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彼方からの呼び声  作者: ごおるど
第二章
17/26

10 宿の夜 – 2 –

思ったよりも早く書けましたので、投下します。

 






 追加の四人分を合わせて、五人分の食事を平らげてようやく満足したティアは、ダーナに部屋に案内してもらった。その際、夕食代と一泊分の宿泊費、明日の昼食のお弁当を二つお願いして、銀貨一枚を支払った。


「朝食もできれば少なくとも倍量は欲しいんですけど、値段が分からないんで……いくら払えばいいんでしょうか?」

「朝食は全員同じ内容だし、たっぷり目に用意してあるから、料金はいらないよ。四人前も追加で頼んでくれたんだ。お得意様みたいなもんだからね」

 確かに二泊できるお金を払っているので、素直に甘えることにした。


「新人の部屋は二階と決まっているから、他の階には行かない事。階級が上の連中も、二階には入らない決まりになってる」

 出来の良さそうな新人を巧みに部屋に招き入れて、自分の(パーティ)に入るように強要したり、新人が上級者に無礼を働いた等のもめ事が起きたそうだ。


「宿の中は争い禁止。悪質な場合は組合(ギルド)へ通報の上、追放も有り得る。ティアちゃん女の子で一人だし、特に男の部屋には行かない、招かないを心がけといてくれ。前には辱めた後に、被害者側が売春を持ちかけて来たって口裏合わせたドグサレ集団もいたんだ。廊下はまだしも、中に入っちまえば密室だからね」

 見かけが子供だからその辺り平気なんじゃないかと思っていると、

「変態は年齢なんか気にしないよ。性別もね」

 とダーナは吐き捨てた。


「それに、同性でも異性でも持ち物を目当てにする輩はいるんだ。審査基準を厳しくしたらマシにはなったが、酷い奴は酷いし、そういう性根が腐った奴ほど、人目を避けるのが上手い」

「分かりました、気を付けます」

 元々誰かと慣れ合うつもりもないが、見せたらまずいものが山のように入っているポーチのこともある。図らずも目立ってしまったが、これ以上目立つ行為は避けたいし、そういった頭の悪そうな輩をいちいち相手するのも疲れる。


「さて、あんたの部屋はここだ」

 二階の階段を上って右に曲がってから、三つ目の部屋を示された。

 扉には小さな魔石が埋まっていて、本人の魔力波長を扉と鍵に記録させて、二つそろった時にだけ開く仕掛けがしてあるのだそうだ。一つの扉に一つの鍵しか対応しないし、術を行使するのが宿側の人間なので、不正もできない。

 ダーナはティアに鍵──魔石が埋め込んである金属の棒を握るように言うと、その魔法を無詠唱で唱えた。鍵に埋め込まれている魔石が明るく光った所で、扉の取っ手付近にある魔石の上に鍵をかざすと、扉の方の魔石も淡く光を放った。


「はい、登録完了」

 扉を開けて中を見ると、日本でいう六畳一間くらいの広さの部屋だった。部屋の半分をベッドが占めているので狭く見えるが、小さな机と椅子が窓際に置いてあり、そこで書き物をしたりちょっとした食事を食べられるようになっている。簡素ながら居心地は悪くなさそうだ。というか、元々の自分の部屋がこれくらいの広さだったので、違和感がなかった。


「外から開ける時は、今みたく鍵を魔石にかざすと開く。扉を閉めると自動で鍵がかかるけど、中からは普通に扉が開くから。中にある扉はトイレとシャワー。使った水は当たり前だけど浄化してから流すように」

 汚れは浄化魔法で綺麗になるが、酷く汚れたりした場合はある程度洗ってしまった方が早い。血糊はさすがに洗いたいだろうからという観点から、一部屋ごとに設置されている。因みにシャワーは、天井付近に付いているタンクに自分で水やお湯を貯めて使うことになる。

 ダーナは思い出したようにぽんと手を打った。


「……そうだ、うちの宿六はああ見えてそこそこの料理人でね。魔物の肉なんかの調理も受けてるんだよ。上級の魔法職の連中は魔素がすぐ足りなくなるとかで、よく肉を持ち込むんでね。持ち込んだ物が食べきれないような量だった場合は、組合と同等基準で買い取っているから、そのまま皆の食事に提供する場合もある。あまり出回らないような高級肉の場合、一食が銅貨十枚以上になる場合もあるから無理に勧めはしないけど、ティアちゃんの事情が事情だからね。良いのが入荷したら声をかけるようにしようか?」


「それはぜひお願いします」

 狂気の森で採ったマンライがポーチの中に入っていたのだったら、昔採取した薬草や作った薬に武器防具、食料も完成品と素材の形で入っている筈だ。大量の魔素を摂取するには、そちらの食品を食べた方がよほど効率がいいだろうが、不自然と思われないようにするにはちょうどいい。

「分かった。じゃあ、何か入ったら声をかけるようにするよ」

「ありがとうございます」

「何か分かんないことがあったら、とにかく一階に誰かしらいるからね」

 と言って、ダーナは出て行った。



「さて……」

 とりあえずティアは青に「好きなところに移ってくれる?」と言って肩から移動させると、まずポーチを覆っていたストールを外した。

 ストールがいつ入れられたかも調べたいところだが、とりあえず丁寧に畳んで汚れがないことを確認してからポーチにしまう。

 更にポーチの中から先ほどの鍵に付いていたのと同じ、魔石を四つ取り出して部屋の四隅に一つずつ置くと、さらに金属の杖を取り出して部屋の真ん中に立った。

 きゅるり、と青が鳴く。何をしてるの、とでも言いたげだ。しーっと指を一本立てて静かにするように命令したあと、杖を掲げた。


『──常闇(とこやみ)よ、沈黙(しじま)よ、(うつ)ろなる空間を満たせ。堅固なる虚ろよ、邪なる存在(もの)を阻め』


 魔力が魔石から展開し、部屋の中を覆う。外から中が見えない、中の音も聞こえない、侵入もできない結界魔法だった。植物の成長促進魔法を失敗していたので、魔石、杖、詠唱とそろえてみたが、昔は意識しただけで展開できた魔法がこの有様では、本当に先が思いやられる。


「お待たせ。もうしゃべっても大丈夫。結界張ったからね」

「きゅーるるるる(結界?あぶなくない?)」

「明日の準備とか、色々ねー。ダーナさんはいい人みたいだけど、鍵だけで侵入者を排除できるなんて思えないから。夜はゆっくり眠りたいし」

 トイレを使いたいがうまく使えるか分からないので、無駄な魔力が漏れても不審に思われないように必須だったといのもある。青に媒介魔法を使った時もそうだったが、ちょっとした魔法で無駄な魔力ダダ漏れしていたら、門前の騒ぎ再びだ。

 幸いにして魔石の類も商売ができるほどあるので、できないものは補う方向で行こうと思う。魔法を使った方が魔素中毒には効果があるが、これは今後の生活にかかわる部分なので、割り切った。


「多分、必要な魔力以上がどうしても漏れるんで、不発になるんだろうなー。魔力過剰だと普通暴発するけど、そうならないのは、腕輪が吸ってるせいか」

 魔石を使用すれば正確に発動するのは、必要な魔力が正確に消費されているからだろう。その分、威力は一定だから攻撃力としては単調だろうが、今回はちょうどいい。


『あるじのまわり、まりょくいっぱい。ごはんもおいしい、まりょくもおいしい』

「そっか、更に漏れ出た分を青が吸収しているんだね」

 まあ、無駄に捨てるよりは有効利用した方がいいだろうし、エサも足りている方がひもじい思いをさせないで済むか。

「でも、あれでお腹いっぱいになった?」

『うん、おなかいっぱい』

「そう、それならよかった。じゃあ、ちょっとゆっくりしていてね」

『なにかやるの?』

「魔法の検証」




 部屋の中に木製の水差しと(コップ)があったので、それとまた新たに取り出した魔石を持ってシャワーへ。

 いわゆるユニットバス形式だが、トイレはともかくシャワーは、浄化してから水を流すように少しだけ水を溜めておけるようになっているだけで、湯船というには程遠い代物だった。

 これは要改善だなと思いながら、まず水を出す魔法を単独で使って、水差しを洗ってから水を満たす。この辺りは大丈夫だ。

 さらにタンクに温水を満たす。冷めることを見越して少し熱めの48度くらいのイメージをする。これも大丈夫なようだ。

 シャワーを使うのは後回しにして、次。


 トイレで用を足してから、まずは魔石を使わないで浄化魔法を唱える。これもなんとか魔石なしでできたので、胸をなでおろした。多分魔力がダダ漏れしてるが、腕輪に蓄積する魔力は重要な保険だからよしとする。


 トイレから出ると今度は杖を手にした。

「青、風と火が得意って言ってたけど、自分の周りに結界って張れる?」

「きゅるりー(できるー)」


 小さな体の周りに風属性の結界が張られた。無詠唱だった。

 小鳥に負ける自分てどうなのよ、と思ったが仕方がない。


「今から青に魔法を当てるけど、青の結界の強度を知りたいの。攻撃魔法が使えるかの検証を兼ねて、付き合ってね。危ないと思ったら、適当によけて」

「きゅ」


 短い鳴き声を返事と受け取って、ティアはまず最下級の火の攻撃魔法を放った。





 ……なぜこんなに躍起になって魔法が使えるかどうか検証しているかと言えば、あの「推薦する」発言にある。


 この宿は組合御用達だとはっきり言っていたので、今日ここに泊まれたのは入国審査が遅くなった詫びという名目の優遇措置だ。

 座学と実技の試験両方に受からないと、ここに泊まれないのだとダーナに教えてもらったから、明日試験に受からなければここを出て行かなければならない。

 別にどうしても泊まりたい訳ではなかったから、落ちても構わないのだが、

「いずれここで暮らす身であるならば、いちいち移動するのは面倒くさいだろう」

 とか言われて恩を着せられるのは困るのだ。


 そうやって色々便宜を図って小さな恩を積み上げた後、最後に「これだけ親切にしてあげたのだから、ちょっとくらいお願いを聞いてよ」と、最終的には言うことを聞かせる。自分だったらそうする。

 ただで親切にしてくれる者はいない。あのレイランドという青年は軽佻浮薄な態度を取っていたが、監視の目的で付いていたのには変わりない。

 押し付けを回避する為には、推薦を拒否して一発合格を狙わなければならないが、座学は多分問題なし。ブラッドボアはちゃんと千年経ってもそのままだったから。……だが。


「攻撃魔法は、下級のやつでも詠唱しないと無理だなぁ」

 青の結界は、今の自分が放った魔法では揺るぎもしなかった。

 それは良かったのだが、実技は当然、対人もしくは対魔物戦だろう。防御に関しては腕輪があるので心配はしていないが、詠唱しているうちに攻撃されたらそれでおしまいと判定される可能性がある。生活魔法の火を灯す魔法は無詠唱で行けるが、そんなもの、戦いではほとんど役に立たない。青の火力を当てにするというのもあるが、それだと二対一扱いされたり、文句なしの合格だと言えないとか何とか、付け入る先を与えてしまうかもしれない。


 魔力を消費したせいでまた小腹がすいてきたので、休憩がてらマンライをいくつか取り出して食べる。


 魔石で攻撃?いやいやそれとも腕輪に頼る?魔力が完全に溜まっていないと思うから物理攻撃、魔力攻撃の反射が上手く出るか分からないし、道具頼りというのも文句言われそうだ。

 うまく攻撃できる方法は……。


「あー、あれなら行けるか?」



 明日の試験の対策を考えつつ、第一日目の夜が更けていった。




シャワーと書いていますが、厳密にはタンクにホースがついているだけです。

 廃水は最終的に一度貯水し、もう一度浄化魔法をかけてから川(用水路)に流しています。

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