第312話 それぞれの予定
私達は現在王様と部屋で雑談している。
伯爵は書類を作ってくると言って部屋を出て行った、そして入れ替わる様に家令のグスマンがお茶の準備をする為に入って来て固まっている。
そりゃそうだろう、ホセの色がいきなり変わっている上に、明らかに伯爵の血縁だとわかる見た目で王様の隣に座っているのだ。
数秒呆けた様に固まっていたが、感無量と言わんばかりの表情を一瞬だけ浮かべて自分の仕事を全うした。
全て察したんだろうなぁ、家令って事は年齢的にもベルトランやホセのお母さんが子供の頃からこの屋敷に居ただろうし。
グスマンの淹れてくれた美味しいお茶を飲みつつ会話を楽しんでいたら、書類を片手に伯爵が戻って来た。
「陛下、この書類に承認のサインをお願いします!」
そう言って差し出したのは爵位を長男に譲渡するという書類だった。
「まさか本当に…」
「当然です、既に私の代理を時々任せていましたからね、いつでも引退出来るのですよ!」
伯爵は胸を張っているが、王様はジトリとした目を向けている。
きっと王様も行きたいんだろうなぁ、けど往復で3ヶ月くらいかかりそうだし無理だよね。
「王様はあと数年して国内の問題を解決して王子様に代理を任せられる様になったら王妃様と一緒に遊びに来れば良いですよ。名目は私に…つまりは賢者に会いに来るという事にすれば不自然では無いでしょう? 伯爵にはその事前調査という名目を与えれば良いと思います」
「おお、さすが賢者殿! 良い考えですな、では陛下の為にもしっかり視察して参ります」
そう言って伯爵はついてきた執事から受け取ったインクを吸わせたペンを王様に差し出した、渋い顔をしながらも承認のサインをする王様。
サインの入った書類を受け取り、満足そうに頷く伯爵、どうやら長男は文官として王城で働いているらしく、帰って来たらさぞかし驚く事だろう。
そうこうしている内に陽が傾いて夕食の時間が近付いて来た、名残を惜しむ王様には申し訳ないが私達は宿へ戻る事にした。
ちなみに明後日からウルスカまで同行する気満々の伯爵は余裕の表情である。
屋敷内は古参の者が多い為、ホセの生存をそれとなく報せる為にも玄関まで素の姿で移動し、玄関ホールで再び黒ホセにしてから外に出た。
[冒険者ギルド side]
「いや~、全然変わってないなぁ」
エンリケがギルド内を見回して小声で呟く、約80年振りだが少々建物が古ぼけただけで配置も雰囲気も変わっていなかった。
「じゃあウルスカ支部に連絡入れてもらって来るから適当に時間潰しててくれ」
「わかった、ちょっと依頼掲示板覗いてから酒場に居るよ」
「わかった」
リカルドが殆ど人の居ないカウンターへ向かったのでエンリケは懐かしいギルド内を歩いて依頼掲示板を眺めた。
「う~ん、依頼内容も大して変わってないなぁ。討伐系が少ないけど、時間帯のせいかな?」
「エンリケ、エンリケじゃないか!?」
突然酒場の方からしわがれた声で名前を呼ばれてエンリケは振り返った。
「おいおいじいさん、この兄さんは見た事ねぇぞ? 誰と間違えてんだよ?」
「間違い無い、エンリケだ! お前…変わらないな!」
まだ昼前だというのに酒場でエールを煽っていた冒険者が騒ぎ出した栗鼠獣人の老人を諌めたが、老人は確信を持って話している。
「済まねえな、兄さん、このじいさんはこのギルドの生き字引なんどけどよ、ガキの頃にそのエンリケって冒険者に色々教えて貰ったお陰で生き延びたからって引退してからも新人に色々教えてくれてるが、最近時々ボケた事言い出してんだ」
「まだ頭はハッキリしとるわ!」
支えにしていた杖をエール片手の冒険者に振り下ろす老人、中々の鋭さだったが冒険者はヒョイと避けた。
「危ねぇなぁ、新人だったら頭カチ割られてたぞ!?」
「フン、コレが避けられん様だったら冒険者なんぞ辞めた方が良い」
そんな遣り取りをジッと見ていたエンリケは、老人の額の黒子を見て息を飲んだ。
「栗鼠獣人……もしかして…ベニグノ?」
「やはりエンリケか!」
「そんな訳けねぇだろ! 爺さんがガキの頃世話になったんならエルフかドワーフでも無い限りそいつはとっくに死んでるよ!」
「ああ、その…俺の曽祖父さんがエンリケって名前で、俺はその名前を貰ってて昔の話をよく聞いてたから…」
ベニグノに近付くとエンリケはよく使う言い訳を口にした、祖父や曽祖父だと言えば名前が同じでも納得して貰える。
(しかしベニグノも老けたなぁ、黒子が無かったら誰かわからなかったよ。また会えるなんて思わなかった…)
「なるほど、よっぽどその曾祖父さんと似てんだな。じいさんも恩人に会えた気になって嬉しいだろうよ」
問題が解決したからか冒険者は興味を無くした様にウェイトレスに追加注文をした。
それを確認してベニグノはエンリケの方へ身を乗り出し、ニヤリと笑うと唇が「本人だろ」とゆっくり動いた。
「只者じゃないと気付いていた奴は何人か居たさ、今じゃ俺以外死んじまったけどな。なんつーか…ずっと側に居ると身体の芯が畏怖で震える様な不思議な感覚に襲われるというのが俺達の結論だったよ」
そんなベニグノにエンリケは口の端を持ち上げて何も言わずに肩をポンポンと叩いた、それだけで察したベニグノは肩を揺らして楽しげに笑い2人分のエールを注文した。
「エンリケ、楽しそうじゃないか。昼はここで食べて行くか?」
ウルスカに連絡を取ったリカルドが戻って来たが、楽しげにエールを飲むベニグノとエンリケを見て提案した。
野良でパーティを組む事はあっても固定パーティを組まなかったエンリケが仲間を連れている事にベニグノは驚いて目を見開くと、次に嬉しそうに細めた。
「そうか…、あんたに仲間が出来たんだな」
「そうだね、全てを受け入れてくれる懐の大きな仲間達が居るんだ。1人はむしろ実際にこのリカルドの懐に入ったらしいけど、ククッ」
「そいつぁ猫獣人か何かか!? わははは、いくら猫獣人でも実際に入ったりはしねぇけどな!」
3人はそのまま一緒に昼食を摂る事にしたのだが、食後も情報収集を兼ねてベニグノと話をし、ギルドを出る直前に慌てた様子の職員がリカルドの元へやって来て「伯爵様からの指名依頼でパルテナ王国のウルスカまで護衛依頼が来ている」と報せた。
色々察してリカルドが遠い目をしたのは仕方の無い事だろう。




