終章 夜明け
それは、誰にとってもごく自然な出来事だった。
真白は、新しい命を授かった。
父親は、もちろん神崎蓮だった。
二人は顔を見合わせて笑った。
何かを成し遂げたからではない。
社会を変えたからでもない。
ただ、人として生きた結果だった。
結婚式はすぐに挙げた。
盛大な披露宴はしなかった。
親族だけを招いた、小さな式だった。
研究所の関係者も。
政府の人間も。
報道関係者も。
誰も呼ばない。
そこに肩書きは必要なかった。
親族以外で招かれたのは、ただ一人。
東雲誠司。
その人だけだった。
式のあと、小さな宴席で東雲は静かに酒を口へ運んだ。
「誠司さん。」
神崎が盃を持って近づく。
「ありがとうございました。」
東雲は首を横に振る。
「俺は何もしていない。」
「お前たちが、自分で歩いた。」
真白は自分の腹へそっと手を添えた。
まだ誰の目にも分からないほど小さな命。
それでも確かに、そこにいる。
東雲はその様子を見つめ、小さく笑った。
「技術ってのは。」
「人間が生きるためにある。」
「人間が技術のために生き始めたら、本末転倒だ。」
神崎とうなずき合い、真白も微笑む。
あの日、山小屋で交わした議論から、始まった。
社会は少しだけ変わった。
EVAは今も人々を助けている。
ARGOSもまた、人類を支え続けている。
だが、最後の判断だけは、人が責任を負う。
その原則は、もう揺るがない。
窓の外では、柔らかな春の風が吹いていた。
新しい時代は、世界を変える英雄によって始まるのではない。
新しい命の産声とともに、静かに始まる。
そうして今日もまた、一人の人間が、この世界に生まれてくる。
太陽が廻り、東の空に雲がかかる。




