34 レオン視点 4 偶然は幸運だった
「ねえ、カイはどう思う? やっぱり私の言った通りだろ?」
カイは趣味を活かし、薔薇園をこまめに手入れしていた。
それなりに美しい庭に仕上がっていたが、アリスが来た時のことを話すと、半信半疑だったようで、今日はぜひ見たいとついてきたのだ。
アリスが来た後の庭を見て。あまりの変わりように愕然としていた。
驚き過ぎて、顔が怖い。
「カイはアリスにやきもちを焼いているんだよ」
カイの眉間に深くしわが刻まれるが無視だ。
「この薔薇園は、ほぼ時が止まっていたとはいえ、長い間放置されていたから、それなりに空気が淀んでいたし、薔薇も色褪せていてね。ガラスの薔薇でさえ、ひっそりと影が薄かったんだ」
アリスにもとの薔薇園のことを話すと、どうしてこうも変わったのか本当にわからないようだった。
「私には全く心当たりありません。偶然と言うことでは駄目ですか?」
その適当な答えに吹き出しそうになるが、運命を変えようとしている俺にとっては、頼もしいというか、うれしくなる答えだった。
こんな素敵な偶然は幸運でしかない事をアリスはわかっているのだろうか?
「偶然か……………。俺にとっては必然だったよ。今まで覚悟を決められなかったけれど、アリスのおかげで心を決めた」
アリスに出会ってから、ワクワクが止まらない。
「あのダイヤの力を知りたい?」
「いえ、全然。むしろ知りたくありません」
王家の秘密を聞ける機会なんてめったにないのに、アリスは力いっぱい否定した。
「ちょっとショックだな、そんなに拒絶されたことないから、心が折れるかも」
俺は構わず、王女が毒を盛られ、ガラスの薔薇を持ち去り消えてしまったことを話した。
始めこそ、聞きたくないオーラが出ていたが、口を挟んだりせずじっと耳を傾けてくれている。
さらに俺は、魔法使いが王女に言った愛の言葉が、王女の死によって呪いに変わることを恐れ、国民が王女を忘れてしまわないように、おとぎ話として王家に都合よく情報操作したことを話した。
アリスは、悔しそうに俺の話を聞いていた。
まるで、王女や魔法使いを知っているように怒っている。
「ダイヤの力ってなんですか?」
王女に感情移入したのか、ようやっとダイヤの力に興味が出てきたようだ。
アリスも何か決心したのか、まっすぐに俺を見つめる。
「レオン様の覚悟ってなんですか?」
漆黒の綺麗な瞳がキラキラ揺れるのを見て、吸い込まれそうだなと見つめ返した。
思わず抱きしめたいという感情が沸き上がり、こんな話の中、抱き寄せたら怒られるな、と冷静に考えている自分が可笑しかった。
駄目だ、アリスといると思考が緩くなる。
「聞いたら引き返せないよ」
俺は、確認するとゆっくりと宣言した。
覚悟を声に出して言うのは思った以上に緊張する。
「俺は王になるよ」
その時のアリスの顔は、はとが豆鉄砲を食らったような顔だった。
「ごめんなさい、やっぱり聞かなかったことに」
うん、そうだよね。
これは立派な、継承権争いだ。
こんなこと俺が考えていると知れたら、有力貴族を巻き込んだ、政権争いの火蓋が切られる。そこに平民が巻き込まれるなんてあり得ないが………。
でも、もう逃げられないよアリス。
「わかっていると思いますが、私は只の平民の留学生です。殿下にとってお戯れでも、全く笑えません。たとえクラスメイトであっても、節度のある距離でお願いします」
「無理だね、まあ、安心して。すぐに王位をどうこうするって事じゃないよ、まずは第一継承権をものにしなきゃね。目的は同じだろ?」
アリスのおどおどした顔を見ると、楽しくなってくる。
これからやろうとすることは、人生最大の賭けだが不思議と不安はない。
「同じじゃないです」
「そう? 邪魔な人間が同じかと思ったけど」
アリスがどうしてそんなことをしているか、まだわからないが明らかにアリスはあいつをマークしている。
「実は入学式の日、アリスと別れてから、身元を調査した」
予想外だったのかアリスは驚いている。
なんとも面白い結果だったよ。
アリスは学院に提出された経歴の通り、商人の娘で見聞を広めるためにイスラに姉弟で留学していることになっている。
だが、調べればアリスの親は実体がない。それどころか弟も存在しない。それ自体はそれほど珍しいことじゃないが、手広く商売をしている割に、資金の流れが不明だし、貴族社会に及ぼす影響があまろにも大きい。
老舗でもない、成金の商会が何故取引できるのかという大物相手が多すぎる。
どうやら、統括している男が曲者のようだが、どうしてもしっぽがつかめない。
周りにいる人間も独特で、アリシアなんかは魔法石を加工できるくらい魔力があるのになぜ今さら学院に通っているのか?
今も、リリィとは他人の振りをしているし。
まったくもって、面白い。
「あ、ちなみにスパイは拷問だよ。突然できた弟君や、お友だち大丈夫かなぁ?」
アリスはわなわなと怒りで震えている。
「ごめん、アリスってつい苛めたくなるよね。回りにいないタイプで面白い」
さてこれからが本題。
俺はアリスにダイヤのことを聞いてみた。
見た目はこれと言って変わったこともなさそうがから、身体への悪い影響はなさそうだ。
かといって、何か力を発揮したわけでもないという。
確かにアリスの言う通り、言い伝えは抽象的でわからない。ダイヤの力って、具体的に何なんだ?
「仕方ない、俺も試してみるか、カイも試すか?」
俺は覚悟を決めて、自分でも試してみることにする。
アリスと一緒に薔薇の前まで来ると、アリスは緊張した様子で俺を見た。
「やっぱり、君がいるとここの薔薇は輝きを増すね、さあ、花びらをちぎって俺の手のひらにのせて」
アリスはカイが、薔薇が危険物のように言ったことを気にしてか、触れるのをためらっている。
「…………。アリス、とにかく考えるのは後で、花びらをちょうだい」
俺はアリスに手を差し出して、ブンブンふる。
アリスはそっと花びらをちぎった。
心ないしか手が震えている。
「どうぞ」
そう言って俺の手の平にのせる。
瞬間、光に包まれ、視界が白くなる。
アリスの時と同じだ。
よかった!
これで何も起きなかったら、王位どころじゃないからな。
「これはエメラルドか?」
手のひらで輝く宝石は力にあふれていた。
「アリス、わかるか?」
声が少し震えている。
体中に魔力が駆け巡っている。
それだけじゃない。
俺は直感で、アリスの手を取った。
ギュッと手をつなぐと、同時にアリスの魔力量が増えている。
しかも、俺自身の魔力量は減ることがない。
やはり宝石には力があるのだ。




