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エピローグ

書き直しました。2019


『晃は魔王の中に封印され、あかると共に眠りについているだろう。でももし、誰かが封印を解き、魔王を浄化できたのなら、魔竜もきっと復讐心から解き放たれ、魔王と共に消滅するに違いない。そして、僕はまた晃と共に生きられる。例えそれが天国と地獄に分かれていようとも……。その日まで、僕は向こうで君を待つ』


 巻末の最後には、こう記されていた。三条若葉はその一文を黙読しながら、今は亡きレテラ・ロ・ルシュアールに想いを馳せる。


「よう! ここにいたのか!」


 陽気な声がして振向くと、臙脂に輝く髪を風になびかせながら、褐色の肌の青年が手を振って近寄ってきた。焔陽空だった。


 のんびりと若葉の側まで来ると、景色を眺める。


「お前、ここ本当に好きな」


 まあね。若葉は答えながら陽空が眺めている景色を見つめた。

 日輪国の学校テコヤはいくつもの建物が隣接して建っている。大体が一階建てで、渡り廊下を使って移動出来るようになっている。だが、中心にある建物だけは三階建てだった。全ての階が図書室になっている。


 若葉はここの二階にあるバルコニーが好きだった。

 周囲の建物の屋根が眼下に広がり、瓦屋根が陽に光るとキラキラして海にいるような気分になる。


 バルコニーはかなり広く、二階にある全ての窓から出入りが出来た。ガラス張りの窓の内側には障子があり、必ずいつも障子は閉められている。書物を守るため、バルコニーに出るさいや室内に戻ったさいに必ず閉める決まりになっていた。


 だから、内側の人は見えない。外に出る者も稀だから、このバルコニーは大体いつも若葉が独占している。


「それ、何回読んでんだよ」


 陽空は呆れ混じりに言ったが、読み返したい気持ちは分かっていた。


「何回でも読み返すよ。……僕たちのルーツが解ったね」

「まさかな展開だよな」

「家族にも話すの?」

「ああ、そのつもり」


 僕も、と若葉は小さく言って、


「そういえば、先月産まれた弟の名前決まった? あの瞳がくりくりな子」


 思い出して若葉はふふっと微笑む。

 産まれたばかりの赤子と言えば、大概可愛くない。母親や父親からすればわからないが、他人の若葉から見ると何となく何かの動物に似ていて、大して可愛いとは思えない容姿だったが、陽空の弟は産まれたばかりのときから可愛いと思った。


 くりくりとした大きな瞳がそう思わせたのだろう。実際弟は、他の赤子よりも断然目が大きかった。


「なんか、りゅうとかいう名前になるみたいだぜ」

「へえ。良い名前だね」

「そうかぁ? 俺は何でも良いけどな」


 弟に興味がなさそうに頭の上で腕を組んで、陽空は空を見上げた。

 不意に、切なげにこぼした。


「俺、ずっと不思議だったんだよなぁ。お前のとこの一族と俺達焔家はどうして一緒にいるんだろうって。俺が生まれるよりずっと前から一緒に暮らしてる。かといって、主従関係でもないし、親族でもない。変だなぁって思ってたんだよ」

「おばさんに訊いてたことあったもんね」


 陽空は頷いて若葉の隣に座った。


「でも母ちゃんも父ちゃんも結局知らなくってさ。爺ちゃんもそういえばどうしてだろうって首捻ってて」

「誰も知らない事だったんだよね。本当、不思議だよ。先祖にこんな悲劇があったなんて」

「だけどよ、こうして平和に日輪国で暮らしてるってことは、巻物に書いてあるお前の先祖の無念つーか……は、晴れたんじゃね?」

「そうだね。だと良いよね。僕は今更、条国を復活させたいとは思わないけど、こうして平和に暮らせてるんだもん。ご先祖様も喜んでくれてると思う」

「だな」


 ふと、若葉は視線を落とした。


「でも、子供の頃に一度だけ訊いた話を思い出しちゃったよ」

「ん?」

「僕らが渡歩ワホだったという話は聞いた事があるんだ」

「渡歩って、旅芸人とか竜狩師のことだよな。国を持たずに旅してまわってるっていう……。俺らって旅芸人やってたのか?」


 若葉は軽く苦笑して、かぶりを振った。


「傭兵集団だったらしいよ」

「マジでか?」


 目を丸くした陽空に若葉はうんと頷く。


「この日輪国に居つく前、ほら、百年くらい前までは戦争があったじゃない?」

「ああ。それぞれの国で色々あったみたいだな」

「うん。でね、僕らの一族は傭兵として雇われて色んな国で戦ってたらしい。戦争が全て終結、というか今も休戦状態だけど、とりあえず一段楽して、それで曾爺ちゃんの時代からこの国に居ついてる。でも傭兵時代はかなり恐れられる存在だったんだって」

「へえ……そうだったんだ。でもなんかかっこいいよな」

「うん。そう思うよね。でも、曾爺ちゃんからその話を訊いたとき、僕なんだか哀しかったんだ。――曾爺ちゃんの目が、すごく辛そうだったから。それを、これを読んでて思い出しちゃってさ」


 若葉は静かにため息をついた。

 陽空はどことなく心配そうな表情で若葉を見つめる。


「歴史書にはこんな事実は載ってないし、一族にも伝わってない。もしかしたらまだどこかに事実を書き記した書物があるかも知れない。僕さ――」


 不意に、若葉は真っ直ぐに陽空を見た。


「全世界の歴史を学んで、書物にしたい」


 その力強さに息を呑む。

 普段は大人しく、大して覇気もない若葉が、真剣にしたいことを望んでいる。陽空は自然に頷いていた。


「ああ。俺も」

「ならば秘密裏に行おう」


 急に降ってきた声に驚いて二人は振り返った。


「ハナシュ教授!」


 若葉が声高に叫んで、慌てて立ち上がる。ハナシュ教授はにこやかに笑みながら、座りなさいと手で合図を送った。若葉が再び座ると、ハナシュ教授は二人の前にやってきてしゃがみこんだ。

 内緒の話というように、声を細める。


「表向きには学問として各国の歴史を取り扱おう。しかし深く知り、記し、後世に残そうとしているというのは秘密にしておこう」

「何故ですか?」


 若葉は声を潜めながら首を捻る。

 日輪国は五十年前までは鎖国していたが、元々良識があるものが多く、学校も各地域に行き届いていたため教育の水準は世界から見ても格段に高く、その上、この学校では既に各国の歴史を学んでいる。その一環で此度の発掘を他国に依頼されたくらい日輪国の学問は進んでいるのだ。

 

 何故秘密にしておく必要があるのか、若葉には理解できなかった。もちろん陽空も訝しい顔をしている。


「此度のような歴史が古いものなら、研究して行こうが書物に記していこうが問題ないかも知れん。しかしな、近代史に至ってはどこの国でも蒸し返して欲しくないことはあるものじゃ。人間は過ぎ去りし過去であろうと、客観視して見れるものは少ない」

「というと?」


 訊いたのは陽空だ。


「例えば、お前さんの爺さんの時代に爺さんが戦地に赴いたとする。その戦に関わっていた兵士が戦場で敵兵を惨殺したという話が出た時に、お前さんはどう思う?」

「……いや、まさかうちの爺に限ってないだろう」

「だろう?」


 ハナシュ教授はしたり顔で笑んだ。


「もしかしたら、敵兵の方が先に残虐な殺し方をし、その仕返しに敵兵を惨たらしく殺したということがあったかも知れん。戦場は何が起こっても不思議ではない。人間の残酷な心理が働く事もある。だが、それを起こってしまった過去のものとして、冷静に俯瞰して見られるようになるには、爺さんの代では足りん。曾爺さんでも足りん。人間が歴史を歴史として捉えられるようになるにはかなりの年月が必要じゃ。そして、それは国もしかり」

「国も?」


 陽空が怪訝に訊いた。


「ああ。国の方がやっかいじゃな。例えば、先程の兵士の残虐行為がまったくのでたらめだったとする。勝戦国が勝手に敗戦国を悪とした例じゃ。まあ、そんなものは実際ごろごろしておるが……」

「はい」


 若葉は強く頷き、巻物を握り締める。

 怒りのような憤りが若葉の体を巡った。


「その事実が明るみに出たとして、勝戦国は絶対にそれを認めないだろう。認めれば自国の不利益にしかならないのだから。国がそれを認めるには、個人の時間よりかなりの年月を必要とする。だから、秘密裏に行うのだ」

「そうか。邪魔されないようにですね」


 ああ、そうじゃ。とハナシュ教授は顎を引いた。


「今ある表向きの歴史は調べても、自国、他国共に反対も何もなかろうが、隠された真実を暴こうとするのなら、容赦はしないだろう。いち学校の、いち学問など簡単に潰されてしまう」

「そうか……」


 複雑な表情で若葉は巻物を見つめた。その姿を、ハナシュ教授は真剣な瞳で見据える。そして、硬い声音で尋ねた。


「もしかしたら、危険がついて回るかも知れん。それでもやるかね? 三条若葉よ」


 若葉は唾を飲み込むと、すっとハナシュ教授を見据える。

 迷わず言い切った。


「やります。僕はこの巻物の著者の生き様に感銘を受けました。僕は、レテラ・ロ・ルシュアールの遺志を、夢を継ぎます」

「俺も、真実を記す仕事がしたい」


 陽空が若葉に続いた。

 ハナシュ教授は深く頷く。


「では、名前は何にするかね?」


 若葉と陽空はしばらく見合って、首を傾げる。何が良いかと唸る陽空の隣で、若葉が決意のある顔つきで提案した。


「竜王機関はどうでしょう?」

「竜王?」

「ほう……して、その意味は?」

「発見された巻物によれば、かつてドラゴンの頂点だったのはアジダハーカです。そのドラゴンを従える事ができたのは、三条紅説、ただ一人。僕は彼を――いいえ、彼らを称えたい。先祖だからというわけではありません。時代に翻弄されながら、人々のために生き、死んでいった彼らの意思も僕は継ぎたいのです」

「だから竜王?」


 陽空の問いに、若葉は静かに頷く。


「そして、この竜王機関の信念には、彼の――レテラ・ロ・ルシュアールの生き様を刻みたい。この機関の規約を作るのなら、それは国に従うことなく、自分の意思で、自分の目で見た真実を記すものです」

「良いな。それ」


 瞳を輝かせながら陽空が笑んだ。


「では、これから我らが行う活動名は〝竜王機関〟で良いな?」

「はい!」


 若葉と陽空は高らかに声を合わせた。

 その響きは、晴れた空に良く澄んだ。




 ―― ―― ――



『竜王の規律第一条より』


歴史ことばは生者のみが創り、死者は語らない〟


 歴史というのは勝者のみが創るものだ。

 敗戦国は勝戦国に歴史を塗り替えられることが数多にある。

 書物を作りかえらえ、汚名を着せられ、敗戦国の者は生きねばならない。

 良い事も、悪い事も、全てを上塗りにされる。

 どんなに良い行いをしても、勝者は悪意によって死者を貶す。

 では、誰が敗者の声を聞く?

 人はいつかは死に絶える。

 歴史が歴史になるまで待てば、報われる日も来るだろうか。

 どこかの学者が真実を見つけてくれるだろうか。

 だが、そんな保障はどこにもない。

 だから我々は記すのだ。

 国などに左右されない。本当の歴史を刻むのだ。

 我々は純粋な歴史学問の語り手になる。


            初代竜機長・三条若葉

                   焔陽空






             了。








最後までお読みいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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