第二十話
書き直しました。2019
僕はあの後、祖国へ帰り、偽りの証言をした。
処刑場のやぐらの上で、僕は指示されたとおりに熱弁を振るった。
民衆は僕に注視し、怒りをあらわにしたり、泣き出したり、失望したりした。真実を知らずに。
そして僕が処刑台を降りて、その正面に立てられている物見席に行くと、すぐに紅説王は処刑台に立たされた。
公開処刑場のやぐらの上で、何も知らない民衆に罵倒されてもなお、王は堂々としていた。国を焼かれ、何の罪もない民を虐殺され、各国に裏切られても、彼は恨み言一つ叫ばずに、澄んだ瞳で彼らを見ていた。
まるでこうなることが予め解っていたみたいに。
そう思って初めて、あの言葉の意味が理解できた。
王は殿下に転移のコインの回収を求められたとき、今は間が悪いと答えた。人心が揺れ、世界が条国滅亡へと走り出すのを予知なさっていたのだ。
どうしてだろう? 僕は王に食い入った。ギロチン台に首をもたげた王は、静かに目を閉じている。
もしも予見していて、一つの未来の可能性だとして腹に据えていたとしても、どうして恨み言一つ漏らさないんだろう。
もしかしたら、あかるに逢いに行けるから? いや、あかるの魂は今もまだ晃と供に魔王の中に捉えられている。そう。晃と共に……。
紅説王を責めそしる声が僕を包む。
何も知らないくせに――。
憎悪が懇々と沸き起こってくる。
どす黒いものが喉の奥まで来たとき、紅説王の頭上で斧が振り翳された。
僕は思わず目を瞑った。
鈍い音が響き、甲高い歓声が上がる。
僕は唇を噛み締めた。
そっと開いた瞳に、紅説王の首をおもちゃのように持ち上げる死刑執行人が映った。
僕は、さらされた紅説王の首を見つめた。僕には、最後まで彼が理解できなかった。でも、三条紅説がどのように生き、死んだのか、その事実だけは知っている。
* * *
それから僕は地下牢に戻され、封魔書なるものを書かされた。
内容はミシアン将軍が言ったそのものだ。きっとこれは、後の世に伝説として語り継がれるんだろう。今ある神話のように。
この偽りの伝記を書いているさいに、僕は信じられない再会を果たした。僕が帰郷して、三ヶ月程経ったころだった。
僕はその日も、地下牢で黙々と封魔書を書き綴っていた。牢の中にある古びた机で、巻物に向っていたが、ふいに物音がして振り返ると、地下牢の番兵が倒れていた。
そしてその代わりに、フードを被った人物が立っていた。その人物は辺りを窺うと、フードを取った。
心臓が跳ねる。
火恋だ。
僕は思わず大声で名前を叫びそうになって、慌てて口を塞いだ。そして、よろめきながら歩き、鉄格子を掴んだ。小さな声で、
「火恋。生きてたんだな」
「ええ。陽空さんが、私とアイシャさんを逃がしてくださったんです」
「あいつ……」
僕は泣きそうになって、ぎゅっと口を結んだ。
「じゃあ、アイシャさんも?」
「生きてますわ。今、他の者と一緒に牢屋の入り口で見張っていて下さっています」
「そうか」
僕はほっとして胸を撫で下ろした。一人でも多く生き残ってくれてたのが、心底嬉しかった。
だけど、彼女が愛した陽空はもう……。
僕は陽空の最後を思い出して、胸が痛いほど締め付けられた。僕は自分の目的のために、彼を見殺しにしたようなものだ。
「アイシャさんを呼べないか? 彼女に陽空の最後を伝えたいんだ」
罵られても良い。彼女には陽空の最後を知る権利がある。だけど、火恋は静かに首を振った。
「伝えなくて良いですわ」
「どうして?」
今伝えなかったら、一生アイシャさんは陽空がどうして死んだのか知らないままだ。
「今、ショックを与えたくないんですの。彼女のお腹の中には陽空さんの赤ちゃんがいますから」
「え?」
言葉を失った。けど、心底嬉しさが湧いてくる。
「そうか……そうなんだ」
胸が熱くなって、自然と涙が零れ出ていた。鉄格子に寄りかかるようにして、僕は大きく息を吐き出した。
「レテラ」
決意ある声に顔を上げると、火恋が真剣な眼差しで僕を見据えていた。
「私、諦めませんわ」
火恋はぎゅっと僕の手を握った。
「私、三条の名を継いだのですわ。必ず、やつらから条国を奪い取り、蘇らせて見せます。他にも一族の者が生きているんですよ。今一緒に追われながらですけど、旅をしてます」
「どれくらいいるんだ?」
「六十人ほどですわ」
「すごいな。良く脱出できたな」
「一族は全て王都にいるわけではありませんもの。私だって別の町にいたでしょ? いち早く陽空さんが気づいて逃がしてくださって、転移のコインで別の町の一族に知らせたんです」
「でも、それなら追手っていうのは――」
僕は自分で言いかけて気がついた。
呪符は思ったとおり呪術師にしか使えなかった。そのことにすぐに気がついた各国の王は、魔竜を条国の密林地帯にあった洞窟に運んで行き、魔竜を結界で塞いだ。
マルによって守られた二条の者達は、そのまま魔竜の守り人として生きることになった。
今から思えば、魔王が魂を無作為に吸い出す対策として、結界を張り替え続けるという案は、重大な欠点だった。
何故なら、結界師がこの世からいなくなってしまったら、魔王は近づく生き物を片っ端から殺していき、その暴挙を止める者は誰もいなくなってしまうんだから。
それをマルは気づいていたんだと思う。でなかったらあの場で、あの取引に持って行くことは出来なかっただろう。
欠点を生かし、マルは一族を守ったんだ。
だけどその一方で、他にも条国王家の生き残りがいると噂が流れていた。番兵が冗談半分で話していたのを聞いたことがある。それが火恋達だったんだ。
火恋は言いずらそうに話し出した。
「王家の中でも、呪術者でなければ魔竜は操れません。でも、そのことを知らない者は多くて、私達がそうだとバレると見境なく攫われるんです。特に、子供や女性が。そして、扱えないと分かると殺されます」
憎々しげに火恋は吐き棄てた。
「最初は、一緒に逃げ出せた一族は百人ほどいたんですよ。それが、五ヶ月で……」
言いかけて、火恋は振り切るように首を振った。
「負けない。負けませんわ。必ず、本懐を遂げてみせる」
火恋は、真剣な表情で言い聞かせるように呟いた。僕にはその顔が思いつめているように見えた。手を握り返す。
「火恋。お前の両親は生きてるよ」
「え?」
火恋の瞳に動揺が走る。
「マルが守ったんだよ。今、条国の密林で魔竜を監視してる。各国から監視されてるだろうけど、お前とアイシさんだけなら潜り込めるはずだ。アイシャさんは肌の色っていう問題があるけど、侍女や下女、もしくは家庭教師だとても言えば納得するはずだ。それでそのまま御両親と暮らした方が良い。まさか、死んだはずの人間がいるなんてやつらも思わないだろう」
「死んだはず?」
しまった――。
僕は口を塞いだけど、もう遅かった。火恋は胡乱気に訊いた。
「どういうことですの?」
「……」
火恋は僕を凝視する。
僕は観念して告げた。
「火恋。お前はもう死んだことになってるんだよ」
「……どうして?」
火恋の瞳に不安が映る。
「マルが……自分が火恋だと言ったんだ」
「……じゃあ、お姉ちゃんは」
「亡くなったよ」
冷たい地面へ、へなへなと火恋は座り込んだ。
だけど一分も経たないうちに、火恋は立ち上がった。強い瞳で僕を見据える。
「私は、両親の許へは行きません。私は、三条を継いだのです。絶対に条国を再び蘇らせてみせる。でなければ、私のために死んだ者達に報いることは出来ません。それに自分だけ逃げるなど、そんなことは出来ませんわ。国はなくとも、私は王なのですから」
「そうか……」
火恋の決心は固かった。僕は静かに息をつく。
「気をつけろよ。無事を祈ってる」
「何を仰ってるの。一緒に逃げるんでしょう」
「……火恋、お前は知らないかも知れないけど、僕は――」
「知ってますわ」
火恋は強い口調で遮った。
「紅説様の処刑の場で何を語ったのか、風の噂で聞いてます」
でも、と言って、火恋は僕の瞳を見つめて、笑った。
「貴方のことだから、何が事情がおありなのでしょう。私、信じてますから。平気ですわ」
「火恋……」
「さあ、ここから出ましょう」
「いや、良いんだ」
番兵の腰にかけてあった鍵を取ろうとかがんだ火恋を僕は止めた。火恋は不思議そうに僕を見ている。
「ごめんな。お前と一緒にいるって約束は果たせない」
僕は静かに笑んだ。
「僕は、ここで殺されたいんだよ」
* * *
火恋は食い下がったが、僕は頑として首を縦に振らなかった。
その内、番兵が目を覚ましそうになり、火恋は後ろ髪をひかれる顔つきで去っていった。
必ずまた来ます。そう言い残して。
でも、おそらく僕は二度と火恋に逢うことはないだろう。
火恋はまた、追われる旅に戻っていった。
彼女達が安心して暮らせる居場所が、早く出来ると良い。
(どうか、無事で)
僕はたいして信心深くないのに、このときばかりは神に熱心に祈った。
数週間後、僕は封魔書を書き上げた。
出来たばかりの巻物を閉じて、じっと見つめてみた。巻物の数は十数本に及んだが、継承されるのはきっと、簡潔にまとめたこの一巻だけだろう。
そして、僕が待ちに待った日がやってきた。
僕が死んだ日だ。
その日は、僕が封魔書を書き上げてから、僅か一日でやってきた。
僕は、食事に混ぜ込まれていた毒薬で死んだ。
それはもう、苦しかった。臓器が焼けただれるように痛くて、何度も吐いて、何度も床を転げまわって、やっと心臓が動かなくなった。
それからは、よく覚えていない。
気がついたら真夜中の薄ら寒い風が吹く屋外に放置されていた。
辺りを見回すと、そこは墓場で、墓穴のすぐ脇に僕はいた。どうやら、僕を埋めようとして、僕が息をしだしたから、仰天して墓守が逃げ出したんだろう。
僕の散々役に立たないと嘆いてきた能力は、死ぬと発動されるものだった。
死ぬといったん生き返り、一日でまた死に至る。そして、骨も残らず灰になる。なんという慈悲のないものだと僕は常々思ってきた。だって、骨も残らないんじゃ、墓も作れない。僕は土に帰ることが出来ないんだから。
だけど、こうなった今では、慈悲以外の何者でもない。
僕はあのとき、この能力に生まれて初めて感謝した。ミシアン将軍に言われるまで、思い出しもしなかったこの能力に。
僕は、改めて周囲を眺めた。
直に、憲兵がやってくるだろう。
立ち上がって走ろうとしたけど、足がぎこちないことに気がついた。まるで足が杖みたいに硬い。どうやらまだ、死後硬直が解けていないらしい。
でも、こんなところでゆったりと硬直が解けるのを待ってはいられない。僕は無理に身体を動かして町に降りた。
夜の街は人気がなく、不気味なほど静まり返っている。
僕は紙屋を見つけると、なるべく音がしないように大きめの石で鍵を壊して忍び込んだ。
幸いなことに南京錠は小さく、当たり所が良かったのか一発で開いた。
店で使うらしいロウソクとマッチ、商品の筆と墨汁、巻物を一五巻ほど盗んだ。買おうにも金はないし、時間もない。
「来世で払うよ」
僕は冗談交じりに囁いて、店を出た。
そして、町を出てすぐ近くの山中へ入った。
この山は、子供の頃何度か入ったことがあるから目的地までの道は知っていた。
夜の山は一切の光がない。星明りさえ、木が邪魔で見えない。でも、四の五の言ってられない。僕はロウソクの灯りを頼りに目的地の神殿まで急いだ。
* * *
その神殿は、ルディアナ教が出来る前の神殿だと言われていた。朽ちかけていて今にも崩れだしそうだが、この神殿の奥には洞窟が広がっている。迷路のようになっているため、誰も入らない。今の僕にとっては好都合だ。
僕はロウソクの僅かな灯りをもとに、洞窟の奥へ行き、適当な場所で巻物を広げた。そして、目を閉じて、僕が条国へ行ってからの十七年間を、僕の全身全霊を使って思い出した。
僕は一心不乱に書きまくった。僕の命の期限は、あと二十時間しかない。その間で、僕は一生懸命に生き、理不尽に殺された僕の大切な人全ての記録を書かなくてはいけない。
僕の使命は、書くこと。そして、後の世に本当の歴史を残すことだ。
真実が捻じ曲げられたまま、闇に消えることがあってはならない。そんなことになれば、死んだ者の魂は浮かばれはしない。何十年かかっても良い。いつか、条国に起こった悲劇を誰かの目に届けられたなら……。
そのためになら、僕はなんだってする。心も、命すらも惜しくない。全てを書き記すことが出来るなら――。
* * *
数ヶ月前、アルヒーナ王国の山中で遺跡が発掘された。
遺跡は地震によるためか、風化のためか、既に原型はなかった。だが、遺跡の奥に瓦礫に閉ざされた洞窟が発見され、この日、考古学者であるハナシュ教授は、三人の学生隊に後学のため、洞窟の奥へ向かわせた。
その中の一人に、黒髪に青い瞳で、ひょろりとした体格の青年がいた。若葉だ。
その隣には二人の青年がいる。一人は白い肌で金色の髪をした鼻の高い青年。もう一人は、褐色の肌を持ち、黒い髪は日に好けると赤く照り返す。黄金色の瞳はどこか軽薄そうに笑んでいる。
三人は腰にロープを巻いて、外にいる隊と繋がりながら洞窟の奥へと進んだ。一キロほど歩いたところで、彼らは古びた巻物を見つけた。
保存状態は極めてよく、埃を払えば少し使い古した巻物程度に見えた。だが、巻物を開き、彼らは驚いた。
その内容によれば、それが書かれたのはこのアルヒーナ王国が出来る以前、ルクゥ国の時代によるものだったからだ。
アルヒーナ王国、初代国王は、ミシアン・クロウ。
彼は、ヒナタ・シャメルダ・ゴートアールという一人の女性を神格化し、戦いの女神シャメルダ神として新たな宗教デュラマタルタを設立。
それが当時の経済恐慌と相まって、民衆の支持を受け、ルクゥ国王を弑逆。アルヒーナ王国を建国した。見聞録によれば、ミシアン王は誰よりも熱心にシャメルダ神に祈りを捧げていたとされている。
そこから、アルヒーナ王国は四百年近くも栄え続けていた。
文明が滅ぶような大戦争が起きたときも乗り越え、アルヒーナ王国は存続し続けている。
歴史的な物体に触れ、三人は歓喜に震えた。
四百年も前からの巻物が素晴らしい状態で残っていたのは、遺跡が崩れたことにより、洞窟が密閉されてしまったせいだろう。風も当たらず、日にも当たらなかったおかげで、劣化せずにすんだのだった。
彼らは他にも何かないか、カンテラの明かりをかざしながら、地を這うように探した。すると、五メートルも行かない場所で、山積みになった巻物が発見された。その数十四巻だった。先程の巻物と合わせて一五巻ある。そのいずれにも文字がびっしりと書かれていた。
「早く帰って、ルクゥ国文字の解読書を引かなければな!」
「ああ。そうすりゃ、詳しく分かるなぁ!」
仲間二人が浮かれる中、若葉はふと、何かに導かれるように出口の方を振り仰いだ。少し坂になっている暗い洞窟に、若葉は舞う何かを見つけた。
それは若葉には、キラキラと光る灰のように思えた。
明かりなど、カンテラしかないのに何故光って見えたのか。若葉は不思議に思って、近くへ寄った。すると、足先にカツンと何かが当たって、若葉はそれを拾い上げた。
「筆だ」
若葉は呟いて、不意に気が付いた。そこは、最初の巻物があった場所だった。まるで、誰かが、書き上げた巻物を持って、ここまで這いずってきたような――。
「三条――三条若葉!」
仲間に名を呼ばれて若葉は振り返った。
「今行くよ! 焔・陽空!」
そして、喜びに満ちた表情で、仲間の元へと駆けて行った。




