かなり離れた位置で止められ、番兵たちは一斉に入り口に戻っていく。
この時になって、自分のような者が、なぜここに呼ばれたのかという疑問が蘇った。
両腕の筋肉が盛り上がった半裸の姿で直立し、真っすぐに正面を見据えていると、男の方から声が掛かった。
「アトラスよ、ご苦労であった。私はゼウス。ここに呼んだのは私たちだ。隣はわが妻、ヘーラ」
アトラスと呼ばれた男は緊張した。
ゼウスは全知全能の神で天地を支配しており、ヘーラは最高位の女神なのだ。
まさか、神々の王夫妻が現われるとは思わなかった。
「彼の地に務めてどれくらいになるかの?」
アトラスはゼウスたちとの戦いに敗れ、世界の西の果てで天空を背負う役目を負わされている。
「へい、5千年以上になりますかいの。もう覚えておりませんで」
「いちど、ヘラクレスにかつがせたというではないか。危うく騙されそうになったと。私の耳に入ってるぞ」
「め、滅相もないことで」
「このたびは、鍛冶の神ヘーパイストスに天球を支える道具を造らせ代わりとした。その間に来てもらったのだ」
アトラスはこのまま苦痛から逃れることに期待した。
だが、そう甘くなかった。
「これから、お前にある役目を申しつける。成し遂げたあかつきには、お役御免にしてもいいぞ」
「それはありがたいことで。で、どのようなことをすればいいんで」
「アトラス。今よりすぐ人間界に行ってもらう。そして、最強の戦士を3組探し出し、連れてくること。それがお前の使命だ」
「人間界の最強の戦士。それはどうして?」
「とにかく急ぎ集めるのだ。理由はその時説明する」
その時、横にいるヘーラ神が口を挟んだ。
「あなた。話してあげたらどう。彼は元ティターン親族とはいっても、もうこの世界から離れられないのだから」
「それもそうだな。では話そう。この世界には我々以前にも別の神々がいたのは知っておろう。我が父、クロノスをはじめとする世代の神々、さらにはそれ以前にも神々が存在した。お前が属していたティターンもそのひとつだ。我々は先代との戦いに勝ってこの世界を征服した」
アトラスはもちろんそのことは知っている。
彼は敗者として罰をうけていた。
「ところが我々の前に新たな敵が現われた。今までとは違う神々で大胆にも宣戦を通告してきた。ただ、神々どうしが直接戦えば、今まで培ってきたこの世界秩序が混沌形態に戻ってしまう恐れがあり、敵もそれは望まない」
「それが人間界とどう結びつくんで」
「ふむ、敵はそれぞれの造形物が戦い、その勝敗で決着をつけようとぬかしおった」
「なるほど、それで人間界の最強戦士を探しだすと、いうことですな」
「その通りだ、それをおまえにやってもらおうと呼んだのだ」
アトラスは腑に落ちなかった。
他にも相応しい者がいるのではないかと思った。
「他に誰もいない西の果てにいたことが理由だ」
その答えに首を傾げる。
さっぱり理解できない。
「教えてあげたら。疑うのも無理はないわ」
ヘーラが助け舟を出した。
「そうだな。では説明しよう。敵はこの神界に病原菌をばらまいた。それに感染すると、我々神々はそれぞれが保持している能力が低下してしまう。感染力は強く、このオリュンポスはもちろん、仲間の神々のほとんどが保菌してしまった」
「殿方が派手な宴会を繰り返しているから余計広まったんだわ。おかげで私もあなたにうつされたのよ」
アトラスにとって、神々が病にかかることが不思議だった。
「これは敵の作戦なのだ。まともに戦えば我々の勝利は間違いないだろう。だが、彼らは特殊な能力で、神々も病に冒される病原菌を創造し、戦いに利用したのだ。今の状況では、敵の提案に同意するしかない。そのために、遠方にいて唯一感染していないお前を呼んだのだ。ここでの予防徹底のため、我々とお前との距離は開けているし、番兵たちにも防護服を着用させている」
確かにここに来るまで、番兵たちとの会話は必要最小限だった。
今度はヘーラが話し始めた。
「この疫病で私たち神々が死ぬことはないわ。けれど、保菌者が人間界で彼らと接触することは、大変危険なことなの。まだ確認はとれていないけれど、最悪の場合は伝染病として大流行の恐れがあるの。人間界の名称でペストや天然痘、インフルエンザなどは私たちが誤ってもたらしたものよ。だから、感染していない者が行く必要があるの」
ゼウスが話を引き取る。
「もちろん、医療の神アポロンに治癒薬、ワクチンを大特急で造らせている。いずれはこの疫病も収まるだろうが、今は敵との戦いの準備に専念するしかないのだ。そういう意味でアトラス、お前の任務は重要なのだ。だから、ぜひやってほしい、いや、必ずやり遂げるのだ」
アトラスは固唾を飲んだ。
「それで、いつまでに連れて来ればいいんで」
「もう、あまり時間が残されていない。出来る限り早急にだ。どうだ出来るか?」
もはや断ることは不可能だった。
「ええ、私にお任せを」
と、アトラスは返答した。
****
アトラスはオリュンポス山を下り、人間界を目指した。
指図には従ったものの、あまり自信はなかった。
なにしろ、今までの活動範囲は全て神界で、その大半は最果ての地で服役していただけに、人間界のことなど知る由もなかった。
けれどもなんとしてもやり遂げねばならず、とりあえず、彼を連行してきた番兵たちの記憶に頼った。
曖昧な知識ばかりだったが、ひとつだけ耳寄りな情報があった。
ある時代のある地域に英雄、豪傑が集まっているという。
さっそくそこに行ってみることにした。
****
「総員、構へ!」
横並びの兵士たちが前方の敵集団相手に身構える。
銘々が頭に布を巻き、戦装束で刀剣を手にして、号令を待つ。
そして、前列中央の馬上のがっしりした体格の荒武者が黒髭に覆われた口からうなり声を上げた。
「かかれ!」
全ての兵士が声高に叫びながら、駆け足で前進。
敵兵との距離が徐々に詰まっていく。
目前まで迫り、相手と刃を交わす前に再び荒武者の大声が周囲に響きわたった。
「我こそは燕人張飛なり!誰ぞ勝負する者はおらぬか⁉」
その恐ろしげな形相を見て、敵兵は驚き慌て思わず後ずさりしてしまった。
そうなれば、前進してきた兵士は一斉に打ちかかり、勢いを得て敵兵を次々倒していく。
しばらく戦闘が続いたが、もはや勝敗は明らかだった。
張飛の大喝が功を奏し、敵勢は崩れてしまい退散していった。
この様子を目撃して軍団は勝利の勝鬨を上げる。
時代は魏呉蜀それぞれの三国家が覇を手にしようと戦を繰り返す中国史の一場面である。
後方で待機していた冠をかぶった兵士が、もう一人の顔を黒覆面で覆った大柄な男に声を掛けた。
「やはり張飛の猛将としての声望は絶大だな。大将劉備の同志として関羽とともに最強の戦士といって間違いない。曹操の軍が這う這うの体で逃げていってしまったぞ」
「それほど腕がたつのか?」
覆面男が尋ねると冠兵士が答えた。
「ああ、まともに戦えば彼に敵う者は恐らくいないだろう」
全軍が意気揚々と戻って来る中で、まだ遠くにいる張飛の様子が奇妙に思えた。
これを見た冠兵士は、
「飛龍よ、戻って来い!」
と大声を出した。
訝しく思った覆面男は問うた。
「飛龍とは?」
「ああ、張飛が乗っている馬だ。龍のごとく速脚の名馬だ。だが、どうやらやられたらしい」
覆面男は腑に落ちない様子で見守った。
馬が戻ってくると、張飛は馬上でもたれ掛かっており、胸に弓矢が刺さっていることがわかった。
退却しながらも敵兵が張飛を狙って矢を投じたようだ。
どうやら絶命しているようで、冠兵士は馬から下ろすように指示した。
「運が悪かったようだ。これで敵への威嚇も通じなくなったな」
覆面男はがっかりしてしまった。
最強戦士も亡くなってしまっては意味がない。
そう彼は人間の姿を変えたアトラス神であった。
「そうでもない。代わりは用意してあるんだ。次の張飛!出番だ!」
冠兵士が大声で呼ぶと、後方で待機していた集団の間から大柄な髭面の武者が現われた。
「飛龍に乗るんだ。そして口上を言ってみよ」
武者は馬に飛び乗り、大声を上げて叫んだ。
「俺は燕人の張飛だ!誰か勝負する奴はかかってこい⁉」
冠兵士は頷きながら言った。
「まあ、いいだろう。その調子でやってほしい」
アトラスはあっけにとられてしまった。
「替え玉を使っているのか?」
「その通り。張飛の威嚇は絶大な効果がある。怯んだすきに敵を叩く。これも作戦のうちというわけだ」
「本物はどこにいるんだ」
「ああ、これは内聞にしてほしいんだが、張飛は味方の裏切りで寝込みを襲われ首を斬られてしまった。もちろんそいつらを始末し、外部に漏れないようにした」
冠兵士は笑みを浮かべながら続けた。
「私は孔明といってこの軍団を率いているんだが、どうだね。君も張飛になってみんかね。申し分のないほど立派な体格で充分通用するよ」
地面に横たわっている替え玉を指差して言った。
「彼はよほど運が悪かったようだ。だが、用心していれば周りが守ってくれるから大丈夫だ。待遇については保証するよ」
なるほどそういうことか。
彼に気やすく声を掛けてきた理由がわかった。
アトラスが張飛に成り代われば、敵軍を怯ませるどころか、一瞬にして殲滅することも可能だ。
けれども申し出に応じるつもりはさらさらなかった。
目的が達せないと知った以上、ここにいる意味がない。
次を探しに行こうと思った矢先に、あることが頭に浮かんだ。
そして孔明に尋ねた。
すると、彼の答えは、期待通りのものだった。
****
場所は阪神甲子園球場。
この一戦に勝てば阪神タイガースの優勝が決まる。
「3番 ファースト バース」
ホームランバッター登場に球場全体が湧く。
彼の一振りで歓声が轟き渡る。
「4番 サード 掛布」
まぎれもなくミスタータイガース。
強力打線の中核を担う。
さらに阪神ファンは盛り上がる。
「5番 セカンド 岡田」
最強のクリーンアップが爆発。
得点を積み重ねて相手チームを圧倒する。
それ以外にも 真弓、佐野、平田等々、多彩な顔触れで優勝を目指す。
打線に火がつけば相手投手が誰であろうと、もはや止まることなく打ちまくる。
もちろん応援も熱狂的で、味方の攻撃の際にはスタンド中、大喚声が途切れることなく続く。
「かっ飛ばせ!」「頑張ってー」「ファイト!ファイトやぞ!」
等々、掛け声が入り乱れる。
時には乱暴すぎる内容や、茶化した台詞も当球団ファンにはつきもの。
もちろん太鼓や楽器類も鳴らされ、そして応援歌も。
時折、有名な『六甲おろし』の大合唱が球場全体にこだまする。
それらの阪神ファンの応援をリードするのが、アルプス席に陣取る私設団員である。
彼らは中心に位置する団長の指揮に従って、揃った動作、掛け声で球場のファンを誘導していく。
特に応援団長は今までほとんどの試合に入場し、統率してきた豊富な経験から、最高に盛り上げる手法を知り尽くしていたのである。
頭には野球帽を逆さにかぶり、その周囲に白いハチマキ。
黄色のジャージを着て、縦じまのニッカポッカをはいて、手にはメガホンとラッパを持ち、体を動かし声を張り上げ、時には効果音を吹き鳴らす。
彼独特のド派手なパフォーマンスで応援を盛り上げていく。
そして、満場の応援の甲斐あって、グラウンドでは相手チームの最後のバッターを打ち取り、優勝決定。
甲子園球場全体が興奮のるつぼに包まれる。
ダッグアウトから選手が飛び出し、ピッチャーグラウンドに集まり監督を胴上げ。
二回三回とすべての者が喜びに沸いている。
更には主力選手も次々と、胴上げが繰り返されている。
一方では客席スタンドでも同様の光景がみられた。
「やったぞ、やったぞ」「万歳、万歳!」「優勝、おめでとう」
阪神ファン、すべてが歓喜に包まれている。
久しぶりの優勝。
それも他の球団を圧倒する強さで頂点に立ったのだ。
当然、アルプススタンドでも応援団員たちが興奮状態。
「タイガース万歳!」「Ⅴ戦士ありがとう」「選手全員がヒーローだ」
「バース、バース」「掛布、掛布」
皆がお目当ての選手名を大声で口にする。
「タイガースを最強にしたヒーローは誰だ!」
「監督、コーチ、選手等が一丸となってトロフィーを勝ち取ったんだ」
ところが、一人がある人物を口にした。
「団長だ。団長こそが真のヒーローだ。全ての試合に参加してるんだ。最高、最強の貢献者だ」
「そうだ、そうだ」「間違いない。団長あってのタイガースだ」
皆が口々に団長を称賛する。
「よし、真の最強戦士を胴上げだ」
そして、団長の周囲に大勢の人が集まり、ここでも掛け声とともに胴上げが始まった。
この様子を顔に黒布を巻いた男が近くで見ていたのを、誰も不信に思わなかった。
試合終了後も多くの観客は球場から出ず、祝祭ムードをかみしめていた。
やがて、少しずつ帰路に向かうため席から離れていく。
応援団員やその取り巻き連も電車の駅に向かう。
そして、ようやく乗り込んだどの車両も満員で、ワイワイガヤガヤ騒がしく、おまけに誰彼となく『六甲おろし』を歌い始め、老若男女コーラスが繰り返される。
もちろん団員たちと有志は申し合わせて、途中の駅で下車。
祝杯を挙げるため、阪神ファン贔屓の店に入った。
事前に予約が取ってあったようで、入店希望者全員がなんとか席につくことが出来た。
そして、ビールがいきわたり、団長の音頭で皆が乾杯して優勝を祝った。
そのあとはタイガースの選手たちや試合の話題中心にワイワイガヤガヤ一段と盛り上がっていく。
店の正面上部に設置されているテレビに、阪神優勝のシーンが放映されており、多くの目がそれに注がれている。
団長の席はいつものようにカウンターの一番隅ときまっていて、応援時とは違い、普段は寡黙な印象があった。
ただ、この日は次々と仲間がビールを注ぎながら、話しかけてきた。
もちろん笑顔で応え、お互い喜びを分かち合った。
宴もたけなわとなったころに、玄関扉が開き黒布を巻いた顔が店内を覗いた。
そして、その目は団長に注がれる。
同時にその隣に座っていた相方が急に『トイレ』と言いながら席を立っていく。
大柄な黒布の男は店内に入り、当然のようにその空いた席に向かった。
そして、団長の隣に腰を下ろし、顔を傾ける。
団長はそれに気が付き、
「その席は・・」
と言いかけたが、黒布から覗く目をみてゾッとした。
暗く赤味を帯びた瞳は有無を言わせぬ威圧感があった。
その男が声を掛けてきたのだが、周りが騒がしくて聞こえない。
「すまんが、よく聞こえないんだ」
団長がそう言うと。
男は意味が分かった様子で、周囲を見回し、右腕を上げ軽く手首を回した。
その瞬間、驚くべきことが起こった。
店内の話し声とテレビからの音声が突然聞こえなくなった。
周りは静寂に包まれ、見回すと人々は居眠りをしていた。
テーブルやカウンターに突っ伏している者、椅子にもたれ掛かっている者、床に横たえている者等、いずれも目を瞑り無言の状態に変貌している。
「これで聞こえるか?」
団長は驚きのあまり頷く以外なかった。
そして、黒布の男は続けて言った。
「俺はアトラスという者だ。これから俺と一緒に来てほしい」
と。
****
アトラスは次の戦士を探すため、神界を離れ人間界に向かっていた。
その途中でかなりの速さで飛ぶ物体が目に入った。
よく見ると、金物で出来ているようで、後部から火を噴いている。
また、彼が目指す方向に飛んでいるため、それに掴まり身を任せた。
「これは余分な力を使わず楽だわい」
しばらく飛んでいると、雲を抜け大地が見えてきた。
そして急降下しだし、徐々に地上の様子が明らかになってくる。
「ここらでいいだろう」
と言って、その物体から離れ、地面に向かって舞い降りた。
そこは穀物が栽培されている広々とした農場のようだった。
同じような植物が規則正しく茂っている。
「このようなところに戦士がいるのかな?」
アトラスは飛び去って行く飛行物体を目にしながら首をひねった。
更に周囲をみまわしたが、近くで動く者は鳥や小動物に虫ぐらいしか居そうもなかった。
とりあえず人間体に姿を変え、辺りを探索することにした。
今年7歳になるピートは兄や遊び仲間と一緒に、街中を親から買ってもらったスマホの画面を見ながら、歩き回っていた。
彼らの目的は、様々な場所に潜んでいるポケモンを見つけ出し、捕まえることである。
即ち、現実世界と連動したフィールドマップで遊ぶことのできる『ポケモン GO』ゲームに夢中になっている。
「ここだ。ここにリザードンがいるぞ!」
先頭の男の子が叫んだ。
後ろの男の子も画面を見ながらあとに続く。
そこはほとんど人の住んでない4回建ての古いアパート。
レンガ造りで、変色、汚れが目立つ外観ではあるが、子供たちには結構な遊び場になっている。
「この奥だ。捕まえるぞ」
1階に広い空き部屋があり、子供たちが中に入っていく。
一番最後にピートが続く。
そして各自狙いのポケモンに近づきスマホを操作。
「よし、捕まえたぞ!」
一人が興奮して声を張り上げると。
「僕もだ。ヤッター、ヤッター」
別の子も呼応。
次々と起こる歓声。
「最強ポケモンをゲット」
「一番強い戦士だ!」
そして、ピートもなんとか確保し、声を上げようとした。
その時、風切り音が聞こえだし、徐々に大きくなっていく。
そして耳を切り裂くような轟音に変わった瞬間、風圧で子供たちは横倒しになり、建物の天井や壁が崩れ、下敷きになった。
アトラスは農場を横切り、小川に沿って舗装された道路を進む。
途中で遠くから振動音が伝わってきたが、乗って来た物体が飛び去った方向だと気が付いた。
どうやらどこかに落下したようだ。
道は前方に見える森に向かって続いている。
左右に家屋が点在しているが、人の姿は見かけない。
ただ、しばらくして複数の人間の声が耳に入ってきた。
まだ先のようだが、なにやらそれぞれが叫んでいるようで、大きな音のした方向のようだ。
森を抜けると、建物が立ち並ぶ街が見えてきた。
横道から4輪車が現われ、彼を追い越していく。
そしてかなりの速度で街に向かっていくようだ。
車中にいる人間の話し声を聞き取ると、興奮状態にあった。
何かが起こっているようだ。
視界に人間の姿が入るようになった。
何人かはアトラスのことなど見向きもせず、走りすぎていく。
相当慌てているようだ。
そして、街中に足を踏み入れると、ある建物の前に人だかりができていた。
けれども、建物とはいっても無残に崩れてしまっている。
火が出ていたところがあったようで、消し止めるために使用したホースやバケツがあちこちに散乱している。
また、この街の消防隊員や警察署員等がかり出されてようだ。
「どうやら消火は終わったようだ」
「中に何人閉じ込められているんだ?」
「どうやら5人らしい。一緒に遊んでいて、外にいたので無事だった子が言っているんだ。この建物に入っていったらしい」
建物の1階は上階から崩れ落ちた瓦礫で塞がっていた。
恐らく子供たちは大きな石片や構造物の下に挟まっているのであろう。
助けるにはそれらを取り除かねばならない。
「だめだ。覆っているものは重すぎて人力で動かすのは容易ではない」
「ショベルカーがいるが、隣町までいかないと調達できないぞ」
「ちきしょう。ロシアめ。こんな田舎街にまでミサイルを撃ち込むなんて」
「まさか。ここは戦闘対象地域でもなく兵站拠点でもないから大丈夫だと地区長が言ってたじゃないか」
「もしかしたら、何らかの理由で誤ってここに落ちたのかもしれないな」
また、子供たちの家族も急を知らされ周りに集まり不安そうに見守っている。
「うちの子が二人も下敷きになっているのよ。お願いだから助けておくれ!」
「俺んとこの子もだ。なんでもするからよう。頼むよ!」
銘々、藁をもすがる思いで救出を懇願している。けれども、側にいる誰もが、すぐに助け出すことは難しいと思っている。
アトラスはこの様子を見て、悪いことをしたかもしれないと思った。
彼は番兵から強い戦士を探すのであれば、実際に戦闘しているところに行けばいいとのアドバイスがあり、この時代のこの場所に来たのだが、以前に見た剣や弓矢での戦いとことなり、ミサイルという飛び道具で建物全体が破壊するようだ。
人に直撃すればひとたまりもないだろう。
いくら強じんな肉体を持った戦士でも対抗するのは無理に思えた。
それよりも、楽するためにミサイルに乗ったことで、進路が変わってこの地に落ちたのなら、責任は自分にあると思った。
「なんとかしておくれよ。このままでは二人とも死んでしまうよ」
母親の悲痛な声がアトラスの耳に突き刺さる。
『やむをえんな。なんとかするしかないか』
神の一員として人間界で能力を行使することは禁じられている。
だが、自分が蒔いた災いである。
少しぐらい使っても、ここは田舎町らしいから公にはならないだろう。
そして、救助隊員たちの前に出て言った。
「ちょっと、下がってくれないか。俺がなんとかするから」
地元民でもない部外者の口出しに、隊員は注意しようと思ったが、アトラスが手前にある大きな石片に手を当て、軽々と持ち上げるのを見て、度肝を抜かれた。
街の住人が驚いている様子を気にも止めず、次々と塞いでいる瓦礫を取り除いていく。
そして、一人目の子供が開いた隙間から引っ張り出された。
意識を失っているが大丈夫なようだ。
アトラスの手のひらを子供の額にくっつける。
すると、その子は目を開け、笑みを浮かべた。
アトラスは生きてさえいれば蘇らせることが出来るのである。
子供を背後にいる隊員に預けると、更に奥の瓦礫の除去にとりかかった。
「ピート。無事だったんだね。ありがとう。ありがとう」
母親の感謝の言葉を耳にした。
「まだ4人いるんだ。お前さん、頼むよ!」
隊員たちも不審な気持ちを振り払い、正体不明の人物に任せる以外なかった。
アトラスは背後の人々の様々な声を聞きながら救出作業を続けた。
その中でも、
「僕もリザードンを捕まえたんだ。最強の戦士なんだ。リザードンは!」
と無邪気に話す子供の声が耳に残った。
****
「ばか者!彼らのどこが戦士なんだ。どういう基準で選んだんだ!」
アトラスは再びオリュンポスの宮殿に入り、ゼウス神とヘーラ女神夫妻の前にあった。
彼は指示のあった三体の戦士を確保し、報告にきたのだが、いきなり激しい叱声を浴びることになった。
「指示したのは、相手が出して来る戦士と対等に戦える強者を探せと言ったんだ。生きるか死ぬかぬ戦いで勝利するための戦士だ。それなのに、集めたメンバーはそれとかけ離れた役立たずばかりだ」
選ばれた三者は一室で待機しており、彼ら神々にはその姿を透視できるのである。
「そのうち、人間は一人だ。それも、スポーツの試合を見に行って見つけ出しただと」
ヘーラが口を挟んだ。
「野球という球技よ。ある時代の特定の国で熱狂的なファンが応援したらしいわ」
「それだ、それも試合に出ている選手でもなく、単に応援しているだけの人間を連れてくるなんて」
「で、でも周りの人間が最強の戦士だと言ったんで・・」
アトラスが言い訳したが、すぐにゼウスが一喝した。
「ばか者!それはお世辞で言ってるだけのことだ。応援はできても、戦いのことなどこれっぽっちも知らないはずだ」
アトラスはひたすら項垂れている。
「それでも彼は人間だ。もう一体は馬じゃないか。走るだけしか知らない馬にどうやって戦いをさせるんだ」
「あの馬は飛龍といって滅法足が速く、数多くの戦闘に出陣して、常に味方を勝利に導いたと・・」
「だからなんだ。あの馬が敵を打ち負かしたわけではあるまい。猛獣ならまだしも噛みつくことすらできないじゃあないか。それに宙に浮かんでいるものはいったいなんなんだ」
アトラスは消え入りそうな声で説明する。
「あ、あれは、リザードンといって、助けた人間が最強の戦士だと言って・・」
「ある時期に流行したゲームのキャラクターだそうよ。人間が遊ぶゲームソフト上のバトルシーンでは強いらしいけど」
「ではなんだ、電脳の世界には存在するが、肉体はないと」
「まあ、そういうことね」
ヘーラが説明すると、ゼウスは溜息を吐いた。
「まったく、空いた口がふさがらんわい。だめだだめだ、もういち度やり直し!」
「でもゼウス。もうすぐ対戦が始まるわ。今からじゃあ間に合わないわ」
ヘーラがそう言うと、ゼウスは頭を抱えて考え込んでしまった。




