12 組合(ギルド)にて
疲れていたせいで、夢も見ないで眠れた。
あれから引き続き魔法の練習をしたり、青と連携の方法を模索したりしていたら、すっかり遅くなってしまったせいでもある。
夜遅くなってから、慌ててやらなければいけない事をこなし──ポーチを同じくらいの大きさの袋に入れ、出しやすいように調整した後、さらに今後の為にお金だけは別の入れ物に入れておいた方がいいだろうから、ポーチの他も同じ魔法を掛けた──それこそ財布に使っていた小さな皮袋(火竜の皮にあらず)があったことを思い出して、持っているお金はそちらに移し、浄化魔法だけでは綺麗になった気がしないので、ちゃんとシャワーを浴びて、ようやく就寝。
目が覚めたのは、空腹によってである。
自慢にならないが、元の世界でもこんなに早く目が覚めることはなかった。魔法を使い始めた──つまり、体の中の魔素が巡り始めたから、空腹も加速したということだと思う。命掛かっている身としては、改善の兆しが見え始めたので嬉しい限りだ。空腹は激しく不快だが。
我慢が出来なくなる前に朝食を食べに行こうと、起きて着替えている途中で六ノ鐘が鳴った。
顔を洗って髪を梳かしてからツインテールに結う。服は昨日と同じだが、一応汚れたり切れたりしても時間がたてば元に戻る自動保全の魔法がかけてあるので汚れてはいない。それ以前に、下手な鎧兜を着込むより余程防御力があるから、試験を受けるにはちょうどいい。
着替えを持っているように見えなかっただろうから、やたら着替えない方がいいというのもある。杖はごまかしがきかないが、現場でいきなり取り出すよりはマシだろう。
魔石を回収して階段を降りて行くと、もう既に食べ始めている人が何人かいた。新人には見えないので、ここに泊まれるだけの上級者なのだろう。夕方のどこか気の抜けた空気はなく、少し忙しない様子で食事をしている者が多かった。
青を連れているので言われた通りにカウンターに行くと、朝からきびきびと働くダーナがにっこりと笑って言った。
「おはよう、ティアちゃん。よく眠れたかい」
「おはようございます。ありがとう、ぐっすりでした」
朝ご飯は、パンと野菜の入ったスープにかなり大きな腸詰め(ソーセージ)が二つに果物、というメニュー。基本的にこんな内容で、パンやスープ、メイン料理の内容が日替わりで変わるのだとか。
どれも量がたっぷりで、更にパンはお代わり自由だそうだが、さすがに三回以上するのは気が引けるので、青にも食べさせつつ、適当なところで切り上げて組合に行くことにした。
勿論、推薦なんぞ受けないでとっとと試験を受けるためだ。
話は通っているかもしれないが、元々無理があるのだし、こちらの意思を無視することは出来まい。試験を受けてしまえばこちらの物だ。
ダーナにレイランドへの伝言を頼むと、笑って引き受けてくれた。
「女を待たせる男は、置いていかれてもしょうがないさ。向こうが悪いと言っておくよ」
「よろしくお願いします。それじゃあ、いってきますね」
お弁当を受け取り、鍵を返してから外に出た。
十歩ほど歩いて、隣の扉へ。
中に入ると、朝一番で依頼を受けようとしている者たちがすでに大勢来ていた。右側に依頼が張り出してあり、左側のカウンターに持って行って受付という、よくあるお役所と同じ感じだ。
待ち合い用に机と椅子が用意されていて、そこに座っていた人達が一斉にこちらを見るが、気にしないで人の並んでいない組合職員の所に行った。
「登録をしたいんですけど、受付はどちらでしょうか?」
受付担当の女性は、ティアの頭のてっぺんからつま先まで見ると「お嬢ちゃん、組合は十六歳にならないと登録できないの。もう少し大きくなってから来てね」と言った。
慌てず騒がず女の人に入都受付で貰った仮証明書を出して見せると、女の人の視線が書類とティアとの間を何度も行ったり来たりした後、固まってしまった。
「偽造……ではないんですよね」
「偽造できるものなんですか」
「いや、できませんけど……」
十六歳と書いてある証明書が信じられないからそう言っているのだろうが、ここで時間を取られるとレイランドに追いつかれてしまう。
「どうかしたの?」
女性の横から声をかけてきたのは、褐色の肌に尖り耳、黒みがかった銀色の髪に赤い目の冷たそうな美貌をした、ダークエルフの青年だった。
「登録したいってこの書類を持って来たんだけど……」
青年の視線が同じように書類とティアを行き来して、書類で止まった。
「あー。じゃあ、俺が変わりますよ。鑑定魔法使えるから」
かなり失礼なことを言われているのだが、それよりも、ティアは青年の態度の方に驚いていた。
ダークエルフは、堕落した忌み子としてエルフから差別されて来た歴史がある。
闇魔法が得意なダークエルフと、光魔法が得意なエルフ。
どちらも身体能力に優れるが、ダークエルフの持つ技術が暗殺に特化していたこともあり、裏の稼業をやって来たゆえの迫害というのもあるが、逆を言えば、多数を占めるエルフがダークエルフを差別するので、そういった方面に手を出さざるを得なかったという事情もあった。
亜人と人は、人の寿命が短いので、世代を経て確執がなくなっていったのだろうと予測はついたが、ダークエルフとエルフは寿命が長く、また他の種族に比べれば血が近い。近親憎悪は、そう簡単に解消できないと思っていたのだ。
また、ティアが知るダークエルフは、対人関係を円滑にする技能など皆無、無口無表情で先に手が出る、物騒を絵に描いたような輩ばかりだった。
それが、もの柔らかな態度で相手が困っていると思えばごく自然に助け船を出し、足りない部分を補ってくれる。
こういう場では気の荒い者も多いだろうから、抑止力としての戦闘力というものも必要だろう。が、カウンター業務と言う事は、彼が複数の人間に接客するということ。
エルフがいるこの街で、ダークエルフが迫害されずにいるなんて。
ティアは思わず呟いた。
「ないわー、爽やかに微笑むダークエルフ……」
青年の笑顔がびしっと凍りついた。
「……俺の笑顔が爽やかだと、何か問題が?」
笑顔だが、眼だけは鋭くこちらを見る青年。ものすごい圧力を感じて、慌ててティアは頭を下げた。
「ごめんなさい。引きこもり生活を何百年もしていた保護者に育てられたんで、常識がよく分からなくて失礼なことを言ってしまいました。人間と亜人の対立が解消されているって聞いた時も驚いたんですけど、さすがにダークエルフが受付業務は『ない』と思っていたので」
「じゃあ、他の人に担当を代わってもらうようにしますよ」
「え?なんで?」
平坦な声になった青年を見上げて首を傾げると、相手は相手で首を傾げた。
「ダークエルフは嫌なんじゃないの?」
「別に平気です。ただ、びっくりしたっていうだけですから、気分悪くされたらすみません」
前世で殺される以前に、命を狙われた記憶が漠然とあって、それがダークエルフだったような気がするのだ。だから、どうしても苦手意識が先立つが、今、目の前にいる青年は別人だ。
「ダークエルフなら魔法が得意でしょうし、早く登録したいので、鑑定魔法かけるならぜひお願いします。お姉さんも、ありがとうございました」
「…………そう。じゃあ、時間がかかるから……」
青年がそう言いかけた時。
「一体、いつまでかかってるんだ、とろくせーな、クソ餓鬼が。ここは餓鬼が来る場所じゃねぇんだよ。あと百年後に出直しな」
お約束な台詞に、激しい既視感を覚えたティアは、ゆっくりと後ろを振り返った。
にやにやと下卑た笑いを浮かべた男がこちらを見下ろしているのを一瞥し、またかとため息をつく。
入都の時、宿屋で、そして今回で三回目。
どれだけからまれやすいのか、それともあれのせいで騒動が寄ってくるのか?
自分の運の悪さに、どこぞの金色の神の顔が頭をよぎったのだった。




