第310話 父と子
「痛ぁ~~ッ!!」
ホセの手刀により頭を抱えたまま膝から崩れ落ちて蹲る私。
「あ、やべ、手加減し損ねた」
「バカねぇ。ほらアイル、自分で治癒魔法掛ければいいでしょ?」
「うぅ…、『治癒』ぐすっ」
「「…………」」
私達の遣り取りに呆れているのかと思ったが、どうやらホセを見て固まっている様だ。
良かった、私の無様な姿は視界に入って無かったみたい。
滲んだ涙をサッと指で拭って何事も無かった様に説明を始める。
「ご覧になってお気付きかと思いますが、ホセは亡くなったベアトリス様の息子です。ベアトリス様はホセをパルテナの孤児院に連れて来た翌日に亡くなったそうです。到着した時にはとても衰弱していらしていて、当時2歳だったこちらのビビアナは孤児院でベアトリス様を看取った1人です」
「ま、待て…! 情報が…頭が混乱して…」
王様が待ったを掛けたので一旦口を噤んだ。
「でしょうね」
「だろうな」
ビビアナとホセが同時に呟き、私に呆れた目を向けた。
「でもちゃんと人払いとか契約魔法とか準備したよ!?」
「普通まずは説明からだろうが!」
「だって見た方が早いかなぁって、声なんてホセはお父さんとそっくりだしさぁ」
ホセが手刀の構えをとったのでサッと頭を庇う。
「ふ、ふははは、確かに陛下とホセは声がそっくりだな。それにしても…ベアトリスは亡くなったか…、しかし孫だけでも生きていてくれて嬉しいぞ。どれ、顔をよく見せておくれ、ベアトリスより私に似ている様だな、瞳の色だけは陛下と同じだが…」
伯爵はホセの両頬に手を添えてジッと顔を見た、身長が変わらない大柄なお爺さんだ。
ふふふ、ホセってば戸惑ってるよ、耳は伏せられてるくせに尻尾が揺れてるし。
お爺さんなんて存在自体が初体験だから仕方ないだろうけど。
「ホセという名はベアトリスが子供の頃お忍びで下町に行った時に仲良くなったという少年の名だ、貴族以外で初めて出来た友人だと言っていたが…、もしかしたら私が気付く様につけたのかもしれんな」
そう言って伯爵はホセの頭をワシワシと撫でた、撫で方がホセと同じだよ。
ホセは頭を撫でられて固まっている、大人になってから男の人に撫でられる事なんて無かっただろうし。
「ホセ…」
ホセと似た声でホセの名前を聞くのって変な感じだ、王様が名前を呼ぶと部屋の中がシンと静まり返る。
「生きていてくれてありがとう…、あの時お前達を助けられなかった不甲斐ない父親で済まぬ」
そう言って王様は深く頭を下げた、ホセは複雑そうな顔をしたが、息を吸って顔を上げた。
「オレは母親の事を覚えてねぇし、孤児院じゃちゃんと大事に育ててもらったからオレ《《には》》謝ってもらう必要はねぇよ。これまでも楽しくやって来たし、これからも冒険者として楽しくやっていくさ」
「戻っては「そんなの無理ですよ!? ホセは敬語も使えないし、貴族の腹黒い遣り取りなんて絶対無理です! きっと我慢出来なくて殴っちゃいます! 堅苦しい社交会なんてきっと5分も保ちませんから!」
王様の話を遮るなんて不敬だとはわかっているけど、思わずホセの腕にしがみ付いて拒否した。
ホセを見上げると肩を揺らして笑っている。
「ククッ、オレもそう思うぜ」
王様はポカンと私達の話を聞いていたが、不意に笑い出した。
「ははは、我とした事が無粋だったな。ホセを王城へ連れて行くという事は恋人達を引き裂く事になるのだから。その番の印は賢者殿につけられたのだな」
そう言って王様は私がホセに付けた歯型のあるのと同じ場所をトントンと指で示した。
「つがいの…しる…し? って、えぇ~っ!?」
キッとホセを睨むとサッと視線を逸らされた、これって誰が付けたかわかるキスマークを付けている様なものって事!?
私がこうやって慌てるのをわかってて残してると見た、実際私の顔が真っ赤に染まっているのが自分でもわかるくらい熱い。
「ふふっ、ホセったら、だから消したく無かったの?」
ビビアナが揶揄う様にホセを見たが、ホセは目を合わせ様とせず、チラッと私を見てから口を開いた。
「別に、女避けに残しておいただけだ」
「あらぁ? 今朝は傷跡を見る度に反省すれば良いって言ってなかった? 言う事がコロコロ変わる時って嘘吐いてる時なのよねぇ~」
「そうだよ! 避ける程言い寄られてなんかいないくせに!」
「お前の知らない間に少なく見繕っても10人からは誘われてらぁ! 街中や食堂でな! 人族のお前にゃ聞こえてねぇだけだろ」
「うぐぐ…」
腕を組んでドヤ顔で悔しがる私を見下ろすホセ。
どっちにしても理由なんて関係ない、とにかくあの歯型は消させてもらう!
私はパッとホセに飛び付き、ホセは反射的に私を抱きとめた、今だ!
「てやっ! 『治癒』!」
「「「「あ」」」」
無事に歯型を消せた私は勝ち誇った顔でムフーっと鼻息を吐いた。
「くくっ、はははは! 随分楽しく過ごしている様だな! これでは…王城で暮らせとは間違っても言えんな…、生きている息子に会えただけでもこれからも生きて行く気になれたから良しとしよう。……今日はベアトリスの誕生日なんだ、毎年ベアトリスとホセの誕生日には連絡が来ているかもしれないと思ってここに来ていたんだが…、こうしてホセに会えたのはベアトリスの導きかもしれんな」
「おふくろの…誕生日…」
「そうだ、毎年花束を持って来ているんだぞ。…ホセ、抱き締めていいか? お前を抱っこしたのは産まれた日が最初で最後だったからな」
道理で部屋に花がたくさん飾られているはずだよ、この部屋にある花は妻へのプレゼントだったんだね。
ホセはというと、手を広げて歩いて来た王様に自分からは行かず、小さく頷いて返事しただけだった。
しかし、それだけでも王様は破顔してホセを抱き締めた、そして尻尾をめちゃくちゃ振ってる。
「……っ、おや…、とう……、ぅぐ…」
「ふふっ、ホセ、そこは父上って呼ぶべきじゃない?」
ホセが何て呼べば良いか戸惑ってる様だったのでアドバイスをしてあげた。
「…………父上…ぐぅっ」
ホセが父上と呼んだ瞬間、抱き締めていた腕に更に力が篭ってホセから呻き声が漏れる。
「大きく…本当に大きくなったな。会えて嬉しい、我が息子よ…!」
いい歳したオッサンが成人してる息子に頬擦りする絵面は微妙だけど、尻尾のせいで微笑ましく見える。
あれって甘やかしなんだろうな、今まで出来なかった分は今やるしかないもんね。
ただ身長が同じくらいなので本当に頬と頬での頬擦りになってるのが…ね、しかもホセも嫌がって無いのが驚きだ。
感動のシーンなんだけど、頬擦りのせいで私とビビアナは生温かい微笑みで2人を見守った。




