第100話 遠野 涼子 33 夕餉の後に
夕食は、少年の母親が運んできた。
宿での話だ、毎日のことではない、遠野は一週間滞在した、少年の母親にも休みの日付はあったろう、そのときには違う人物が夕食を運んできた。
だが、今日、夕食は少年の母親が運んできた。
少年はまた、遅い時刻に母を迎えにやってくるだろうか。
遠野は、女性に今日の出来事を話すかどうか瞬時迷って、結局話さないことにした。
話したければ少年が話すだろう、遠野は楽しかった、だがそれは青年と少女、そして少年と分かち合ったことで、少年の母親に遠野から告げる必要のあることではないように思われた。
「月が綺麗ですね。」
言われて軽くうなずく。
「ええ、今日はちょっとお月見に行こうと思って。」
これから外出するのだとほのめかすと、お気をつけて、とそう言われた。
遠野は今度は黙ってうなずく。
ゆっくりと食べ終わると、出かけるべき時刻になっていた。
部屋の明かりを落とす。
月の明かりに、窓の外が浮かび上がる。
緑が深い庭の、この一週間なじんだ風景だ。
緑は夜に、ところどころ黒に見える。
月の光が透き通るように、緑の葉に差し込むのが、とても美しい。
遠野は静かに戸を閉めると、宿の翁に一言かけて、道へ足を踏み出した。
慣れた革靴が、夜に思いのほか大きな音を立てた。
待ち合わせ場所へ向かう。
寺の前に、少女はすでに待っていた。
遠野はわずかに目を瞠る。
いずれにせよ、夜の暗さでは彼女の表情の変化はほとんどわからなかったろう。
「こんばんは、さやさん。」
こういった場合には何か言うべきだったのだろうか。
少女は見慣れた三つ編みではなく、ゆるく波打つ髪をおろしている。
そうしている彼女はとてもかわいらしくて、遠野が昔子供時代に持っていた異国の絵本のお姫様のようだった。
とても似合っている。
だがそう思っても遠野は遠野で、ごく普通に挨拶をし、彼女の側に立った。