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少年法の壁  作者: リンダ


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星を見上げる夜に

「星を見上げる夜に」


 ジムの練習が終わったあと、理人はときどき子どもたちを外へ連れ出した。


 飯山の夜は、空が広い。


 街の明かりが少し離れると、星は驚くほど近く見える。

 理人は自前の望遠鏡を庭先に出し、慎重に角度を合わせた。


「順番に見ていいぞ。レンズは触らないように」


 子どもたちは、汗の残る顔のまま、わくわくした様子で列を作る。


「先生、これ何が見えるの?」

「今日は木星。うまく見えれば、しま模様も見えるかもしれない」

「木星って、あのめっちゃでかいやつ?」

「そう。地球よりずっと大きい」


 最初の子が望遠鏡をのぞき込む。


「うわっ、見えた!」


 その声に、他の子たちも身を乗り出す。


 美羽が横で笑う。


「順番守りなさい。リングの順番より大事だよ」

「なんでだよ」

 と理人が笑う。

「望遠鏡も割と高いから」

「そこ現実的!」


 子どもたちが笑う。

 光も少し離れたところで腕を組みながら、その光景を見ていた。


 理人が星を語る顔は、ボクシングを教えるときとは少し違う。

 もっと静かで、もっと遠くを見ている。


 かつて、星を見ることすら怖くなった少年が、今は子どもたちに星を見せている。


 そのことが、光にはたまらなく大きく思えた。


 全員が望遠鏡をのぞき終えると、理人は庭の芝生に腰を下ろした。


 子どもたちも、その周りに座る。


 夜空には、数えきれない星が瞬いていた。


「みんな、今見えてる星の光って、今ここで生まれた光じゃないんだ」


「え?」

「どういうこと?」


「星はすごく遠い。だから、今みんなの目に届いている光は、何年も、何十年も、何百年も前に出発した光なんだ」


 子どもたちは黙って空を見上げる。


「宇宙には、数えきれないほど星がある。銀河もある。まだ人間が見つけていない星も、きっとたくさんある」


 理人は少しだけ間を置いた。


「その中で、地球という星に生まれたこと。そこに命が生まれたこと。人間として生まれたこと。そして、同じ時代に生きて、誰かと出会うこと」


 風が草を揺らす。


「それって、ほとんど奇跡みたいなことなんだよ」


 子どもたちの表情が少し変わった。


 ボクシングの強さの話とは違う。

 でも、どこかでつながっている話だと、みんな直感的に感じていた。


「だから、出会いを大切にしてほしい」


 理人の声は静かだった。


「同じ教室にいる人。ジムで一緒に練習する人。家族。友だち。これから出会う人。全部が当たり前じゃない」


 美羽は、兄の横顔をじっと見ていた。


 理人は続ける。


「もちろん、すべての人と仲良くしろって話じゃない。合わない人もいる。距離を置いた方がいい人もいる」


 その言葉に、光が少しだけ目を伏せる。


「でも、誰かの存在を軽く扱わないでほしい。笑いものにしないでほしい。傷つけていい人なんていない」


 理人は空を見上げた。


「この宇宙の中で出会えたことは、本当にすごいことだから」


 子どもたちは、しばらく何も言わなかった。


 ただ、空を見ていた。


 やがて、一人の少年がぽつりと言った。


「先生も、星好きなんだね」


 理人は少し笑った。


「昔から好きだった」


「今も?」


「うん。今も好きだよ」


 その一言を言えるまでに、どれだけの時間がかかったか。

 それを知っているのは、光と美羽だけだった。


 光はそっと理人の隣に座る。


「よかったね」


 理人は小さくうなずく。


「うん」


 その夜、子どもたちは帰り際、何度も空を見上げていた。


 木星が見えたこと。

 星の光が昔から届いていること。

 出会いが奇跡に近いこと。


 全部をすぐに理解できたわけではない。

 でも、何か大事なものを受け取ったような顔をしていた。


 理人は望遠鏡を片づけながら、静かに息を吐いた。


 かつて汚された“好き”は、完全に元通りになったわけではない。


 それでも今、自分はその“好き”を使って、誰かに大切なものを渡している。


 それだけで、十分だった。

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