さて、この子どうしたものか?
兄貴に教えられた道を進んでいき、無事【西の森】に着いた。
道中、襲ってきたMOBを倒して剥ぎ剥ぎし、採取もしながら来たので結構時間がかかってしまった。でも殆どのMOBが近付いてくる前に仕留めることが出来たからね。私的には大満足だ。
【西の森】とは言っているけど、見た感じ雑木林に近い。木がそこまで生い茂っている訳でもなく、木々の影で程よく日陰があって、一休みするに丁度良い。
時間は4時を回っている。ご飯が7時ぐらいだから、6時30分位にはログアウトしないとね。
西の森に入ってすぐの場所で、鹿みたいなMOBと目が合ったけど、私を一瞥した後何事もなかったように草を食み始めた。襲ってこないMOB――所謂ノンアクティブモンスターばかりだと聞いていたのでそこまで驚かないよ。
森に入って少し進むと、川のせせらぎと共に小さな小川が現れた。
見える範囲にMOBはいない。その代わり、私の膝上ぐらいまで伸びた草や色とりどりの花が大量に生い茂っている。これはなかなかいい場所を教えてもらった。
と言うわけで、ここを生産の拠点とすることにしよう。そうと決まれば生産、生産。側にあった岩に腰掛け、初心者調合キットを取り出した。
乳鉢に試験管やフラスコが3つ、見た目が只のアルコールアンプ(燃料は無い)に薬匙が2セット。完全に理科の実験キットだ。
そんな感想を飲み込んで、レシピを参考に薬草を乾燥させ、ゴリゴリ磨り潰して粉末状にしていく。乳鉢なんて初めて使ったけど、見よう見まねで出来るものだ。
葉っぱが見えなくなるまで磨り潰したら、ポンと言う音が頭に響いた。完成かな? ちょっと見てみよう。
【薬草の粉末 品質:やや悪い】
うん、見たまんまだ。捻ろうにも捻りきれなかったんだろう。品質はまだLv1だし仕方がない。
因みにこれも回復アイテムらしく、その効果は『HP極小回復』だ。品質が上がれば回復量が増えるのかな? 後々の楽しみだね。
レシピを見る限り、これを蒸留水で溶かしり、薬草をお湯で煮だしたものモノが『初級ポーション』になるようで、効果は『HP小回復』と似たり寄ったり。これなら一種類で他のレシピにも使える粉末にする方がいいかな。
と言うわけで、草花のアイテムをただひたすら粉末にする作業に入る。違うアイテムを擂り潰す毎に鉢を洗わないで済むのが楽だ。流石ゲーム。
そして、代々一時間くらいで手持ちの草花アイテムを全て粉末化。製薬がLv3に上がり、新たなレシピが解放されたので、材料の続く限り調合しまくる。粉末を溶かすお湯は、近くの小川から汲んできてフラスコで沸騰させたものを使用。やっぱりお湯の方が粉末も溶けるのが早い。
そして、初級ポーションが40つ、ポーションが20つ、解毒ポーションが15つ、解痺ポーションが13つ、出来損ないの液体が50つ程が完成。
製薬もLv6と猫の気持ちに並んだ。因みに、最後の液体は失敗した際に出来たもの、説明を見ても使用用途はほぼ無いとあったから、ゴミアイテムなんだろうと思う。
さて、次は料理ですかね。
調合キットをインベントリにしまい、簡易調理セットを出す。フライパンに木箆とガスコンロ、包丁にまな板が付いたホントに簡易な代物だ。
兄貴との狩りでラビットフットの肉が大量に手に入っていたから、先ずは簡単なステーキかな。因みに、ラビットフットの肉はインベントリに入った時点でブロック肉に加工されている。
解体する手間が省けたことに感謝しながら、取り出した肉を薄く切り、包丁の背で叩いて柔らかくしながら伸ばす。小さな肉を少しでも大きく見せようとする貧乏性が垣間見えてしまったが、気にしないもん。
叩いて柔らかくなった肉に、先程粉末にしたハーブと付属の塩コショウを練り込み、暫く置いておく。その間に、余った粉末を沸かしたお湯で溶かして、ハーブティー擬きを作ってみた。品質は【やや悪い~普通】だ。
香りと下味が付いたら油をひいたフライパンに入れて、強火で表面を焼いて旨味を閉じ込め、蓋をして弱火で蒸し焼き、中までしっかり火を通す。ゲーム内で腹痛はないと思うけど、念のためだ。
そして、香ばしい香りのステーキを包丁で一口サイズに切り分け、側で毟ったヤシの葉みたいな葉っぱをお皿代わりにして、完成。
【ラビットフットのハーブ焼き 品質:普通~やや良い】
品質的に見れば今までで一番良く、料理もこれ一品でLv2に上がった。やはり高品質だと経験値も美味しいのだろう。さて、では早速頂こう。箸がなかったので手掴みでいかせてもらう。手が汚れることが無いゲーム世界だから関係無いもん。
うん、美味しい。口に入れた瞬間ハーブの香りが鼻を抜け、次にお肉の旨味とハーブのピリリとした辛さが口の中に広がり、お肉も噛まなくて良いほど柔らかい中から肉汁がジンワリと染み出てくる。自分が作ったヤツなのかと疑うほどの完成度だ。
それを摘まみながら、今度は下味を塩コショウで済ませた肉でステーキを作ってみる。が、先程よりも固くて味もパッとしない。品質も【やや悪い~普通】と下がってしまった。
ただのステーキを叩いたり、ハーブを練り込んだりすれば、味や触感が良くなるように、料理の品質はレベル+作業行程の積み重ねで変わってくるみたいだ。変なところでリアルだが、外食よりも作って食べる方が好きな私にはありがたい。
製薬中に食べた携帯食料は、モロカ○リーメイトだった。お世辞にも美味しいとは言えない。お金払ってこれ食べるんだったら、草毟ったり、狩ったりして、自分で作った方がマシだと思うし、味的な問題で料理の需要も在るかもしれない。
さ~て、量産、量産。と、その前にハーブ焼き食べなくちゃね。食材アイテムは手をつけた時点で品質がどんどん下がっていくみたいだし。
モフッ。
「ニャ?」
あれ、ステーキってこんなモフモフしてたっけ? モフモフを掴んで揉んでみると、今度は指先に生暖かいネバッとしたものが這うように触れてきた。
不思議に思って、掴んだ何かを見てみる。
「はぅ?」
掴んでいたのは、掌に乗るぐらい小さな毛玉、いやそう見える狐であった。ソイツは掴まれながらも、指に吸い付いている。
白いフワフワした毛が身体中を覆い、耳、目、鼻、髭がちょこんと見える。パッと見、真っ白な毛玉だ。しかし、体毛からちょっとだけ飛び出している足や、二股に分かれた長い尻尾があるのを見ると、狐だろう。触ったらモフモフしてそう。
前足(?)と口の周りに油がついているのを見ると、多分ハーブ焼きを知らない内に食べていたらしい。
そんな狐は、一頻り指を舐めた後、私の手をスルリと抜けて腕を駆け上がり、私の頭の上、正確には猫耳の間でゴロンと寝転がった。見た感じ、攻撃はしてこないノンアクティブかな。と言うか、作業しにくいから頭に乗らないで欲しい。
そんなことを思っていると、頭上からはスピー、と寝息が聞こえてきた。
プレイヤーの頭で寝るってどれだけ図太いのよ。狐って結構警戒心強いハズなんだけどな……。いや、確か子狐は好奇心旺盛で人懐っこいっけ。だったら納得。
試しに頭を軽く振ってみるが、起きる気配はなく、あのフワフワの体毛が髪に身体を固定しているのか、強く振っても離れなかった。多分、無理に剥がしたら頭皮ごと持っていかれる。
まぁ動いていいならこのままでも良いか。取り敢えず、生産しよう。
頭にフワフワを乗せながら、せっせとステーキを仕込んでいく。傍目から見たらどう見えるんだろう……? と思ったが、気にしちゃ負けね。
そんな感じでステーキを焼いていくと、いつの間にか辺りはトップリと闇に染まっていた。頭上では烏らしきMOBが飛んでいる。
【梟の眼光】と【猫の気持ち】で視界に関しては問題ないけど、確か兄貴が夜だと視界に入ると襲ってくるMOB――アクティブモンスターが出始めるって言ってたっけ? 肉弾戦は枯らっきしの私が、しかも料理中に襲われたらたまったもんじゃない。サッサと帰ろう。
「ほら、アンタも起きニャよ~」
頭上の狐をつついて起こす。しかし狐は小さな寝息を立てていて起きる気配がなく、代わりにつついた指に吸い付いてきた。おい。
じっとしてMOBに襲われるのもアレなので、このまま街に帰ろう。