第253話 夢にまで見た日 [教会関係者 side]
時はひと月程遡る、パルテナ王都南部の港町…港町と言ってもアイル達の立ち寄った漁港のあるモリルトではなく、そこから馬車で更に半日程行った物や人の為の港町に約2ヶ月の船旅を終えたカリスト大司教の一行の姿があった。
「はぁ…、久々の船旅は大変でしたね、君達もまともに訓練が出来ずに身体が鈍ってしまったのでは?」
「正直少々…いえ、かなり鈍ってると思います。しかしこれからの道中であれば休憩の時に鍛錬も出来ますからすぐに元通りにしてみせるのでご安心下さい」
護衛としてついてきた聖騎士の中で年長のアルフレドが答えた。
年長と言っても24歳とまだ若い、しかし賢者という共通の趣味…いや、崇拝対象のお陰で4人の絆はかなり強い。
「船の中はする事が無い分、これまで以上に賢者様について語り合えて幸せでした…。しかし、ここからは人にも魔物にも気を付けねばなりませんから気を引き締めないといけませんね。エクトルも賢者様に会えるからって浮かれてちゃダメだぞ?」
21歳のオラシオは、隣の1歳下のエクトルの肩を拳で軽く叩いた。
「オラシオ先輩と違って浮かれてミスなんかしませんから安心して下さい」
「コイツめっ」
エクトルはツーンとそっぽ向いて言った、何故ならカリスト大司教に賢者様に会いに行くから護衛をする様にと言われた時、オラシオは訓練が終わった姿のまま飛び出そうとしたのだ。
アルフレドが遠征と同じ準備を持って来る様に言われなければ、愛用の剣と普段持ち歩く僅かなお金だけだっただろう。
聖騎士は普段からいつでも出動出来る様にと遠征に耐えられる装備や荷物を各自の部屋に常備しているので部屋に戻って取って来た訳だが。
カリスト大司教は元々私物が少なく、寄進により齎される金品も特に散財する事無く過ごして来たので、その半分と着替え、そして僅かな私物を持ち出し3人の聖騎士と共に「暫し出てきます」とだけ門番に伝えて出て来たのである。
門番はまたどこかに新しく教会が出来たので式典の為に招待されたのだろうと考えていたが、慌てた助祭に尋ねられて初めて違うと知ったのだった。
道中の宿は基本的に教会だ、ある程度大きな教会であれば巡礼者の為に寝室を解放している為、いきなり訪ねても泊まる事は出来る。
しかも大司教という立場の者が来たとなれば教会も誉れというものだ、どこに行っても大抵は歓迎された。
稀に動揺する者達は居たが、そういう者達は大抵後ろ暗いところがあるものだ。
カリスト大司教は普段おっとりとして無欲な人物ではあるが無能では無い、周りの言葉の端々や様子から不正を見抜き、道中6つの教会で大司教権限により人事異動を行った。
孤児やシスターに手を上げていたり、出していたり、本来維持費に使うべきお金を着服していたり。
責任者という立場を利用していた者達には助祭からやり直すか、破門されて別の道を歩むか選ばせ、大抵の者は女神様に仕える事以外生きる術を知らないので降格を望んだ。
その度に教会本部に連絡し、代わりの責任者を選別する様に報告した。
そんな活躍をするせいで本部としてもすぐに戻って来いとも言えず、正式に許可を得たカリスト大司教は悠々とウルスカを目指した。
時には乗り合い馬車を乗り継ぎ、時には商隊に同乗させてもらい移動していると、当然道中魔物や盗賊が現れる。
その時は聖騎士の3人が大活躍した、なにせ教会本部の聖騎士に選ばれる実力者達なのだ、王族に仕える騎士団の隊長クラスより実力はある。
聖騎士の強さは有名な為、盗賊ならば白く煌びやかな聖騎士の鎧を見た瞬間心が折れるというものだ。
魔物の場合は乗せてくれた謝礼を受け取らぬ商人に丸ごと渡して喜ばれた。
そうして教会の評判を上げつつ、賢者アイルの情報を集めながらウルスカへと向かった。
まだセゴニアから戻って無い事は知っていたが、行き違いになるより現地で先に情報収集をしたいというのが本音だ。
そしてそのウルスカでは冒険者や商人により、既にカリスト大司教一行の噂は広まっていた。
ウルスカは小さく無い町とはいえパルテナの片隅と表現出来る場所にある。
そんな所に教皇に次ぐ位の大司教が来るというのは中々の出来事なのだ。
ウルスカの中心部にある教会ではカリスト大司教をいつでも迎え入れられる様にピカピカに掃除がされ、責任者の司祭も今日来るか明日来るかと待ち構えていた。
しかしカリスト大司教が真っ先に向かった冒険者ギルドの情報により、『希望』が留守にしている時に家の管理を孤児院に依頼している事を知った。
そしてその孤児院が貧民街にあるという事も。
そして到着したのは古いがきちんと掃除がされている教会、マザーと呼ばれた老齢のシスターと話すと快く滞在させてくれるという。
滞在費としてカリスト大司教が手持ちから幾ばくかのお金を渡すと、マザーは貰い過ぎだと返そうとした。
その姿に心打たれたカリスト大司教は無理矢理押し付け、「子供達にたくさん食べさせてあげてほしい、それでも多いと思うならいざという時の為に取っておけば良い」と言うと、マザーは涙ながらにお礼を言い受け取った。
孤児院の子供達はカリスト大司教のお陰でお腹いっぱい、しかも普段はホセ達の手土産でしか食べられない塊肉まで食べられたのですぐに懐いた。
マザーもカリスト大司教が子供達と同じ物を食べるというので質素過ぎるものは出せないと、貰ったお金をケチらず、しかし大切に使った。
「ほほぅ、では君はタリファスから来たのだね」
「はい、アイルさんが助けてくれなかったら名前の無いまま今でも毎日お腹を空かせて痛い思いをしていたと思います。なので…アイルさんはボクにとって聖女様…いえ、女神様同然なんです」
話を聞かせてくれた何人目かの子供、それはアイルに名前をつけて貰い、地獄の様な日々から助けられたテディだった。
聞けば聞くほど聖女に相応しいと確信していくカリスト大司教、同じ室内で話を聞いていた聖騎士達も感動してプルプルしている。
そしてある日の夕方、孤児の1人が『希望』が帰って来たと皆に報告した。
カリスト大司教はすぐに会いたい気持ちをグッと堪え、到着したばかりで疲れているだろうからと翌日孤児の1人にパーティの家を教えて貰う約束をした。
その晩、カリスト大司教と聖騎士達は眠れぬ夜を過ごす事となる。
そしてやっと賢者アイル本人に会えた時はこの幼い見た目で孤児達が言っていた慈悲深い行動をとったのかと考えたら、気付けば跪いていた。
その日、カリスト大司教と聖騎士達は自分達の情緒が普段とは違うという自覚はあった、それが賢者アイルに会えたせいなのか、寝不足のせいなのかは誰にもわからない。




