第394話 メルチョル司教
「前回はトレラーガの知人を護衛して不在だと話したら名前を聞かれたのですが存じ上げず…、テディがエドガルドという名前を出したのでお伝えしたら何やら葛藤されている様でした」
「あ~…、カリスト大司教はエドの事知ってるから…」
「おや、問題のある御仁なのですか?」
「問題…、あるといえばあるけど、無いといえば無い…かな? 賢者だとわかる前から私に執着してる人だけど、私の嫌がる事はしないから」
「ああ、ではカリスト大司教様は嫉妬されていただけですね」
「あはは…」
穏やかに会話するこの人は年配の女性に《《とても》》優しいというメルチョル司教である。
既に孤児院の厨房に寄ってレバーの甘辛煮を分けて来た、久々に顔を出したホセは子供達に捕まっていたので置いて来たのだ。
「ところでいつもよりいらっしゃる間隔が短い様に思いますが、教会本部に報せる様な何かがありましたか? 孤児院の方が何やら騒がしかった様な…」
「ええ、テディ達が森で薬草採取していたら腕熊と遭遇して大怪我をしたの」
「えぇっ!? それは大変じゃないですか!」
メルチョル司教は顔色を変えて立ち上がった、子供達の事も本当に大切にしてくれる優しい人だ。
「大丈夫、冒険者のサウロが背負って連れて来てくれたお陰で治癒魔法で元通りになってるから」
「はぁ…、そうですか…。咄嗟の時は治癒魔法の存在を忘れてしまいますね、アイル様に出会うまで御伽噺の様なものでしたから。たまに軽度の怪我なら治せるエルフの方が来る事もあった様ですが、タイミングが悪くて会った事が無かったもので」
安心して気が抜けた様に息を吐き、ストンと礼拝堂の椅子に座り直した。
これまでは応接室でお茶を飲みながら話していたが、最近お祈りに来る人が増えたという事で対応しやすい様にと礼拝堂で話している。
「そういえばエルフが居るって聞いたかも、人数は少ないのかな?」
「そうですね、一応女神様も信仰していますが、殆どのエルフは精霊の方が身近なので精霊信仰の方が馴染み深い様です。あ、少々失礼しますね」
先程から時々お祈りに来る人はいたのだが、メルチョル司教は会釈だけして対応はシスターイレネに任せていた。
そして今、貧民街隣の商店街にある布屋の先代おかみさん(60代)が娘さん(40代)と共に現れると立ち上がり2人を出迎える。
ちなみにメルチョル司教は38歳らしい、メルチョル司教に向けられるシスターイレネの視線が冷たく見えるのは気のせいだと思いたい。
礼拝堂内は人がまばらなせいで離れていても声が良く聞こえる。
「こんにちは、アマリアさん膝の調子はいかがですか?」
「メルチョル司教様に教えてもらった座ったままで出来る足の運動を始めてから少し楽になった気がします」
「そうね、母さん前と違って最近は少し歩くくらいだったら膝が痛いって言わなくなったもの」
ふむふむ、加齢による膝軟骨のすり減りの痛みを筋肉でカバーしてるってとこか、そういえば元々あった軟骨なんだから欠損を治癒するみたいに治せないんだろうか。
実験台になって貰えるか聞いてみよう、治ればビビアナのウェディングドレスに協力してもらったお礼にもなるし。
「アマリア、ビアンカこんにちは」
「おや、アイルじゃないか、ビビアナのドレス作った時以来じゃないかい? 元気にしてた?」
「うん、元気にしてたよ。ねぇアマリア、膝が痛くなったのって年齢と共に?」
「おや、聞いていたのかい? そうなんだよ、やっぱり歳には勝てないねぇ…。ビアンカ達に店を任せて正解だよ、婿殿も頑張ってくれてるしさ」
「ふふっ、ビアンカってば旦那さんをしっかり尻に敷いてるもんね」
「やだ、そんな事無いって! 幼馴染だから気やすいだけなの!」
「はいはい、そういう事にしておくね。それよりアマリアの膝なんだけど、治せるかわからないけど試してみて良い?」
「「「えっ!?」」」
同時に3人が声を上げた。
「アイル様…、この様な膝の痛みは魔導期のでも一時的に痛みがマシになるだけで治ったという記録はありませんでしたが…」
どうやらメルチョル司教は調べた事がある様だ、膝の負担を減らす方法まで教えていたし、流石老け専…ゲフンゲフン。
「多分それは炎症だけ治したんだと思う。加齢による関節の痛みは間にある軟骨がすり減って骨同士が当たって炎症が起きてる事が多いんだけど、その軟骨っていう柔らかい部分を再生できるか試したいの。きっと以前は軟骨の摩耗が原因って知らなかったんだと思う」
「そりゃあ…賢者様が治してくれるってんならありがたいよ!」
「もう、母さんったらこんな時だけ賢者様だなんて調子良いんだから!」
「今アイルが賢者様だって思い出したのさ、あはははは」
「ぶふっ」
吹き出した声に振り向くと、子供達の包囲網から脱出してきたらしいホセが居た。
「も~、ホセも母さんもアイルが可哀想でしょ!」
「仕方ねぇよなぁ? 普段の言動が言動だからよ」
ホセが私の頭をポスポスと叩いた。
この場に味方はビアンカしかいない、メルチョル司教は笑うアマリアを微笑ましげに見つめている。
改めて気にしてみるとグレゴリオの言っていた事が本当だとわかる、寧ろ気付かなかった私が鈍いんだと納得するしかない。
「ふん、能ある鷹は爪を隠すって言葉があるんだからね! 真の実力者は普段から己の能力をひけらかさないものなの! さ、アマリア、ここに座って」
結婚式では参列者が座っていた席にアマリアを座らせた。
「ふふっ、それじゃあ普段隠している能力とやらを見せて貰おうかねぇ」
「上手くいったら好きなだけ褒めてくれていいからね! 『治癒』……どう?」
亡くなった祖母も悩まされていた両膝と足首の軟骨再生のイメージで治癒を掛けた。
アマリアは立ち上がると、その場で足踏みをする。
「………凄い、凄いよアイル!! 全く痛く無い! 流石賢者様だよ、いやぁ…、本当に凄いねぇ…ありがとう」
「良かったね、母さん! ありがとうアイル!! 凄い! 偉い!」
「流石アイル様、お見事ですね」
3人に凄く褒められたので、ドヤ顔でホセに振り返ると、少し呆れながらも凄いと言って頭を撫でてくれた。
この事を報告したら今回は満足して貰えるでしょう、と胸を撫で下ろして呟くメルチョル司教の姿に何とも言えない気持ちになったけど。




