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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第二章
18/26

11 予言

 





 レイランドはティアを宿まで送り届けたあと、騎士団に戻るふりをして宿を出ると、その足で裏手に回って目立たぬ位置に姿を隠した。

 諜報活動に特化した魔法や技能が使えるので、この命令を授けられたのだ。少なくとも少女が眠るまで見届ける必要がある。既にジグラットには協力を取り付けて、外から見張りやすい部屋を選ぶことになっていたので、誰かに見とがめられることもなかった。

 食事中の会話はジグ──元騎士団長が拾ってくれるので、階段を上がる者を確認するために、聴覚を増幅させる魔法と探索魔法を掛けた。自分が宿に入った時にはこちらの動きを感知しそうな上位者はいなさそうだったが、監視対象外の者たちに余計なことをして対象者に警戒されても馬鹿らしいので、一階の喧騒は無視する。少女に注目している者もいるようだったが、その辺りもまとめてジグラッドが教えてくれるだろう。


 それなりの時間が経過した後、階段を上る二つの足音が聞こえたので意識をそちらに向けると、間違いなくティアとダーナだった。

 少女の様子を慎重に伺うが、とりあえず魔法に気付かれた様子はない。

 危ないから他の階や部屋に行かないように等の注意と、以前あった事件の話を神妙に聞いている。



 ……ダーナが口にした、口裏を合わせて乱暴した奴らには自分も覚えがあった。自分が憲兵だった時に扱った仕事だったからだ。


 ダーナが悪しざまに罵っているが、やり口は本当に汚かった。窓の外から精神操作系の魔道具を投げ込んで、中から本人に扉を開けさせたのだ。

 宿の部屋の窓は小さく、たとえ全開にしても子供が通れるほどの大きさもない。ある意味、それが盲点になったのだった。


 襲われた彼女は、月に含まれる魔素を好む種族であったために、窓を開けて寝てしまったのだ。ほんの少しの隙間程度で、それ以上開かないように中から細工もしてあったが、真上の三階から魔道具を投げ入れられて被害に遭った。


 外側から開けた形跡がなかったために、心身ともにかなりの被害を受けたのに、被害者の方に責任があると判断されそうになった所を更に慎重に捜査して、最終的には関わった全員を犯罪奴隷にしてやったのだが。


 組合の規約を改める切っ掛けになった事件だった。そして、自分が騎士団に移動する事になった事件でもある。




 該当の部屋に二人が入った後、更にいくつかの説明をしたダーナが出て行き、少女が部屋に残る。


 相変わらず少女はこちらが見ていることを気づいていないようだったが、従属獣の鳥を肩から移動させて静かにしているように示すと、ポーチの中から魔石を取り出した。

 大きさは小鳥の卵ほど。考えられないような大きさだった。


 魔石は大きく分けると二種類存在する。

 自然石に魔素が浸透した物と、魔物の中に堆積した第二の心臓と同じ扱いの魔力の塊だ。前者の方が消耗し易くあまり多くの魔素が含まれていないが、比較的容易に用途毎の術式を浸透させやすい。魔物から取れる魔石は小さくても長く使用できる代わりにその魔物の属性に染まっているために、決まった用途に使われることが多い。大きく違う点は、前者は使い捨てだが、後者は本体が壊れない限り、また魔力を込めれば使用できること。

 当然魔物から取れる魔石の方が遥かに高価で、出回る数も少ない。


 ティアが取り出したものは、魔石から放たれる魔力から類推するに、おそらく後者。あれだけの大きさの魔石だと、元の持ち主である魔物は、騎士団だったら一個中隊くらいはいないと倒せないだろう。

 師匠と二人暮らしだったというティアの言葉を信じるのであれば、彼女の師匠が単独で……あるいは少女と二人だけで倒したことになる。……もっと昔に手に入れた戦利品を、そのまま護身用として譲り受けたものなのかもしれないが、おそらく金貨二、三十枚くらいは軽くするだろう。


 唖然としていると、少女はその色の違う……属性もばらばらな魔石を部屋の四隅に置いた後、さらにポーチからやたら高そうな金属の杖を取り出した。杖の先端には、これまた自分の拳ほどの大きさの魔石が嵌っている。

 あきらかに杖の方がポーチより大きい。これも……ポーチも魔道具なのか。いったいどれだけ高級品をなんとなく身に着けているんだと、半ば腹立たしく思ったところで、ティアはその杖を手に部屋の中央に立つと、聞き取れない言語で詠唱した。今もかなり古めかしい言葉遣いをしているが、それよりも更に古い言語だろうか。

 詠唱が終わったと同時に、一瞬で視界が効かなくなる。耳にも音が届かなくなった。


 これは──結界?見えない、聞こえない。……破るのはとても無理だな。魔石は赤、青、透明に緑だった。少なくとも四属性持ちの結界なんぞ、力技で破るには第四階梯以上の上級攻撃魔法でないと無理だ。


 お前はどこの敵から攻められるんだ?と言いたくなるような拠点防衛水準の結界に、さすがに手も足も出なくてこれ以上の監視は不可能と判断する。ダーナからあれだけ気を付けるように言われたのだ、結界をそのままにして休むつもりだろう。


 レイランドはかなり無理やりそう割り切ることにして、騎士団の宿舎へと戻った。




 帰ってすぐに団長の元へ行くと、まだ書類仕事中だったアークトゥルスが疲れた顔をして出迎えてくれた。


「ただ今戻りました」

「思ったより早かったな」

「ええ、少々、想定外がいくつかありまして。……なんだか疲れてますね」

「言うな」

 書類仕事が増えたのは、昼間の騒ぎのせいであることは分かっていたのだが、それ以外にも何かあったらしい。それを聞くのは後回しにして、先に自分が見たものを報告する。

 自分はいまだに魔素中毒が詐病ではないかと疑っていたが、すごい食欲だったことや町中を歩く様子に特に不審な点は見当たらなかったこと、ダーナが同情的でいろいろと教え込んでいたこと、最終的には魔石を使った結界に阻まれて見えなくなったことを。


「いやあ、あのお嬢ちゃんが使った杖も、多分俺の年収よりも遥かに高いですね。ぜんぜん高そうなものを扱ってるように見えませんでしたけど」

「……詠唱が分からなかったと言ったな。お前は、年はいくつだ?」

「もうすぐ二百五十です」

 人によく間違えられるが、実は魔族だ。これでも長命種に属する方で、大体八百年ほどは軽く生きる種族である。エルフも似た様なものだが、種族的にどちらも一定の年齢に達すると老化が止まるので、アークトゥルスとは二百歳くらい離れているのに同年代位に見える。


「あの子が書いた、古代イルカンシュ語は読めるか?」

「まあ、実家の両親なんかはそっちの方が慣れてるみたいなんで、普通に読めますよ。書く方は多少怪しいですけどね。その更に前のミーディア語でしたか、そちらになると、うちの一族の長老格だったらなんとか使えるってところでしょうか。それだと俺はさっぱりわかりませんので、判断は付きません」

「そうか。……イルカンシュ語とミーディア語か使われていた年代が特定できれば、ティアの師匠という御仁の(おおよ)その見当がついたかもしれないんだがな」

「そうですね。明日の試験で魔法を使うでしょうから、その時にでも魔道具使って詠唱を保存しておくようにしますよ。それ以外の言葉ってセンもあり得るでしょうから、専門家に調べてもらった方がいい。……やっぱり、例の予言は、その『師匠』が一番該当しそうなんですね」


 名無し(ジョン・ドゥー)と名乗った少女の師。遥か彼方の異国の言葉と言ったが、その言葉を知る者は今のところ見つかっていない。アークトゥルスが疲れている原因の一つだ。



 宰相ディクトールは建国の立役者だ。種族的に少々問題があるが、圧倒的な能力で今のグランフィリアを作ってきた人である。誰もが彼を名実ともに王と認めるが、たった一人当の本人が認めなかった。


「本当の王はいずれ戻ってくる。俺はそれまでこの国を預かっているだけだ」


 名前以外は明かされている。戦争を勝利に導いたのは王のおかげだとか、今の法律の元を作ったのも王であるとかを学校で教えているくらいだ。国民であれば、無名王の偉業は誰でも知っている。

 だが、戦争を機に消息不明になった彼の王が今更戻ってくるとはとても思えない。

 そう周りから言っても、ディクトールは決して認めなかった。王になるのを嫌がっているだけだと思っていた周囲も、数百年を経て彼が本気で言っているとようやく悟ったのだが、王の不在というのも対外的におかしなものだというのは十分わかっているので、本人に最後通告したのだ。


「千年不在の王は、王に(あら)ず。千年目の建国祭が終わったら無名王様を罷免して、宰相殿を王に推挙いたします。貴方様以外の十一名の元老院の総意です」


 宰相の発言権が一番強いが、残りの十一人の意見がそろっている場合はそちらが優先する。千年身を粉にして働いてきた()の宰相を王にすることになんの異議もなかったのに、降って湧いたように王を思わせる「名無し」を名乗る者が現れた。


「幸いにして……と言っていいものか、ディクトール様は現在何百回目かの行方不明中だそうだ。宰相代理のオウワン様に奏上させていただいたが『早急かつ慎重に正体を探るべし、ただし内密に』と厳命された。もちろん、無理な詮議は厳禁だともおっしゃられていた」

 なんというか、無茶苦茶な命令だった。

 それでこんなに疲れているのかとレイランドは得心したのだが、明日は我が身だ。


「ダーナ殿が騎士団の取り込み疑惑を語ってくれたようですので、明日の試験はおそらく一発合格を狙ってくると思います。その後の実地試験も合わせて、色々探ってみるようにしますよ。随行人になるようにねじ込んでおきましたから」




 いまさら王は必要ない。


 それが国民の総意であると、レイランドは疑っていなかった。







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